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第一章40 『命』


 ティアラがいなくなった自分の部屋で、フィエリアは右手拳を左手で包み込むようにギュっとして、柔らかな笑みを浮かべた。


「ティアラ……」


 嬉しいと、素直に思う。

 ずっと、ティアラが自分に仕返しをするために関わっていたらどうしようと、そう恐れていたから。


 ティアラに会う前、フィエリアは死のうとしていた。いや、死のうとしていたというより、死のうとするほど自分は苦しんでいるのだと、そう思うことで自分の頑張りを報おうとしていただけなのかもしれない。

 ただ何度か、本当に死のうとしていたこともあった。そんな時だ。


 ――――ティアラが現れたのは。


 ティアラに会って最初に心を支配したのは、期待よりも恐怖だった。


『な、なんで入ってきたの……』


 ――――怖い。

 そんな感情に支配されて、フィエリアは咄嗟にティアラを睨んだ。

 だってそうだろう。自分がいじめていた相手の友人だ。もしかしたら、リーファにしたことをやり返そうとしているのかもしれない。

 だったら、強い恐怖で追い払えばいいだけだ。


『なっ……!』


 驚いて、思わず目を見開いた。

 ティアラは、逃げなかったから。

 そんなに自分に復讐したいのかと、フィエリアは背筋が凍った。恐怖が心の全てを満たし、呼吸が荒くなる。


『何のつもり……』


『そ、そそそ、そっち、そっちこそ、な、何のつもり、よ……』


『……話す必要ある? それより早く出てって!』


『――――っ!』


 なんで……?


 疑問だった。

 普通、自分にこんなに睨まれたら、逃げ出す人がほとんどだ。それなのにティアラは、震える足のまま立っている。


『――っ、なんで、逃げないの……』


『ぁ……くっ、ぁ……』


 どうして逃げない。

 そんなに自分に復讐がしたいのか。


 これもまた、リーファのせいだと思った。


 リーファがあんなことをして来なければ、こんなことにもならなかった。

 呼吸すらまともにできなくて死にそうなのに、ティアラが逃げないことにも、腹が立った。

 けどこのままじゃ、殺してしまう。だから仕方なく、フィエリアは舌打ちをしながら視線をそらした。


『なんで、逃げなかったの……』


『に、逃げたら、あなたが死にそうだったから……』


『――――』


 そのティアラの言葉に、フィエリアは単純に驚いた。

 仕返しをするためじゃ、なかったのか。いや違う。きっと油断させるのも復讐のうちなのだ。だからこれも嘘なのだ。嘘に決まってる。嘘じゃないはずがない。


 嘘じゃなかったとしても――――、


『……あなた、ティアラにはわからないよ』


 今に思えば、突き放すような言葉だったはずだ。

 それなのに、ティアラはまた来ると言って去っていた。その時は思った。また来るはずがないと、あれだけ恐怖を受けておいて、来れるはずがない。

 それなのにティアラは、毎日フィエリアのもとへ訪れた。


 それが怖くて怖くて――――、


 嬉しかった――――。


 いつの間にかフィエリアは、ティアラが自分に会いに来るのが復讐目的じゃなければいいなと考えるようになった。

 それを一度、聞こうとしたこともあった。だけど、できなかった。

 もし仕返しをするためだなんて言われたら、もう耐えられないから。少しでも信じ始めてしまった自分を呪うと同時に、期待が高まっていくのを強く感じた。


 一度ティアラが本を忘れていった時がある。

 気付いたのは、ティアラが背中を向けた直後だった。だけど、声をかけようと手を伸ばして、止めてしまった。


 ――――なんて声をかければいいのか、わからなかった。


 そのあとは、さんざん迷った。

 残されたティアラの本を腕に抱えたまま、悩み続けた。

 もしかしたら、なんですぐ言ってくれなかったのと、非難されるかもしれない。もしそれで嫌われたら、ティアラはもうここに来てくれないかもしれない。

 けど渡さなかったら、それこそ現実になってしまう。


 もう、半ば諦めていた。

 ティアラに嫌われるとわかっていながらも、一縷の望みを抱えたまま、ティアラに本を渡した。


『ありがと』


『え?』


 落ちていた視線が、自然とあがり、目を見開いた。

 一瞬、自分が本当に感謝されたのか疑った。だってそうだろう。ティアラにとって自分はリーファを、友達をいじめた存在のはずだ。


『フィエリアって、呼んでいい?』


『えっ、と……ぅ、うん』


『ありがと。また明日、そっちに行くから』


『わ、かった……』


 わからない。

 ティアラの考えがわからない。

 わからない。わからないわからないわからない。だから怖くて、怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて――――、


 でもどうしようもなく、


 ――――嬉しかった。


 そんな気持ちが、早く確信を欲しがった。

 ティアラを信じたくて信じたくて信じたくて、そんな想いがフィエリアを奇行に走らせた。


 ――――ティアラに心配と言わせるためだけに、刃物を持って希死念慮を演じた。


 けどティアラから何も言われなくて、自分のことなどどうでもいいんじゃないかと、そう思えてきた。

 だからもう、自分の口で聞くしかなくて――――、


『特別、こう思ってるみたいなのはないわね。リーファにしたことだって、怒ってるしね。けど……』


 視界が真っ黒に染まったような気がした。

 心に残ったのは絶望という無で、ティアラに会う前の自分に巻き戻ったような気がして、再び生きている意味を失った。


 けどティアラは言ってくれた。

 死のうとするフィエリアを止めて、嫌いじゃないと、そう言ってくれた。死んでほしくないと、そう言ってくれた。


 そんなティアラと会った時からのことを思い返して、フィエリアはさらに深く微笑みを零した。


「ティアラ、大好き……」


 その時――――、


「違うわ! あたしはそんなつもりじゃない!!」


「――――ッッ!!?」


 思わず本音を零したフィエリアの耳を、部屋の外から聞こえるつんざくようなティアラの声が刺激した。

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