第一章20 『責任』
あっという間に入学祭は終わり、次の朝がやってきた。
なぜだろう。寝たはずなのに眠い。
「――――。起きなきゃ……」
重い体を頑張って起き上がらせ、ティアラはリーファとミファーを起こして、三人で身支度を開始する。
それから寮の食堂で食事を取り、登校する。
教室へ入ると、誰もがティアラに注目した。
――――ティアラは思わず目を伏せる。
学園の教科は、数学、国語、剣術、魔法の四つだ。剣術と魔法だけ、授業時間が普通の授業の二倍だったりする。
一時間目は――、
「魔法……」
その文字が黒板に書かれてあることに気が付けば、ティアラは思わず椅子を引こうとする手が止まった。
「魔法がどおしたの? ティアラ?」
「いや、なんでもないわ……」
顔を覗き込んでくるミファーにそう返して、ティアラは席に座る。
「ねぇティアラ、朝から思ってたんだけど大丈夫?」
「えぇ大丈夫よ」
心を落ち着かせる。
きっと大丈夫だと。仮にそうでなくとも、ティアラには最低限を演じる責任がある。
あの二人に相応しくない娘だから、その責任がある。
「よしじゃあ始めよっか! みんな席について」
先生が何かを持って教室の中に入ってくる。
その先生の言葉を聞いて、クラスメイトたちは各々の席へと向い、座る。
「魔法の授業でこのあと訓練場に行くんだけど、その前にみんなの魔法適性を確認するから、教卓の前に並んで」
「あれは……」
「昨日の魔道具ね」
昨日、ティアラたちが初めに立ち寄った出店の魔道具と同じだ。
魔法の授業で使うと思うと言っていたが、こんなに早いとは驚きだ。
みんなで順番に教卓の前に並び、先頭から魔道具に触れていく。
「実は昨日の魔道具が壊れてて、ミファーの魔法適性実はもっと高い、とかどぉお?」
「そんなわけないでしょ」
「むぅ……」
――心臓が、バクバクと震えていた。
もしもこれで適性が悪かったら、きっとみんなから失望の目を向けられる。
「ティアラちゃん」
「ぁ、はい……」
そんなことを考えていると、いつの間にか先頭にいた。
ティアラは震える手をゆっくりと魔道具へと触れさせた。
――その、瞬間だった。
「えっ」
思わず、目をつむった。つむらずにはいられなかった。
それほどまでに眩い光が、教室中を覆っていた。
ティアラは慌てて魔道具から手を放して、茫然とした表情で先生を見る。
「す、すごい魔法適正だね、ティアラちゃん……」
「――――」
先生も、さすがに驚いていた。
恐れていた事態は免れた。だが、後ろの方から聞こえる驚きと期待に満ちた声は、ティアラの欲していたものなどではなかった。
期待された。期待されたのだ。されればされるほど、ティアラは両親の名を傷つけることになってしまうのに。
――期待、されてしまった。
やがて魔法適正の確認が終わり、教室を出て訓練場へと向かった。
訓練場は、学園都市の地下全体に広がっている。転移魔法陣で繋がっているため、到着にはあまり時間がかからなかった。
締め付けられる胸ぐらを、必死に握りしめる。無意識にそうしていることに、ティアラは気づかない。
「それじゃあ、一先ずみんなで移動魔法の訓練からかな。ここの水晶玉を持ち上げて下ろすことができたら成功! 三つあるから、三列に別れてやろうね」
先生の指示通り、三列に並んで先頭の子から魔法を発動していく。
誰もが、魔法を成功させて水晶玉を宙に浮かせた。たまに落として割ってしあう子もいたが、その水晶玉を先生はすぐに魔法で直していた。
段々と、自分の番が近づいてくる。
心臓がうるさい。
――なぜだろう。
自分は何も難しいことなどしていないのに。
「ティアラちゃんだよ」
自分の番になったことを、先生の言葉で気づく。
ゆっくりと深呼吸する。
大丈夫……
――想像する。
目の前の水晶玉が浮遊する映像を、脳裏に浮かべる。
そして、水晶玉の下に魔法陣が展開される。
展開されて――、
「ぁ……」
――消えた。
視線が、ティアラに集中した気がした。
なぜだろう。息がしづらい。
心無い失望の言葉が聞こえた。
――そんな気がした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
一日、一日と少しずつ日は過ぎていく。
ティアラは毎日学園へ通った。
辛くはなかった。
――辛い
あたりまえだ。なにせこれはティアラに課された当然の責任なのだから。
――助けて
たまになぜか呼吸がしづらくなるけれど、きっと気のせいだ。こんな当然のことで苦しくなるわけがない。苦しくなっちゃいけない。
――苦しい
失望されたのも当然だ。納得している。
――勝手に期待したくせに。されたくなんかなかったのに
失望されるような自分が悪かったのだ。
――辛い。苦しい。……死んでしまいたい
だから学園に通い続ける。
通う、通うのだ。通って通って通って通って通って通って通って通って通って通って通って通って通って通って通って通って通って通って通って通って通って通って通って通って通って通って通って――、
そして今日も、通わなければ――、
「――――」
目が覚める。
なぜだろう。異様に眠い。
体を起こす。
「準備しなくちゃ……」
そこで気付く。
リーファとミファーがいない。
きっと嫌いになったんだ。
だからおいて行かれたんだ。
身支度を済まし、ティアラはカバンを持って部屋を出ようとする。
「ぁれ……?」
ドアノブへ伸ばした手が、震えていた。
しかしティアラは構わず、ドアを開けようとする。
開けようとする。開けようとする。開けようと、する。
しているのに――、
「なんで……」
――手が、動いてくれなかった。




