序編第三章44 『感謝の言葉』
夕方、ティアラはとある店を訪れていた。昨日のアクセサリーショップだ。
腕輪の加工を頼んだあと、すぐには終わらないから明日の夕方、つまり今だが、その時間に来てくれと言っていた。
「まだなのかしら?」
カウンターに店主の姿が見えない。
恐らく店の裏にいるのだと思うが、果たして加工が終わっていないからなのか、それとも全く別の用事なのか。
ティアラはどうするばいいのかわからなくなって、おどおどする。最終的に、カウンター前でしゃがみ込んだ。
『ねぇティアラ、店主さん呼ばないの?』
「よ、呼んでいいのかしら?」
仮に忙しい最中だったりしたら、邪魔になってしまうのではないかとティアラは不安になる。
考えてみれば、腕輪の加工なんてかなり大変そうに思う。だとしたら、ティアラは大人しく待っているべきだろう。
などとあたまの中に言い訳を並べ立てるが、実際のところただのコミュ障なだけだ。つまり勇気が出ないのだ。
「ティアは、呼んでも大丈夫だと思う?」
『え? ……そんなこと言うからわたしも不安になってきちゃったじゃん!』
ティアの判断に委ねようとしたら、ティアラの不安が伝播した。
ここままじゃ、店主が来るまで待つしかない。いや、考えてみればなぜ呼ぶ必要がある。ティアラがちょっと待つだけだ。だとしたら、わざわざリスクを犯す理由などないのではないか。
「そうよ。別に呼ばなくていいのよ。だって待つだけじゃない、そうよねティア」
『ぅ、うん、そうしよ!』
「あれ? ティアラちゃん? な、なんで床に蹲ってるの?」
「――!――」
その求めていた声に、ティアラは咄嗟に顔を上げる。それから満面の笑みで、キラキラとした瞳を店主に向けて叩きつけた。
「なんでそんなに嬉しそうなの!!?」
と、よくわからないままティアラの笑顔と希望の眼差しを向けれて、店主は驚きの声を上げるのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「そっか、そうだったんだ。大丈夫、加工はもう終わってるよ」
「そ、そうなのね……」
店主にさっきまでのティアラの葛藤を話したら、なぜか頭を撫でられた。というか、撫でられている。
だがティアラにとっては安堵の方が先に立って、敬語を忘れてホッと胸を撫でおろす。
「それと、呼ばれたくらいじゃ怒らないよ。それにね、店の主としてはお客さんを逃がす方が嫌だからね!」
「そっか……」
店主の優しい態度に、ティアラはもう一度安堵の息をつく。
事情を聞かれた時は笑われたらどうしようなどと思っていたが、やっぱりこの店主は優しいのだ。
「…………」
そろそろ撫でるのをやめてほしいとティアラは思った。なんか急に恥ずかしくなってくる。
「その……な、撫ですぎです……」
「あっ、そう? ごめんね?」
「ぃ、いえ……」
店主は名残惜しそうに追加で五回往復くらい撫でてから手を離す。
その対応に、ティアラは赤らんだ頬を俯いて隠しながら、
「腕輪、できたんですよね?」
「うん、できてるよ。ちょっと待ってて」
「は、はい」
ティアラはちょっとだけ顔を上げて、小走りで店の裏へと消えていく店主の背中を見送る。
「子供扱いされたわ……」
『ティアラは子供でしょ』
「ぶっとばすわよ」
『な、なんでぇ!?』
きっとティアは年齢的観念で言ったのだろうが、それでもムカついたものはムカついた。あとで軽くチョップするとしよう。
「ティアラちゃ~ん」
「ぁ、店主さん」
ティアラの名前を呼ぶ声がしたかと思えば、コツコツとした足音が聞こえてくる。次第にそれを大きくしながらやってきた店主が、姿を見せた。
「ほらこれ、がんばったんだよ?」
「わぁ!」
落とさないように両手の上に乗せた腕輪を、店主がティアラの前へと持ってくる。
その腕輪の宝石の周りを見やって、ティアラの内心は驚きに満ちた。
つい昨日まで宝石は完全に露出し、落とすと壊れそうだと不安になる様子だった。それが今、宝石の根本の周りをグルリと鉄が一周している。
そして何より目を引いたのが、その小さな囲いにも細かく模様が彫ってあることだった。
「根元辺りを補強したから、転んで宝石が取れたりしない。宝石を直接ぶつけたりするとまずいけど、これで宝石だけ落っことすことはなくなったよ」
「あ、ありがとうございます!」
嬉しい気持ちをたっぷりと籠めて、ティアラは店主に感謝をぶつける。
すると店主がその表情をみて、――また撫で始めた。
「ぁ、あの……」
「うんうん、どうしたの?」
「お会計、お願いします……」
赤らめた頬をまた隠して、ティアラはただそう言った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「はい、白金貨五枚ね」
「あれ? 昨日と同じ?」
腕輪を梱包をしながら言われた値段に、ティアラは目を白黒させた。
なにせ、昨日腕輪の値段を聞いた時も白金貨五枚だったはずなのだ。ただ買う日を買えただけなら変わっていないのも当然だが、この腕輪は昨日と今日の間で加工という追加の過程を経ている。
だとすればその加工の労力や材料費分、値段が上がるのが筋だろうと、そう思っていたのだが。
「加工は私があなたに買ってもらうためにしたことだから、料金は追加したりしないよ」
「え、でも……」
あれだけの加工をしてもらったというのに、その対価がなにもないというのはちょっと罪悪感が芽生える。
――特に、この店主にならなおさらだ。
「う~ん、あっじゃぁあ!」
「はい!」
「お母さんの誕生日のお祝い、絶対成功させて? そのために頑張ったから、ね?」
「――! はい! 絶対に!!」
店主の優しさに頬が緩まる。
ティアラは差し出された梱包済みの腕輪を受け取って、そのまま振り返り、歩き出す。
「ちょちょちょちょティアラちゃんお金!」
「わぁ! ご、ごめんなさい!」
慌ててカウンターへ向き直って、ティアラは腕輪を置いて給料袋から白金貨を五枚取り出そうとするが、焦っているせいで何度も滑り落とす。
ティアラの頭は恥ずかしさで埋め尽くされていた。
あれだけの啖呵を切って、まるで物語の歯車が回り始めたかのような演出になっていたというのに、その直後に戻ることになるなどあまりにも締まらない。
「ぉ、お金です……」
「うん」
ティアラは恥ずかしさに駆られながら、店主が枚数を数え終わるのを待つ。
そのほんの数秒の時間が、ティアラにはとても長く感じられた。
「はい、ちょうどね」
そう言ってお金を引き出しにしまい込むと、店主はティアラをじっと見つめた。
それに気づいて目だけで店主をチラッと見た。
「よしよし」
「――――ッッ!」
またまた頭を撫でられて、ティアラの頬が紅潮する。
だが今回ばかりは何も言えず、ティアラは口を開け閉めすることしかできなかった。
「大丈夫、ティアラちゃんなら成功させられるよ。こうやって贈り物を買いに来たわけだし、かわいいし」
なんか最後の方に理由が圧縮されたような気がするが、ティアラはそれを認めたくなくて、聞かなかったことにした。
やがて店主が手を離して、
「ん……」
やっぱりもうちょっととばかりにまたティアラの頭に触れた。
それから何度もいつやめるかのせめぎ合いを手の動きで表して、十回くらい往復すると今度こそ本当に手が離れる。
透かさずティアラは腕輪を取った。そして、早々に店を出ようと動き出そうとして――、
「ぁ、あの、ありがとうございました」
この対応は恥ずかしいが、それでも店主のおかげで満足のいくプレゼントを買うことができた。
だからティアラは、嬉しそうな笑みを浮かべて感謝を述べた。
それから返事を聞かずにぺこりと頭を下げて、一気に店の外まで駆け抜けるのだった。




