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第一章55 『眼差し』


「ティアラぁ! 早く帰ろぉ!」


「わ、わかったわ。じゃ、じゃあわたし、本戻してくるわね」


 両肩を掴んで揺らしてくれるミファーに、ティアはどうにかティアラの真似で応じる。

 そうしてティアは、リーファの疑うような視線から逃げるように、本を抱えて小走りで本の置いてあった場所へと向かう。


「えっと、あっここだ……」


 足を止め、ティアは本棚に本を戻そうと手を伸ばし、


「――――」


 ピタリと、手を止めた。


 今なら、ティアラのこと起こせるかも……


 ティアは辺りをキョロキョロと見回して、誰もいないことを確認すると、精神世界へと踏み込んだ。


「ねぇ……」


「んっ!」


 その寸前に、リーファの声がティアの耳を打った。

 ティアは恐る恐る右を振り向いて、視界にリーファの姿を捉える。その表情は、その瞳は、ティアを疑っていると言わんばかりだ。


「あなた、ティアラじゃないでしょ……」


 その刺すような言葉に、ティアはゴクリと唾を飲み込んだ。

 緊張が体を固め、冷や汗が頬を伝うのがわかる。

 だが、一体何か月ティアラと一緒にいると思っているのだ。このくらい、隠し通せるに決まっている。


「何言ってるのよ? わたしはティアラよ?」


「ティアラの一人称はあたしだけど……」


 ダメだった。


「ぁ、あたしって言ったわよ」


「――――」


 じーっと、リーファが見定めるようにティアを見つめる。

 その眼差しに、ティアは緊張で息が止まってしまう。


「ねぇねぇティアラ遅いよぉ!」


「ミ、ミファー……」


 本棚の影からひょこっとミファーが顔を出し、ティアはどうしようと思いながらリーファとミファーを一瞥する。


「――! そっかぁ! ティアラ届かないんだ!」


「ち、違うわよ。そういうわけじゃ、ないわ……」


 リーファを一瞥しながら、ティアは本を本棚へと戻す。

 それから寮に帰ることになったのだが、その途中もリーファの細められた眼差しがティアの顔を突き刺していて、緊張が募るばかりだった。

 やがて寮の前までやってくれば、ティアはもう少しで着くと安堵が出始めて――、


「ミファー、先行ってて」


「ん? どおして?」


「ティアラと話があるから」


 まずい……


 グッと左腕を掴まれ、ティアはドクドクと心臓の鼓動が早まるのを感じる。

 そんなティアをよそに、ミファーはリーファとティアラを順番に見やって、『わかった!』と言って寮に入っていく。

 そのミファーの背中を見送ったあと、ティアは恐る恐るリーファの表情を窺って、


「ひぅ……」


 リーファと目が合って、ティアは思わず小さい悲鳴を上げる。


「こっち来て……」


 拒否権は与えられず、ティアはリーファに連れられて歩くしかなかった。

 やがて着いたのは、寮の裏側だった。そこを目にしたリーファは、苦しそうに顔を歪めるも、すぐに表情を立て直す。


「あなた、誰?」


「うぅ……」


 寮の壁に背中を向けて立つティアは、向けられるリーファの視線を避けるように目を彷徨わせる。

 それからチラッとリーファの目を見れば目があって、ティアは速攻で目をそらした。


「もう、確信してる?」


「してないと思う?」


「うぅ……」


 まぁ当然と言えば当然ではある。

 何せあれほど盛大にティアとして喋っていたのだから、いつも間近でティアラと接していたリーファが、違和感に気付かないはずがない。

 ミファーはまぁ、ミファーだから気付かないのもわかるが。


「……わたしは、ティアラの別人格みたいなものだよ。厳密にはちょっと違うんだけど、あまり話しすぎるとティアラに怒られる」


「やっぱり……」


「へ?」


「たまにティアラ変だったから、おかしいって思ってた」


「そ、そっかぁ……」


 居心地があまりよくなくて、ティアは顔を若干下に向けたまま、リーファの顔を見てはそらすのを繰り返す。


「名前は?」


「ティア……」


「あなたはティアラの何?」


 反射的に調子に乗って『好きな人』と答えそうになったが、そんなことを言ったらティアラに絶対に怒られると思って踏みとどまる。

 まぁ実際ティアラはそう言っていたし間違ってはいないのだが、リーファに恋愛的な好きだと勘違いされても困るというものだ。

 だからティアは言葉を選びなおして、『相棒、みたいな……?』と答えた。


「ぁ、相棒……?」


 と、リーファは目を丸くして困惑の表情を浮かべた。

 ここだ、とティアは主導権を握るためにいつもの調子で口を開く。


「そう、相棒! それよりリーファ、お願いがあるんだけど!」


「ちょっ、な、なに……」


 ティアはじりじりと歩み寄って、リーファを学園の塀に追い詰める。


「バレたこと、ティアラには言わないでほしい……」


「え?」


 拍子抜けしたのか、リーファは口をポカンと開けっ放しにする。


「な、なんで……」


「怒られるから……」


 もちろん、それがティアを思っての怒りなのはわかっている。だがそれでもティアラが怒るのは怖いのだ。


「わ、わかった……」


 困ったような表情をしながらも、リーファは勢いに押されて承諾する。


「やったぁ!」


 ティアはグッと右手を丸めてガッツポーズする。

 そのあとリーファと寮の自室へ向かうのだが、その間、リーファはずっとティアのことを見つめていた。恐らくそれは、ティアの性格がわからないゆえの行動だろう。


『んっ、あっ、ティア?』


 あっティアラ起きた!


 ティアは最後に、リーファに手を振った。今ならティアラも視界の共有ができていないから、大丈夫。そう思っての行動だ。

 そのティアの仕草にリーファは目を丸くするが、ティアは構わずティアラへ体の主導権を譲渡した。


「へ? えっとここは……リ、リーファ」


「――! ティアラ」


 その様子から人格が入れ替わったことを理解すると同時に、リーファがティアが手を振った意味を理解する。

 それからふっと、リーファは笑みをこぼした。

明日は20時50分に投稿します。

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