序編第三章43 『嫌なこと』
あかねの手がかりが見つからなかったから、今日は情報収集を終わりにするとティアに体の主導権を返されたティアラは、何も言えずにそれを受け取った。
「…………」
『…………』
さっきから、妙に気まずい空気が漂っている。
ティアラはこの空気を何とかしようと思った。けど何を言えばいいのかわからなくて、口を開けて、閉じてを繰り返すだけになってしまう。
やがてティアラは、諦めて黙って帰路を辿るしかなくなる。
人のいない廊下を歩く。いつもならこんな時は、ティアと他愛のない会話をして笑い合ったりするのに――、
『けどまぁ過去に行く方法を探す以前に、そもそもわたしの体がないとだよ。じゃないとティアラを過去に連れてくことになっちゃう。そんなわけにはいかないもんね』
そのティアの言葉が脳裏を何度もチラついて、ティアラは自然と拳を強く握りしめていた。
ティアラは、ティアが本気でしたいと思ったことなら、それを全力でサポートするつもりだし、実際してきたつもりだ。
その気持ちに嘘はない。だけど、このままティアが過去に行くという目的に向けて歩き出すことに、納得できていない。――いや、納得なんてものじゃないのかもしれない。
――嫌なのだ。ティアが遠くに行ってしまうことが。
けどその気持ちに従ったら、ティアのしたいことを支えるどころか、邪魔することになってしまう。――それは嫌だ、支えたい。
だけど、こういう気持ちを無視しない方がいいことを、ティアラはティアに教わったのだ。
――だから、いっぱい悩もう。
支えたい気持ちも、ティアに遠くに行かないでほしい気持ちも、ちゃんと見よう。見つめよう。ぶつけて、ぶつけ合って、答えを出そう。
――そしてあの日に、ティアにそれを伝えよう。
よし、吹っ切れたわ!
形のいい目をして、ティアラは落ちていた視線を持ち上げる。
「ん、なによこれ」
ふと視線の先に、一枚のチラシが目についた。
ティアラはティアを見るつもりで目だけで上を見やる。それから軽く深呼吸して、
「ティア、見なさいこれ、雪合戦最強決定戦のチラシよ」
『ぇ……えっと、ホントだ』
その声は、ひどく困惑していた。
きっと、話しかけてくるとは思っていなかったのだろう。
だがティアラは、気にせずに口を動かした。
「賞金金貨三十枚らしいわよ」
『ふ、ふ~ん……金貨三十枚!!?』
「びっくりよね」
ティアを驚かせていつもの調子に戻そうとしたら、思いの外上手くいった。
ティアラは心の中でガッツポーズを決め込む。
『金貨三十って、日本円で三百万……だよね?』
「そ、そんなのあたしに聞いても知らないわよ」
これまで何度もティアの独り言で換算された金額を聞いてはいるが、それがどういうものなのかなど全くこれっぽちも知らないのだ。
「まぁけど、三百万、が大金なら正解よ。あたしの雇用額に賞金、大企画だから魔法陣もいっぱい依頼すると思うし、いったいどれだけお金かけてるのかしら?」
『一千万……えっと、金剛貨一枚とか?』
「そのくらいはありそうで怖いわね……」
徐々にティアもいつもの調子に戻ってきているのを感じて、ティアラはティアにバレないように心の中だけで安堵する。
『このあと、ティアラ寮に戻ったら何するの?』
「あたしは、そうね……。明日ある大企画の予行演習の練習をしようかしら」
『予行演習の練習って……狙って言ってる?』
「言ってない!」
と、若干遮り気味に、ティアラは否定した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「今、AさんがBさんに雪玉を当てました」
寮に帰ってきたティアラは、早速予行演習の練習――実況と司会の練習をしていた。ミファーとリーファがいないから、声を出すことができる。
のだが――、
「う~ん……こんな感じでいいのかしら?」
紙に書いている内容は、一度見れば完璧に暗記できる。厳密には内容というより、紙の映像をそのまま記憶に保存する形に近いのだが。
だからティアラが思い出す時というのは、頭の中にある紙を読むという表現が一番しっくりくる。
そんなことができるのにも関わらず、ティアラはイラディスからもらった紙をみながら練習していた。
それは記憶の中の紙より、イラディスからもらった紙を読みたいというこだわりのようなものだ。
『どうしたのティアラ』
「いや、これでいいのかわからなくて……」
イラディスからもらった紙に書いてある文字やすく、かなり理解しやすい構造になっている。
だがそうであったとしても、ティアラがイラディスの意図を完璧に把握できているかと言われればさすがに自信がない。
だから答え合わせをしたいのだが、イラディスがこの場にいない以上それもできないのだ。
『……ねぇティアラ、実況と司会なんだけどさ』
「ぇ、えぇ……どうしたの?」
聞き返すと、「えっとね」と前置きを入れて、ティアが話し始める。
それを聞きうちに、ティアラの目を自然と見開いき、やがて聞き終わって、
「それすごくいいわね! 明日イラディスさんに提案してみるわ!」
「ティアラぁ!」
「ひゃぁあ!!?」
突然ミファーが部屋の扉を勢いよく開けて入ってきて、ティアラは素っ頓狂な声が出てしまう。
とっさにその方向へ視線を向ければ、何かテンションが高めのミファーがそこにはいた。
――いや、テンションが高いのはいつも通りかもしれない。間違えた。
「きゅ、急にどうしたのよミファー、それにリーファは?」
「リーファはもうすぐ来るよ!」
「走ってきたのね……」
ミファーが衝動のままにここまで突っ走ってきたのが何となくわかった。
「それで、どうしたのよ。仕事があるって言ってたじゃない」
「仕事は終わったよぉ!」
「え? もう終わったの?」
「うん! 今日は早く終わったぁ! それでねそれでね! ティアラティアラ!」
「はいはい何よ」
「雪合戦最強決定戦の参加募集がされてたよぉ!」
「んっ、それはあたしも図書館の帰りに見たわ」
「ほんとぉ? ねぇねぇねぇねぇねぇティアラティアラティアラぁ!」
「いつにも増して連呼するわね……。何よ」
「賞金金貨三十枚ってすごいよねぇ!」
「あぁ……あれにはあたしも驚いたわ」
「そおだよねぇ! あっリーファぁ!」
遅れて部屋に入ってきたリーファに、ミファーが駆け寄る。相変わらずミファーはミファーだ。騒がしい。まぁ、それでいいのだが。
「ティアラ、ただいま」
「えぇ、おかえりリーファ。それより、二人は雪合戦最強決定戦に参加できるわよね? 加護持ちだから有利だし、参加したりしないの?」
「わぁ!」
「わぁ!」
ミファーが突然大声を出すから、連続してティアラも驚いてしまった。
「な、急に大声出すんじゃないわよ」
「ご、ごめんなさい……」
言いながらシュンとして視線を落とすミファー。
そんな顔をされると罪悪感が湧いてしまう。やっぱりミファーはずるい。
「まぁいいわ。それよりどうなのよ、参加したりするのかしら?」
「え、えっとぉ……しない、よぉ?」
目を泳がせるミファーを前に、ティアラはジト目になった。
――確信する。
「なるほど、参加するのね」
「ううぇ!? なんでぇえ!? あっ! えっと……ミファーたち参加しないよぉ?」
呆れる、というか、ここまでわかりやすいともういっそかわいく見えてくる。
あんなに、なんでわかったの、とばかりに驚いてしまっても、健気に軌道修正を入れるというのはいかにもミファーらしい。
「まぁ、そういうことにしとくわ」
――そんなミファーを前にして、ティアラは自然と笑みが零れるのだった。




