序編第三章50 『自分を大事にして』
メルティアと一緒に横並びに歩きながら、ティアラは寮を目指していた。
横を振り向けば、「ん?」とメルティアが見せていた横顔を前顔に変える。
「メルティアさんは、なんであたしを起こさなかったの? というか、ティアがいるんだから普通に寮に向かえばよかったじゃない」
「それがティアちゃんも急に気絶しちゃって」
「気絶?」
『そ、その、体調不良に耐えかねて精神世界に行ったら、そのまま寝ちゃったの……』
「そうだったのね……」
「なになに?」
「体調不良に耐えかねて精神世界に逃げたらしいわ。それから寝ちゃったみたいよ」
「ちょっと待って、精神世界だと具合悪くないの?」
「そういえばそうね。寝不足だと眠気は感じるけど、不調はなかったわ。たぶん、眠気が精神体、不調が肉体って決まってるのよ」
「いいなぁそれ。私も痛い時とかに逃げ込めたらいいのに」
……そう言えば、痛覚が五倍なのよね
ティアラがメルティアのソースを知っていることを、果たしてメルティアは知っているのだろうか。イラディスのことだから、それとなくティアラに伝えたことをメルティアに知らせている気もするが。
「と、着いたねティアラちゃん」
「怒られたりしないかしら?」
寮の入口前まで来て、ティアラはちょっと怖気づく。
こんな時間まで何をしていたんだなんて言われたら、ティアラの寝不足が露呈する。そんなことになったら、アミリスとアドバンに伝わって――、
「大丈夫。私に任せて」
「え?」
メルティアが先行して入口から寮に入っていく。
ティアラは慌ててその背中を追った。
「帰りました」
「こんな時間まで何をしてたんですか?」
あれ?
受付の反応は、ティアラが予想したのもとは違った。
叱る感じの言い方ではなく、シンプルに気になったとでも言いたげに目を丸くしている。
それとももしかすると、義務のようなものがあるのかもしれない。
「この子の具合が悪かったので、緊急につき寮への帰宅より休息を優先しました」
「そうですか。……その子、もう大丈夫なんですか?」
「はい。ね? ティアラちゃん」
「ぇ、えぇ……」
「わかりました。では担任を呼ぶ必要はありませんね。どうぞ、行ってください」
「は~い」
言いながら、メルティアが前に進んでいく。さりげなくティアラの手を握っているが、この際安心できたからいいとしよう。
それに多分、メルティアもティアラを安心させようと思ってのことだろうから。
「あんなに簡単に抜けられるのね」
「私が保健室の先生だからだね。そうじゃなかったら、間違いなく担任の先生呼ばれてたよ」
「メルティアさん」
「なに?」
「その、ありがと……」
ティアラは恥ずかしそうに顔を俯かせながら、メルティアへ感謝の言葉を投げかける。
「かわいい」
「そ、そんなこと別に言わないでいいのよ!」
それからティアラは、メルティアと自室へと向かって歩き出す。途中で道が分かれた。
「それじゃあメルティアさん、またね」
「うぅん、最後までついてく」
「え? なんで?」
「ティアラちゃんが心配だから」
「んっ……ありがと」
「かわいい」
「――――」
何も言わない代わりに、ティアラは内心で『だから言わなくていいのよ……』と呟く。
それからまた歩き出して、やがてティアラの自室へとたどり着いた。
「ティアラちゃん、もう大丈夫?」
「えぇ、助かったわ」
「それじゃあまたね」
「えぇ」
手を振ったメルティアに手を振り返すと、メルティアは背中を向けて帰っていく。その背中が見えなくなるまで見送ると、ティアラは自室の方へと振り返った。
それからゆっくりとドアノブを掴み、ひねって――、
「ティアラあぁ!!」
自室に入った瞬間、ミファーが全速力でティアラの胸に飛び込んだ。
「ど、どうしたのよ急に」
「だって、心配だったから」
「ティアラ、もう大丈夫なの?」
「ぇ、えぇ……」
ミファーに続き、リーファも様子を見にやってくる。
その心配の様子がティアラの予想を上回って、思わず目が丸くなっていた。
まさかこんなにも心配してくれていたとは、ちょっとばかし、いや、だいぶ涙腺に来るというものだ。
「あたしはもう大丈夫。ちょっと寝不足だっただけだから」
「ほんとぉ?」
「えぇ、ほんとぉ、よ」
「ま、真似された!」
「ふふっ」
驚くミファーの姿に、ティアラは頬を緩める。それからリーファの方へと視線を向けて、
「リーファも、心配してくれてありがとね」
「……えぇ、まぁ……ティアラが無事ならいい」
ちょっと気恥ずかしそうにするリーファは、なかなか新鮮だった。
それからティアラは、遅れて夕食を取り、寝る前の準備を済ませた。
そしてようやく睡眠時間が訪れて、ミファーとリーファに「おやすみ」と言って目を瞑ったあとのことだ。
『ティアラ、ちょっと来て』
ティア?
「わかったわ」
そう言って、ティアラは精神世界へと潜り込んだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「何の用よ」
「ティアラ……」
精神世界にやってきたティアラを、ティアは見つめる。
その表情は、ティアが呼び出した理由を知りたそうにしていた。
ティアは何も言わず、勢いよく手を振り上げて、
「いたっ!」
勢いよくティアラの頭頂部に手刀を振りかざした。
――チョップである。
「ぃ、いや、痛くはないんだったわ。何するのよ」
「ティアラが、ちゃんと寝なかったから。だからもう一発」
「ちょっ!」
ティアラが、防御体制を取る。
痛くないとわかっていても、痛そうな気はするものだ。
振り上げた手刀を、ティアはまた振り下ろして、
「え?」
当たる寸前で手を止めれば、ティアラが素っ頓狂な声を出す。
「って、こんな風に叱るつもりだったんだけど、メルティアさんに全部持ってかれちゃったから、今回は仕方ない」
「どういうことよ」
「わたしはねティアラ、ティアラにもっと自分を大事にしてほしいの」
「だ、だから、ちゃんと寝るってメルティアさんにも」
「寝ることだけじゃない」
「――――ッッ!」
「日頃から、自分を大事にするべきだよ。今日だって、倒れるくらい自分を追い込んでたわけだしね」
「それは……」
ティアラはずっと、自分の価値を見出だせずにいた。
両親に相応しい娘に近づいたとしても、価値の見出し方はまだ両親に相応しいかに基づいているのだろう。
「じゃあさ、ティアラが自分を大事にするなら、一つだけティアラのわがまま聞いてあげる」
「え? ホ、ホント?」
「うん、最初の一歩だけサポート」
「……わかったわ、やれるだけやってみるわ」
その言葉を聞けば、ティアは「ふぅ」と一息つく。
だがこうやってティアラが自分を大切にすると言ってくれたことが、ティアはとても嬉しかった。なにせそれはティアラにとって、怠けるに繋がってしまうような勇気のいることだろうから。
それから下げていた視線をもう一度ティアラへ向けると、何やら指をツンツンと突き合わせてモジモジしていて、
「ティアラ?」
「……その、どうすると大事にすることになるのかしら?」
「――へ?」
思わず、素っ頓狂な声がティアの口から零れ出る。
「いや、だって、あたしずっとそんなこと考えこなかったから、わからなくて」
「ティアラが頑張ってるなぁって自分で思ったら、ご褒美を上げればいいの」
「頑張ってる?」
「あぁダメだ……」
きっとティアラにとっての『頑張ってる』は、入学当初レベルの努力に紐付けられているのだろう。
自分の努力を認められないというわけじゃないはずだ。頑張っているという基準が、普通より高い位置にあるだけで。
そんなことを考えながらティアラを見つめていると、
「……ごめん」
「あっいや、そんなつもりじゃっ……」
ティアラが俯いた。
意図せず、傷つけてしまった。考えてみれば、ティアラがおかしいみたいに聞こえても仕方がないような言い方だったかもしれない。
「……そうだ。だったらさ、ティアラ」
「なによ」
「わたしに心配されそうって思ったらご褒美。これならできるんじゃない?」
「んっ……それなら、たしかにわかるかもしれないわ。ティアが心配するかもって思った時に、自分にご褒美をあげればいいのよね?」
「うん、そういうこと」
「ご褒美ってどういうの?」
「何でもいいよ。お菓子買ったり、休んだり、ミファーたちと遊んだりでもいい。要するにさ、ティアラはすっごい頑張るから、その元気の補給ってこと」
「そ、そんなに頑張ってるかしら?」
「うん、ティアラは頑張ってる」
そう言うと、ティアラが黙ってティアの瞳を見つめた。
そのまま一、二、三、四、五秒と時間が経って――、
「わかったわ。あたしは頑張ってる、それでいいのよね?」
「うん! えらい!」
「ぁ……うぅ」
衝動的にティアラの頭を撫でると、頬が赤らんだ。かわいい。
「それでティアラ、わがままは?」
「何でもいいの?」
「うん」
「……考えとくわ」
「えっ……もしかしてとんでもないわがまま言おうとしてる!?」
そんなじっくり考えられたら、ティアラから成し遂げられないようなわがままをされそうで、ティアは思わず身構える。
「そんなこと……いや、ないとは言わないでおくわ」
「ホ、ホントに大丈夫なんだよねぇ!?」
と、精神世界にティアの悲痛の叫び声が木霊した。




