序編第三章34 『赤色に染まって』
「ちゃんとやり切ったわね。達成感があるわ」
十二月十七日、ティアラとメルティアはI寮へと向かって一緒に帰り道を歩いていた。時間は夕方で、落ちていく太陽がティアラたちを照らしている。
「けどティアラちゃん、飾り付けの雇用が今日で最後でも、ティアラちゃんにはまだ大企画の仕事があるでしょ?」
「そうね。……けどあたしの本格的な仕事って当日だから、今は自室で練習するくらいしかやることがないのよ」
飾り付け雇用の最後の仕事が今日あった。そしてそれが終わったから、飾り付け雇用の仕事は全て終わったことになる。
そんなこんなでティアラの残りの仕事は大企画に絞られるわけだが、今やれることはあまり多くない。
「けど、それも大事な仕事だよティアラちゃん。本番で噛んじゃったら大変だもん」
「ん、あれ? なんであたしの仕事内容知ってるのよ」
「ぁ……」
しまったとばかりに声を出すメルティアを、ティアラはジト目で見つめる。
それを受けてチラチラとティアラを見やるのを繰り返して、やがて耐え切れなくなれば、メルティアは両手を上げて降参する。
「この前気になって、ティアラちゃんって何の仕事なのってイラに聞いたの」
「それならそうと早く言いなさいよ。なんで隠したのよ……」
と、ため息交じりに言うと、メルティアが少し視線を落として、
「だって、距離近いって思われるかもって……」
「ん……」
メルティアのその言葉に、ティアラは喉が鳴る。
それからなんと声をかければいいのか、と口を開けて閉じてを繰り返す。繰り返して――、
「気にしすぎよ。……友達が何するのか気になるくらい、別にいいと思うわよ」
「と、ともだち。ふぅん……」
さっきの不安そうな面持ちが一変して、メルティアはニヤニヤとした表情でティアラをみた。
その声音と眼差しを受けて、ティアラは頬が赤くなる。あんな恥ずかしいこと、言わなければよかったと後悔した。
「……ねぇティアラちゃん、ギューってしていぃい?」
「はっ……だ、ダメよ」
耳まで赤くしながら、ティアラは断る。
このタイミングでそんなことまでされたら、ティアラは羞恥心で壊れしまう。
「今は、その……恥ずかしいから、無理……」
「今は……?」
「あっ……わ、忘れなさい!」
顔を真っ赤にしながらメルティアの方を振り向き、言い放ったと同時に顔を背けた。
そんなティアラの様子にメルティアは、
「はぁ……ふぅ……はぁ……ふぅ」
「な、何してるのよ」
胸に手を当てて深呼吸をし始めるメルティアに、ティアラは目を丸くした。
次いでメルティアから、「我慢してるの」と言われれば、ティアラは複雑な気持ちになった。
あのメルティアがこうやってちゃんと成長しているのに、我慢させている現状がどうも引っかかった。
罪悪感とはちょっと違う。どっちかというと、ティアラがメルティアにご褒美をあげたいのだろうか。だとすれば多分それは、ティアラが頑張ってもなかなか報われないという経験をしているからなのだろう。
けど、あたしから抱き着くなんて……
そんな想像をして、ティアラはボンと顔が真っ赤になる。
そんなティアラをメルティアが「ティアラちゃん大丈夫?」と言いながら覗いてくる。
何かないかと、ティアラは思考を巡らす。抱き着く、頭を撫でる、など浮かんでくるが、どれも一瞬じゃ終わらないものばかりだ。
何か、何か何か何か何か……
「ティアラちゃん?」
そう言って顔を覗き込んでくるメルティア。
ティアラはふと、その頬へと視線が向いて――、
「へっ?」
気付けば、チュッと頬に口付けていた。
「――。――――ぁ」
判断を誤ったと、ティアラは手遅れになってから理解する。一瞬にして頬が赤らんだ。
ティアラはとっさに距離を離して、視線を落として口を噤む。
や、やっちゃった……な、なにやってんのよあたし。それにこんなことしたら……
こんなことをされたメルティアが、ティアラに対しどういう行動に出るかなど容易に想像できる。
かなり成長してきたメルティアだが、頬にキスされるなんて展開に我慢が効くとは思えない。
だとすれば今、まさに今、メルティアの魔の手がティアラに向かっているのではないかと、ティアラは恐れて――、
「ぁ、ぅ……」
「ん?」
わずかに漏れたような声が聞こえて、ティアラは何かおかしいと顔を上げてメルティアをみた。
――その頬は、赤くなっていた。
「え?」
困惑する。
ティアラはてっきり、頬にキスされたから合意の上だなどという理屈で抱き着かれると思っていたのだが。
「メルティアさん?」
「ぁ、えっと……ティアラちゃん」
みれば、耳まで赤くなっているのがわかった。
これまであれだけティアラに変なことをしていたわりにはかなり予想外の反応で、ティアラは目を丸くする。
「み、みないで……」
そう言って顔を背けるメルティア。
誰だこれはと、ティアラは思った。これが本当にあのメルティアなのかと疑わずにはいられなかった。
さっきまでティアラが恥ずかしがっていたというのに、今ではメルティアが本気で恥ずかしがっている。
形勢逆転とはまさにこのことなのだろう。
だがメルティアを追い詰めるなど、ティアラにはできなかった。何せそれをするにはティアラが同じようなことをもっとしなければならない。
そ、そんなの恥ずかしくてできるわけないわ……
ティアラは勝手に脳内で妄想を展開して、再び頬を赤く染めた。
そのあとは、どちらも恥ずかしくて気まずくて、何も話すことはなかった。唯一話したのは、寮の中で道が分かれた時の別れの挨拶のみだった。
お互いに満身創痍だ。だが今回の件で、ティアラはメルティアに対する好感度がちょっとばかり向上していた。
これまであれだけティアラに変なことをしてきたというのに、そんなメルティアに攻められると照れる、などという、知られざるかわいらしい一面があったなんて。
そんなギャップを感じつつ、これまでの仕返しをしてやりたいなどとティアラは思った。が、そんなことをする自分を想像すれば、耳がまた赤色に染まった。
きっとこの仕返しはティアラにはできない。そんなことを薄々感じながらも、いつかできたら仕返しをしたいという想いは消えなくて、
ぃ、いつかよ、いつか……
と、そう小さく、ティアラは内心に呟くのだった。




