序編第三章38 『努力の重み』
「あぁ負けたぁ! リーファが序盤でわたしの角取ったからだよ!」
「いやティアが私の飛車が届く位置に置いたのが悪い」
「手加減って知ってる?」
「あんなに自信満々だったのに……」
自信満々にリーファに勝負を持ち掛けたティアだったが、見事にミスを連発してリーファに敗北した。
「だってリーファ飛車だって取ったもん! ずるいじゃん!」
「そういうゲームでしょ……」
「それは、そうだけど……」
正直、年の功があるから勝率は高いと思っていたのだが、思ったよりリーファは強いし、ティアは弱かった。
「リーファはこのあと仕事なんだよね?」
「うん」
「何時から?」
「九時から」
「えっと、今が何時くらいなんだろ」
「たぶん八時ちょっと」
「まぁだいたいそのくらいだよね。一時間は経ってそうだし」
「そろそろミファー起こさないと」
「ちょっと待ってて」
そう言ってティアは将棋を持って立ち上がり、ミファーの机に片してくる。
「よし、じゃあわたしティアラのこと起こしてくるね。わたしのことは内緒だよ?」
「わかってる」
『ん、んん……』
「あっ」
「なに……?」
「ティアラ起きそう」
と、ティアはティアラに聞こえないくらいの小さい声でリーファに伝える。
「ん? ティア?」
まずい!
ティアは咄嗟にティアラに体の主導権を押し付けた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ぇ? ん? リ、リーファ!?」
「おはよう……あ」
「え? おはよう? あれ? なんであたし床に座ってるのよ」
リーファから飛んできた挨拶と、自分のいる場所が床であることに、ティアラは混乱を極めた。
そんな中、ティアは精神世界で『なにやってるのリーファ!』と内心に呟きながら口をパクパクさせる。
「えっと……ティアラベットから落っこちてここで座って寝てた」
「あたし今日そんな器用な寝相だったの!?」
と、リーファの説明にティアラは目を見開いて驚く。
……さっき一瞬精神世界が見えたのは見間違いかしら? それに、ティアの声も聞こえたような気がしたのよね
おかしいなと、ティアラは小首を傾げて頭を掻く。
「私、ミファー起こしてくる」
「ぇ、えぇ……」
そう言って立ち上がって、リーファがミファーのベッドへ向かっていく。
その背中をちょっとだけ見送って、それからティアラは小さく「ティア」と名前を呼んでみる。
「……反応ないし寝てるっぽいわね。じゃあやっぱりさっきのは気のせいなのかしら?」
「わぁ! リーファおはよう!」
「もうすぐ仕事だから、朝ごはん食べるよ。早く起きて」
「ん、あれ? 二人とも今日も仕事なの?」
「そおだよぉティアラ! おはよう!」
飛び起きてベッドの上で飛び跳ねながら、ミファーが元気に挨拶する。
「おはようミファー。それより、危ないから飛び跳ねるのやめなさい」
「わかった!」
そう言って、ミファーが一気にベッドから飛び降りる。
そんなミファーを前にティアラは冷めた目になりながら立ち上がった。それから一度大きくあくびをして、
「よし、じゃあ身支度するわよ」
「ティアラは今日何するの?」
言いながら、ミファーがティアラの前までやってきて小首を傾げる。
「あたしはお母様……」
「ん?」
「ちょっと買い物をする予定よ」
贈り物を買いに行くなどとミファーに言ったら、なんかの拍子にアミリスに伝わりそうだ。ミファーには悪いが、隠しておこう。
「買い物?」
「そんなことより身支度よ身支度、二人は今日も仕事なのよね? 何時から?」
「九時から!」
「そう、じゃあ早く準備しなさい」
そう言って、ティアラはグッと背伸びをする。
今日はアミリスに渡すプレゼントを買いに行く。それを考えれば、ティアラは自然と胸が高鳴った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
軽く身支度を済ませると、ティアラたち三人は寮の食堂へと足を運んだ。それから食事を運び、席に着く。
「ミファー、朝からそれ食べるの……?」
脂っこいものを食事に選んだミファーを、ティアラはジト目で見つめる。
「おいしそうだったから!」
「理由になってないわよ……」
「ミファーだから」
「そうよね、ミファーだものね……」
「……今ミファーのこと悪くゆったぁ!?」
ちょっと遅れて声を荒げるミファー。そんなミファーを見て微笑みつつ、ティアラは食事にありつく。
「そう言えば、二人の仕事ってどういうものなの?」
「んぅ!?」
食べ物を口に含んだミファーがビクッと肩を震わせて、こっちを見る。それからしっかり噛んで、飲み込んで、
「えっと……」
目を泳がせるミファーをみれば、ティアラはすぐに何か隠していることに気付いた。ミファーはあまりにもわかりやすい。
「小企画に必要なものを運んだりとか、そんな感じ」
「んっ」
わかりやすいミファーと対照的に、リーファはわかりにくい。今も表情を変えずに言ってのけた。
いや、それともリーファには隠す何かがないのだろうか。
「まぁ、もうすぐ冬祭り当日だものね」
だから、忙しいのは当然とは言える。だが、一般雇用がこれほど酷使されているというのは、何か引っかかるが。
「ティアラは買い物だっけ? 何買うの?」
「んん!?」
思わぬカウンターが飛んできて、ティアラは飲み込もうとした食べ物が喉に詰まる。
「だ、大丈夫!?」
「ん、んくんく……」
ミファーが水を渡してくれて、ティアラは喉に詰まった食べ物を流し込む。
「……ふぅ、危なかったわ」
「大丈夫ぅ?」
心配そうにティアラの顔を覗き込んでくるミファー。ティアラ軽く微笑んで、そのミファーの頭を撫でた。
「大丈夫よ。水、助かったわ」
「ほんとぉ?」
「ホントよ」
「やったぁ!」
「ミファーうるさい」
「ごめんなさい……」
「ふふっ」
天に右腕を伸ばして喜んだミファーに、透かさずリーファが声量を注意して、いつものコントが流れる。
それをみてティアラは頬を緩めた。
「あっティアラちゃんいた」
「ん?」
「先生!」
声の方向へ振り向くと、お馴染みの先生の姿がそこにはあった。
先生はティアラの方へと歩を進めて、近くまでくると足を止める。
「これを渡しに来たの」
「袋?」
布でできた袋を見せられて、ティアラは首を傾げて頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。
「飾り付け雇用の給料だよ」
「――!――」
「はい、ティアラちゃん」
「ぅ、うん……」
あまりの衝撃に、ティアラは敬語を忘れてそれを受け取る。
ちょっとばかりずっしりとした重さが、ティアラの努力を表しているように思えた。それがなんだか嬉しくて、ティアラはその袋を、ギュッと深く胸に抱え込んだ。




