十四話(前編)
カトリーナに言われ、アンジェは長柄の大鎌とほうきを持った。
大鎌はアンジェの背丈ほどもある。
刃にぶつからないように気を付けて持った。
そのまま、小屋に続く小道の前に案内される。
「ここよ。それじゃ、アンジェが歩きやすいように道を整えてね」
「…………」
「自分の場所を娘に手入れしてもらえるなんて……クリスもきっと喜ぶわ!」
カトリーナはアンジェの頬を両手で掴んでキスをした。
顔を近づけたまま、優しく微笑む。
「できるわね」
「……はい」
笑顔で返したアンジェに満足し、カトリーナは城へ戻った。
置いていかれたアンジェ。
(……………)
道を整えるといわれてもやり方がわからない。
途方に暮れて立ち尽くしていた。
青い空、緑の木々。
鬱蒼とした森。
侯爵邸では遠かった自然の風景が、目の前に広がっている。
「アンジェリナ様、アンジェリナ様!」
どれくらい立ち尽くしてただろう。
城に続く道。サラが手を振りながら走っていた。
「あ、サラ――」
気づいて名前を呼ぶ間。
サラはアンジェの元に到着した。
まるで瞬間移動したような、人とは思えない速さだ。
両の膝に手を置き、腰を曲げて肩で息をしている。
汗ばんだ額がきらりと光る。
「オ、オスカー様に聞きました……。道の整備をされ、されるようで……」
「……え、ええ……」
「わ、私が……私が代わりにやります……!」
言うなり、落ちている長柄の大鎌を手に取った。
「私に、着いてきて……ください」
サラは大鎌を器用に振った。
ジャキジャキと草木が刈られていく。
刈られた草をまき散らしながら、サラは進む。
「はあ、はあ……。ア、アンジェリナ様には、大変すぎる、作業ですから。ここはお任せを」
サラの作った細いスペース。
アンジェはほうきを持ち、黙って着いていく。
「一着しかないお洋服も、破れてしまったら大変です」
大変な作業をしているのに、サラの息は整っている。
目の前を塞ぐ草木をものともせず、サラは進む。
「着きました!」
広い場所に出て、サラは額の汗を拭った。
とても満足そうに笑っている。
(すごい……!)
サラと進む道はあっという間だった。
カトリーナに置いていかれた朝。
何時間も、泣きながら果てしなくさまよっていたのが嘘のようだ。
「それではアンジェリナ様は小屋のお掃除を! 私は往復して道を整えます!」
そうサラは笑顔で元気よく言った。
大鎌を振り回し、ジャキジャキと音を立て道を戻って行く。
サラの姿が見えなくなってから、アンジェは小屋に近付いた。
(あ………)
ドアを開けようとして、手を止める。
(えっと…………)
再び立ち尽くす。
鍵を忘れた。
念のため、ドアノブを触る。
当たり前に、回らない。
ガチャガチャという音が虚しく響く。
「………………」
どうしたらいいのか分からず、棒立ちになる。
遠くでは、サラが道を作っている音が響いている。
耳を澄ます。
段々と、遠く小さくなる音。
そして、また段々と大きくなる音。
「おりゃあ!!!」
茂みから抜け出したサラが大鎌の柄を地面に刺す。
額の汗を拭っている。
また、大鎌を持ち上げたところで目があう。
「あれ!? アンジェリナ様!?」
驚きの声を上げた。
大鎌を放り出し、サラは駆けてきた。
「どうされたんですか、そんなところに立って」
「あ……えっと……」
「まさか、鍵がないんですか?」
「……はい」
アンジェが俯く。
「あー、それでしたら私がとってきます」
サラは笑顔で答えた。
「どうせ何往復かするつもりでしたから。急いでとってきますね」
「……ありがとう」
笑顔のサラに、アンジェも笑顔になる。
「どこに鍵があるんですか?」
「棚の……一番上の引き出しよ」
「わかりました! 急いでとってきますのでアンジェリナ様はお待ちくださいね」
そう言って、サラはまた小道に駆けて行った。
またジャキジャキした音が遠くなる。
アンジェはその場に座る。
そよそよそよ、と吹く風。
土と緑の臭い。
真夏で暑いが、小屋の日陰は涼しかった。
(……暇ね……)
心地良い風に眠たくなってくる。
(サラ、まだかな……)
うとうとしかけていると、ジャキジャキした音が大きくなった。
「お、お待たせしました……!」
サラが駆けてくる。
右手に持った鍵を掲げている。
「はい、どうぞ」
鍵を差し出す手。
なぜか、小刻みに震えている。
(…………?)
疲れているのだろうか。
さすがに、大鎌を担いで行ったり来たりは大変だったのかもしれない。
「ありがとう」
受け取るときに指先が触れた。
サラが、ぱっと手を離し後ろに隠した。
鍵を落としそうになり、慌てて両手で挟む。
「サラ……?」
「あ……い、いえ………」
先ほどまでは明るく元気なサラだった。
しかし今は、しどろもどろになっている。
目も合わず、視線がさまよっている。
サラなのにサラじゃないようだ。
何かが違う。
(…………?)
気になるも、せっかく鍵を持ってきてくれたのだ。
さっそく鍵を回す。
ガチャリという手応えのある音。
鍵を開いた。中に入る。
むわっとした埃の臭い。暑い部屋。
「アンジェリナ様……」
後ろで、サラが両手を握りしめている。
やはり元気がない。視線を落とし、手を後ろに組んでいる。
「あの、小道を作ったら、私……その、先に戻らせてもらっても良いですか……?」
言葉を途切れさせながら、サラは小さな声で伝えてきた。
「……わかったわ」
アンジェは頷く。
すると、サラはいつもの笑顔になった。
「ありがとうございます! ではすぐに終わらせますね! アンジェリナ様はごゆっくりどうぞ!」
『ごゆっくり!』と三回ほど言い、素早く大鎌を持ち上げた。
そのまま、小道の中に消えていく。
ジャキジャキジャキジャキジャキ……先ほどより音が速い。
ぼんやりとサラを見送って、アンジェは小屋のドアを閉める。
(暑いわ……)
室内は熱気がすごい。
淀んだ、こもっている空気。
窓を開けて空気を入れ替えた。
手に持っているほうきで床を掃く。
レイラに教えてもらった技術が今、役に立っている。
「けほ、けほ……!」
舞い散る埃に咳き込む。
部屋の中が白く充満した。
「けほ………」
床をほうきでなで、棚もほうきでなでる。
ベッドもほうきで叩くと、更に部屋は真っ白になった。
「けほ、けほけほ、けほっ」
堪らず、アンジェはドアから転がるように外に出た。
「……けほ……」
小屋を見ると、ドアや窓から煙のように白い空気が出てきている。
(綺麗に……なった……?)
煙が落ち着いてから、また中に入る。
同じように床やベッド、家具を叩いた。
「けほけほ………」
先ほどよりは煙が少ない。
掃除の仕方はあっているようだ。
少し叩いたら外に逃げ、少し叩いたらまた外に逃げる。
それを繰り返しているうちに、埃は出なくなっていった。
「………ふう……」
滴る汗。
ハンカチがないので、着ているワンピースで拭いた。
「……サラ……?」
いつの間にか、道を作っている音は聞こえなくなっていた。
ほうきを握りしめ小道に向かう。
(わあ………)
茂みの中に、人が一人通れる道ができていた。
地面の雑草は短くなり、横に伸びていた枝や草も切られている。
小道からの出口、反対側の道が見えた。
(すごいわ……!)
これなら道に迷うことはもうない。
明るく親切なサラ。常に笑顔で頼もしい。
途方に暮れているアンジェを、すぐに助けてくれる。
とても親切な侍女だ。
(戻ろう……)
道の確保はできた。
あとは部屋に帰ってゆっくり休みたい。
窓を閉めに、アンジェはまた小屋に戻った。




