序編第三章31 『大会場へ』
「ティアラって、なんでそんなにすごいの?」
「そ、そうかしら?」
机を合わせて食事をしていると、フィエリアからそんな疑問が飛んできて、ティアラは頬を赤らめる。
コトン、と食器を一度おいて、ティアラはコホンと咳払いをして、
「あたしも、昔はもっとダメダメだったわよ?」
「そうなの?」
そう言って小首を傾げるフィエリアの表情は、何度か明るくティアラは思えた。
もしかすると、これまでの会話でフィエリアが客体的になっていたのは、ずっと悩んでいたからなのかもしれない。
「人は変わるし、成長するのよ。もちろん、簡単なんかじゃないけどね」
「そっかぁ……」
「ほら、手が止まってるわよ」
ちょっとニヤリとして、ティアラはフィエリアのおかずを一つ取った。
「あっ! ティアラ取った!」
「手を止めてるのが悪いわ。あぁむ」
「じゃあ私も」
「んんっ!?」
今度はフィエリアがティアラのおかずを取った。
ティアラは口に含んだおかずをどうにか飲み込んで、
「と、取ったわね!」
「おあいこじゃん」
そう言って笑うフィエリアの表情は、いつもより明るい。
そんなフィエリアを前にすれば、ティアラは自然と頬が緩んだ。
「まぁでも、楽になったみたいでよかったわ。今度はもっと早く言うのよ?」
「ぅ、うん……」
ちょっと頬を赤らめつつ頷くフィエリア。
「それにしても、これおいしいわね」
「じゃあもっとあげる」
「いや食べなさいよ」
「いいの、ティアラのもらうから」
「あぁっ!」
ティアラの皿におかずを移動したかと思えば、ティアラのおかずを取っていくフィエリアに、ティアラは声を荒げて、
――それから微笑んだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
食事が終わり、食器を片付けたあと、寝る準備を済ませると、ティアラはフィエリアの隣のベッドにどさっと倒れ込む。
それから、自分のベッドに座るフィエリアの方を向いて、
「なんか、急に不安になってきたわ……」
「大企画の仕事のこと?」
「えぇ、あたしにできるかしら……」
「ティアラならできる」
「そ、そう?」
フィエリアの真剣な眼差しを受けて、ティアラは恥ずかしそうに顔を背ける。
「けどやっぱり不安だわ……」
「不安ってなくなんないもんね」
チラッとフィエリアを一瞥する。
きっとその発言は、フィエリアの実体験から来ているのだろう。不安は簡単には消えやしない。本気であればあるほど、縛り付いて離れない。
「まぁでも、頑張るしかないもの。やってやるわ!」
「うん、頑張って!」
ガッツポーズを決めるティアラに、フィエリアから応援がある。
そう、結局仕事をすることは確定しているのだ。なら、ティアラには精一杯頑張ることしかできない。失敗したら、その時はその時だ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
大企画の仕事の日になった。あっという間に、というのは、まさにこのことだとティアラは思う。
「ここね……」
視界を埋め尽くすような円形の会場――大会場へとティアラはやってきていた。
オドオドしながら入口から中を覗き込んで、ティアラは左右を確認する。
「は、入っていいのよね……?」
『ティアラビビりすぎじゃない?』
「……仕方ないでしょ」
これから大企画の仕事が待っているのだから。
一度は入ったことがあるはずなのに、ティアラにはまるで初めて来た場所のように感じてしまう。
「い、行くわね……」
『うん』
一歩足を踏み入れて、ティアラはとりあえず左に進む。
辺りをキョロキョロと見回しながら進んでいると、何度か人とすれ違う。そんな行きずりを後ろを向いて目で追いながら、
「一般雇用者なのかしら?」
「ティアラちゃん」
「ひゃい!」
正面から声が聞こえて、ティアラは素っ頓狂な声が出る。
咄嗟に前を振り向いてみれば、
「イラディスさん!」
そこにはイラディスの姿があった。
微笑みかけてくれて、ティアラは自然に緊張が解ける。頬が緩んだ。
「今日は来てくれてありがとうね。今ちょっと忙しいから、少しだけ待っててくれるか? なんなら歩き回っててもいいから」
「わ、わかったわ。その、頑張って」
「うん、頑張る」
そう言って振り返ると、イラディスは駆け足で去っていく。その背中を、ティアラは見れなくなるまで見つめた。
『ティアラ?』
「なに?」
満面の笑みで、ティアラは聞き返す。
『ん~、なんでもない』
「な、なんなのよ……」
ちょっとジト目になりつつ、ティアラは最後に笑みを浮かべる。
「にしても、どうしようかしら」
辺りをキョロキョロと見回すが、座れそうなところはない。
『そこの階段上って、客席ある場所だったよね?』
「そうよ」
言いながらティアラは階段のもとへ歩いて、上り始める。やがて上がり切ると、視界が一気に晴れた。
「壮観ね」
円形の舞台をグルリと囲むように客席が広がっているのを見て、ティアラは思わずそう零した。
そんな客席をティアラは歩きながら、
「ふっ、前にミファーが足引っかけてすっころんだの思い出すわね」
『食べ物落としたやつ?』
「そうそれ」
ピンッと指を立てて肯定して、ティアラは嬉しそうに笑う。
近くの席に腰を下ろして、ティアラは下に見える舞台を眺めた。
「ここで、あたし実況と司会をするのよね」
感慨深いと、ティアラは思った。
以前まで、両親に相応しくない自分にあんなにも苦しんでいたというのに、今ではちゃんとあの二人の娘らしいことができている。
――それがただただ、嬉しかった。
それからティアラは、何も言わずにずっと舞台を眺めていた。時に空を見上げたり、客席を見回したりしながらイラディスを待つ。
何というか、清々しい。
「んっ」
十分くらい経ったくらいで、階段を上る音がティアラの鼓膜を震わせた。
ティアラはピクリと肩を揺らし、階段を振り向いて――、
「イラディスさん」
「おっ、ここにいたんだね。結構待たせちゃってごめんな?」
「いや、全然そんなことないわよ」
「そうか?」
「そうよ」
こっちへ歩いてきたイラディスが隣の席に腰を下ろすのを見ながら、ティアラは言う。
ティアラが待ったのはたったの十分だ。このくらい待ったとは言えない。
「それにあたしが来る時間が悪かったのよ」
「それ言ったら、俺が時間を指定してなかったのが悪いよ」
「だ、だったら、あたしがメルティアさんに時間を聞いてきてもらおうとしなかったのが悪いわ」
と、ティアラが意地でも自分が悪いと主張すると、イラディスと顔を見合わせたまま見つめ合って――、
直後、お互いから「ぷっ」と笑いが漏れた。
「じゃあどっちも悪いってことにしよう」
「そうね、それならいいわね」
などと、笑い合いながらそう言う。
それから少しばかり間があって、そして――、
「――よし、じゃあ大企画の仕事の話をしようか」
と、真剣な表情でイラディスが口を動かした。
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来週は21時00分~21時10分の投稿に固定します。




