第一章37 『不確かな想い』
一週間が経った。
その日、ティアは放課後にティアラの体を貸してもらい、情報収集をしていた。
「ティアラ、これなんて読むの?」
『神ね』
「神!」
前から情報収集はしているものの、ティアは文字が読めなかった。
今ではちょっとは読めるようになってるが、それもティアラの教えのたまものだ。
『ティア、進捗はどうなの?』
「ん?」
本を読む手をぴたりと止める。
『ティアの読んでる本の内容はわかるけど、それがティアの世界と関係があるかなんてわからないのよ』
「あぁそっか! う~ん、正直あまり進展がないんだよね。けど、ちょっとわたしに似てそうな人はみつけたよ」
『似た人?』
「うん、アルコルって人なんだけど」
『――!―― それって!』
「そうそう! 何代か前のプラステル王だよ! この人、めちゃくちゃ凄い功績を残してる。あのメルメルティティス並みだよ。けど大魔法陣問題を解決したあとに、一瞬で姿を消してる。そんなんだから、アルコルの神隠しなんていう格言まで生まれてる。わたしと同じように異世界に転移したのかぁってちょっと思ってる」
『どういう格言なの?』
「ん? 成果を上げた人間が突然消えてしまうことだって!」
『ふ~ん……そうだティア、そろそろ終われるかしら? あたし行く場所があって……』
その言葉に、ティアは思わず顔を顰めた。
「……また、フィエリアのところに行くの?」
『…………えぇ、そうよ』
声を低くして、ティアラは言う。
「この一週間、ずっと通ってる。わたしは、もうやめた方がいいと思う。それにわたし、人をいじめるようなやつは大嫌いだもん」
『――――』
「……ティアラは、どうしてフィエリアと関わるの?」
『それは、あたしにもよくわかってないのよ。……フィエリアのことは赦せない、リーファにあんなことをしたフィエリアを、赦していいとも思わない。けど、このままフィエリアを悪者にして終わるのは、なんか、違う気がして……』
その声音は、本当に自分の感情がわからないと言った様子だ。
きっとティアラ自身も、フィエリアに関わることが危険なのは理解しているのだろう。理解しているからこそ、フィエリアと関わりたいという自分の気持ちがぶつかり合う。
けど自分の気持ちがわからないから、折り合いをつけたくてもつけられない。
――――つけられないまま、関わってしまうのだ。
「まぁ無理して止めるつもりはないけどさぁ。十分気を付けてね? ティアラ」
『えぇ、ありがとねティア。そうだ、あたしのせいで時間が短くなるんだから、他の日にも体を貸すわ』
「ん~それはいいや。毎週金曜日だけ貸してってのはわたしだしね」
『そう? わかったわ。けど考えが変わったら言うのよ?』
「うん! ――っ! 痛っ!?」
チクリと、ティアの指に鋭い痛みが走った。
切れた指の先から、少量の血が出てくる。
『ティア?』
「紙で切っちゃった……ごめんティアラ」
『そんなに謝るんじゃないわよ。あたしティアに救われたこと……その、感謝してるんだから。もっと、その……』
恥ずかしそうに言葉を並べるも、途中で詰まってしまうティアラ。
そんなティアラが精神世界で頬を赤らめているなどと想像すれば、ティアはニヤリと口角を上げた。
「ふ~ん、ティアラそんなにわたしのこと好きなんだぁ」
『――――っな!!? ち、違ッ……くは、ない、けど…………ぁ、う……その、えっと……好き、です…………』
「んっ!?」
からかうつもりだったのに、バズーカーレベルのカウンターが飛んできた。恥ずかしそうにしながら言うなんて反則である。かわいい。かわいすぎる。
ティアは顔をほんのりと赤くしつつも、咳払いをしてどうにか平静を装う。
「まぁけど、わたしは見返りがほしくてティアラを救ったわけじゃないからさ、これまで通り相棒でいてよ」
『――っ! 相棒! いいわねそれ、嬉しいわ』
ティアラを助けたのは、ティアラを救いたいと思ったからだ。
もちろん、感謝されればティアも嬉しい。ティアラの力になれたのだと思える、涙腺が緩むほどに。
だけどその恩義が自分を犠牲にする形で表れるのは、ティアとしては望まない。ティアラもそれは違うとわかっているんだと思う。
だからこそ、ティアラも自分の気持ちが許す限りでティアの力になろうとしてくれているのだ。
――――ティアはその事実が、ただただ嬉しかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ティアから体の主導権を返してもらうと、ティアラは若干急ぎ足で寮に向かった。
自室の扉を開けると、ゲームをしているミファーとリーファの姿が目に入った。最近はリーファも、いじめを受ける前の自然体に戻っていっているような気がする。
「んっ! オセロやってるのね!」
「ねぇねぇティアラぁ! リーファが全然勝たせてくれないの!!」
「違う、ミファーが弱すぎるだけ」
「…………今ミファーのこと悪くゆったぁ!?」
目を見開いて吠えるミファーを前に、幸せそうな面持ちでリーファが微笑みを零す。
それを横目にしながら、ティアラは慎重に様子を窺う。
「そおだティアラ! ミファーとオセロしよぉ!」
「……あたしちょっとこの後用事があるから、それが終わったあとならやってもいいわよ?」
「用事?」
リーファから疑問が飛んできて、ティアラはピクリと肩を震わす。だが平静を装った。
「ホントにちょっとした用事よ。じゃあ行ってくるわね」
「行ってらっしゃいティアラ!!」
とミファーに送り出される。
背中を向けて歩き出し、ティアラはドアノブを捻る。
――――その背中を、リーファが真剣な眼差しで見つめていた。




