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第一章35 『恐怖に満ちた裏側』


「あ、ティアラ!」


 メルティアと話が終わったティアラは、自室へ戻った。するとそれに気づいたミファーが名前を呼ぶ。


「その、えっと……」


「――――」


 どうやらリーファからティアラの立場は聞いているらしい。

 さすがのミファーと言えどその話を堂々とするのは気が引けるらしく、言葉がうまくでてこないと言った様子だ。


「あたしのことはいいわ。それよりリーファの腕よ」


「あっ! そおだよ! リーファそれどおしたの!?」


「ぁ……ちょっとこけただけ。私行くね」


 そう言って立ち上がり、自室を出て行ってしまう。

 そのどこか違和感のある様子に、ティアラとミファーは顔を見合わせる。


「なんかさ、リーファ変じゃない?」


「そおいえば、九月に入ってからリーファこの部屋にいないこと増えた!」


「えぇ!?」


「ど、どおしたの!?」


「ミファーってそう言うの気付けるんだ……」


 その言葉に、ミファー目をぱちくりと瞬かせ――――、


「……今ミファーのこと悪くゆったぁ!?」


「それよりミファー、明日リーファをつけるわよ」


「話そらした……」


「リーファのことどうでもいいの?」


「むぅ! そんなことゆってないよ!」


「じゃあ明日ね。このことはリーファには内緒だよ?」


「そのくらいミファーだってわかるよぉ!?」


 と、ティアラのわざとらしい注意にミファーが声を荒げた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 次の日、学園にやってきた。

 席に座り、改めてリーファを見やる。よく見ればやはり何かこの前までのリーファとは少し違うように思えた。

 その表情は張りつめている。視線は落ちていて、何か悩んでいるかのように動かない。

 何となく、昔の自分と同じだと思った。苦しいのに誰にも言えない。そんな背景を想像させるリーファの様子にティアラの心配はどんどんと大きくなる。


 国語の授業の時間になった。


「メルメルティティスの魔法陣、この格言はよかれと思ってしたことが争いを招いてしまうことの意だよ。由来は、メルメルティティスが魔法をいつでもどこでも使えるようにと作り上げた大魔法陣が、世界を血に染める原因になったこと。もともと魔法陣は神法陣、その効果も神法と言われてたらしいんだけど、これが理由で魔法陣と魔法と呼ばれるようになっちゃったんだって。それにね、大魔法陣ってある戦争の火種にもなっていて――――」


「――――」


 ずっとリーファへの心配が過り、先生の言っていることが頭に入らない。

 そんな状態で授業を受けていればいつの間にか学園は終わり、寮へと帰ってきていた。


「じゃあ私、行くことあるから……」


「わかったぁ!」


 ミファーがそう言うと、ちょっとばかしリーファが様子を窺うように視線を向けてくる。それからゆっくりと視線をドアへ移し、ドアノブをひねって部屋を出た。


「ミファー」


「うん!」


 顔を見合わせて頷き合う。

 そうしてリーファの後を追った。


「どこに行くんだろ……」


 そう呟くミファーを横目にティアラは考える。

 何があってあんな傷跡を残すことになったのか。もしかしたらリーファも何か努力をしているのだろうか。その過程で怪我をして、中々思うような結果が出ずに悩んでいるとか。


「――!――、寮を出るのね……」


 寮を出て行くリーファを見て、ちょっとばかし驚く。

 てっきり寮の中で完結すると思っていた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ――――怖い。


 心は、そんな感情が支配していた。

 一体なんで自分はこんな目に遭うのだろう。そんな疑問が脳裏に浮上する。これももう何度目になるかわからない。

 胸が締め付けられるような感覚に、胸倉を握りしめた。


「遅かったね……」


「ぁ、ご、ごめんなさい……」


 声が震える。

 気が付くと、寮の裏側に来ていた。

 顔を上げると、背丈の同じ一人の少女が映り込む。

 紫色の長めのツインテールに指を絡め、クルクルと弄び、星の輝く夜空のような瞳を尖らせて、こちらを見て――――、


 瞬間、一瞬にして体が硬直する。


「お金は?」


「ぁ、これ……」


 少女は差し出した硬貨を一瞥し、そして――――、


「いつも言ってるよね……少ないってさぁ!」


「――っ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 叫ぶような声と共に体を壁に押し付けられた。

 怖い。怖いのだ。どうしようもなく怖い。どうしようもないから怖い。

 手が震え、足が震え、声が震え、今にでも失禁しそうなほど表情は恐怖に染まっていた。

 その瞳だ。綺麗なはずのその瞳がこちらを捉え、恐怖を増幅させるのだ。


「――――ぁ」


 少女がナイフを取り出した。

 思わず、声が漏れた。もう無理なのだろう。きっとこの地獄は無限に続くのだろう。

 苦しい。苦しい。苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。


 ゆっくりと、ナイフの刃がリーファの腕に近づいていく。

 近づいて、近づいて、近づいて近づいて近づいて――――、


「何してるの?」


「……リーファ」


 見れば、そこにはティアラとミファーがいた。

 ティアラは怒っているような表情だった。ミファーは現実を受け入れられないとでも言ったような顔だ。

 助けてくれるかもと期待する気持ち、こんなところを見られた自分を惨めに思う気持ち、あの恐怖を味わわせたくないという気持ち、そもそも助けてくれなかったらという気持ち、さまざまな感情が混ざり合った。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「何してるの?」


「……リーファ」


 ティアラの中で、強い激怒が膨れ上がった。

 早くこの状況を何とかしなければ、そう思い、動き出そうとして――――、


『えっ?』


 気が付いた時、ティアラは精神世界にいた。


 瞬間的にティアはティアラから体の主導権を奪っていた。

 いつの間にか激怒が、感情を支配していた。


「お前え゙え゙ぇぇぇぇ!!」


 声を荒げる。

 一瞬にして、ティアは相手との距離を詰めた。


「えっ?」


 後ろから、その速さに驚くミファーの声が聞こえた。

 だがすぐに意識は目の前の少女に向く。ティアは相手が躊躇い気味に振るったナイフを軽く避け、片手で腕を掴んで五メートル近く投げ飛ばす。それから片足で地面を蹴り、軽く宙を飛んで少女の上に乗っかり拘束する。


「何やってんだよお前え゙ぇぇぇ!」


『ティア!』


「――――ッ!!」


 ハッと、ティアラの声で我に返る。

 すぐに、ティアラに体の主導権を渡した。


「ティ、ティアラ……?」


「ミファー先生呼んできて!」


「わ、わかった!」


 動揺したリーファの声を耳にしながらも、ティアラはミファーに指示を出す。

 ティアがなぜこんな行動に出たのかはわからない。だがそれよりも、今はリーファの安全を優先しなければと、そう思った。

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