序編第三章45 『意外性』
「ん、んん……?」
眠そうに喉を鳴らしてティアラはゆっくりと体を起こす。それから指で目をこすって、大きなあくびをする。
「朝ね……」
言いながらティアラは自分の机の上にある昨日買った腕輪を横目にして小さく微笑む。
それから昨日の店主の対応を思い出して、ティアラはジト目になった。
「ミファー起きなさい! 朝よ!」
「うぅ? うん! 起きたぁ!」
ミファーのベッドに手をついて声をかけると、時間をかけることなくミファーから起床報告が飛んでくる。
毎回思うが、ミファーがこんなに寝起きがいいというのは正直意外だった。
てっきりティアラとしては、『うぅ、まだぁ……』などと言いながら寝続けるタイプだと思っていたのだが。
「ティアラ?」
「わぁ!?」
気づくと目の前にミファーの顔があって、ティアラは驚きのあまり尻もちをつく。
「きゅ、急に何するのよミファー! びっくりしたじゃない!」
「ごめんなさい……」
そう言って視線を落として、ミファーがしょんぼりする。
この顔をされるとティアラは弱いのだ。これ以上責めようなんて思えなくなってしまう。
「まぁいいわ。そんなことよりリーファを起こすわよ」
「うん!」
一瞬で明るくなったミファーが、駆け足でリーファのベッドへと移動した。その背中をティアラは慌てて追いかける。
「リーファ朝だよぉ!!」
「んん……! 邪魔……」
リーファの上にダイブしたミファーに下敷きにされて、リーファが苦しそうに声を出す。その瞳は眠そうに半開きになっていた。
「ねぇねぇねぇリーファリーファ起きてよぉ!」
「ティアラ……」
「なに?」
「ミファー邪魔……」
「いつもよ」
「……今ミファーのこと悪くゆったぁ!?」
と、楽しそうにリーファの上で体をくねらせていたミファーが、二三秒遅れて自分の悪口に気づく。
しかしそれにティアラはシカトを決め込んで、
「リーファ起きなさい。一緒に朝食食べに行くわよ」
「んぅ、ミファーどけて……」
「わかったわ」
「――っ!? ううぇ!? ティ、ティアラ下ろしてぇ!」
ミファーを移動魔法で空中に浮遊させると、驚いたミファーが手足をバタつかせる。
ティアラはミファーが怪我しないように最新の注意を払いながら、ミファーのベッドへと投げた。
「むへっ!」
布団に顔を突っ込んだミファーから声が出る。が、気にしない。
「これでいいかしら?」
「うーん、ありがとぉ……」
眠そうに体を起こして瞼をこするリーファを前に、ティアラはミファーのように意外性を感じる。
いつものことだが、寝起きのリーファはかわいい。とにかくかわいい。普段あんなに冷静なイメージだが、起きたばかりだと思考が働いていないのか、子供のような返事をするのだ。
「リーファ」
「んぅ?」
この通りである。
本当にかわいいから、ずっと見ていたくなる。仮にこの光景を記録できるというのなら、ぜひ記録したいというものだ。
そして可能なら素面のリーファに見せてやりたい。きっとあの冷静な面持ちが崩壊する。
そんなことを考えてニヤニヤしていると、
「ティアラ?」
「な、なんでもないわ……」
眠そうな瞳で見つめられて、ティアラは慌ててはぐらかした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
食堂、ティアラたちは食事をしながら会話していた。
「ミファーとリーファは今日も仕事?」
「ううぇ!? なんっ……!」
おぉ! 堪えたわね!
ミファーが驚きの声を上げるのを堪えた事実に、ティアラは目を見開く。
だが堪えた努力と裏腹に、ティアラはミファーたちの予定が仕事であることを確信した。
にしても、やっぱりわからないわ……。なんでそんなに仕事が多いのかしら?
そう内心に呟きを零しながら、ティアラはミファーを訝しむようにじーっと見つめる。
その眼差しを受けて、ミファーの頬に冷や汗が伝った。
「ティアラいじめすぎ……」
「え? べ、別にいじめたつもりないわよ。それにこれに関してはミファーがわかりやすいのも悪いと思うわ」
「……それはそうかも」
「な、なんの話ぃ?」
と、理解不能の表情でミファーが聞いてくる。
「ミファーがわかりやすいって話よ」
「ミファーわかりやすいの?」
「知らなかったの?」
ティアラの返事にミファーが疑問を返して、さらにそのミファーにリーファが疑問を投げかける。
するとミファーは両手の指をつんつんと突き合わせながら、うつむき気味に「えっとねぇ」と話し始める。
「ミファーもなんか、わかりやすいのかなぁっては思ってる。そ、そんなにわかりやすいぃ?」
「わかりやすいわ」
「私もそう思う」
「ミファーそんなにわかりやすいのぉ!!?」
食堂に、ミファーの悲痛の叫びが木霊した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「じゃあ、仕事頑張ってきなさいね」
「し、仕事じゃないよぉ!」
朝食が終わり、身支度を終えた三人は学園前へと来ていた。
ちょうど今道が分かれて、ティアラたちは別れの挨拶を交わす。
「ティアラも頑張ってね!」
「えぇ。リーファも……ミファーのこと頼んだわよ」
「うん」
「……今ミファーのこと悪くゆったぁ!?」
今の発言が悪口だと気づくとは、ミファーも腕を上げた。
そう、ティアラは今の発言にミファーが何かしら問題を起こすかもしれないから、という意味を言外に込めた。
それはつまり、ミファーのことを問題児と認識しているということにもなるから、悪口と捉えることも可能だ。
まぁ実際のところは、ティアラはミファーがあまり問題を起こさないいい子だと思っているのだが。
「じゃあティアラ、バイバイ」
「えぇ」
手を軽く振ってきたリーファに手を振り返して、ティアラは二人に背中を向けて歩き出す。
目指すは大会場。今日は予行演習の日なのだ。
失敗するかもと緊張が胸を締め付けるのを感じて、ティアラはゆっくりと深呼吸を繰り返した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「イラディスさん?」
「おっ来たねティアラちゃん、待ってたよ」
「えっ! ぁ、あたし時間間違えてたかしら?」
イラディスの待っていたかのような発言を聞いて、ティアラの表情が一瞬にして青ざめる。
ティアラが遅れていたから待っていたのではないかと、そう思った。
そうでなければ、イラディスがわざわざ大会場の入口でティアラを待つわけがない。
「あぁ違うよ。俺がティアラちゃんを待ちたかったから待ってたんだ。時間はちょっと早いくらい」
「そ、そう……」
そのイラディスの補足に、ティアラは安堵の息をつく。
それから、イラディスの『俺がティアラちゃんを待ちたかったから待ってたんだ』という部分の意味を理解して、ティアラの頬が紅潮する。
「あっそうだ。あたし、イラディスさんに提案があって」
「提案?」
昨日、ティアから言われた実況と司会のアイデアを、ティアラはイラディスに説明した。
「――いいね、ちょうど今日予行演習だから、やってみる?」
「えぇ!」
素直に受け入れてくれたから嬉しくて、ティアラはその気持ちを表情に宿しながら返事を返した。




