第一章34 『罪の重み』
アミリスが学園に来た日から一ヶ月が経った。その間に変わったことと言えば、最近ティアが元の世界へ帰るために情報収集を始めたことだ。
ティアラとしてはそれは悲しくもあるが、ティアには恩があるし、何よりも単純にティアラはティアの力になりたいと思った。
だから今、学園が終わっても寮に帰らず、学園の図書館へとやってきていた。
「にしても、やっぱり大きいわね……」
視界に広がる大きな図書館にティアラは引き気味に感嘆する。
ティアが情報収集に使うためこれまでも何度か足を運んだが、それでも来るたびにその大きさに驚かされる。
『図書館に何か用があるの?』
「ちょっと調べものがあるの」
ティアのためと言うのはちょっとばかし恥ずかしい。
それからティアラは図書館を適当に歩きながら目についた本に片っ端から目を通していく。そしてしばらくして――――、
「これは……」
開いた本の内容に、ティアラは思考を巡らせる。
『ティアラ?』
「――――ッ!」
ハッとして本を閉じ、『なんでもないわ』と言葉にして、その本を借りて図書館を出た。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
寮に帰ってきて少しした頃、自室の扉が開いた。
反射的にその方へ視線を向ける。ティアラだけじゃなく、一緒にいたミファーもだ。
そしてすぐに二人は目を見開いた。
『『リーファ!?』』
慌ててかけよる。
――――リーファの腕に目につくような傷跡ができていた。
「どおしたのこれ!」
焦り散らかしながらミファーが問うも、リーファは至って冷静なままティアラを見つめる。
「ティアラ、保健室の先生が話があるって、千四百四十三号室に来てだって……」
「え……?」
ティアラは困惑する。
突然の呼び出しに、リーファの腕の傷跡。どう考えてもおおごとだ。
「ぃ、いやそれよりもリーファ、その腕大丈夫なの……?」
「ティアラ、私は大丈夫だから行って」
「でも……」
「ティアラ、ミファーが話聞いておくよ」
「……わ、わかったわ」
何が何だかわからないが、リーファのことはミファーに任せてティアラは保健室の先生の元へ向かう。
廊下を歩きながら言われた部屋番号を思い返し、ティアラはふと思った。
「千四百四十三号室って……」
呟いた時、ちょうどその部屋の前にやってきていた。
ティアラはゴクリと唾を飲み込む。いつもより早い心臓の鼓動を深呼吸で落ち着かせ、ドアノブをひねった。
「ティアラちゃん……」
「やっぱり……」
リーファに言われた部屋番号には聞き覚えがあった。そして今耳に飛び込んできた声。
――――メルティアだ。
「こっちに来て……」
「ん……?」
いつもと違うその声音に、ティアラは違和感を抱いた。一瞬別人かと疑ってしまう。その疑問のまま顔を向けると、メルティアの姿が目に入った。
――――その表情はいつものメルティアとは全く違っていた。真剣そのものだ。部屋の中の空気が一気に重くなる。
緊張が、ティアラの体を強張らせた。
「ティアラちゃん、リーファちゃんに治療魔法を使ったんだってね」
「ぇ、えぇ……。そ、それより保健室の先生ってメルティアさんだったの?」
「うん、私は学園の生徒だけど、魔法の技術を買われて保健の先生として働いてる」
「そ、そうだったのね……」
何だろう。肺が重い。
本当に自分は今メルティアと話しているのか疑ってしまう。そのくらい、会話に緊張が走っていた。
「それでティアラちゃん、治療魔法を使ったんだよね」
「ぇ、えぇ……」
「端的に言うと、それは罪になる」
「――――へ?」
一瞬で、時間が止まったかのような感覚に囚われる。
何も言えないまま、あたまの中でメルティアの言った言葉が繰り返される。
「この事実が周知したら、ティアラちゃんは魔法騎士団に裁かれることになる。命に関わることだから、相当重い罪になるよ」
「――――」
開いた口が塞がらない。
今この瞬間が本当に現実なのかと疑った。
「な、んで……」
頑張って口にできたのは、そんな乾いた疑問だった。
「治療魔法の使用には資格が必要なの。……かの有名なプラステル王――アルコル・ウォン・ア・ル・アスカムが大魔法陣を改良して、生物に直接干渉する魔法の発動条件を治療意思の有無にした。攻撃目的で生物に変形魔法や分解魔法が使えない理由はこれ」
「け、けどそれなら移動魔法は?」
「あれはものじゃなくて風に干渉してる。だから例外はないよ。……治療魔法は簡単に言うと治療目的で使う魔法の総称。生物に直接干渉しない移動魔法や生成魔法も使う場合もある。けど問題なのは生物に直接干渉する魔法、分解魔法とか変形魔法、あとは構築魔法とかかな。この三つは治療意思があってこそ使えるけど、その最中に誤想像したらどうなると思う?」
「――――っ、まさか」
「そう、人が死ぬかもしれない――――」
その時、ティアラはようやく自分のしたことの重大さを理解した。
もしあの時ティアラが失敗していたら、リーファは今この世にいなかったかもしれない。
「治療魔法の使用に資格が必要なのはこれがあるからだよ。もちろん、資格があれば確実に失敗しないってわけではないけどね」
「ぁ、あたし、どうすれば……」
声が震えた。
自分はもう、罪人ということになるのだろうか。
だとするならアミリスとアドバンの立場はどうなる。やっと二人に相応しい娘になれたと思ったのに、罪人になったなんてもう取り返しが――――、
「ティアラちゃん落ち着いて――――」
メルティアに抱きしめられ、ティアラは自分が過呼吸になっていたと遅れて気付いた。
その抱擁にティアラは涙腺が崩れた。不安と後悔がなだれのように押し寄せる。
「ぁ、あたし、どうすれば――っ! 裁かれるの? 嫌ぁ……」
「だ、大丈夫。私は別に口外するつもりはないから」
「で、でも……」
「リーファちゃんに聞いたけど、話したのは私だけみたいだったし、ティアラちゃんの立場を説明したら、もう口外しないって言ってたよ? ミファーちゃんにも注意しておくとも言ってた」
「けど、けどぉ……」
「大丈夫、大丈夫だから。でも、次からしないようにね?」
「ぅ、うん、もうしない……」
もし周知したらもう普通に暮らせないかもしれないという不安、そしてリーファを殺しかけたという事実。ティアラは声を上げて泣いた。
そんなティアラが泣き止むまで、メルティアは背中をさすり続けてくれた。その温もりが、ティアラはただありがたかった。メルティアへの印象が変化したように思う。
が、そのあとティアラが泣き止むと、いつも通りにキスをしようとしてきたからちょっと感謝の気持ちが薄れた。まぁそれでもご愛敬ではあった。
それがティアラの意識を不安から逸らすためだったのか、何だったのかはわからない。だがまぁメルティアのことだから、キスしたかったのは本当なんだろうと、ティアラは思った。




