十九話(前編)
夕飯の時間になるとウィロウが食堂まで案内してくれた。
三姉妹はすでに席についている。
アンジェも、指定された席に座る。
料理が運ばれると、近くに控えていたメイドたちは下がった。
食堂は三人だけになる。
「今日のお食事はいつもより種類が多いわ!」
「お父様のお帰りは明日なのにね」
「お義母様の歓迎も含めてじゃない?」
ポピーはグラスを傾けて水を飲んだ。
「さ、お義母様遠慮はいらないわ。好きなだけ召し上がってね」
「は……い」
優しいポピーの笑顔に、アンジェも嬉しくなる。
柔らかそうな肉汁が溢れるステーキの横に、艶のあるニンジンやインゲンが添えられていた。
アンジェの好きなコンポートだ。
ふかふかの白いパン、濃厚なコーンのポタージュ。
みずみずしい野菜のサラダ……ほかにもたくさんの種類の銀の皿。
(美味しそう……美味しい!)
顔を綻ばせ、アンジェは口に運んだ。
涙すら浮かんでくる。
手が止まらない。次々と夢中で食べていく。
「……ちょっとお姉さま、あの人、泣いてるわ」
「よほどひもじいい思いをされていたんでしょうね。可哀想に」
「あんなに必死に食べて……乞食みたい。はしたないわ!」
「アイヴィー、汚い言葉を使うのは駄目よ」
「はあい、ポピーお姉さま……」
「そうよ。本当のことでも、言って良いことと悪いことがあるわ」
三姉妹がクスクスと愉快そうに、肩を震わせ笑っている。
そんな声を聞きながらも、アンジェは必死に口を動かす。
「あの人、聞こえてないみたいね」
「初めてまともな食事を食べたから夢中なのよ。だって、前の旦那ってあの伯爵でしょ?」
「いや! あの気持ち悪い人、本当に嫌いよ。ポピーお姉さまのことを愛人にしてやるだなんて見下してきて!」
「本当に失礼な奴だったわ。自分だって最近まではただの商人のくせに何様よ」
デイジーとアイヴィーは食べながら興奮したように話している。
ポピーは無言で食事をしていた。
「あーあ、私も貴族になりたいな」
「無理よ、お父様は地位を気にするような人じゃないわ。仕事仕事、って、仕事ばかり」
「仕事と結婚した人、だっけ?」
「そう、言いえて妙よね、お母様がよく言っていた言葉。だからあの人は私たちに……家族になんて興味ないの」
そこまで言って、デイジーはちらりとアンジェを見てきた。
(……………)
そこで会話が一旦途切れた。
パンをちぎり、アンジェは口に入れた。咀嚼する。
ふわふわで柔らかく、それでいてもっちりとした食感。
食べだした途端に、また話し声。
「ここまで事業を大きくするのに、お母様が裏でどれだけ支えていたか!」
「本当に! それなのに、病気で臥せっても家に帰らないで……お母様……」
「二人とも、お義母様の前でその話はしないのよ」
それまで黙って聞いていたポピーが、デイジーとアイヴィーを注意する。
二人は話をやめて、食事に手を付けた。
「支えてくれた家族が死の淵に瀕しているのに、仕事を優先して死に目にも会わない薄情な男の話。お義母様も、聞きたくないでしょうし」
「……ふふふ」
「くすくすくす、そうね。お姉さまの言うとおりだわ」
また、楽しそうに笑う三人。
アンジェも、三姉妹に笑みを向けた。
「……あの人、気にしないのかしら?」
「気丈にふるまっているだけでしょう」
「ふん。食事があまりにも美味しくて、話なんて聞いていないのかもね」
「なんだかあの薄っぺらい笑顔、見ていると腹が立ってくるわ」
(……………)
笑顔でいたのに、デイジーとアイヴィーは眉をしかめた。
「ま。少しの辛抱よね。どうせすぐいなくなるだろうし」
「……お父様ともども死んでくれたらいいのに」
「アイヴィー、いい加減にしなさい」
ぴしりと強い口調。ポピーが初めて少し怖い表情をしていた。
変わった空気に、アンジェのスプーンを持つ手が止まる。
「お義母様は人間で動物じゃないのよ。小国出身とはいえ、人の言葉がわかるはず。言って良いこと、悪いこと分かるわよね?」
「……ごめんなさい」
「私も、調子に乗ったわ。ごめんなさい、お姉さま」
「お義母様も先ほどの発言は気にしないで。あの子、考えなしなところがあるから」
ポピーはアンジェに向けて、優しい笑顔になった。
アンジェも、止まっていたスプーンを動かし微笑む。
「……でも、こんなときにまで手を止めないなんて、動物みたいよ」
「し! お馬鹿さんなアイヴィー、今怒られたばかりでしょ」
「だって……私、考えなしじゃないわ!」
「はいはい、わかったからこの話は終わり。お姉さまの機嫌を損なわせないで」
だって……とまだ文句を言うアイヴィーを無視し、デイジーは食事に戻った。
アイヴィーも最初は不機嫌そうだったが、食べているうちに表情が和らいできた。
四人で静かに食事を楽しむ。
ケーキも食べ終わり、アンジェは最後に残ったフルーツに手を伸ばした。
「お義母様、お食事はたりましたか?」
「……あ……。……え……と………」
声をかけてきたポピーの皿には、まだ料理が残っている。
デイジーとアイヴィーもだ。
急いで食べすぎたかもしれない。少し赤くなる。
「もし足りなければ私の分を上げます。食べかけですが」
差し出されたのは、皿の上で半分になったポテトサラダ。
(…………)
受け取った。
急に、アンジェの残り物をいつも食べているオスカーの姿が浮かぶ。
(………………)
アンジェはフォークですくい、ポテトサラダを頬張る。
素材の甘味と塩加減が絶妙な、ポテトサラダ。
小国で毎日出ているふやかして潰れた芋とは全然違う。美味しい一品。
「あら……」
少し冷たい声のポピー。
「まあ……」
不快が滲む声のデイジー。
「わあ……」
明るく楽しそうな声のアイヴィー。
「…………?」
美味しいポテトサラダを食べながら、アンジェは三人を見つめる。
「じゃあじゃあ、私のもどうぞ!」
アイヴィーが残ったパンを指で潰し、平たくしてから皿に戻すとアンジェの前に置いた。
「………………」
アンジェは、アイヴィーと目の前のパンを交互に見る。
アイヴィーの目は、期待を孕んでいるように輝いていた。
口角が上がっているアイヴィー。
もうお腹はいっぱいだが、三人が楽しそうなら仕方がない。
「…………ふふ」
アンジェは笑ってパンをちぎり、口へ押し込んだ。
また歓声があがる。
「お義母様よほどお腹が空いているみたいね。デイジー」
「ええ、そうね! 私のもあげるわ」
飲みかけのグラスを傾け、少なくなっていたスープに注ぐ。
かさましがされた薄いスープはもとの量に戻った。
「お腹が空いているみたいだからお義母様のために増やしたわ」
楽しそうなデイジーに、アンジェはまた笑みを向ける。
(………いらない………)
もうすでにお腹はいっぱいだ。
食べたくない。食べられない。
だが、デイジーが笑顔で見ている。
「……ふふ………」
薄まった、大量のぬるいスープ。
スプーンですくい、口の中で転がす。
無味だが小国のスープよりは美味しい。
飲み込んだ。
「ぷ、飲んでるわ!」
堪えきれなくなったのか、デイジーは声を上げて笑った。
「卑しいわ! 品位も何もない、浅ましい人間よ!」
アイヴィーも声を上げて笑っている。
「王妃と言っても、娘を売りつけるような人間ですもの。本人に品位がある方が驚くでしょう?」
扇子で口元を隠し、ポピーは優しく窘めた。
「それもそうね、お姉さまの言うとおりだわ!」
「でも、こんな人がお義母様だなんて……私、いやよ」
「少しの辛抱よ。一週間程度らしいわ。それくらいで配偶者は死ぬ。そう言っていたもの」
「やっぱりお姉さまは天才ね! 今だけ我慢すれば、あとは三人で楽しく暮らせるわ!」
「お姉さまたちと一緒の方がいい! あの人も、この人もいらない!」
膨らんだお腹を押さえ、必死でスープを飲むアンジェ。
三人はその姿を嘲笑しながら盛り上がっている。
ある程度満足したのか、別の話題になり三人は部屋を出て行った。
とても楽しい晩餐会は幕を下ろした。




