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六話(前編)

エミリーとルーシーがアンジェの荷物をまとめる。


「たくさん持って行っても邪魔になりますから」

「アンジェ様の帰る場所、ルーシーがお守りいたしますわ」


二人にそう言われ、小さなカバン一つに荷物が収められる。

馬車に向かう廊下を三人で歩く。


「アンジェ様……ルーシーも一緒に行きたいのですが……」


馬車に乗ろうとしているのに、アンジェをずっと抱きしめて離さない。


(ルーシー……心配性ね)


温かいルーシーの体温。

その横で笑っているエミリー。

解放され、馬車に乗り込む。


(ドキドキだわ……)


ドアの外で、ルーシーが涙を拭った。


「お身体に気を付けるのですよ……!」


走り出す馬車。走り出すルーシー。

そして、城に戻るエミリー。


「ルーシー……」


追いかけてくるルーシーに、思わず涙が出る。

ゆっくりと小さくなるルーシーの姿。

そして、育ってきた城。


(ああ……ルーシー、エミリー、お兄様……)


きゅっと胸が締め付けられた。

エミリーとルーシーと離れ離れになるのは寂しい。


(でも、これでいいの)


そう、エミリーが言っていた。


(だって、お兄様が助かったんだもの)


それに、これから向かうのは小国の王城だ。

母クリスティナの姉、カトリーナがいる。

彼女は小国の王妃である。


(激戦区じゃないから安全だって、エミリー言ってた)


窓の外の景色を見る。

この国は、アンジェが生まれる前からずっと戦争をしているらしい。

しかし、そんな雰囲気もなく緑が広がっている。


(初めてこの国を出るわ……)


馬車に揺られながら、アンジェは窓の外を見る。

小国はどんなところだろうか。

着いたら、カトリーナに聞こう。


(馬車に乗るのも、初めてだわ……)


お尻が痛い。こんなの聞いていない。

座っていられなくて、椅子に横になる。

ゴトゴトと地面を車輪が走る音。

耳を傾ければ、すぐに眠りについてしまった。

どれくらい眠っていたのか。

馬車が止まり、目が覚めた。

起きると身体が痛い。


「ん……」


痛む背中をさする。

ドアが開く。御者が開けてくれた。


(着いたのね……)


差し出される手を掴み、降りる。

アンジェが住んでいた城よりも小さなお城。

建物も一つだけのようだ。

しかし、絵本に出てくるお城のように可愛らしい。

周りには、鬱蒼とした森が広がっている。

大国では城の周りはほとんどが草原だから新鮮だ。


「まあまあ、まあ! お姫様、ご機嫌よう」


明るい声の方へ顔を向ける。

城の中から、上品な女性が歩いてきた。


「あなたがアンジェリナね、可愛らしいお姫様」

「カトリーナ様ですか!?」

「ええ、そうよ。ようこそ、我が国へ」

「会いたかった……ですわ!」


ルーシーに教わったように、お辞儀をする。

くすくすと笑って、カトリーナは手を差し出した。


「さあ、行きましょう。案内するわ」

「はい!」


明るく返事をして手を握る。

回ったのは、ホール、広間、食堂、お風呂。


(……これが、王城……?)


どこを見ても狭く、そして古めかしい。

少し不安になる。

こじんまりとした狭い階段を上り、二階へ進む。


「ここがアンジェリナの部屋よ」


侍女がドアを開ける。

中は、アンジェの部屋の半分もない小さな部屋だった。

小さなベッド、小さなテーブル、小さなクローゼット。

お風呂に続くドアもないようだ。


(お部屋、間違えた……?)


思わずカトリーナを見る。

目があい、カトリーナは笑顔で首を傾げる。


「ああ、荷解きをしたいのね。頼んだわ、サラ」

「かしこまりました、カトリーナ様」


それじゃあね、とカトリーナはアンジェを置いていった。


「アンジェリナ様、カバンを開けてもよろしいでしょうか?」

「え、ええ……」


サラがてきぱきと洋服など準備している間、アンジェはそわそわと周りを見る。


(本当にここ……私の部屋……?)


でも、カトリーナは笑っていた。

だから多分、あっているのだろう。


(まるで、幽閉ね……)


腕をさすりながら棒立ちしている。


「ご不安ですよね、アンジェリナ様」

「え?」


準備が終わったのか、サラが声をかけてきた。


「でも大丈夫です、私が誠心誠意お仕えいたします!」


にっこりと明るく笑うサラ。

初めてエミリーと会った時のことを思い出す。


(ああ、エミリー……ルーシー……)


ここにきて初めて、アンジェは寂しいと思った。


無為な時間を一人で過ごす。

サラは『用がありましたら呼んでください』と消えてしまった。

構ってくれるエミリーがいないと暇だ。

エミリーの笑顔。

ルーシーの温かい手。

リオンの声。

三人が恋しい。


(せっかく小国に来たのに……)


思っていたよりも退屈だ。

ベッドの上で仰向けになっていると、ドアがノックされた。

そしてまたノックされる。


「…………?」

「……アンジェリナ様?」

「あ、はい!」

「入ってもよろしいですか?」

「……はい」


返事をすると、サラが入ってきた。


「お夕飯の時間になりましたので、お迎えに上がりました」

「そうなのね……」


ベッドから降りた。

ドアの外に立つサラのもとへ向かう。

サラは、アンジェではなく廊下の先へ右手を差し出した。

そうして、アンジェに触れることなく歩き出す。


(…………?)


不思議な動きだ。

食堂へ着き、アンジェを席に案内する。

暗い部屋、燭台の光だけがゆらりと照らす。

その中に二つの人影。

既にカトリーナと中年の男性が座っていた。

アンジェを見ると、カトリーナは立ち上がる。


「こちら、国王陛下のオスカーですわ」

「……オスカー国王陛下ごきげんよう、アンジェリナと申します」

「……まあ、好きにするといい」

「ふふふ、オスカーは愛想がないけど気にしないでね。さ、座って。お食事にしましょう」


席に着くと運ばれてくる料理。

立派な銀の食器が次々に目の前に置かれる。


「………?」


しかし、銀の皿に乗っているのは見たことのない料理だった。

ふやかされ潰された芋。

硬そうな干した肉。

底の見えそうな、薄い色のスープ。

なんの実かわからない果物。


「まあ、陛下。こんなお肉どこにあったんですか!」

「……今日くらいはいいだろう」

「ふふふ、いいですわね!」


カトリーナが嬉しそうに笑った。

そして、美味しそうにスプーンで口に運ぶ。

アンジェも見習って、潰れた芋を口に運ぶ。


「…………」


恐る恐る噛む。

ほんのりと塩味のきいた青臭い、芋。

今度はスープを啜る。

塩味のきいた、雑草のような香りのお湯。


(……………)


オスカーが美味しそうに頬張っている干し肉。

既に獣臭い。口に入れる。塩辛くて硬い。

強烈な臭いである。

口から吐き出したかったが、必死に咀嚼して飲み込む。

最後に、なんの実か分からない果物を口に入れる。

甘くない、変な香りの水が口に広がる。

それを無言で食べるオスカーとカトリーナ。


(…………どういうこと?)


白いふわふわのパン。とろりとした濃厚なスープ。

柔らかい肉。みずみずしく香り高い果物。

歯ごたえのいいサラダ。近くの川で釣れる季節の魚。

そして、甘く煮つけられたコンポート。

リオンとの会話。傍にいてくれるエミリー。

これらが食事だった。

リオンとエミリーと過ごす、いつもの食事。

更に大国にいる三人への寂しさが増した。


「あらアンジェリナ。もう食べないの?」

「……はい……」

「……そうよね、疲れているものね。じゃあ……いただくわね」


食べ残しが乗っている銀の皿をさっと回収する。


「あなた、干し肉をどうぞ」

「……ああ」


二人で残り物を分け合って食べている。

まだ口に残る臭みが気になり、アンジェは水を飲んだ。

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