十七話(後編)
夕食の時間。いつもの食堂。
すりつぶされた、ふやけた芋。薄いスープ、緑色の豆。
見たことのない植物のサラダ。
それから、アンジェの目の前に置かれた、薄いベーコンが乗った銀の皿。
「……………」
カトリーナとオスカーの皿には一枚、アンジェの皿には二枚。
ナイフで小さく切ってみるが、切れない。
(…………)
一口齧った。
塩辛くぼそぼそとしている。
肉汁がすっかり落ちて硬く口当たりが悪い。
噛みにくく、顎が痛くなる。
伯爵は、アンジェにこんな硬いものを食べさせなかった。
咀嚼させられた料理も、口に押し込まれた料理も。
「………おえっ」
小さくえずいてしまった。
胃がむかむかした。顔をしかめる。
「久しぶりのベーコンね!」
「…………。………ああ」
だが、カトリーナは美味しそうに食べている。
オスカーも食べているが、手を止めアンジェをじっと見てきた。
少しも笑わない、ただ見ているだけの視線。
慌てて視線を外す。
「少しずつ食事も変わってきて良かったわ!」
「……そうだな……」
「まだ作物があまりとれないから、大国からの輸入になってしまうけど……」
「……ああ」
「まずは土地の整備からしないといけないものね。きっと、来年、再来年からは豊になるわ」
パリパリとベーコンを嚙みちぎりながら、カトリーナは顔を綻ばせている。
「……アンジェもこの国が豊かになる手伝い、してくれるわよね」
最後の一口を食べて、カトリーナはアンジェを見た。
とても優しく、慈愛に満ちた表情。
「……はい」
「そういってくれると思った! それでね、私たち、またアンジェのお相手を見つけようと思っているの!」
「……え?」
口へ運ぼうとしていた、スプーンが止まった。
持ったままカトリーナを見つめる。
(……………?)
豊かになる手伝いが、結婚?
止まっていた手を動かし、アンジェは口に運んだ。
カトリーナを見つめたまま、豆を噛む。
薄く味付けされた豆が、無味になっていた。
「帰ってきたばかりで不安だと思うわ……。でもね、これはアンジェにしかできないのよ!」
テーブルに身を乗り出し、カトリーナは指を組んだ。
満面の笑みを見せつけながら、すりすりと細く色黒な指をなでている。
「あなたが嫁ぐたびに、支度金が手に入るの。そしてお相手の方が――」
「……よさないか」
オスカーが、じっと厳しい目でカトリーナを見た。
カトリーナは言葉を詰まらせたのか、黙る。
「……そこまで言う必要はない」
カトリーナは目を伏せ、じっとしている。
それから立ち上がり、アンジェの席に来た。
その場に座り、アンジェの左手を握る。
「可愛い可愛い愛おしい、私たちの娘アンジェリナ。お母様の言葉を聞いて……聞いてくれるわよね?」
真剣な表情で見上げてくるカトリーナ。
口は、笑っている。
「……はい、お母様」
アンジェも笑顔を返した。瞬間、
「………はあ」
オスカーが重いため息をついた。
アンジェたちの方を見ずに、また食事に戻っている。
一粒一粒豆を口に運んでいる。
(……怒ってる……?)
その動きが、まるで怒っているような、そんな不快感が滲んでいた。
アンジェは少し不安になる。
(……怖い……)
眺めていると、握られている手に力が込められた。
力の主、カトリーナを見る。
「あなたの支度金をね、私たちは民に支給しているの」
「…………」
「もちろん労働の対価としてよ。さっきも言った通り、今は痩せた土地を整えているところなの。わかる?」
「……はい」
「そうよね! 大国の物価は高いし、いつまでも輸入には頼れない……。自給自足しなくてはいけないの」
「…………」
「だから、あなたの支度金は、この国を豊かにしてくれるのよ。食事だって、これからどんどん豪華になっていくわ」
「…………」
「それに、オリヴィアだって……まともな治療が受けられるようになるの。元気なあの子の姿、見たいわよね!」
「……はい」
「戦争で医者はいないし、まともな道具も薬もない。だからアンジェが結婚してくれると、大国からお医者様を呼べるのよ」
「…………」
「……ねえアンジェ、あなたの結婚がね……この国を、私たちを救っているのよ。結婚、してくれるわよね」
子どもに言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡ぎカトリーナは微笑んだ。
「……はい。お母様」
倣ってアンジェも笑顔を向けた。
カトリーナは立ち上がり、抱きしめた。
(………………)
幾度となくアンジェを優しく抱きしめてくれたカトリーナ。
その肩はとても細く、骨ばっている。
ゴツゴツとした硬い骨が顎や首に当たる。
「アンジェ、本当にありがとう。クリスと同じ、慈悲深い子……」
ぐいぐいとアンジェの頭を、肩や鎖骨に押し当てた。
(………痛い……)
ぼうっと前を見ているとオスカーと目が合った。
何を考えているか分からない表情。
下がっている口元。
「オリヴィアも、オスカーも、民も、もちろん私も! みんなあなたに感謝しているわ!」
オスカーは何も言わずに立ち上がり、無言で食堂を出て行く。
(……え……?)
いつも食事の後は、最後まで残っているのに。
ぼんやりと、アンジェはその姿を見送る。
「安心してね、さっき急いで目星はつけたわ! きっとすぐ決まるわ」
「…………」
「ありがとう、私たちのために帰ってきてくれて……ありがとう」
カトリーナはアンジェの首元に顔をうずめている。
濡れた鼻の冷たさを首で感じ、アンジェはただ前を見つめた。




