序編第三章52 『嫌な妄想』
「よし、これなら行けそうね。こんな簡単に行くとは思ってなかったわ」
眠っていた意識が、ティアラの声によって覚醒へと向かう。
ティアは瞼を開けて、真っ白い精神世界を視界に映す。それからゆっくりと体を起こして、まだ眠い目元を指で擦った。
『ティアラ?』
「げっ、ティア!? ちょっ、ちょっと待ちなさい」
『んん?』
眠いまま、ティアラと視覚を共有する。
――その瞬間、視界にティアラが映った。そして消える。
『えっ!?』
「な、なに? どうしたのよ」
『いや、今ティアラがいたよ!』
「あたりまえじゃない。あたしはここにいるわ」
『いやそうじゃなくて、ティアラの視界にティアラが映ったの!』
「はぁ? な、何言ってるのよ。寝ぼけてるんじゃないわよ」
『寝ぼけ、寝ぼけてたのかな?』
「そうだと思うわよ? 少なくともあたしは見てないもの」
『そ、そっかぁ』
ティアラが見えた気がしたのだが、気の所為だったのだろうか。
『それにしてもティアラ、なんで寮の裏側?』
「ん、ちょっと散歩してたのよ」
『散歩で寮の裏側に来たの!? ティアラ独特だね……』
「べ、別にいいでしょ……」
そう言って、ティアラが寮の入口の方へと足を向けて、歩き出す。
『あれ、もう帰るの?』
「えぇ。ミファーたちも起こしたいし」
『あれ? 今何時なの?』
「五時半よ」
『五時半!? そんな時間に寮の外出ていいの!?』
「今日は冬祭りだからね、準備とかあるから五時から外に出ていいことになってるのよ」
『そうなんだ』
だとしたら、ティアラはその例外になるのではないか、と思ったが、それを言ったらティアラに怒られそうなのでやめておく。
それから寮の中へと入ると、ティアが思っていたよりも人が廊下にチラホラしていた。そんな人たちとすれ違いながら自室へ向かい、やがてたどり着くとドアノブを捻った。
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「ミファー、リーファ起きなさい。朝よ」
自室に入り込むと同時に、ティアラは大きい声で二人に声をかける。
『こんな時間に起こしていいの?』
「二人があたしが早起きするって言ったら、起こしてって言ってたもの」
『そう言えばそうだった』
思い出したとばかりのティアの声を耳にしながら、ティアラは先にミファーのベッドの方へと近づいて、手をつく。
「ミファー起きなさい、朝よ」
「ん、うぅ! 起きたぁ!!」
元気よく両手を頭上へ伸ばして、ミファーが元気よく声を出す。
その様子に頬を緩ませながらティアラは言う。
「ミファー、リーファを起こすわよ。手伝いなさい」
「うん!!」
言いながら、ミファーが勢いよく体を起こし、そのままの勢いで立ち上がると、次いでジャンプしてリーファのベッドに飛び込む。
着地の寸前、ミファーが大きく空気を吸い込んで、宙に浮いた。そのあとちょっとだけ上昇して、そして落下。
「んぅっ!」
ドサッという音と同時に、リーファが下敷きになった。
「リーファ起きてぇ!」
「んぅ……重ぃ。ティアラ助けて……」
「わかったわ」
「わぁ!」
ミファーを移動魔法で宙に浮かべて、ティアラはミファーのベッドへ怪我をさせないように注意しながら投げる。
「むへっ!」
と、ミファーが布団に顔から突っ込む様子をみて既視感を抱きながら、ティアラはゆっくりとリーファの方へと向き直る。
「これでどう?」
「んぅ、ありがと……」
言いながら眠そうに目元を擦るリーファは、相変わらずギャップに満ち満ちている。
ティアラはちょっとカーテンのところまで歩いて、まだ薄暗い外の光を部屋の中へと招き入れる。
「ねぇねぇティアラティアラぁ! 今日冬祭りだよぉ!」
「えぇ、楽しみね」
「――! ねぇねぇリーファ! ティアラが楽しみだってぇ!」
「んぅ……」
ティアラの楽しみというワードに反応して、ミファーの表情がパァッと明るくなる。
それから嬉しさを共有しようとリーファに話しかけるものの、リーファはその情報を読み込めるほど頭がはっきりしていないのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ティアラたち三人は身支度や食事を済ませると、自室で個々人の両親を待っていた。
とはいえ、待っているのは正確にはミファーとティアラのみだ。リーファはミファーに付き合っている形になる。まぁそもそも冬祭りの開始時刻が七時半だから、付き合っているというのも変な気がするが。
そんなことを考えながらリーファを見つめていると目があった。
「なに?」
「ぇ、いや、なんでもないわ」
「そう。そう言えばティアラ、ティアラのお母さんたちは何時に来るの?」
「一応、七時半前にってお願いしてるけど」
「それなら、一緒に出られそう」
「そうなの?」
「そうだよぉ! ミファーも同じくらいに来てってゆってあるからぁ!」
「そういうことね……」
その言葉を最後に、ティアラは黙り込んで俯く。
ベッドに座りながら、ティアラは思い出していた。自分が出した手紙に書かれた盛大なわがままを。
あれを送ったことに後悔はしない。
だけど不安になってくる。仮にあれをみてアミリスたちが来てくれたとしても、もしティアラのことを嫌いになっていたら。
そんな確証もない嫌な想像が脳裏に過ってくる。アミリスたちが自分を嫌うなんて思っていないくせに、不安だけは常にそこを見ていた。
「ティアラ大丈夫ぅ?」
「ん……」
リーファと話していたミファーが、ティアラの様子が変なことに気づいたのか、隣りに座って顔を覗き込んでくる。
その方向へティアラは顔を向けて、何となく軽くチョップする。
「いてっ!」
「ぁ、ごめん、痛かった?」
「うぅん、あんまり」
「何なのよ……」
ミファーの矛盾した反応にティアラはジト目を向けるしかない。
その時、コンコンコンとノック音が響き渡った。
瞬間、ティアラは咄嗟に下を向く。
「はぁい!」
ミファーが元気よく返事して、扉の方へと向かっていく。
ティアラは怖くて顔が上げられなかった。
あるはずがないとわかっていても、あのわがままのせいで嫌われていたらという嫌な妄想が脳裏にこびりついている。
「あ、ミファーちゃん久しぶりだね」
「ティアラのお母さん! と、お父さんと……えっと」
「ぁ、アミリス! ほら中に入るよ!」
「ぇ? ぅ、うん」
「んで、ティアラはどこだ?」
その声は、紛れもなくアミリス、アドバン、ミャミュの声だ。
ゾロゾロと部屋に入ってきて、三人はティアラの前で足を止めた。
――それでもまだ、ティアラは顔を上げる勇気を持てなかった。




