序編第三章49 『自信』
「きゅ、急にどうしたのティアちゃん」
「あっメルティアさん……」
最悪のタイミングで名前を呼ばれて、隠すことが不可能となった。
ティアは咄嗟に、ティアラの怒号を予想して身を縮める。
『バレたのね?』
「……はい」
怒られる……
『……まぁ、今回はあたしが悪いわ。急に寝ちゃったんだもの』
「へ?」
予想外なティアラの言葉に、ティアは驚いて目を丸くする。
『どこまで話したの?』
「えっと、別人格みたいなものって」
『わかったわ。あとはあたしに任せなさい』
「ぇ? ぅ、うん……」
ティアは何がなんだかわからないまま、ティアラに体の主導権を渡した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「んっ……」
ティアから体の主導権を受け取ったティアラは、手をグーパーして体の感覚を掴むと、下を向いていた視線をゆっくりとメルティアへと移動させる。
「もしかして、ティアラちゃん?」
「えぇ、迷惑かけたみたいね、ってわぁ!?」
突然、メルティアがティアラに抱きついた。
ティアラは若干後ろに仰け反るが、どうにか堪える。
「ティアラちゃん、よかった!」
「メ、メルティアさん、苦しい」
「わぁ! ご、ごめん……」
言いながら、メルティアはティアラから慌てて離れる。それから自分の膝に両手を縮こまらせて、俯いたままチラチラとティアラを見やる。
その表情は、ティアラにまた嫌がることをしてしまったのではないかという不安が籠っていて、
「べ、別にこういう時くらい、いいのよ」
「え?」
「何でもないわ……」
頬を赤らめながら、ティアラは顔を背ける。
正直、ティアラは今の状況を全然把握していない。てっきりティアと普通に話していたから、ティアラのことも安心しているのだと思ったが、今の反応を見る限りそういうわけではなかったということだ。
少なくとも、ティアラの無事を今の今まで確信できていなかったことになる。そんなメルティアの安堵がティアラに抱きつく形で表されても、嫌な気持ちはない。むしろ、ティアラ的には嬉しかった。
ふと、ティアラは保健室の時計を見やって、今の時間を把握する。
「ぁ、あたし結構寝ちゃったのね」
「うん、帰ったらミファーちゃんたちを安心させてあげてね」
「え? ミファー?」
『倒れた時にミファーたちもいたの』
「あぁ、そういうことね」
ティアから補足があって、ティアラはなるほどとコクコクと頷きながら納得する。
その様子をみていたメルティアが、ティアラの顔を覗き込むようにして、
「ねぇティアラちゃん、気になってたんだけど、二人ってそうやって会話できるんだね」
「えぇそうよ」
「まぁそうじゃないと仲良くならないもんね」
「んっ……えぇ」
仲良がいいと見られたのだと、ティアラはちょっと嬉しくなる。
だけど少し気恥ずかしくい気持ちもあって、ティアラは膝の上に両手を丸め、頬を赤らめる。
「それでティアラちゃん、なんで寝不足になったの?」
「そ、それは……」
ティアラはティアを見つめるように上を見やった。
それから左下、右上と視線を泳がせて、最後には目を伏せる。
「……言えないわ」
「ふ~ん、そうなんだ。ふ~ん」
眼の前で、メルティアがニヤニヤし始める。
それをみて、ティアラは一瞬で頬が赤くなった。それから何も言えなくなって、目をそらす。
「わかった、聞かないでおくね」
「た、助かるわ」
『え? なに!? どういうこと!?』
「なんでもないわよ……」
『えぇ、気になるじゃん……』
不満そうに言うティアに、ティアラはシカトを決め込む。
知らなくていいことは知らなくていいのだ。むしろ、知らないでいてくれた方がティアラ的に助かる。
「そんなことよりメルティアさん、ティアのことなんだけど、黙っててくれないかしら?」
「それはいいけど、どうして?」
「ティアがちょっと特別な存在だからよ。別人格みたいなものってティアは説明したみたいだけど、あたしは別に二重人格ってわけじゃないわ」
「え!? そうなの?」
「えぇ、ティアの深い話はのちのちするわ。……話をまとめると、あたしから派生した人格じゃないティアの存在がお母様やお父様に伝わったら、ティアがどうなるかわからない。だから、ティアのことを誰にも話さないでほしいのよ」
メルティアは唇に指をあててちょっと考えると、「うん、わかった」と頷いてくれる。
それをみて、ティアラは安堵の息をついた。
「それよりティアラちゃん、そんなティアちゃんが大事ならなおさらちゃんと寝ないとダメだよ」
「なっ!? だっ、大事ってわけじゃっ!」
『ないの!?』
「ないの?」
「あっ、あります……」
『よし!』
ティアラはまた自分の膝の上に両手をまるめて、身を縮めて頬を赤らめる。
ティアに対して、大事じゃないなどと言えるわけがない。そんなことを言って悲しまれるくらいなら、恥ずかしい思いをした方がティアラ的に何百万倍もマシだ。
「なら倒れて心配させるのはどうなの? それに今回、私にティアちゃんの存在がバレちゃったわけでしょ? また同じように倒れたら、今度はリーファちゃんやミファーちゃんにもバレちゃうよ?」
「そ、そうね……」
メルティアの連続する正論に、ティアラは反論できなかった。ゆえに、肯定するほかない。
この時、精神世界にいるティアが『リーファにはもうバレてるだよなぁ……』と思ったことは秘密だ。
「……わかったわよ、今日からはちゃんと寝るわ」
「ホントだよ?」
「えぇ、ホントよ」
「うん、それならよかった。よしよししていい?」
「えぇ……えぇ!? な、なんで急にそうなるのよ!」
「いや、ティアラちゃんがいい子だったから。ダメ?」
言いながらちょっと悲しそうな顔をするメルティアをみれば、ティアラは罪悪感が芽生えた。
「……まぁ、いいわよ」
「ありがと」
軽く俯くと、メルティアがティアラの頭を撫で始める。それを受けながら、ティアラは落ち着かない感覚をどうにか指をツンツンさせて抑える。
「……もういいでしょ」
「えぇ!? 短いよ!」
「早く帰らないとだもの。ミファーとリーファが心配して……くれてるかもしれないじゃない」
「――――」
――どうしても、そこは断言できる自信がなかった。
二人が人を心配するかという意味でなら、自信はある。だが、その対象にティアラがなりえるとは、自信を持って言えないのだ。
「二人は、ティアラちゃんをちゃんと心配してたよ。ちゃんとっていうのは、ちょっと違うかもしれないけど」
「ホント?」
「うん、ホントだよ。だから、帰ったらちゃんと安心させてあげてね」
「えぇ!」
メルティアの言葉に、ティアラは首を大きく縦に振って応える。
二人が心配してくれているのなら、ティアラは嬉しいし、安心させたい。ちょっと嬉しさでトリップしそうになるが、それはどうにか我慢した。
「メルティアさんはこのあとどうするの?」
「う~ん、私も帰ろうかな。一緒に帰る?」
「えぇ、一緒に帰りたいわ」
「一緒に帰りたいの!?」
「そ、そこは無視でいいのよ……」
ティアラの想いを語る発言にメルティアが食いついて、ティアラはちょっとばかし頬を赤らめて拗ねたように言う。
それからメルティアとティアラは、帰りの準備を始めた。と言っても、ティアラには何も準備するものはなく、主な準備はメルティアだけだ。
やがてそれが終わると、二人は一緒に保健室を出るのだった。




