序編第三章37 『リーファをからかって』
「なるほど、生成したらすぐにソースを付与しないと死んでしまうのね。それと、生かし続けるには継続的にやる必要がある、と……」
何か、声が聞こえた。
その声が、奥底にあるティアの意識をわずかに呼び覚ます。
「ふんふん、大気中のソースを吸収したり変換したりする器官が機能してないのね。だからもともと変換してあるソースを付与することで、そのソースを使って生命活動が維持できる」
――誰だろう。誰の声だ。
「んんと、ここはあとでいいわね。あとは……これね、だがどうやっても自我が芽生えることはなかった。これは憶測だけど、魂的な何かが必要なのかもしれない、か、あたしが思った通りね。……ん? だとしたら、私たちは恐らく無理だ。研究はここで終わりにする。……やっぱり、この人もしかして」
『……ティア、ラ?』
ようやく、頭が働き始めた。
精神世界でティアは目をこすりながら、ゆっくりと体を起こす。
「――っ! ティ、ティア!? ちょっ、ちょっと待って」
『んぅ?』
ティアラの焦る様子に首を傾げる。それからティアラの視覚を共有して――、
『本読んでたの?』
「あっ……」
視界には、閉じられた本が見えた。それに布団の中だ。
近くに光る何かがある。すぐにわかった。ティアラは布団の中で本を開き、生成魔法で光る何かを生成しながら本を読んでいたのだと。
『明日お母さんのプレゼント買うんでしょティアラ! ちゃんと寝ないと!』
「んぅ……わかったわよ……」
言いながら、ティアラが魔法の発動をやめる。
すると一気に視界が暗闇に包まれた。
「おやすみティア」
『うん、おやすみ』
その言葉を聞けば、ティアは再び眠気に襲われる。
ティアは視覚の共有をやめて、精神世界であくびをする。それからゆっくりと、また体を横にした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ん、んぅ……?」
奥底に沈んでいた意識が、ゆっくりと浮上していく。
ゆっくりと目が開いて、窓から注ぎ込む日の光が眩く瞳に飛び込んでくる。
まだはっきりとしない意識の中、パチパチと瞬きを繰り返す。
あれ? ティアラが起きてない?
ティアはゆっくりと体を起こす。
ふと隣のベッドを見やると、そこにはミファーが気持ちよさそうな顔をして眠っていた。ゆっくりと胸が上下している。
それからティアは辺りを見回した。すると、窓の前に立ち、外を眺めているリーファの姿が見えた。
「よいしょ」
ティアはゆっくりとベットから下りて、リーファの隣に行く。
「ティアラ、おはよう」
顔の向きを変えずに言うリーファの横顔をティアは見つめる。それからニヤリとして、耳にふぅっと息を吹きかけて――、
「にゃ!? ティ、ティアラ?」
変な声を出して振り向いたリーファの頬は、桃色に染まっていた。それをみてティアは微笑む。
「ティアラはまだ寝てるよ」
「んっ……ティア?」
「うん! ティア!」
「……急に変なことしないで」
「にゃ!? って言ってたもんね」
「んっ……言ってない」
恥ずかしそうに頬の色を濃くして、リーファが顔を背ける。
なんかかわいい
その仕草が、ティアはとてもかわいく思えた。こんなのをみたらもっとからかいたくなってくると言うものだ。
ティアはニヤリとした笑みを浮かべた。
「な、なにその顔……」
ちょっと警戒した面持ちでリーファが見てくるが、ティアは表情を保ったまま「ん~? なんでもないよ」と返事を返す。
「なにしてたの?」
「別に、何かしてたわけじゃない。二人が起きなくて暇だから、外を眺めてただけ」
「あれ? 今って何時なの?」
「七時」
「あれ? 七時なのにミファーも起きてないの?」
七時なら、ミファーが起きていても不思議はないとティアは思った。ミファーはあれであまり寝坊しないし、声をかけるとすぐに起きるのだ。
「昨日忙しかったからね」
「そう言えば仕事があるって言ってたもんね」
「けど、ティアラはわかんない」
「あぁそれは昨日夜更かししてたから」
「夜更かし?」
「なんかね、布団の中で本読んでた」
「……そう言えば、この前も本を読んでるのをみたかも」
「ふ~ん、何の本なんだろ」
「――――」
「リーファ?」
何か考えるように俯いて、黙り込んだリーファの見やって、ティアは小首を傾げる。それからチャンスだと気付いて、ニヤリとする。
ゆっくりとリーファの背後に立って、
「わぁ!」
「ひゃっ! な、なに……」
女の子らしいかわいい声を出してびっくりして、そのあと後ろを振り向いて細めた目を向けてくる。
どうにかいつも通りの冷静を装っているみたいだが、変な声を出したことへの羞恥心が抜けていないのが、桃色の頬をみてわかった。
「ふふん」
「あなた、ミファーみたい……」
「あなたじゃなくてティアって呼んでよ」
「……別にいいけど」
言いながら視線を逸らすリーファ。
ふといいことを思いついて、ティアはニヤッと笑う。
「わたし、リーファのこと好きかも」
「はっ……そ、そう」
一気に、リーファの頬が赤くなる。
視線を逸らしたまま、スカートの前でキュッと右手を左手で握って、もじもじする姿はティアの想像したリアクション以上の点数だ。
普段ならティアも、こんなことを言うのは恥ずかしくてたまらないが、リーファに限りからかいたい気持ちが勝つ。
「百二十点!」
「……なんのこと」
まだ恥ずかしそうに頬を赤らめながら、ジト目でティアを見てくる。
これはこれでよさげだと、ティアはニヤニヤする。
「なに、その顔……」
「別になにも? それよりさ、リーファたちは今日も仕事なの?」
「えぇ、ティアラは?」
「えっとね、今日はティアラのお母さんに渡すプレゼントを買いに行くって」
「プレゼント?」
「あぁ、わたしの地元の言葉で贈り物って意味!」
「ふ~ん、贈り物ね。ティアラだけで選ぶの?」
「わたしも付き合わされる!」
「嫌って感じじゃないように見えるけど……」
「まぁ、わたしもちょっと興味あるからね。学園都市で買い物ってあまりしないじゃん? それこそ、入学前に朝食買った時くらいかな?」
「あの時もあなた……ティアだったんだ」
「あっ……」
やらかした、とティアは口を開けたまま硬直する。
まぁ、リーファにはもう正体がバレてるし、これ以上隠すことなどあまりない。せいぜい、異世界人であることだけ隠し抜けばいいだろう。
「たしかに、食事も食堂があるし、日用品くらいなら寮の受け付けで買えるから、普通の買い物はあまりしないかもね」
「そうそう! そうなの! だから楽しみ!」
「そう」
言いながら、リーファがまた窓から外を見やった。
それがちょっと寂しくて、ティアは視線を落とした。それから後ろを振り返って、あたりを見回す。
すると、ミファーの机の上にある将棋が目に付いた。
「そうだ」
ティアはミファーの机に近づいて、将棋を持っていこうとする。だが触れる直前に手を止めた。
今も眠っているミファーの方へを体の向きを変えて、一言「借りるね」と言うと将棋を持ってリーファのもとへ行く。
「リーファ!」
「……なに?」
「将棋しよ」
「ん……」
振り向かずに返事していたリーファが、ゆっくりとこっちを向く。それから見定めるような眼差しでティアを見て、
「……できるの?」
「できるよ」
自信満々に言い放つと、リーファが少し考えて、チラッとミファーの方を見やった。それからまたティアのを見つめて、
「わかった」
「やった!」
そんなこんなで、ティアはリーファと将棋を始めるのだった。




