序編第三章47 『揺れる淡い水色』
「ティ、ティアラ?」
「あっ、えっと……なによ」
ミファーに困惑したような表情を向けられて、ティアはとっさにティアラを演じる。
正直、ティアラのためになんとかこの場を乗り切るとは決めたものの、体調不良はかなりのもので、うまく乗り切れるかは自信がない。
だからこそ、サポートの要求を兼ねて、リーファを見やる。それにリーファは小さく頷いてくれて、ティアはちょっとばかし安堵が出る。
にしてもティアラ、よくこんなのに耐えてたな……
ティアもこの世界に来るまでに寝不足は当たり前に経験しているが、これほどの体調不良を味わったことはない。
だとすると、ティアラは寝不足に弱い体質なのかもしれない。
などと考えていると、リーファがティアに肩を貸してくれる。
「ねぇリーファ、保健室の先生ってメルティアさん?」
「……安心して、メルティアさん以外にもいるから」
「んっ……ありがと」
ならよかったと、ティアは安堵の息をつく。
仮に保健室の先生がメルティアだけだったら、この体調不良に耐えながらティアであることも隠すという高難易度の展開に発展する。ちなみにミファーは難易度をつけるまでもない。
「それじゃあティアラ、歩くよ」
「リーファ待って、ミファーの加護で運ぶから!」
「ん、たしかにその方が早い」
「じゃあ待ってて」
その瞬間、魔法陣の方へと走り出したミファーが一歩一歩と加速を積み重ね、直後一気に息を吸い込んで跳躍した。
「えっ?」
跳躍したミファーが、そのままの勢いで魔法陣のもとへ飛んでいく。――飛んでいるのだ、文字通り。
ミファーは魔法陣の近くまで来ると急に重力を浮け、勢いよく魔法陣に着地した。
「な、なに今の……あっ」
「ティア!」
驚きはしたが、今は体調不良でそれどころじゃない。
倒れそうになったティアを、リーファがどうにか支える。
「急にどうしたの? さっきまで普通だったでしょ」
「ティアラ、寝不足だったみたい。さっきはびっくりしてて、体調不良に気づかなくて……」
「だから……」
納得したとばかりにリーファが呟く。
「ティアラ大丈夫ぅ?」
「は?」
ミファーの声が聞こえた。とっさにその方向を見やれば、ミファーがいた、目の前に。
ティアの思考は一瞬で混乱を極めた。地面をみれば、魔法陣が描かれている。それから後ろをみて、なんとなくわかった。
一瞬で転移した?
さっきまでティアとリーファがいた場所が遠くにある。そしてここはミファーがいた場所だ。
つまり、ティアとリーファはミファーのいる場所まで一瞬にして転移したのだと、ティアはそう推測する。
「魔法陣使うよティアラ」
「ぇ、えぇ……」
あぁダメだ、これ以上考えちゃ……
頭が鉛のように重い。
目の奥にズンとした痛みが走っている。走り続けている。
――眩い光が魔法陣から放たれて、ティアは目を閉じる。
「ティアラ、しっかりして……」
「えぇ……」
眠くはない。
だが、目を開けているのが疲れる。
――光が、痛い。
ティアはミファーの声に返事を返して、それからゆっくりと目をこじ開ける。
そして視界に、学園への入口が映り込んだ。
「じゃあまたミファーが」
「あれ? 三人とも何してるの?」
「メルティアさん!」
「ぇ……」
小さく喉を鳴らしたのはティアではなくリーファだった。ティアにはもう、反応する気力がなかった。
だからゆっくりと聞こえた声の方へ顔を向けて、
「――――」
最悪だと、ティアは思った。
そこには目を丸くするメルティアの姿があった。具合を悪そうにするティアラ――ティアを気にして、心配そうに小首を傾げて顔を覗き込もうとする。
「ミファーちゃん、ティアラちゃん何があったの?」
「突然倒れたの! だから保健室に連れてこうって!」
「倒れた?」
目を細めて、メルティアはティアを見やった。
「ティアラちゃん、顔見せれる?」
「……えぇ」
正直、最悪だとは思ったものの、仮にメルティアがこの苦しみをなくすことができるというのなら、それはそれで希望の光だ。
自分という秘密がバレるかもしれないという絶望の闇と、体調不良を解決してくれるかもしれないという希望の光。
この状況において、ティアは絶望の闇から逃れるよりも、希望の光を掴む方向へシフトした。
「う~ん……ねぇ、ティアラちゃんちゃんと寝てる?」
ティアは寝てないだろうなぁと思いながらも、ティアラがそれを素直に言うはずがないから「…………寝てるわ」と答えた。
その回答を聞いて隣にいるリーファが金色の瞳をこちらに向けたが、おそらくティアの考えは理解してくれているだろう。
「ふ~ん……とりあえず保健室に行こっか」
そのあと、メルティアについていくようにして保健室に向かった。
ミファーはもちろん加護を使って早く行くと言い出した。しかしメルティアに「ミファーちゃんが走って怪我したら、ティアラちゃんが心配でもっと具合悪くなっちゃうかもよ?」と言われれば、ミファーはリーファと同じくティアを支えて一緒に歩いてくれた。
やがて、保健室にたどり着く。
「それじゃあ二人は外で待ってて」
「ううぇ!?」
「んっ……」
「あっ、ティアラごめんなさい……」
「……別にいいわよ」
ミファーも悪気があったわけじゃないのだろう。むしろ、今の叫びは善意が招いたものと考えるのが自然だ。
ティアラならそんなミファーを赦すと思った。もちろん、素直にとはいかないだろうが。
ティアの推測を肯定するように、ミファーがメルティアのピンク色のハートの瞳を見つめた。
――その眼差しにはティアラへの心配の気持ちが籠っている。
それをメルティアは察したのだろう。ミファーの前に屈み込んで、顔を覗き込む。
「ミファーちゃん、二人が近くで心配してて、ティアラちゃん休めると思う?」
「そ、それは……」
「ミファー、私たちにも言えないことはティアラにもあると思う。私たちがいたらそれを話せないでしょ」
「……ぅ、うん、わかった。待ってるねティアラ」
「えぇ……」
メルティアに連れられて保健室に入る間際、返事を返しながらわずかにミファーの表情がティアの視界に入り込む。
その面持ちは、心配の気持ちに満ち満ちていた。付き添えない悲しさを淡い水色の目に宿し、揺れるその瞳は切なさを感じさせる。
――けれども健気な笑みで、ミファーはティアを、ティアラを見送った。




