序編第三章46 『チョップの刑に処す!』
予行演習はその日の夕方まで続いた。
大企画そのものがそもそも大規模だ。それゆえに、気づいていなかった問題が浮上したりする。それを修正しながら予行演習を繰り返せば、時間はあっという間に過ぎた。
「ティアラちゃん、おつかれさま」
「は、はい……」
「なんで敬語?」
「あっいえ、いや、うん……その、緊張してて……」
目を丸くして小首を傾げるイラディスに、ティアラは言葉選びを何度も間違えながら返事する。
「まぁ、あれほど大規模だとそうもなるよな。あっけど、ティアラちゃんの案よかったぞ」
「ホ、ホント!?」
「ホントだよ。実況とか司会って堅苦しくなる印象があったけど、これならそうもならないからね」
そのイラディスの言葉に、ティアラは嬉しそうな面持ちで応じる。
もとはと言えばティアのアイデアだが、ティアラとしてもそのアイデアに強く惹かれていたため、この言葉はかなり嬉しい。
「ティアラちゃん、このあとはどうする?」
「ん、帰ろうと思ってたわ。今はちょっと休憩してただけ」
「そうか。それなら送って行こうか?」
「んん!」
イラディスの優しい提案に、ティアラは目を見開かせる。が、すぐに「うぅん、大丈夫よ。一人で帰れるわ」と断った。
予行演習が終わったと言えど、このあともイラディスには何かしらやることがあるだろう。それを邪魔するわけにはいかない。
「そうか? わかった。なら気をつけて帰ってな」
「えぇ」
頷いて、ティアラは立ち上がった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ふわぁ……」
『ティアラ、今日あくび多いね』
「ん……気のせいよ」
『演習中にティアラのあくびが魔法陣に入ったのに?』
「あぁ! あれは忘れなさい!!」
ティアの指摘にティアラは頬を赤くしながら全力で忘却を命じる。
『おもしろかった』
「ぶっとばすわ」
『ぶっとばすの!!?』
まさかの実行宣言に、ティアが目を見開いて驚く。
それを聞いてティアラはクスクスと笑った。それから転移魔法陣を駆使して自分の寮へと向かう。
十二月の夕方ともなればだいぶ寒いというものだ。ティアラはポケットーに手を突っ込んで歩く。
息をすれば、白い空気が宙に迸るのがわかる。それで視界が霞んでいく。
――いや、違う。これは、
『ティアラ!?』「ティアラ!?」
ティアラの体が、ゆっくり地面へ近づいた。
気づくこともできずに倒れて、ティアラの意識は暗闇の奥底へと沈んでいった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ティアラ大丈夫!?」
「ぇ、へ?」
ティアラが倒れたと思って、声を上げた直後のことだ。
ティアの鼓膜をミファーの声が震わせた。
――体の主導権がティアに移っていた。
「ティアラ?」
ミファーと一緒に駆け寄ってきたリーファが、体を起こしてそのまま硬直するティアラ――ティアを訝しむように見つめた。
ティアラ……
ティアの頭は、リーファの視線に気づくことよりもティアラの心配を優先した。
不安がこみ上げる。
ティアラが突然倒れた。なぜだろう。
寝不足……
今日は一日中、ティアラは眠そうにしていた。あくびも何回も聞いている。
だとしたら、寝不足が原因だと思えるが。
もしそうじゃなかったら……
「ティアラ!!」
「――――ッッ!」
ミファーの大声を聞いて、ティアはビクッと肩を震わせながら顔を上げる。と、視界に心配そうにするミファーの顔と、勘ぐるような表情のリーファが映り込む。
「ミファー?」
「そおだよ! ミファーだよぉ!」
「ティ、ティアラ、わたし……」
「――!――」
ティアの一人称がティアラと違うことに気づいたのか、リーファが目を見開かせた。
それからしゃがみ込むミファーの両耳を手で押さえて、
「わぁ!」
「ティア?」
「ぅ、うん……ティアラ急に倒れちゃっ」
「リーファ放して!」
「あっ……」
ミファーが手を引き剥がして、ティアとリーファの会話が強制的に終了する。
「ティアラ、大丈夫ぅ?」
「――! だ、大丈夫よ。ちょっとクラッとしただけ」
「た、大変だぁ! リーファ、保健室連れてこう!」
「えぇ!?」
ミファーの言葉にティアは驚きの声を漏らす。
咄嗟にティアラを装ったが、倒れた理由選びを過った。ティアは『どうしよう』という気持ちを込めて、リーファを見やった。
その内心を察したのか、リーファがミファーへと視線を移動させて、
「保健室に行くほどじゃない。まず寮内で様子をみる」
「……ぇ? リーファは、ティアラのこと心配じゃないの?」
リーファの発言に、ミファーの表情が凍りつく。
ティアに続きリーファも、言葉選びを過った。
「ち、違う。そういうことじゃない。すぐに保健室に行くのは……」
リーファはティアを見る。
その表情はひどく不安に満ちていた。このままだとミファーに嫌われるかもなんて言う考えが、きっと脳裏に浮かんだのだろう。
だからこそ、ティアにはその眼差しが助けを求めているように見えた。だからティアは、コクリと頷く。
「わかった。保健室に行こう」
「よ、よかった。リーファがティアラのこと嫌いになったのかもって思った」
「そんなわけない。ティアラ、立てる?」
言いながらリーファから向けられる視線。
きっとその問いは、ティアラではなくティアに対するものなのだろう。
「ぅ、うん」
「よかった」
「ティアラ、ホントに立てるぅ?」
「た、立てるよ」
「ん?」
手を差し出してくれたミファーに返事する。が、ティアラの口調が抜けていたせいで、ミファーが小首を傾げて疑念の眼差しをティア向けた。
「立てるわよ」
「――! そお?」
一瞬で、ミファーの瞳から疑いが消えた。
それをみて、ティアの存在を知るのがリーファで良かったとシミジミする。仮に今のがリーファなら、ティアの存在に気づいてしまう。
いや、そもそもミファーがリーファの立場だったら、こうなる以前にミファーの開口一番でバレるかもしれない。
そんなことを考えながら、ティアはミファーの手を借りて立ち上がって、
「あれ?」
「わぁ!」
――崩れるように、ミファーの胸に倒れ込んだ。
なに、これ……頭、重っ……
遅れて、ティアラの体に蓄積されていた寝不足ゆえの不調が、ティアにも反映され始める。正確にはティアの認識が追いついた。
眠気はない。きっと、眠気自体は精神体の睡眠状況に依存するのだろう。だから、しっかり寝ているティアは眠くならない。
要するに、眠くなるのは精神体で、体調不良になるのが体ということ。
だからこの体がどれだけ具合悪くても、精神世界にいるティアには気付けなかったわけだ。
ティアラ、一体どれだけ夜更かしして……
頭が働かない。
だが思ってみれば、昨日の時点でたしかに体は怠かった。ティアラが普通に過ごしていたし、あまり重症じゃなかったことから意識することもなかったが。
それがこんなにひどくなっているということは、ティアラは昨日、ほとんど眠っていないということになる。
ティアラはあとでチョップの刑だ……
「ティアラ? 大丈夫ぅ?」
「ぇ、えぇ……大丈夫、よ」
頭、痛い……
精神世界に逃げたいと、ティアは思った。
こんなことになったのも、全部ティアラの自業自得だ。だとしたら、ティアラの責任をティアが負う理由などありやしない。
けど……
このまま精神世界に逃げたら、ティアラが気を失ったと大騒ぎになるだろう。
そして多分、心配をかけたとわかればティアラは――、
「はぁ……ホントにティアラは世話の焼ける……」
「へ?」
罪悪感に駆られるティアラの姿を想像してしまったら、逃げられるわけがないだろう。
チョップの刑三回くらいしないと、割に合わないよ……ティアラ
言いながら、ティアはふらふらしながら立ち上がった。




