序編第三章59 『最高の贈り物』
「あっ、帰ってきたよアミリス」
「ん、ティアラ何してたの?」
「えっと、その……ちょっと、内緒よ」
「……大丈夫なこと?」
「――――ッ! だ、大丈夫よ別に」
「何かあったら言ってね?」
「わ、わかってるわよ」
本当にアミリスの勘はあまりにも良すぎる。
ティアラの声のニュアンスだけでただの内緒話でなかったことを察するなんて本当に人間業じゃない。
「ティアラ、私ミファーのところ行ってくる」
「えぇ、わかったわ」
「それよりティアラちゃん見てみて! アドバンすごいよ?」
「ん? え!? なにあの動き!」
ミャミュに言われて舞台の方へ視線を向ければ、ティアラはその光景に思わず目を見開いた。
ティアラも随分とアクロバティックな動きをしていたとは思うが、アドバンはその次元にいなかった。
既に第三関門に突入していて、同時に発射される五発の球を連続で避け続けている。あれは何だ。逆さまになりながら複数の球を斬って一回転して着地している。何だあれは。
「わぁ! クリアだあぁぁ!!」
そんなミファーとリーファの実況と同時に、集まっていた人たちからも歓声が上がった。
「びっくりだわ……」
「それよりティアラ、何か計画してたみたいだけど、時間大丈夫なの?」
「へ?」
アミリスの鋭い指摘にドキリとしつつ、ティアラはハッとして放送塔の時計を見やった。
――時間は既に八時四十五分を過ぎていた。
「わぁ……わぁ!!」
「ティアラ?」
「た、大変よお母様ミャミュ、時間がないわ」
「おっ、ティアラどうした? 賞金もらってきたぞ」
焦るティアラのもとに銀貨百枚分が入った袋を片手にアドバンがやってくる。
「そんなことはどうでもいいわ!」
「どうでもいいのか!?」
「時間がないわ! 三人ともあたしについてきて!」
今から最短で大会場まで行かなければならない。
ティアラは一瞬で脳内でロードマップを作成し、駆け出した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「はぁはぁ、間に合った」
どうにか大企画会場に到着した。
九時に開始だから残り五分だ。
「ティアラちゃん、ここは?」
「大企画の会場よ。要は冬祭りの注目の企画ね」
「そう言えばチラシとか多かったな」
「うんうん、すごい宣伝されてたね」
と、思い出すアミリスとアドバンを横目に、ティアラはどうにか荒い息を落ち着かせると、
「そんなことは良いのよ。三人とも席に行くわよ……」
「席? 席って何ティアラ」
「観戦席よ。こっち」
ティアラは早歩きで階段のもとへ向かい、上がる。その後ろをアミリスたちがついてくる。
やがて日の光がティアラの瞳を打った。反射的に手で光を遮りつつ、ティアラは自分たちの席のところへ向かう。
「ここよ、座って」
「おぉ、すごいな」
「うんうん! すごい景色、それにあれは雪? なんで雪?」
「ねぇねぇティアラちゃん、なんで正面の席誰も座ってないの?」
三人が座ったのを確認して安心していると、ミャミュが問いを投げかけてくる。指差される方向は向かいの席だ。向かいの席は大きな範囲が誰も座っていない。
「さぁ、なんでかしらね? それよりあたし、ちょっとお手洗い行ってくるわ」
「ん、ついて行こうか? ティアラちゃん」
「べ、別にあたし一人でいいわ」
「そうなの? わかった。じゃあ待ってるね」
「えぇ、待ってて」
「気をつけてねティアラ」
「えぇ」
それだけ言うと、ティアラは背中を向けて階段を駆け下りる。
「上手く行ったわ。お母様、喜んでくれるかしら」
――そう言って、ティアラは小さく微笑んだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ティアラ、遅くない?」
ティアラが戻ってこなくて、アミリスは不安がこみ上げてくる。
もしかしたら、何か変な事態に巻き込まれているんじゃないかと、嫌な妄想が脳裏に過ぎる。
「うん、遅いよね。もうすぐ十分くらい、私ちょっと見て――」
その瞬間、アミリスたちの正面の人が座っていなかった範囲の席の前に、大きなモニターが展開する。
「へ?」
見えた光景に、アミリスの喉が小さく鳴った。
「ティ、ティアラ?」
「ティアラ、ちゃん」
アドバンとミャミュも驚きで言葉を失っている。
――モニターにはティアラの姿が映っていた。それがなぜなのかと、そんなことを考える余裕など一つもなかった。
「みなさん、こんちにはね! ようやく大企画の時間がやってきたわ! あたしはティアラ・フォーカム! かの有名な魔法騎士団団長二人の娘よ! 今日はこのあたしが大企画の司会と実況を務めさせてもらうわ!」
ティアラの声が、大会場全体に響き渡っている。
「えっ、ティアラちゃん、え、どういうこと!?」
「――――ぁ」
「ぁ、あぁ、あ?」
ミャミュの叫び声に対応する余裕などアミリスにはなかった。
驚きが心を蹂躙し、それと同時に自分の娘がこんな大役を任されていることへの感動が涙腺を刺激する。
アドバンも驚いているようで、隣で言葉を失っている。
「じゃあ早速ルール説明に入る……の前に! 重大発表があるわ!」
「重大、発表……?」
「今日はあたしのお母様の、誕生日よ!」
言いながら、ティアラがアミリスを指さした。一斉に会場の皆の視線がアミリスに向いた。
だがそんなこと、アミリスは気づかない。
――ティアラと、目が合っていた。
「お母様! 誕生日おめでとう!」
「ティアラ……」
「会場のみんな! お母様に盛大な拍手をお願いするわ!」
涙が、知らぬ前にこみ上げていた。
巻き上がる拍手と同時に、アミリスの頬を大粒の涙が伝った。
嬉しいなんて、レベルじゃなかった。言い表せないほどの嬉しさがアミリスの心を蹂躙する。
「私はティアラのこと、救えなかったのに……」
魔法が使えずに苦しんでいたティアラを、アミリスは救えなかった。助けることができなかった。あまつさえ、ティアという少女にその役目を取られてしまったのだ。
それなのにティアラは、娘は、ここまで自分を、こんな母を、
――愛してくれていたというのだろうか。
「ティアラぁ……」
サプライズ成功なんてものじゃない。大成功だ。
こんな嬉しい誕生日は、今後の人生でも二度と訪れない。
「ホントに、最高の娘ね、ティアラは」
「あぁその通りだアミリス」
「うんうん! ホントにそう!」
「せっかくのティアラの贈り物だ、全力で大企画を楽しもうぜ?」
「うん、うん!」
――涙声。
まだ涙は止まらない。
だってそうだろう。こんなサプライズされてしまったら、止まるわけがない。
大粒の涙が、頬を伝って地面に落ちる。
その涙に悲しみは一つもなかった。ただただ嬉しいという気持ちだけが、その大粒の涙に籠っている。
アドバンの言う通りだ。こんな最高の贈り物だ。
「全力で、楽しむ!」
そうしなくちゃ、もったいないというものだ。




