十八話(前編)
次の嫁ぎ先はすぐに見つかった。
三度目の結婚。
また、大国だ。今度は貴族ではなく、富豪らしい。
迎えの馬車に向かうアンジェたち。
「アンジェリナ、本当にありがとう。クリスに似た、とても優しい家族思いな子。愛しているわ」
カトリーナは目に涙を浮かべて微笑んでいる。
とても優しい表情。いつも通りの笑顔。
「大丈夫よ、今まで通り。あなたならどこでもやれるわ」
「いってらっしゃいませ、アンジェリナ様。お元気で!」
感極まっているカトリーナの横で、サラもいつも通り元気な笑顔を向けている。
シンプルだったサラのチュニック。
しかし今は、袖口に繊細なレースが施されていた。
そのせいかサラの表情は普段よりも嬉しそうで明るく見える。
(……可愛い……)
手元がおしゃれになっていて、ついつい見つめてしまう。
(………あ……)
だが、カトリーナとサラの一歩後方。
隠れるように立ち、顔を背け遠くを見る無表情のオスカー。
不機嫌なのか、今日は一度もアンジェに視線を向けない。
(怒ってる……?)
少し心がざらついた。
(……でも)
いつもの無言の視線を向けられる方が怖い。そう思った。
「アンジェリナ様の鞄をうっかり揃えるのを忘れていたので、今回も荷造りの必要がなくて助かりました」
「ええそうね。とても懐の深い、優しい方だわ」
落ち着いた、豪奢な馬車。
乗り込むアンジェの後ろで、サラとカトリーナは会話している。
ドアが閉められ、すぐに発進した。見送る二人。
オスカーはなお、別の方向を見ている。
(…………)
小国を去るのはこれで三度目だ。
変わる景色。これも、毎度同じ。
ただただ景色を眺める。
(…………)
眺めている間に馬車が止まった。
降りて辺りを見回す。落ち着いた雰囲気の建物。
「ようこそおいでくださいました、アンジェリナ様。」
外で待ってくれていたのか、一人のメイドがアンジェを迎える。
「お世話をさせていただくウィロウと申します」
ウィロウは深々と一礼をした。
「……あら? お荷物はいかがなさいましたか?」
「……あ………」
「まさか手ぶらでいらっしゃったのですか?」
「…………」
怒られる、と思いアンジェは俯いた。
「不思議な方ですね。まあいいでしょう、お部屋にご案内いたします。奥様」
ウィロウは首を傾げたが、そのままアンジェを案内した。
ホールは落ち着いた紺の絨毯、廊下には同じ色合いのカーペットが敷かれていた。
「旦那様はとても多忙なお方です。明日、戻られるそうです」
階段を上りながらウィロウは説明した。
アンジェが結婚に頷いたあと、カトリーナは詳しく教えてくれなかった。
しかし、逆にアンジェは安心してしまった。
部屋に着く。とても広く、清潔感のある部屋。
シンプルなのに、一つ一つの家具はとても高価そうだ。
「先代の奥様のドレスがありますので、お着替えをいたしますね」
アンジェのワンピースを脱がせる。ウィロウは驚きの声をあげた。
「奥様、とても腰が細いのですね……美しいです」
露になるアンジェの裸。ウィロウはうっとりと見つめた。
「……失礼いたしました。こんな細い腰を見たのは初めてで……」
用意していたシュミーズを慌てて着せながら、メイドはやはりアンジェの腰を見ていた。
「この美しさを損なわないように、誠心誠意頑張らせていただきます」
コルセットを装着する。
久々のコルセット。何ヶ月ぶりだろう。
アンジェは緊張で唾を飲み込んだ。
ゴクリと喉が鳴る。
「……ふー……」
極限までアンジェは息を吐きだした。
凹む腹部。徐々に酸欠になる頭。
「お、奥様……!? まだ仮締めの段階ですので息を吸っていて問題ありませんよ」
「…………?」
凹んだ腹部にウィロウは慌てて手を止める。
(……いいの……?)
コルセットは最初からきつく締められるものだと思っていた。
拍子抜けする。
「まずは位置を調整しますね。本締めをするときにはお声がけいたします」
「…………」
「奥様が美しいのは、努力の賜物なんですね」
ウィロウは慣れた手つきでコルセットを固定した。
「では、いきます」
「……ふーーーー……」
肺の中の空気を全部出し切る。
ぐぐぐぐぐ……とコルセットが徐々に締まってきた。
「………っ」
酸欠の状態でキープする。
ぐぐぐぐぐ……と更にウィロウは締めあげた。
「……うっ…………」
「……はい、できました」
ぱっと手を離される。
(………え?)
息を止めたまま、アンジェは目を丸くして固まる。
あまりにもあっけないコルセット。
ほんの一瞬のできごとだった。
時間にして、数分。
(…………?)
なん十分も、まるで永遠と思われるほど強い力で長い時間締めあげられる。
そう思っていたのに、あっけない終了。
ウィロウは満足そうに頷いている。
「本当に美しいくびれですね! 惚れ惚れします」
アンジェをドレッサーに座らせ髪をとかしながら、ウィロウは笑っていた。
「髪も本当にお綺麗ですね。外で見たときは金色に見えましたが、室内だと銀色に見えます」
香油で整えながらブラシで丁寧になでた。
「こんなに美しい奥様なら、ポピーお嬢様方はさぞ驚くでしょうね」
「…………?」
「奥様のことは、ポピーお嬢様方が選んだんですよ」
お嬢様方? 選んだ?
ウィロウの言葉に、アンジェは耳を傾ける。
鏡越しにじっと見つめると、ウィロウは微笑んだ。
「ご存じですよね? 奥様と同じくらいの年齢のお嬢様方が、三人いるんです」
知らなかった。カトリーナはそんなこと、一言も言っていなかった。
結婚を飲み込み、カトリーナが笑い、そして今日嫁いできた。
それだけだ。
「長女のポピー様、次女のデイジー様。そして末娘のアイヴィー様です」
「……………」
「ポピー様方は年子で、アイヴィー様がアンジェ様と同い年です」
微笑みながら、ウィロウは手を動かす。
頭が真っ白になった。鏡に映る自分の姿をじっと見つめる。
ラベンダー色の瞳が揺れた、青白い顔。
不安そうな、緊張した表情。
(え……と……)
アンジェに三姉妹の娘ができた。
しかも、一人は同い年、二人は年上らしい。
突然のことに、アンジェの鼓動が少し早くなる。
「できました。それでは、お嬢様方がお待ちしているので向かいましょう」
不安が混じるアンジェの表情に気づいてか気づかずか、ウィロウは美しいですね。と繰り返した。




