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第一章50 『この気持ち』


 イラが愛称だったのかという気づきと同時に、ティアラは前にメルティアが企画者は知っている人と言っていたことに合点が行く。

 そのうち、と言っていたわりにずいぶんと時間が経っている気はするが。


「それじゃあ早速、説明に入ろうと思います」


 と、イラディスのその言葉を始めとし、説明会が開始した。


「と言っても、それほど多いわけじゃないです。一般雇用の人たちにやってもらうのは、会場に物を運んだり、掃除をしてもらったりという雑用が主になります」


 一般雇用、恐らく小企画主と屋台主、特別雇用を除いた雇用者のことだろう。

 ティアラも一瞬はてなマークが浮かんだものの、どうにか理解に達した。


「大企画だからこその大変さもあるので、日給は銀貨八枚とさせていただきます。準備期間から当日まで働いてもらうことにはなりますが、毎日というわけではなく、必要な時にお呼びする形になります」


 それはつまり、必要な時が少なかったらその分日給を払うことも少なくなるということだろう。そしてもう一つ、一日にどれだけ働いても日給は変わらないというのもある。

 どちらにしろ、日給銀貨八枚は高いとティアラは思うが。

 ティアラはちょっとずつ、ここが説明会という場でありながら、商業のやり取りをする場でもあるのだとわかってくる。

 安易に相手の発言をうのみにすれば、給料に見合わない労力を支払うことにもなりえるということだ。

 ティアラは人を助けたいという想いが強いから、こういった人をはめるような話が苦手だ。だが、まんまと引っかけられるわけにはいかないとも思う。

 だからティアラは、耳を澄ましてしっかりと話を聞く姿勢を取った。


「そして特別雇用の方には、一般雇用者をまとめる役割や、それとはまた違った仕事もお任せしてもいいかなと考えています」


 その引っかかる物言いに、ティアラは目を細める。

 ちょっと考えて、何となくわかった。

 イラディスから積極的に他の仕事を任せるつもりはないが、特別雇用者から仕事の提案があれば、それを給料アップの交渉として受け入れるという意味なのではないだろうか。

 だとしたらあからさまに言わないのは、交渉が多すぎると損をする可能性があるからだろう。


「給料については、のちのち俺から交渉を持ち掛けるので、その時に。それと、そこの彼女は特別雇用者ではありますが、別の仕事をしてもらいます」


「――!――」


 イラディスが手のひらを上に向けてティアラを指し、雇用者の全員の意識がティアラへと向いた。

 それにティアラはビクッと肩を震わせて委縮する。


「彼女には、雪合戦最強決定戦の司会と実況をしてもらいます。覚えていてもらえると助かります。それとこのあと交渉をするので、帰らないで待っててね」


「は、はい……」


 緊張感が募りに募り、ティアラは無意識に肩が上がっている。

 ここからはティアラはあまり集中できなかったが、雇用者から企画者へ質問をする時間を取っていた。

 やがてそれが終わり、他の雇用者がいなくなると、イラディスがティアラの席の前に椅子を持ってきて、そこに座る。


「こんにちは、ティアラちゃん、でいいかな?」


「は、はい……」


 イラディスは、緊張したティアラの姿を見て目を瞬かせる。それから背もたれに体重を乗っけて、


「はぁ、疲れたぁ……」


「へ?」


 ぐったりとしたイラディスの様子に、ティアラは思わず素っ頓狂な声が漏れた。

 何というか、さっきまでの凛とした雰囲気との落差がすごい。


「俺ね? こういう上に立ったりするの苦手なんだ」


「そ、そうなんですか?」


「敬語じゃなくていいよ。正直ティアラちゃんにはメルティアがめちゃくちゃ迷惑かけてるから申し訳ないと思ってるんだ」


 その罪悪感にかられるイラディスを前に、ティアラはふと疑問が浮かんだ。

 会った時からそうだったが、なぜこんなにイラディスはメルティアの面倒を見るのだろう。ただの友人ってだけで、メルティアの言動に責任を感じるとは思えない。


「イラディスさんって、メルティアさんのお兄さん?」


「え?」


 と、ティアラの言葉にイラディスは目を丸くした。

 それを見れば、ティアラは変なことを言ってしまったと焦った。焦ったままに、慌ててティアラは発言を撤回しようと口を開いて――、


「そう、お兄さんなんだよね」


「へ?」


「……というのは冗談。俺がメルティアの面倒を見るのは、何というか、ただほっとけないからってだけかな」


 たしかに、メルティアを放っておいたら、きっと学園中の女子たちに口付けして回るだろう。

 ティアラはそんな地獄を想像して思わず身震いする。


「と、そろそろ交渉の時間だ。ティアラちゃんにしてもらうのは、雪合戦最強決定戦当日の司会と実況。給料は成功報酬形式で、ティアラちゃんが当日の二日間役割をこなしてくれたら支払う。その雇用額は――――金貨五十枚」


「――――。――へ?」


 今、なんて言ったのか、ティアラにはわからなかった。厳密には、ちゃんと聞こえてはいた。だけどそれを正しいと自信を持っている額じゃなかった。


「金貨五十枚、これがティアラちゃんの雇用額だ」


『金貨五十枚って、五百万……?』


 ティアの声が聞こえた。その声音は、ティアラと同じく理解が追いついていないと言った様子だ。

 あたりまえだ。司会と実況をこなすだけで支払われていい額じゃない。


「理由は主にティアラちゃんの肩書きと、能力にある」


「肩書きと、能力……?」


 ティアラは未だ処理が追いつかず、イラディスの発言を繰り返すだけしかできない。


「この国で知らない人がいないとすら言える魔法騎士団団長二人。ティアラちゃんはその娘っていう肩書きを持ってるんだ。そんな人が司会と実況をやるってなったら、異常なほど注目される。集客力上昇なんてものじゃない」


「ぁ……」


 自然と、視線が下がった。スカートの裾をギュッと握る。

 ちょっとばかし、ティアラは胸が苦しくなった。

 結局ティアラはまだ、あの二人の娘という形でしか、価値を見出されないのだろうか。だとしたらまだ、ティアラは二人に相応しい娘になれてなどいないのかもしれない。


「そしてティアラちゃんが頑張れる人だってのも、ティアラちゃんを選んだ理由だ」


「…………え?」


「これは俺の勝手な妄想なんだが、初めて会った時に、ティアラちゃんがずっと苦しんでるように見えてな。やっぱり団長二人の娘ってなると苦労もあるのかな? なんて考えてたりした。勝手ながら心配してたんだ」


「――――」


 ティアラは何も言えなくて、ただ口をポカンと開けていた。


「けど加護の授業で会った時に、その苦しみを乗り越えてることに気付いた。すごいなって思ったよ。俺なら、両親がそんなにすごい人だったら、押しつぶされる。だからこそ、そんな期待に押しつぶされず…………いや、押しつぶされても折れずに立ち向かえるティアラちゃんになら、任せられると思ったんだ」


「……ぁ、ぇ、えっと…………」


「ご、ごめんな! そうだよな! これ全部俺の妄想だから、あってるわけないよな!」


「ぃ、いや、違うわ! そうじゃなくて! ぁ、あってる!」


「おっ! ホントか? ならティアラちゃんを選んで正解だったな」


 その笑いかけるような仕草が、安心感を与えてくれる。

 いつの間にか緊張感がなくなっていることに、ティアラは今気づいた。


「けどあたし、不安よ。大勢の前で、話すことになるのよね?」


「そうだな」


「それはちょっと、怖いわ……」


 魔法が使えるようになって、成績もアミリスとアドバンに見せられるくらいにはなった。だからティアラの自信も、前よりは断然よくなってはいる。

 だがもし、ミスをしてしまったら、両親の名前に傷がつく。それは申し訳ない。


「――――ティアラちゃんの失敗の傷は、ティアラちゃん自身に生じるものだよ」


「へ?」


「君の失敗が間接的に両親に迷惑をかけることになるとしても、それは君の挑戦を妨害する理由にはならないし、その迷惑はティアラちゃんの背負うものでも、君の両親が背負うものでもないんだ」


「ぇ、いや、なんでわかって……」


「何となくだよ。ティアラちゃんいい子だから、そういうの気にするのかなって思っただけだよ」


 だとしても、あきらかに普通より洞察力はずば抜けていると言えるが。


「それになティアラちゃん、君の両親が君にお前のせいで名前に傷がついた、なんて言うの想像できる?」


「そ、そんなこと言わないわ!」


 そんなの、アミリスとアドバンじゃない。

 あの二人は、絶対にそんなことを言ったりはしない。


「だったら、それが答えだよ。それとも、ティアラちゃんはやりたくない?」


「そういうわけじゃないわ。ただ、お母様たちのことを考えなかったとしても、怖いものは怖いのよ……」


 また、失望されるかもしれない。――魔法が使えなかった時と同じように。

 それが怖くて、けど挑戦してみたいという気持ちも、自分を選んでくれたイラディスに応えたい気持ちもあって――、


「ティアラちゃん、失敗したらそこで終わりじゃないんだよ? 失敗しても、また巻き返せばいい。それにね、働くのって楽しいよ? ティアラちゃんの役割は特にそうだと思う」


「…………」


 何も言えず、ティアラは黙り込んでしまう。

 自分の気持ちがはっきりしないのだ。


「そうだな。じゃあ勇気を出してもらうために、さらに条件を作ろう。ティアラちゃんが楽しくなかったら、その時は雇用額を十枚上乗せする」


「えっ!?」


 金貨十枚上乗せと聞いて、ティアラは思わず声が出る。


「な、なんでそんなに……」


「それはね、絶対楽しいから」


「そ、そんなに?」


「うん、そんなに」


 その自信に満ちたイラディスの表情を前に、ティアラは少しやってもいいかもと気持ちが傾き始めた。

 それにイラディスが言った通り、失敗してもそこで終わりじゃない。そこからまた、巻き返すことだってできるのだ。


「わかっ……あの、お願いがあるわ。条件みたいになっちゃうけど、リーファとミファーを、どこでもいいから雇用してもらえないかしら?」


「…………」


「ぁ、あの二人は、ちゃんとできるわ! ミファー…………」


 どうにかメリットを提示しようとするも、ミファーの段階で躓いた。


「ミファーは、元気よ! だから接客はうまいと思うのよ! たまに暴走するけどリーファが止めてくるわ! リーファはいつも冷静に考えられるから」


「ぁ、いや、そういうことじゃないんだ。ただ二人のことを思い出してただけ。でもそうだな、二人は対照的だからこそ一緒なら欠点を補えるし、利点を研げる」


 イラディスは口元に指をあてて数秒考えてから、


「うん、いいよ。それじゃあティアラちゃんは雇用されてくれるってことでいいかな?」


「――っ! えぇ!」


 リーファとミファーを雇用してくれると聞いて、ティアラは気持ちが高まった勢いで頷いた。


「……そうだ、今日飾り付け雇用説明会もあったと思うんだけど、そっちはどうなってる?」


「ミファーとリーファが代わりに行ってくれたわ」


「そっか、なら安心だな。そうだ、飾り付けの特別雇用者なんだけど」


「えぇ」


「いや、これは当日会ってのお楽しみだな」


「なによそれ、教えてほしいわ」


「内緒だよ」


「むぅ……」


 と、口の前に指を立てるイラディスを前に、ティアラは頬を膨らませる。

 何というか、イラディスとの会話は安心感がある。何を言っても受け止めてくれそうに思えるから、ティアラは自然と緊張が緩む。

 だからか、気付けばティアラは顔が笑っていた。


「……そう言えば、あたしを飾り付けの雇用に選んだのはなんでなの?」


「飾り付けの雇用は魔法を使うからね、一年生だとティアラちゃんくらいしかできそうになかったんだ」


「一年生?」


「うん、今年は一年生の屋台主も何人かいるからね、だから同じ一年生に飾り付けの雇用者いた方が、依頼しやすいと思ったんだ」


「依頼?」


「詳しくはリーファちゃんたちから聞いてみて」


「わかったわ!」


「んじゃ、俺はこの教室片付けてから行くから」


 そう言って立ち上がったイラディスを見て、ティアラはちょっと焦ったように口を開いた。


「ぁ、あたしもやるわ!」


 勇気を出して言ったが、変だっただろうか。

 ティアラはちょっと不安になってくる。胸がキュッと締まるような感覚がして、ティアラは苦しくなって、


「ありがとう」


「――!――」


「けど、俺一人で大丈夫だよ。ティアラちゃんの前でかっこつけたいんだ。だからティアラちゃんは寮に帰ってな?」


「――! わかったわ」


 ちょっと目を丸くして、それからティアラは頷いた。

 教室を出たところで、ティアラは足を止める。振り返って教室の中を見やれば、黒板に書かれた文字を消すイラディスの背中が見えた。

 やっぱり、イラディスは優しいとティアラは思う。ティアラの気持ちをちゃんと受け取ってくれた。


「ふふっ」


 軽く声を出して笑って、ティアラは満面の笑みで歩き出した。

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