第一章42 『地獄を生きてきたから』
心臓が、バクバクと警鐘を鳴らしている。
息が荒いのは、自分でもよくわかった。
「リーファ、そこ、座って……」
「うん……」
リーファのベッドを指さして、そこに座らせる。
ミファーは、リーファの正面の自分のベッドに座った。
――静寂。
心臓がうるさい。
だがそんなの関係ない。
――――そんなことを気にしていたら、また、失ってしまう。
だからミファーは、深呼吸で心を落ち着かせ、口を開く。
「なにが、あったの?」
「ティアラが、ティアラがひどいの!」
込みあがった感情を吐き出すように、リーファが口を動かした。
その瞳からは、大粒の涙があふれ、頬を濡らしてポロポロと落ちてゆく。
「ティアラが、フィエリアの部屋から出てきたの! だから私、なんでって聞いたら、救うためだって……意味わかんないよ!!」
「落ち着いてリーファ、大丈夫」
いつもの調子じゃいられない。
咄嗟にリーファの隣へ移動して、その背中を摩った。
救うためとは、どういうことだろう。
リーファがいじめにあっていたことを知った時、ティアラは強く怒っていたのに。
わからない。わからないけど、わからないではいられない。わからなくては、ティアラを理解しなくては。
全力で頭を回転させているうちに、リーファがまた口を開ける。
「救うってなに? 私はフィエリアにいじめられてたんだよ? 腕に傷だって残ってるのに、なんで!」
「うん」
ただ、頷きを返すことしかできない。
あたまには『どうすればいい』という疑問だけが延々とループしていた。
ただこのままだとダメだと思って、とっさに慰めるようにリーファのあたまを撫でた。
「わぁ!」
リーファが抱き着いてきて、思わず驚く。
けどハッとして、すぐにあたまを撫でなおす。
「もういや、私ティアラのこと嫌い」
早く、早く解決策を用意しなければ、このままじゃ――、
「ぁ……」
自分が焦っていることに気付いて、ミファーはもう一度深呼吸を実行する。
焦っている場合ではない。焦っている暇があるなら、もう少し冷静に考えなければ。
「えっと……その、あの、ティアラにも、考えがあるんじゃないかって、ミファーは思うよ?」
「考え? 私を裏切る考え?」
「ううん、そおじゃなくて…………。リーファはさ、ティアラがホントに裏切ったって思ってるの? ティアラのこと、そんな人だと思う?」
「それは……」
きっと、これはリーファも同じなんだろう。
少なくともミファーは、ティアラが簡単に裏切るような人じゃないことは、よく知っている。そしてそれは、一緒の学園生活を送っていたリーファにも言えることだ。
「けど私、フィエリアのこと赦せないもん」
「じゃあそれをさ、ティアラに伝えてみたら? それにティアラは、リーファの気持ちはわかってると思う」
「それは、言ってたけど……」
「でしょお? ならさ、もっとちゃんとお互いに気持ちを伝えよぉ? ティアラならリーファの気持ち、ちゃんと受け取ってくれると思うよ?」
「…………」
黙り込むリーファ、その顔を覗き込んで、ミファーは聞く。
「ティアラのこと、嫌い?」
「…………ううん、嫌いじゃない」
「でしょお? じゃあがんばって伝えよぉ?」
「うん」
「それじゃあ、ミファー次はティアラとも話すからさ、外で待っててくれるぅ?」
「うん」
涙の滲んだ目を向けて頷くリーファの頭を撫で、ミファーをゆっくりと立ち上がらせる。それから部屋のドアの前まで一緒に移動して、外に出す。
それと同時に、ティアラを手招きして部屋の中へ招き入れた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
リーファがミファーに連れられ部屋に入ったあと、廊下に一人でいたティアラはずっと考えていた。
「なんであたし、あんなに言われなきゃならないのかしら?」
ティアラは、リーファの気持ちを理解しているつもりだ。
それなのに、リーファは全く理解しようとしてくれなかった。あまつさえ、ティアラに頭がおかしいなどと言うくらいだ。
考えていたら、段々腹が立ってくる。
「そうよ! あたしは何も悪くないわ! 理解しようとしないリーファが悪いのよ!」
「ティアラ……」
リーファが外に出てきて、その後ろからミファーがティアラを手招きする。
ティアラはそれに応じて、自室へと入り込んだ。
――――そして、言い放つ。
「あたし、リーファに謝る気とかないから!」
「…………ぇ?」
驚いたように、ベッドに腰を下ろしたミファーが顔を上げた。
「……ま、まず、ティアラ、そこ座って?」
「いやよ、そこリーファのベッドじゃない」
「――――」
ミファーが、涙目になるが、ティアラは気づかずに言葉を続ける。
「あんな分からず屋、あたし嫌いよ! あたまおかしいとか言ってきたのよ? ふざけるんじゃないわよ! あたまおかしいのはどっちよ! ――っわぁ!!」
勢いよくミファーに飛びつかれ、ティアラは押し倒される。
「な、何するのよ……え?」
自分の胸に顔を埋めるミファーの顔を覗き込んだ時、ティアラは思考が止まった。
――――ミファーが、泣いていた。
「おねがい、ミファーのことは嫌いになってもいいから、リーファのことは嫌いにならないでぇ!」
「ど、どうしたのよ、なんで、そんな……」
「ティアラぁ! おねがい! おねがいぃ!!」
「わ、わかったわよ。わかったから泣き止みなさい!」
「ぅ、うぅ……」
ミファーの泣き声があまりにも大きくて、ティアラはリーファへの怒りが吹き飛んだ。
焦って頷いてしまった。
ミファーはティアラの胸に顔を埋めたまま泣いている。そんなミファーを見ればティアラは少しずつ冷静になってきて、優しくミファーの頭を撫でた。
リーファの姿があたまに浮かんだ。
今思うと、配慮にかけていたかもしれない。普通に考えて、リーファはフィエリアからいじめを受けた立場なのだ。
ティアラの気持ちを理解できないのも当然だ。理解してほしいなら、冷静に対話しなければならない。
それなのにティアラは、リーファの言葉にカッとなってしまった。あまつさえ、怒りを膨らませてミファーを泣かせてしまった。
「……あたしもまだ、未熟なのね」
ティアラはだいぶ、地獄を生きてきた自覚がある。
だからこそ、その地獄を乗り越えた自分を周りより大人だと思っていたのかもしれない。
なら、未熟とわかったなら、今の自分にできる精一杯をしよう。それが、ここからまた成長するために必要だ。
「リーファに、謝るわ……」
「ほんとぉ……?」
そう言って顔を上げるミファー。そんなミファーに『えぇ』と頷きを返して、ティアラは言葉を紡ぐ。
「今思ってみれば、リーファにあたしの気持ちを理解する義務なんかない。それなのに、理解してくれないからリーファが悪い、なんて……我ながらバカよね」
「ティアラ……」
「理解してもらいたいのはあたしなんだもの、だったらあたしが理解してもらえるように頑張るわ」
「ティアラ……ティアラぁ!!」
「わぁ!」
起こした体が、泣きながら抱きついてきたミファーによってもう一度床につく。
「ど、どうしたのよ……」
「ありがとぉ、ありがとぉ!」
その様子は、あまりにも必死だった。
ちょっと異常にも思えたが、それほどまでにリーファとティアラの仲を気にしてくれているというのは嬉しくもある。
ティアラはゆっくりと体を起こし、ミファーのあたまを撫でながら、
「ほら、涙拭きなさい。ちゃんと最後まで仲介役頼んだわよ?」
「ぅ、うん!」
目尻に涙を残しながら、ニッコリと、ミファーが笑みを浮かべた。




