序編第三章30 『期待して苦しんでちょっとしたことで喜んで』
「ぁ、これ負けたわ……」
「まだ始まったばっかりだけど……」
フィエリアの部屋に来て三時間くらいが経った頃、ティアラはミファーからトランプを借りてフィエリアと勝負していた。
「だってこれ500ラミーなのよ? フィエリア今四百点じゃない、あたし二百点よ? この勝負でフィエリアが百点以上取ったら負けじゃない」
「それはそうだけど……」
「そして今あたしの手札は弱弱なのよ。セットもランも作れそうにないわ、きっとこのままメルドできずに終わるのよ……」
「けど、その……」
「あっ……」
ちょっと拗ねたみたいになってしまったからか、フィエリアが困惑した面持ちになってしまう。
それに気づいて、ティアラは頬をかいて、
「別に怒ってるわけじゃないから、安心しなさい」
「そう、なの?」
「えぇ……見てなさい! ここから勝ってみせるから!」
と、ティアラは威勢よく言い放つ、が、
「ティアラごめん、終わり……」
「え?」
フィエリアが引いた札をみてそう言った。
ティアラは思わず素っ頓狂な声を出すが、フィエリアは淡々とAAA、JJJ、QKA、五六七、とメルドを完成させると、最後の一枚の九を捨てて試合が終了した。
ティアラは口をポカンと開けたまま言葉を失う。
「ぁ……ちょっ、ちょっと待ちなさいよ。なによこれ、フィエリアの手札最初から全部そろってたんじゃない」
「いや、七はなかったから引けなかったら終われなかった」
「だとしてもよ、ほとんどそろってたってことでしょ? さっきから運良すぎじゃないかしら……」
そう言うと、フィエリアが嬉しそうに笑う。
それが何とも微笑ましくて、ティアラは自然と頬が緩んだ。
「っと、そろそろ夕食を食べるわよ、あたしお腹すいてきたわ」
「私も……」
「なら持ってくるわね? ここで食べる方がいいでしょ?」
「いや、私も行く」
「無理しなくてもいいのよ?」
「いいの、ありがと」
「そう? なら一緒に行くわよ」
そんな会話を交わすと、ティアラはフィエリアと一緒に食堂へと向かった。
途中、ティアラとフィエリアが一緒にいるのをみた生徒たちがコソコソと何か言っているのが聞こえて、ティアラは噂されるかも、などと不安が頭を過ったが、
フィエリアの方が、大事だもの。それに……
イラディスが言っていた。ティアラの失敗はティアラのものだと。
仮に噂されて両親の名前に傷がつくとしても、それはティアラの行動を制限するものじゃない。
それに、仮に噂になるのだとしても、フィエリアと関わることを失敗などとは思いたくなかった。
「ティアラ?」
「んっ……」
夕食を持ってフィエリアの部屋へと向かっていると、ティアラの鼓膜をミファーの声が震わせる。
ティアラよりも早く、フィエリアの喉が鳴った。それを聞いて、ティアラは焦ったように顔を上げる。――嫌な予感がした。
「ぁ……」
その予感は、的中する。
目の前には、ミファーとリーファの姿があった。
リーファの瞳は、フィエリアを睨みつけるように見つめている。だがその様子は、単なる憎悪だけではない気がして、ティアラは一瞬だけ顔を顰める。
けどハッとしたように口を開いて、
「その……リーファ。あたし今日はフィエリアの部屋で寝るわ」
「ぇ……」
一早く反応したのは、リーファ――否、ミファーだった。
そうだった……
この話題は、リーファとティアラの関係値にヒビを入れる可能性がある。そんな話を聞いて、ミファーが喜ぶはずもない。
その表情からは『どおしよぉ』というミファーの内心が読み取れて、
「わかった」
「えっ?」
リーファは目を細めることもなくそう返した。
ティアラは呆気にとられる。それはミファーも同じようだ。
「じゃあね」
そう言って、リーファは普通に食堂へと向かっていく。
思わず振り返る。しばらく、ティアラは目を丸くしてリーファの背中を見つめたままだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ガチャリと、ドアが閉まる音が響く。
フィエリアの部屋へと帰ってきたティアラは、三つある机の一つに料理を置いて、それからフィエリアを見やった。
「何してるのよ……」
フィエリアは、食事を持ったままドアの前に立ったままだった。
――何となく、こうなることはわかっていた。
償うと決めた相手にあんな目で見られたたら、誰だって辛くなる。そしてフィエリアはもう、自分勝手に誰かのせいになどしないだろう。だからこそ、その痛みは吐き出すことができずに、心に深く突き刺さってしまう。
ティアラはフィエリアのもとへと駆け寄って、
「危ないから先に運んじゃうわよ……」
そう言って、ティアラはフィエリアの料理を取って、机へと運んだ。
コトン、と机に置かれる音が響いて――、
「わかってた……」
「――――」
何も言わず、フィエリアの方へ振り向く。
俯いたフィエリアの瞳から、ポタリと涙が落ちるのが見えたら、続けざまに連続して零れ落ちていく。
ティアラは、ゆっくりとフィエリアのもとへと足を進めて、手を取ってベッドまで引いて、一緒に座る。
「こんなもんよ……」
「――――」
「頑張って前を向いて、立ち向かうって決めて、けど思い通りに行かない。ほんとに、残酷よね……」
残酷だ。本当に残酷だ。
――世界は、残酷なのだ。
「だけど……」とティアラは言葉を紡いで、
「こんなもんなのよ……」
どれだけ強く、叶えたい理想を願っても、頑張っても、思い通りに行くことなんかほとんどない。
「けどね、だからってその痛みを無視する必要なんかないのよ。ちゃんと、吐き出しなさい」
一拍を開けて、ティアラは言う。
「あんたには、あたしがいるわ」
「うっ」
フィエリアの顔が上がった。
その頬には、たくさんの涙が伝っていて、
――気付いた時には、ティアラはフィエリアを抱きしめていた。
「――っ! ……わかってた。わかってたの! わかってたけど! 期待しちゃってたの! 償っていいって言ってくれたから、ほんのちょっとくらいは、恕してくれたんじゃないかってぇ!」
「うん……」
「そんなわけないじゃん! 私のバカ! 思い上がって、勝手に傷ついて、頭おかしい!」
涙が込み上がってくる。
自分をそんなに責めないでほしいと、そう思った。
だけど、自責意外に感情を吐き出すすべがないフィエリアの気持ちを、ティアラは理解できたから、グッと堪えるように強く抱きしめる。
「全部、全部私が悪いのに! 気持ち悪い! 恕してくれるわけないでしょ!」
「痛かったわね……」
ティアラはただ、フィエリアの頭を優しく撫でた。
フィエリアは、ティアラの胸にしがみついたまま吐き出していく。
「償うって……決めたのに、決めたのにぃ! こんなんじゃ全然ダメじゃん! 私ホントダメ……」
少し、ほんの少しフィエリアの言葉の勢いが落ち着いた。
それを感じ取って、ティアラは顔を覗き込もうとして――、
「なんで私、生きてるのかな……」
「――――ッ!」
その言葉に、目を見開いた。
「こんな私、生きる価値なんかんっ!?」
「それ以上はダメよ」
フィエリアの頬を両手で挟んで止める。
「何回言ったらわかるのよ。あたしはフィエリアに死んでほしくなんかないって言ったじゃない」
「わかってる! わかってるけど……」
「世界は残酷なのよ。――だけど、それだけじゃないわ!」
――時々、本当に時々、世界は優しくもなってくれるから。
「今のあんたには、あたしがいるじゃない」
ちょっと頬を赤らめながら、ティアラは言った。
「辛いことばっかりだと、全部が悪く見えちゃうわよね。けどちゃんと進んでるわ、前のフィエリアなら、すぐに死のうとしてたもの」
「そ、そのくらいで」
「そのくらいでもよ!!」
「――――ッ!」
「そのちっちゃな一歩を、ちゃんと数えてあげなきゃダメなのよ」
ティアラは立ち上がって、フィエリアの前に立つ。
はっきりと、その涙の溢れる瞳を見つめた。
「あんたの通る道は長いわ。けどね、このちっちゃな一歩を何百回、何千回、何万回って繰り返して、理想を掴み取るのよ」
「――――」
「その過程には、今味わってる痛みより強い苦痛も絶対にある。もしかしたら、報われないかもしれない。けど時々、嬉しいことだってきっとあるわ」
「ないかも、しれないじゃん……。一生償っても、話してすらしてくれないかもしれないじゃん!」
「――っ! そうなっても仕方がないようなことをしたのを、忘れてんじゃないわよ!!!」
「――――ッッ!!」
叫ぶように、ティアラは言い放った。
その威勢に押されて、フィエリアが絶句する。
「赦されたいって思ってもいいわ、願っていいわ! 苦しくて辛くて、理不尽に泣き崩れてもいいわ! だけど、それを理由に償うことをやめたら、あんたが望む未来は、絶対に訪れない!!」
「――――」
「期待して、苦しんで、ちょっとしたことで喜んで、振り回されるのは疲れるわよね。けど、それを一概に否定する必要なんかないわ。きっとそのたびに、得られるものがある、いや、作り出しなさい! この痛みを、ただ痛いだけで終わらせるなんてムカつくじゃない!」
ティアラはフィエリアの前に手を差し出す。
フィエリアの瞳を真っすぐと見つめた。
「立ちなさい! あたしは知ってるわよ、あんたが自分の弱さに向き合える強さを、持ってることを!!」
――言い、放つ。
その言葉に、フィエリアの涙腺がまた緩んだ。
だけどフィエリアは、それをグッとこらえて、目尻にたまる涙を拭って――、
「うん!」
意を決した面持ちで、ティアラの手を取って立ち上がった。




