第6話
テーブルに並んだ数多くの食器に何もなくなった頃合いで、ようやくシンディさんが口を開いた。
クロさんに怒鳴られて懲りたのか、忠告通りに、食事が終わるまで待ってくれていたようである。
「……改めて、貴女たちを不愉快にさせたことについては謝りましょう。けれど、見張りを全員再起不能にした責任は取って頂きたいです。具体的には、貴女たちのどちらかに、この屋敷の警護をお願いしたい――」
「――お断りいたします。そもそも、私たちを不愉快にさせた代償が、命でなかったことをむしろ感謝して欲しいですね」
シンディさんの提案に、間髪入れずシロさんが拒否する。そこに話し合う余地は一切感じられなかった。話し合う理由もないから良いけど。
「…………それではせめて、ドノバン盗賊団を退治するまでの間だけで結構ですから、この屋敷、ひいてはワタシを護って頂けないでしょうか?」
「譲歩したつもりでしょうか? 盗賊団を退治するのは、ロゥからのお願いなので構いません。しかし、私たちはそれ以外のことをやる義務も理由もありませんよ?」
「――シロさん。一応、寝床と食事を提供してもらってるから、その間くらいは、警護してあげようよ。何から警護するのか知らんけど、別にここで揉めても仕方ないし……あ、ちなみに、シンディさん。ボクは別に見張られても困らないけど、シロさんもクロさんも、他人の視線に敏感で、それこそ殺意とか敵意とか向けたら、ぶっ飛ばされるから気を付けてね。まぁ、昨日でもう分かったと思うけどさ」
ボクは美味しい食事とふかふかのベッドの御礼に、その程度ならば、と折れた。
ボクの言葉に、シロさんは一瞬眉根を寄せたが、反論はせず頷いてくれる。クロさんはお腹いっぱいで満足気にお腹を擦っている。我関せずの精神のようだ。
さて、朝食も終えたし、これで話も終わりかな――と、ボクは席から立ち上がる。
すると、蒼い甲冑姿のダフネさんが素早く食堂の入口に回り込んで、往く手を阻むように後ろ手に扉を閉めた。まだ話は終わっていないようだ。
「今度は、何ですか?」
「ドノバン盗賊団の根城を伝えたい。それと、そこまでの道案内として、我が同行したい」
ダフネさんが真剣な表情で、スッと右手を胸元に当てながら会釈した。
ボクは、ふぅん、と適当な相槌を打ってから、クロさんとシロさんに振り向いた。二人は、別にどうでも、とばかりに頷いていた。
「……じゃあ、案内をお願いしようかな? けど、罠とかだったら怒るよ?」
ボクの言葉に、一瞬だけダフネさんが不愉快そうな顔を浮かべたが、すぐに真顔になり、勿論、と頷いた。瞬間、シンディさんに何か目配せしていたが、それには突っ込まなかった。
ところで、警護をボクたちにお願いしたのに、シンディさんの護衛であるダフネさんが、自ら率先して盗賊団の根城に向かおうとする気概に疑問を持った。
怪しいことこの上ない。それでも、ボクが困ることは何もないので、すぐに切り替えた。
「ダフネ――ワタシは良い知らせしか聞きませんからね?」
「承知しております、領主さま」
二人の不思議なやり取りに、少しだけ怪訝な表情を浮かべる。すると、ダフネさんがフッと苦笑しながら、頭を下げてくる。
「さあ、ロゥさま。参りましょう――ところで我と共に、ドノバン盗賊団の根城に来てくれるのはどちらでしょうか? お二人一緒だと、屋敷を警護する人間がいなくなってしまうので、ご遠慮いただきたいのでが……」
シロさんとクロさんを横目に、ダフネさんは首を傾げた。一方的に、どちらか一人だけを強要された。
二人は互いに興味ない、と視線を交わして、無言のままボクを見た。ボクは正直、どちらでも問題ないのだが、暴走しがちなクロさんよりは、シロさんの方がいいかな、と考える。口には出さないけど。
すると、クロさんが大きく伸びをしながら、ダフネさんに質問する。
「クロさま、面倒なことやだなぁ……ってか、根城ってどこだよ? 遠いのか?」
「そうだな、遠いと言えば遠いかも知れん。馬車で半日、郊外の森に隠れた古城跡だ。だがその森の中には、人を惑わす魔術が施されている。だから、貴様らのように強力な魔術師が居なければ、そもそも突破も出来ない」
「……半日も掛かるのかよぉ……やだなぁ」
状況を察した訳ではないだろうが、クロさんは自ら同行を嫌がる素振りをしてくれた。おかげで、二人のうちどちらかを、ボクが選ぶ、という状況は回避出来そうだ。
とりあえず成り行きを見守る。ボクが口出しすると、それが決定になってしまう。
「人を惑わす魔術――彷徨いの術、ですか? なかなか珍しい魔術ですよ、ロゥ。そんな古めかしい魔術を扱う魔術師が相手ならば、ヴリトラよりも私が適任でしょう……それにしても、盗賊団にしては随分と古代の魔術を使うのですね?」
面倒くさそうに椅子から立ち上がるクロさんとは裏腹に、シロさんが鋭い視線をシンディさんとダフネさんに向ける。その反応に満足気に微笑みながら、シンディさんが答えた。
「よくご存じで――ええ。仰る通り、古代の魔術のようですね。その為、退治に苦労しているのです。ドノバン盗賊団の中には、貴女たちに匹敵する宮廷魔術師が居るようなのです」
シンディさんのドヤ顔に、ボクは、ふぅん、と興味なさげに聞き流した。
ドノバン盗賊団とやらが、どれだけ強いのかは知らないが、正直、シロさんとクロさんに敵うはずはないと確信している。
いやそもそも、二人を何とか出来るほどの強さがあったら、その人間は英雄と呼ばれているだろう。一介の盗賊団の腕自慢程度が、どうこう出来る要素はない。
「……へぇ。私たちに匹敵する宮廷魔術師、ですか? それは素晴らしいですね。ロゥ、それならば、殺すつもりで戦って良いでしょうか?」
「いやいや、シロさん。分かってて聞いてるでしょ? そんな人間、居るはずがないでしょ? ボクの姉さんじゃ、あるまいし――けどもし万が一、シロさんが掠り傷でも付けられたなら、ちょっと真面目に戦ってもいいよ?」
ボクの発言に、シンディさんとダフネさんは露骨に顔を引き攣らせていた。恐らくそれは、ボクたちを侮っているからだろう。まあ、どう思ってくれても別にいいよ。
「なぁなぁ、ロゥ。クロさま、眠くなったから、ここで待ってるよ。馬鹿白雪がやる気にもなってるし、クロさまも一緒に行くほどじゃないだろ?」
「あ、そう? うん。別にいいよ。そしたらさ、くれぐれも問題を起こさないでね? しっかり寝ててよ?」
「あーい。寝て待ってるよぉ――おい、馬鹿白雪。あり得ねぇと思うけど、ロゥに怪我とかさせるなよ? ロゥに何かあったら、マジで殺すぞ?」
クロさんは食堂を震わすほどの殺気を放ちながら、シロさんの糸目をジッと見詰めた。その威圧を真正面から涼しげに受けて、シロさんは氷よりも冷たい声で反論する。
「馬鹿ヴリトラ、それは私を侮っているのですか? 私が、ロゥに、傷を負わせる可能性があるとでも?」
シロさんが糸目を薄く見開いて、ガチギレ状態でクロさんを睨んでいた。刹那に一触即発状態になった。困ったものだ。本当にやめて欲しい。
「はいはいはい、シロさんもクロさんも、そこまでです――ダフネさん。早く行きましょう?」
「……あ、は、はい。そ、それでは、こちらです……行って参ります、領主さま」
二人の空気に中てられて、ダフネさんは直立不動で硬直していた。そんな空気をなんとか吹っ飛ばすように明るく言って、ボクはダフネさんの背中を押す。
ちなみにチラと見れば、シンディさんは顔面蒼白でガクブルしていた。怯えた小鹿のようだ。それを見て少しだけ心が和んだ。
「シロさん。とりあえずボクらも行こう? あ、クロさん。留守番頼んだから、一応、約束通りにシンディさんを――いや、この屋敷に攻撃する意思を持った暴漢を、容赦なく退治してね? 注意。殺しちゃ駄目だよ?」
「……はいはい、わぁってるって、ロゥ。任せとけって。クロさまは、どこぞの馬鹿白雪じゃ出来ねぇ仕事をするからよぉ――ご褒美に帰ってきたら、子作りするか?」
「馬鹿ヴリトラ――」
「――ほら、行くよ。シロさん」
速攻で大噴火しそうになるシロさんの腕を掴んで、ボクは強引に食堂を出た。
そうして、ダフネさんの案内で、とりあえずエンドロールの都市の馬車乗り場までやって来た。
「間に合ったか……」
馬車乗り場には五人の待ち列が出来ており、大型の馬車が一つだけ空いている状況だった。
「……相乗りしないの?」
一つだけ空いている大型の馬車には、仮面をつけたドレス姿の婦人が執事と二人で乗っており、既に出発の準備をしていた。けれど、乗るスペースは余裕で空いている。少なくとも、あと八人程度は軽く乗れるのに、どうして誰も乗らないのか。
「仮面を付けているのは、上位貴族だ。このオメガ国では、上位貴族は全てにおいて優遇される――交渉が必要か」
ダフネさんは無表情のまま舌打ちして、待ちの列を通り過ぎて先頭に割り込んだ。ボクは作法が分からないので、とりあえず付き従う。
当然ながら、並んでいた五人全員にしかめっ面で睨まれたが、シロさんが鋭い糸目と殺気を向けた瞬間に視線を逸らして押し黙っていた。
「あら? こんなところで副団長さまにお逢いするとは思いませんでしたわ。どうしたのかしら?」
「――婦人。申し訳ないが、馬車を譲ってくださらないか?」
「……お急ぎなのかしら?」
「ああ、ドノバン盗賊団を退治する」
何やら知り合いのようで、ダフネさんと仮面の婦人はそんなやり取りをしていた。けど、その交渉も不思議でならない。譲るとか譲らないとかじゃなくて、相乗りしてお互いの目的地で降りればいいのに、とボクは首を捻る。
しかし結果として、すぐに仮面の婦人が馬車から降りてきて、列の先頭に並び直していた。
「ありがとう、婦人。さあ、乗るぞ」
ボクはいまいち納得できないが、言われるがまま馬車に乗り込んだ。シロさんもボクの隣に乗り込む。
「……行き先はどちらに?」
「人喰いの森まで」
「……帰りはどうしなさるんで?」
「迎えは別で用意している。気にするな」
ダフネさんは御者の老人にそう指示をして、出発を促した。もうほとんど準備万端だったのか、御者の老人は頷いてから、列に並んだ七人を置き去りに出発する。
「――ロゥ。どうしてわざわざ、こんな遅い乗り物を利用するのですか?」
「シロさん。遅いとか言わないの。そりゃ、シロさんとかクロさんなら、自力で空でも飛んだ方が早いだろうけど……ここは人間の世界なのです」
「はぁ――まぁ、私としては、ロゥと一緒にゆっくり旅が出来るのであれば、それで充分ですが」
シロさんはそう言って傍らのボクに肩を寄せてくっ付いた。そんなボクたちを正面から見ながら、ダフネさんは呆れたような溜息を漏らしている。
「釘を刺しておくが、ドノバン盗賊団は強いぞ。特に警戒しなければならないのは三人――首領、副首領、護衛騎士だ」
「ロゥ。寒くはないですか? 私がもっとくっ付きますか?」
「あ、大丈夫だよ、シロさん……あの、とりあえずダフネさんの説明を聞いてあげよう?」
ダフネさんが神妙な顔で説明を始めているのを全く無視して、シロさんは一瞥すらせず、ボクに抱き付いていた。さすがに失礼かな、と思ったので、ボクも興味がないけど話を促す。
そんな態度に、ダフネさんはこめかみに青筋を立てていたが、気を取り直して口を開いてくれた。我慢の人だな、と感心する。
「……首領は、王都の宮廷魔術師と同格の高位魔術師だ。その戦歴の中には、魔物オーガを単独で撃ち滅ぼしたという逸話もある。一番の強敵だ」
「ふぅん。魔物オーガって……どんなの?」
「さあ? 角のある巨人でしょうか?」
「…………次いで副首領だが、彼女は首領の妻で、熟達した暗殺者だ。気配を感じさせぬ隠遁術、凄まじいナイフ捌きを持ち、近接戦闘力は我を凌駕する。元エンドロール騎士団長を任じられていた経歴を持っている」
ダフネさんの語りはまだまだ続く。それを退屈そうに聞き流しながら、ボクは馬車の緩やかな動きに眠気を誘われていた。
ここまでの旅路で、こんなゆっくりとした落ち着く移動は一切なかった。遠足気分で高揚するのと同時に、疲れと安心感でウトウトし始めている。
そんなボクの状況など意に介さず、ダフネさんの語りは熱が入っていく。
「最後に、護衛騎士だが――コイツは仮面をつけた重装騎士だ。攻撃魔術の類は使用しないが、魔力を纏わせて闘う術に長けており、我が四人いても勝てないかも知れない。防御力が高く、攻撃力も高い。それでいて、巨体にそぐわぬ敏捷性を併せ持っており、およそ盗賊団とは思えぬ強さを誇っている。この重装騎士が侵入者を阻んでいるうちに、副首領が暗殺を――――」
ダフネさんの説明を聞きながら、ボクは瞼を閉じて夢の世界に旅立った。




