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シロクロ珍道中  作者: 神無月夕
始まりの冒険

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第5話

「どうぞ、こちらの来賓用の部屋をお使いください――何か御入用であれば、そちらのベルでお呼びくださいませ」

「うわぁお!!」


 ボクは給仕さんに通された部屋に足を踏み入れて、その広さと豪華さに舌を巻いた。

 一人部屋と言われて通されたが50平米は軽く超えるほど広く、キングサイズのベッドはボクの体格じゃなくても独り用ではない。

 曲がりなりにもボクは王族だが、いままで蔑ろにされてきた不遇な王子なので、ここまで広い部屋を独りで使ったことなどなかった。特にここ最近など、人らしい生活はしてこなかったからなおさらだ。

 目を瞑って思い返せば、雪山の洞窟内で寒さを凌いだり、瘴気漂う沼地付近の鍾乳洞で暖をとったり、虫や獣が跋扈する大森林の樹の上で寝たり、何もない丘で野宿したりした光景が思い出される。


「……久しぶりのベッドだぁ……」


 ボクは音もなく身体をシーツに沈めた。ふんわりした弾力が全身を包み込み、極上の安堵感に満たされる。安全、安心、快適の三拍子が揃ったこの空間で、もはや誰もボクの安息を妨げることは出来ないだろう。

 襲い掛かる眠気に逆らうことなく、ボクはこのまま意識を飛ばそうとして――瞬間、ひんやりとした感触に頬を撫でられた。


「お疲れ様です、ロゥ。さあ、服を脱いで、一緒に眠りましょう?」

「――――って、シロさん、何故に裸ですか!?」

「あら? 服を着たままの方が、ロゥの趣味でしたか?」


 いつの間にか、音もなく、気配もなく、別室に案内されていたシロさんがベッドに座っており、全裸でボクを見下ろしていた。薄く開いた翠玉の瞳には、包み込む優しさと同時に、仄かな劣情が浮かんでいる。

 ボクは慌てて起き上がり、油断も隙もない、と部屋中を見渡した。すると案の定、部屋の扉に背を預けて、腕を組んでいるクロさんの姿もある。

 出し抜かれた、と不愉快そうな顔をしたクロさんは、しかし特に何も言わずシロさんを睨んでいた。


「はぁ……二人とも、さ。もう夜も遅いから、各自、通された部屋で寝ようよ」

「ロゥ。変態白雪が抜け駆けしないなら、クロさまは別に、案内された部屋で寝てもいいけどよぅ……なんかこの屋敷、怪しいぜ?」


 クロさんは言いながら、紅玉の瞳を窓の外に向ける。この部屋は屋敷の三階だ。窓の外には、屋敷の裏手に広がる森しか見えない。

 ところが、クロさんが視線を向けると、がさりと木々がざわめくように揺れて、ボトリ、と何かが落ちる音が聞こえる。

 ボクは二人のように暗視出来ないので、何が落ちたか分からないが、黒い人形の何かが森に隠れるのだけ視えた。


「あれ? いまのは?」

「ああ、愚かにも覗いていた馬鹿な騎士でしょう? あれだけ距離があれば、何をしても、どのタイミングで仕掛けてきても、返り討ちに出来たので無視していました」

「…………え?」

「ぁああん? 無視してた、んじゃなくて、見付けられなかったんじゃないのか、馬鹿白雪? ロゥに興奮して、劣情に呑まれて、油断してたんじゃないのかぁ?」


 クロさんがまた分かり易く喧嘩を売ってくる。それをシロさんは取り合わず、フッと鼻で笑ってから、シーツで身体を包んだ。


「ヴリトラの意見に賛成するのは癪ですが……ロゥ、この屋敷は明らかに怪しいです。抱いてくれなくとも問題ありませんが、私たちと離れて眠るのは危険と判断しますよ?」


 スッと立ち上がり、シーツに包まれた格好のまま、腕をゆっくりと横薙ぎに振るう。途端、パキン、と氷が割れる音がして、一気に室温が数度下がった。

 ぎゃぁ、とか、ぐぅ、とか、苦悶の声が廊下から聞こえてきて、同時に、天井でもパタリと音が鳴った。もしかして、囲まれていたのだろうか。


「……あー、と? 何だろ。ボクたち、監視でもされてるの?」

「ええ、そうですよ? しかも、ロゥが一番御し易いと思われているからでしょうけれど、この部屋の周りが一番、物々しかったです。ロゥを人質にでもするつもりだったのかも知れませんね」

「へっ――馬鹿白雪は出し抜けたとしても、クロさまがロゥを人質にさせる訳ねぇのにな」


 クロさんはシロさんに向かってなぜか勝ち誇った顔をしながら、当然のようにソファに身体を横たえた。どうやら今日はソファで寝てくれるらしい。

 一方で、シロさんはボクを挟んでクロさんとは対極の位置、窓際付近に移動して、シーツを身体に巻いただけの格好で絨毯の敷かれた床に腰を下ろす。壁に背を預けて、片膝を立てた状態で、ボクに笑顔を向けた。


「さて、それではロゥ、もうお休みなさい。何があっても、私とヴリトラで何とかしますし、朝になったら起こしますので――久しぶりのベッドでしょう? 一緒に抱き合って寝たいのは山々ですが、私の理性が耐えられる保証がありませんし、万が一耐えられたとしても、肌を合わせているのに手を出されなかったら、それはそれで辛いことですので……」

「ロゥ。そんな貧相な白雪なんかどーでもいいって。ここんとこ、ちゃんと寝れてなかったろ? 今日くらいはぐっすり休んでいいぜ。あ、ちなみに、クロさまを襲いたくなったら、いつでもいいからな? 抵抗しないし、どんな状況でも愉しませるぜ!」


 シロさんもクロさんも、どうやらボクを気遣ってくれているようだ。正直、とても有難い。けれど、気遣いの方向性が紙一重なのは、毎度のことだが精神的に宜しくはない。

 どうしてボクは、自らの貞操を気にしなければならないのだろうか。

 いつも不思議に思うけど、まあ、リィラ姉さんを手に入れる為のハードルだと思えば、問題はないかな――


 そんなことを考えていると、気付かぬうちに眠りの世界に誘われていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 うつらうつらとした意識が浮上して、気付けば正面からは仄かに甘い匂いが漂って来ていた。同時に、柔らかな感触が頬に押し当てられてもいる。

 この感触には覚えがある。最近になって頻繁に味わうクロさんの豊満な胸の感触だろう。

 ボクは夢うつつのまま、その感触をこれでもかと揉みしだく。すると、ボクの手に反応するように柔らかな感触が身動ぎする。

 それは何の抵抗もされず、ただただなすがままになっていた。


「――馬鹿ヴリトラ、貴様、何をやっているのですか? 殺しますよ?」


 ふとその時、底冷えする声と凄まじい冷気が漂ってきた。本能的な恐怖を感じるほどの声音に、ボクは思わず目を見開いた。

 正面にはやはり想像通り、クロさんの胸がある。ビキニはズレていないが、ボクは直接、胸をもみほぐしていたらしい。というか、クロさんが自分自身でボクの手を掴んで、胸に押し当てていた。

 そして、そんなくんずほぐれつ状態でベッドに横になっているボクとクロさんを、部屋の入口で冷ややかな視線で見詰めるシロさんが立っていた。

 シロさんからは強烈な殺意と冷気が放たれており、糸目がハッキリと見開かれている。本気でキレている様子が窺えた。

 ボクは何の悪いこともしていないが、シロさんの殺気に中てられてすぐさまベッドから起き上がる。さりげなく、ボクの衣服はクロさんの手で半分脱がされていた。


「チッ――もう戻ったのかよ、馬鹿白雪。ちゃんと仕事したのかぁ?」


 一方で、クロさんは優雅に髪を掻き上げながら、シロさんに向かって勝ち誇った笑みを浮かべている。


「私に、仕事をしたのか、ですって? 馬鹿ヴリトラ、貴様、調子に乗るなよ!? 何もできない貴様と一緒くたに考えるなよっ!? ロゥの前だろうと、反吐を吐かせるぞ!?」

「ぁああん? なんだと? その態度、カチーン、だぞ!? クロさまは、お前に止められたからロゥの護衛を買って出たってのに!! 馬鹿なのかぁ!? ロゥの護衛をするには、身体をくっ付けないと危険だろうがっ!! 喧嘩売ってるなら、買うぞ!? やるか、この馬鹿!!」

「――護衛をするのに、身体をくっ付ける意味が分からないですよ? それはつまり、私を挑発しているということでしょう!? 喧嘩するなら、いくらでも相手しますよ? それでは、殺し合いま――」

「――――おおぉい!! ちょっと待ってってば!! 二人とも落ち着いて!! ってか、喧嘩するな!!」


 ボクは衣服を整えてから、慌てて二人の間に割り込んだ。二人がこんな小さな部屋で争おうものなら、建物ごと破壊されてしまうに決まっている。

 二人とも沸点が低すぎて困る。本当に水と油だった。

 目的が一致しない限り、行動を共にできることなどないのだろう。はぁ、と思わずため息を漏らした。


「……チッ。冗談だよ、ロゥ。クロさま偉いから、手を引いてやるよ。感謝しろ、馬鹿白雪」

「……ロゥに感謝しなさい、ヴリトラ。ロゥが寛大な心でこの喧嘩を止めなければ、貴様はとっくに氷の破片になっていましたよ?」


 バチバチと互いに殺気をぶつけ合って、しかし静かに矛を収めてくれた。

 そうなると、次に知りたくなるのは何をしていたか、である。ボクは半ギレ状態のシロさんに顔を向けた。


「あの……シロさん? さっきクロさんが言ってた仕事って何? 何をしてたの?」

「ええ。ロゥ、私、頑張ったんですよ? あの領主の女がほざいていた依頼が、出まかせではないのかどうか――盗賊団の存在が、この都市にとって、どのような扱いか。それを調べてまいりました」


 ボクが質問すると、途端に柔和な笑みで返してくれる。その瞬間、一度だけクロさんに鋭い殺意を向けたのは、とりあえず見なかったことにした。


「結論を申しますと――盗賊団の被害は、実際に深刻なようです。しかもどうやら盗賊団の首領が、この都市の騎士団長と裏で繋がっているそうで――そう言った意味でも、騎士団は腰を上げて退治に向かえないらしいと聞きました」

「へぇ。そうなんだ――って、騎士団のトップと盗賊団のトップが繋がってるの!? そりゃあ、外部の人間に手を借りたくなるね」


 ボクは心の底から頷いた。それはさぞ困ることだろう。獅子身中の虫、という話である。

 そう考えると、領主のシンディさんと、唯一の味方であろう騎士団の副団長であるダフネさんは、大変な苦労をしているに違いない。

 王族の中で爪弾きされていたボクと、唯一の味方であるリィラ姉さんとの関係が走馬灯のように浮かんで、思わずホロリと来てしまう。

 シンディさんたちに同情して、一気に信用する気持ちになってしまった。


「領主とはいえ、きっと誰も味方してくれなくて、凄く苦労したんだなぁ。うん。しょうがない。これも何かの縁だもん――ボクたちで、盗賊団退治をしっかりやって上げよう」

「……なぁ、白雪。ロゥって、本当に優しいよなぁ? クロさまでも、そんなことでアイツらを信用なんざしないぜ? あ、けど、ロゥ。盗賊退治、クロさま、了解したよ。しっかり血祭にするぜ!!」

「……ヴリトラ。他人を信用できるのは、最大の美徳ですよ? それにそもそも、ロゥが優しいのは当たり前でしょう? 私たちの尺度でロゥを図るのは愚かというものです――ええ、ロゥ。かしこまりました。盗賊団如き、私たちにお任せくださいませ」


 ボクのことを馬鹿にしている風にも取れるやり取りをして、けれど二人は、反対意見は一つも口にしなかった。盗賊団退治を、しっかり協力してくれるようだ。


 コンコン――と、その時、部屋のドアがノックされる。


「失礼いたします――おはようございます、皆様。お食事の用意が出来ましたので、食堂にどうぞ」


 返事をしてもいないのに、給仕係さんと思しき女性がドアを開けて、一方的に用件だけ伝えるとすぐに出て行った。

 勝手だ。それは給仕係とはとても思えない振舞いだ。しかし、ボクはそんな態度一つに腹を立てたりはしない。


「朝ごはんだよ。とりあえず、食堂に行こう――どこか分からないけど……」


 ボクは慌てて廊下に飛び出す。給仕係さんは、一応、廊下で直立不動で待ってくれていた。

 ボクに遅れて、シロさんとクロさんがゆっくりと出てくる。それを見てから、給仕係さんは先を歩き出した。それに続いて、ボクたちは食堂に向かった。


「――おはようございます。ワタシは先に頂いておりますよ」


 食堂は広く、何十人も座れるだろう長いテーブルの一番奥にシンディさんが座っていた。その隣には、給仕係さんではなく、ダフネさんが蒼い甲冑姿で立っていた。朝っぱらから完全武装だ。食事の空気には全く似付かわしくない。

 けれどボクたちはそんなの気にせず、シンディさんと向かい合った対面の位置でテーブルに座った。ボクたちが座ったのを見計らって、給仕係が朝食を配膳してくれる。


「いやぁ、クロさま。腹減ったぜぇ――お、こりゃうめぇ!」

「……ちょ、クロさん。少しはしたないよ……頂きます」

「馬鹿ヴリトラに礼儀作法を求めるのはお門違いでしょう、ロゥ――私も頂きます」


 クロさんが無遠慮に食事を食べ始めるのを横目に、シロさんがサッと食事を一瞥してから頷いていた。二人が食事に対して何も言わないことから、昨日とは違い、毒が盛られていることはなさそうだ。

 ボクは安心して食事に口をつける。昨日よりも薄味だが、とても絶品だった。


「食事しながらで結構なので、ワタシの話を聴いてください」


 カチャカチャと食事の音が支配する食堂で、ふいにシンディさんが口元をナプキンで拭いながら切り出した。当然、ボク以外の二人は無視して食事を続けている。

 一応、ボクだけは、口にモノを入れながらだけれども、視線を向けて話を聴く態度になった。


「――ワタシたちは、貴女たちを束縛するつもりはありません。ですが、素性の知れぬ貴女たちを無条件に信頼する訳にもいきません。なので、常時見張らせていただきたいと思っております。ところが、昨日見張りの衛兵を全員、再起不能にされてしまいました」


 ボクは思わず、ブハッと口から食事を吹き出した。だいぶ汚らしいが、隣のシロさんが、あらあら、と困った顔をしながら拭ってくれる。


「不愉快だったのは理解しております。けれど、それであれば、一言そう仰っていただけないでしょうか。衛兵が再起不能になってしまうと、屋敷の警護に支障が出てしまうので――」

「――ごちゃごちゃ、うるさいなぁ。お前らの都合なんか知るかっつの。クロさまたちを見張りたいなら、土下座してお願いしろっつの。いま食事中だから、少し黙ってろッつの! なぁ、ロゥ? 食事は静かにしないと、だよな? クロさま、礼儀正しいだろ?」


 口に入っている豪勢な食事をテーブルに飛び散らせながら、クロさんはとても綺麗なドヤ顔でボクに首を傾げた。その態度は礼儀正しくはないが、あえて突っ込まずに、ボクは頷いた。

 シンディさんはクロさんのその剣幕に気圧されて、溜息交じりに押し黙っていた。

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