序編第三章48 『思い知って』
「それでティアラちゃん、なんで嘘ついたの?」
保健室の椅子に座らされたと思ったら、正面に座ったメルティアがティアの瞳を見つめた。
「別に、嘘なんかついてないわ……」
こうやってティアラのふりをするのも少しずつ疲れてきていて、ティアは生理的に保健室のベッドに視線をやった。
あそこで目を瞑って精神世界に行けば、体も休ませることができる。
「ふ~ん、ならなんで具合悪いの?」
「それは、その……」
――頭がうまく働かない。
まるで思考に靄がかかっているかのようで、
「――寝不足なんでしょ?」
「ち、ちがっ……」
「正直に言ったらベット使っていいよ」
「…………そうよ」
欲に負けた。
「やっぱり。……なんで夜ふかししたの?」
「そ、それは……」
「なんで?」
メルティアが顔を近づけて聞いてくる。
ティアは焦った。なにせティアはティアラがどうして夜ふかししていたのかは知らないのだ。
なにか適当な理由を探そうとしても、こんなあたまじゃ見つからない。
「ティアラちゃん?」
「ま、待って、今考えて……」
「言い訳を?」
「うん……ん? いや違う!」
ダメだぁ、頭が働かない……
「ティアラちゃん怒るよ?」
「いや違う! ほんとに違うの! わたしはえっと、その……」
「…………あなた、誰」
「……ぇ?」
ギギギ、とメルティアが椅子を後ろに引きながら立ち上がり、距離を取った。
その瞳は、ティアのことを睨んでいた。
一瞬にして、息が詰まる。
心臓がドクドクと鼓動を速めるのを感じる。
ゴクリと、唾を飲み込んだ。
「ティアラちゃんじゃ、ない、よね……」
「な、何言ってるのよ。わたしはティアラよ」
「嘘つかないで!!」
「――――ッッ!!」
ティアは、チラリと外で待っているであろうミファーとリーファを見やった。もしミファーが入ってきたら、収集がつかなくなる。
そこはリーファがなんとかしてくれるとは思うが、心配だ。
「ホ、ホントよ。ティアラよ」
「違う! ティアラちゃんじゃない! あなたの加護? だとしたら未発覚者だったんだんよね。こんなことはもうやめて」
「ち、違う!」
そう言ってティアが立ち上がった瞬間の出来事だ。
メルティアが瞬時に駆け出す。メルティアが座っていた椅子がティアの眼前に飛んできて、咄嗟に顔を横にどけて避ける。その瞬間、目の前にメルティアが顔があった。
――なぜだろう。顔が逆さまだ。
「――――ッッ!!?」
上を見ればメルティアの体があった。
メルティアはティアの肩を両手を掴んで、バク転を行い。そのままの勢いでティアの体に足を絡め、しがみつく。
そのあまりにも最善な動きに、ティアはなすすべなく後ろに倒れ、メルティアが背中を打ち付けた。
「答えて! あなたは誰!」
「ティ、ティア! ティアラの別人格みたいなもの! ティアラに言うなって言われてるから言えなかったの!」
「……ティアラちゃんの、別人格?」
メルティアが目を丸くして、力がほんの少しゆるんだ。
けどティアに、この拘束から逃げ出すような気力などない。
「うん。なんでなのかはティアラから話してもらった時に聞いて……。もう無理! 帰る!」
「え?」
これ以上この苦痛に耐えれられなくて、ティアは目を瞑って精神世界へと逃げ込んだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『ティアラ……』
精神世界に行くと、スースーと寝息を立ててぐっすりと眠っているティアラの姿があった。
『まったくもう、ティアラのせいでひどい目にあったんだよ?』
『――――』
何の反応もない。
ティアはそんなティアラの正面に寝転んだ。
気持ちよさそうに寝ている。本当に気持ちよさそうだ。
そんなティアラを見ていたら、ティアも眠気が出てくる。急に色々なことが重なったから、疲れたのだろう。
『――――』
気づかぬうちに、ティアもまた寝息を立てていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「んっ……うぅ?」
目が覚める。
さっきより体調が良くなっていると、すぐに気づいた。
「ティアラちゃん?」
「んっ……」
声の方向へ振り向くと、そこには椅子に座るメルティアの姿があった。その表情はひどく心配しているようで、同時に疑っているようでもある。
「ティア」
「ぇ……」
言いながら、ティアは体を起こす。
「ベッド?」
「――? あなたが急に倒れたから移動したの」
「そっか」
「……ティアラちゃんは、無事なんだよね」
「無事だよ。呑気に寝てたし……」
「――?――」
なんのことだと言わんばかりに目を丸くするメルティア。
当然ながら精神世界の存在を知っているわけがないのだ。だがティアは説明を放棄して、
「今何時? ミファーたちは?」
「あの二人には帰ってもらった。今は八時、四時間くらい寝てたんだもん」
「……ごめん」
保健室の先生と言えど、メルティアは生徒だ。そんなメルティアを学園に八時までいさせてしまった事実に、ティアは罪悪感が湧いた。
「……さっきの話。ティアラが寝てたっていうのは、精神世界でのこと」
「精神、世界?」
そんな罪悪感から、ティアはさっき放棄した説明を始める。
それを受けて、メルティアが小首を傾げて目を丸くした。
「精神体のみが行ける真っ白い世界があるの。ティアラはそこで寝てたんだよ。ほんとにもう、こっちの気も知らないで」
正直なところ、ティアはちょっと苛立っていた。
ティアラのために頑張って乗り切ろうとしていたというのに、あんなに気持ちよさそうに寝られたらさすがにイライラする。
だがティアラが、私欲のために夜ふかしするとは思えなくて、そこがどうにも引っかかった。苛立ちが大きくないのもこれが原因だ。
「ふ~ん……ホントにティアラちゃんは無事なんだよね?」
二度目になる確認を、メルティアがティアにぶつける。
それだけティアラの無事を確認するのは、それほどティアラのことが大事だからなのだろう。
「うん、無事だよ。寝てるって言ったじゃん」
「それはそうだけど、心配だし……」
そう言って目を伏せるメルティアの表情から、ティアラへの心配の重みが伝わってくる。
考えてみれば、メルティアからするとティアラの体が突然誰かに乗っ取られたという状況だったわけだし、あぁなって当然なのかもしれない。
「とにかくわたしはティア、ティアラの別人格みたいなもの。だからさっきみたいに攻撃しないで」
「……ごめん、まさか椅子を投げるなんて思ってなかった」
「――?――」
メルティアの他人事のような言い方に、ティアは眉をひそめて小首を傾げる。
それから一瞬考えるが、それよりも重要なことがあると、ティアは思考を切り替え、口を開く。
「そうだ。ティアラにわたしのことを知ったっていうのは黙っててほしい」
「なんで?」
「……ティアラが怒るから」
そもそもティアラがティアの存在を隠すのは、万が一アミリスやアドバンに伝わったら、娘に誰かが住み着いていると問題になって、ティアが危険にさらされる可能性があるからだ。
つまり、ティアラが怒るのもティアのためなのだが、
でも怒られたくないし……
「ふふっ」
「――? なに?」
その絶妙に嫌そうな表情をするティアを見て、メルティアが笑った。
「いやなんか、ティアラちゃんと仲良いんだなって思って」
「まぁ、相棒だからね」
「――! そっか」
「メルティアさん」
「うん?」
どうしたの、とばかりに小首を傾げるメルティア。
「ティアラと、仲良してね」
「――っ! うん、もちろん!」
「それと! わたしのことはティアラには絶対に言わないこと!」
「ふふっ、わかったよ。ティアラちゃんにティアちゃんのことは話さない」
『……今の、どういうこと、ティア』
一瞬にして、ティアは凍りついた。
背筋が凍るなんて表現があるが、実際にはこんな感覚なのだと思い知る。
「ティア、ラ……?」
『……どういうことか、話してもらうわよ』




