二十話
ダニエルは深いため息を吐く。
家に向かう馬車。
ごとごとと規則正しい音を聞きながら揺られる。
とっくに日が暮れて、深夜に差し掛かる時間帯。
夕方には家に着くと連絡していたが、また時間が押してしまい大幅に過ぎてしまった。
やっと仕事を切り上げることができた安堵感と、娘たちに会う後ろめたさに胸が苦しくなった。
早く会いに行きたいのに反故にしてしまった。
待っている娘たちの心情を思うと憂鬱だ。
(あの子たちが何を考えているのか分からない……)
長女のポピーはしっかり者で二人の妹たちの面倒をよく見ている。学もあり思いやりのある、気の利く、気立ての良い娘。
次女のデイジーは明るく、ポピーの言うことをよくきき、またアイヴィーの面倒も見ている。行動力があり活発な娘。
三女のアイヴィーはとても素直だ。二人の姉に甘やかされているが、天真爛漫。誰にでも愛される娘。
(……今でもそうだろうか……)
静かに目を閉じる。
一昨年、妻のロージーが亡くなった。
長い間病床に伏せていたロージーは、まだ貧しかった時からずっと支えてくれていた。
長い年月を共にし、三人の娘を育てた妻。
その妻がなくなる日、とても大事な用事があった。
すぐに戻ると伝えていたのに、時間が押してしまい家に着いた時にはもうすでに息を引き取っていた。
あの時の悔しさは思い出しても腹の奥がとても重くなる。
(ああ、ロージーに会いたい)
生涯愛した、たった一人の支えてくれた女性。
それでもダニエルが再婚を決めようと思ったのは、三人の娘たちのためだ。
長女のポピーはしっかり者だが、まだ若い。
結婚の話も来ているが、二人の妹たちを残すことを気にかけていて踏み切れないでいる様だ。
何度かあったときに話をしたが、言葉を濁される。
(普段は聞き分けが良いんだけどな……)
そのため、娘たちが安心できるように新しい妻を迎えようと思ったのだ。
もちろん、最愛の妻はロージーである。だから、娘たちとさえ気が合えば誰でもよかった。
政略結婚と言えば堅苦しいが、妻としての娘たちとの交流、家を支えることさえしてくれていれば誰でもいい。
だからこそ、娘たちに選ばせた。
それがまさか、小国の王女だとは思いもしなかったが。
(私には身に余るような身分の人だな)
いくら小国とはいえ、相手は王女だ。
しがない商人の自分にはもったいないくらいだ。
だが、娘たちが選んだのだから受け入れる。
ほとんど家に帰らないダニエルにかわり、家を支える人物。
その最重要項目が、三人娘たちとの関係構築である。
「………ふう」
またため息を吐く。
家が見えてきた。気を引き締める。
馬車から降りると、メイドたちと一緒に三姉妹が外で待っていた。
「お父様、お帰りなさい!」
アイヴィーがかけてきて抱き着く。持ち上げてくるりと回った。
今年十六歳になった娘はまだとても軽い。
声を上げるアイヴィーをおろすと、スカートの裾を持ち上げてデイジーが一礼した。
「お父様、ごきげんよう」
アイヴィーと一歳しか違わないのに、すっかり大人っぽくなったデイジー。
久々に会った娘の成長に、少し目の中が潤む。
「二週間ぶりのご帰宅、心待ちにしていましたわ」
丁寧なあいさつ。すっかり淑女としての威厳のあるポピー。
落ち着いた表情は、ロージーの面影がある。
(二週間ぶりなのか)
娘たちの大きな変化が感慨深い、と思ったがそこまで日は経っていないようだ。
そういえば、帰宅をしてもあまり娘たちと顔を合わせずに部屋に閉じこもっていたかもしれない。
だからこそ、改めて愛しい娘たちをじっくり見て、成長を感じるのは幸せなことだ。
もっと早くにそうするべきだったのかもしれない。
今までの件、特にロージーの件で『冷たい男』と忌避されてもしかたないほどに、ダニエルは家族と交流をしてこなかった。
「……? そちらの人が……?」
「ああ、この方がアンジェリナ様です。新しい私たちのお母様ですわ」
「……………」
紹介されたのに、もじもじと指を動かし一言もしゃべらない女性。
ただじっとダニエルを見ている。
(なんて感じの悪い女だ……)
挨拶すらできない女性に、腹の底から怒りを感じた。
例え小国の王女とはいえ、この態度はいかがなものだろうか。
(やはり小国は、王家とはいえ卑しい国なのか……)
まだ黙っている女に、不快感が拭えない。
しかし、せっかく三人の娘たちが選んだ女なのだ。
例えダニエルに対し不躾だろうが、自分が不快に思おうが、そこは堪えねばならない。
「ずいぶん若いお嬢さんだな」
「ええ、まるでお友達のようですわ。だから私たち、上手くやれていますの」
「デイジーお姉さまの言う通り。お義母様はとても親しみやすいんですの」
「ふふふ、お父様。妹たちもこう言っていますわ。私の見る目を信じてくださいませ」
目に強い光が宿っている。自信ありそうにポピーが言った。
まだ若いと思っていたのに、とても思慮深い娘である。
また新たな成長を見せつけられ、胸が震えた。
(そうか……これなら、この女に家のことを任せこれからは気兼ねなく仕事に専念できるな)
デイジーがアンジェの横にくっついて手を触っている。
「ね、お義母様。私たちは仲良しよね?」
「え、ええ………」
反対側にアイヴィーが寄り添い、手を包んでいる。
「嬉しいわ、お義母様。これからもたくさん遊びましょうね」
「……………」
女は何も言わずに、ただ目に涙を浮かべへらへらと笑っていた。
だらしないその顔。不快感に眉をひそめた。
(……仲良く、できているのか?)
触られたアンジェの手がぶるぶる震えている気がした。
目を凝らそうとしたとき、
「お父様、再婚ありがとうございます。心から祝福いたします」
ポピーの言葉に振り返る。
上品で美しい笑みを浮かべるポピー。
ダニエルは胸をなでおろした。
「そうだな、お前たちが満足ならそれでいい」
「ええとても。ふふふ、これからもっと幸せになりますわ」
まるで含んだような言い方。意味ありげな視線。
違和感を覚えた。
しかし、家のことは彼女たちの問題だ。
ほとんど家にいないダニエルには関係のないこと。
「ああ、そうだな。お前たちの幸せが私の幸せだ」
「それではお父様は、これからとびきり幸せ者になります。楽しみですわね」
「それならこの上ないことだな」
「ふふふ。さ、みなさん食堂へ行きますよ、お父様がお腹を空かせていますわ」
妹たちと新しい妻をホールへ促し、歩き始めるポピー。
しっかり者の姉の姿だ。
さっき抱いた違和感はもうない。
(ああ、これが幸せというやつなのか……)
ポピーが、娘たちが楽しそうならそれでいい。
口出しする権利をダニエルは持っていないのだから。
他愛のない話をし、楽しく笑いながら五人は食堂へ向かった。




