第4話
戦々恐々と怯えるシンディさんを前に、ボクたちはテーブルの食事を一通り食べ終えた。とは言っても、料理の八割がたは、クロさんが食べ尽くしていた。
「ごちそうさまでした――ふぅ。美味しかった」
ボクはソファに深く腰掛けて、満腹になったお腹をさする。少しだけぽっくりと膨れていた。
傍らのクロさんもボクと同じようにお腹を叩いているが、食事前と全く変わらぬ細く見事な腹筋は、ちょっとだけ羨ましい限りだ。
「――さて、それで? どんな弁明があるのでしょうか? 殺すな、とロゥに言われてしまいましたから、殺すことはしませんが、益のない話をされるようであれば、私たちは退室しますよ」
シロさんが糸目をいっそう鋭くして、顔面蒼白のシンディさんを睨み付けた。
怒り心頭のシロさんと、うつむいて震えている幼子姿のシンディさんの構図は、端から見ると大人が子供を苛めているようにしか見えない。
しかし同情はしない。実際、被害者はボクたちで、加害者はシンディさんたちである。
シンディさんたちはボクたちに毒を盛ったのだから、むしろ怒るだけで済んでいることに感謝して欲しいくらいだ。
「この度は、たいへん申し訳ございませんでした――領主さま。ここからは、我が話を引き継いで宜しいでしょうか?」
「……ええ。お願いするわ、ダフネ」
「ありがとうございます」
沈黙に耐えかねたのか、それともそういう演出か。
傍らで直立不動だったタキシード姿の女騎士が、スマートに横槍を入れてきた。シロさんは横目で、お呼びじゃない、と一瞥するが、どこ吹く風と口を開いた。
「我はダフネ・リン。この都市を守護するエンドロール騎士団の副団長と、領主であるシンディ・メノウさまの護衛を任命されて――」
「――自己紹介なぞ、意味はないでしょう? これ以上、不用意な発言は命取りと思いなさい。次はもうありません。本題を言いなさい」
「――あ、ああ。失礼……その……貴殿たちの圧倒的な強さを見込んで、一つお願いをしたいのだ。いま、このエンドロールは、ドノバン盗賊団という厄介な無法者連中に悩まされている。ドノバン盗賊団は、かなりの実力をもった冒険者たちで、情けないことだが、我らエンドロール騎士団では退治出来ず――」
「――本当に情けないですね。そんな不甲斐ない報告は不要です。そして何を言いたいのか理解しました。考慮の余地もなく、お断りいたします」
バッサリと会話を途中で切り上げて、シロさんはその場で立ち上がる。
キョトンとシロさんを見上げるボクの腕を引いて、ポカンとするクロさんを置いてけぼりに、そのままリビングを出て行く。もはや誰も引き留められない勢いだった。
「……あれ? シロさん? ボク、ちょっと話に付いていけないんだけど……」
「さあ、ロゥ。これで合法的に、街中を散策出来ますね。そこら辺の無法者を捕まえて、金銭を奪ったのちに、どこか適当な宿屋に泊まりましょう」
シロさんは柔らかい笑顔のまま、ボクの手を引いて廊下を歩く。それにやや遅れて、慌てた様子のダフネさん、シンディさん、その他の給仕さんが廊下に飛び出してきた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!! 我の話は、まだ――」
背後から怒号が聞こえる。すると、ダフネさんがその音よりも速く、ボクたちの往く手を塞ぐように回り込んできた。かなりの俊敏さだ。少なくとも、ボクじゃあ追いかけっこをしたら逃げきれない。
「――話は終わりました。これ以上話すことはありません」
「待て、待て、待て!! 食事だけ平らげて、迷わず帰るなど、貴殿らは、常識を知らんのか!?」
「食事に毒を盛る連中に、常識を問われるとは思いませんでした――退かないと、死にますよ? ロゥとの約束で、殺すことは出来ませんが、四肢をもぐことは許可されています」
「……いやいや、四肢をもぐなんて残酷なこと、誰も許可してないからね? 許されるのは、気絶までだよ?」
当然のように不穏当な台詞を吐くシロさんに、ボクは慌てて訂正した。
ふむぅ、と露骨に不満げな表情を浮かべるも、しかしシロさんは殺気を霧散させてくれる。
「おーい。クロさまを置いてくなよぉ。よく分からないけど、交渉決裂ってヤツかぁ?」
往く手をダフネさんに塞がれて、遅れてやってきたシンディさん、その他の給仕さんたちに、来た廊下も塞がれた。それにだいぶ遅れて、散歩するみたいな優雅な足取りで、クロさんが追い付いた。
クロさんは廊下の人混みを分け入り、わざわざ囲まれている中に入ってきて、周囲を軽く一瞥する。けれどその全身からは、闘気が駄々洩れだった。
「馬鹿白雪は短気過ぎだろ? なんで、あの話し合いが、こんな面倒そうなことになってんだよぉ――なぁ、ロゥ。クロさまが全員ぶっ飛ばそうか?」
「二人とも、ちゃんと聴いて。暴力は何の解決も生まないよ。だから、ここは穏便に」
すぐさま圧倒的な暴力で周囲を黙らせようとする二人に、ボクは、冷静になるよう指示をする。とはいえ、それほど興奮しているわけではないから、あまり効果はない。
むしろ、興奮しているのは周囲――特に、ボクたちに毒を盛った加害者のシンディさん、ダフネさんたちだろう。
「貴女たち! ワタシたちは、貴女たちに協力すると言っているでしょう!? その見返りに、一つお願いをしたい、と言っているだけです! それに、話を最後まで聞かず――」
「――協力するなど、いつ言いましたか? いや、どちらにしろ、私たちがそれを聞くかどうかは別次元の話でしょう? とはいえ、ロゥに懇願されているので、最後まで話を聞くだけ聞きましょう」
シロさんは言いながら、パチンと指を鳴らして、廊下の床を氷漬けにする。ボクとクロさん以外の全員の脚が、床にくっ付いたまま凍り付いていた。
これでもう、誰も動くことは出来ない。
「……糞ッ!? この化物――あ、いや、その……これほどの強さがあれば、ドノバン盗賊団を退治することが出来るはず……報酬も望むモノを用意するから……我らに助力してくれないか?」
「…………領主であるワタシからも、お願い、します……お伺いした限り、旅の途中でしょう? ならば、協力してくれた暁には、オメガ国の身分証と、当面の生活に困らないだけの旅費を工面するわ!」
必死の形相で縋るように報酬の内容を口にするシンディさん。ダフネさんは悔しそうにしながらも、深々と頭を下げて懇願していた。
けれどそれは、不愉快そうな表情をしたシロさんに対して、である。シロさんはボクをジッと見詰めてから、シンディさん、ダフネさんを交互に見て、吐き捨てるように言う。
「ロゥ、どうしますか? こんな何の益もない依頼を請ける意味も、義理もないでしょう。身分証などなくとも突破すれば良いでしょうし、旅費がこの屋敷にあるのであれば、手当たり次第に物色すれば――」
「――おおっと? シロさん? それはやっちゃあイケない犯罪行為ですよ?」
「へっ、馬鹿白雪はやっぱりアホだなぁ。手あたり次第に物色って、時間掛かるじゃん。そんな面倒なことするくらいなら、ここの連中を脅せば、簡単に――」
「――クロさん? クロさんも大概ですよ? ボクたちは別に、誰かを脅したりしませんよ?」
「…………」
ボクのツッコミに、シンディさんがようやく顔を向けてくれる。その顔には嫌悪感と見下している感が滲んでいる。ボクに対して失礼過ぎる態度だ。気にしないけどね。
「……ワタシたち……いえ、このエンドロールを助けてください。ドノバン盗賊団を退治してくれさえすれば、ワタシで叶えられる望みは叶えますし、今後の旅路においての協力も惜しみません」
「あの……シンディさん。ボクたち、協力したくないわけじゃないよ? けどさ、いきなり襲われて――いやまぁ、怪しかったから襲われても仕方ないかもだけど……だとしたって、お詫びって呼ばれた席で、毒を盛られてさ……そこまでされたのに、一方的に、助けてくれ、って、ムシが良過ぎるんじゃないの? 流石のボクだって、そんな信用できない人に協力は出来ないよ?」
「……申し訳、ございません……仰る通りです……けれど、これだけは信じて欲しい……ワタシたちは、本当にもう切羽詰まっていて……貴女たちのような、強い冒険者を探していた、のです……だから、なんとしても逃がしたくはなかった……」
悔しそうに涙を堪えて少し俯くシンディさんに、傍らのダフネさんが神妙な顔で頷いている。心痛そうな二人の態度は、とても演技とは思えない。ボクは思わず同情しそうになった。
けれど騙されちゃいけない――過去にも、こういう泣き落としで、ボクは生贄に捧げられた。だからこそ、その迫真の演技を真に受けることはない。
「――あの、ですね? 逃がしたくないからって、毒盛るのは、おかしいでしょ?」
「毒ではなく、あれは薬です……身体の自由を奪う程度の、微弱な薬ですよ……それ以外の薬物も、別に害があるわけでは、ありませんよ……ただちょっと……ワタシたちのお願いを叶えたくなるだけ、です」
「……ボクたちにとっては、害しか感じないけど……微弱とか、強力とか関係ないからね? お客様に毒を盛っちゃいけない、って習わなかったの?」
悪気なく答えるシンディさんに、ボクは呆れた顔を向ける。すると、傍らに寄ってきたクロさんとシロさんが、グイッと左右の腕を引っ張った。
「なぁ、ロゥ。そんな非常識で無礼で馬鹿な子供と戯れてないで、サッサと行こうぜぇ。クロさま、もうここ飽きちゃったよ」
「ロゥ。これ以上付き合う必要ありますか? 先ほどから、結局、自分たちの都合しか喋っていません――関わり合うのは無駄です」
「……あー、とね。クロさん、シロさん。二人の言うことは最もだけど、かといって、このままシンディさんたちを振り切ったら、ボクたちお尋ね者になっちゃうよ。しっかりと話し合うから、ここからはボクの交渉力に任せてよ」
ボクは左右の二人に目配せしてから、正面のシンディさんに向き直る。シンディさんは一瞬だけ嫌悪感をあらわに眉を顰めたが、すぐにさま涙目になり俯いた。
割と雑な演技だ、とボクも眉根を顰める。けど、いまはそれを咎めるところではない。
「さて、じゃあ、ちょっと気を取り直して――シンディさん? 少しでも、ボクたちに悪いことをしたと思っているのなら、盗賊団を退治するしないに関係なく、とりあえず身分証を――」
「――お客様を立ち話させる訳にも行きません。先ほどの部屋に戻って頂けないでしょうか?」
ボクの台詞を最後まで言わせず、シンディさんは凍り付いた足元を見ながら提案する。
「……シロさん。一旦、戻ろう。だから、拘束を解除してよ」
「仕方ありませんね。ロゥに感謝しなさい」
シロさんはシンディさんを一瞥して、大きく息を吐きながら脱力した。途端に、廊下を凍らせていた魔力が霧散して、全員の脚が解放される。
良かった、と空気が緩むのを肌で感じながら、ボクはシンディさんを通り過ぎて、先ほどの応接室に戻ることにする。
ボクが率先して進まないと、シロさんもクロさんも進まない。真っ先に部屋に戻ろうと動き出したボクを見送ってから、シンディさんもダフネさんを連れ立って後を付いてきた。
「……アレをお持ちしなさい」
シンディさんはソファに腰を下ろすが否や、パンパンと手を叩いて、廊下の給仕さんに声を掛ける。慌てた様子でその給仕さんはどこかに駆けていった。
「ロゥさま。いま、お詫びの品として、身分証と僅かばかりの旅費を用意いたします。そのうえで、成功報酬になりますが、ワタシたちのお願い――ドノバン盗賊団の退治を引き受けてくれませんでしょうか?」
「その、さ。よく分からないんだけど、どうしてそこまで、その盗賊団を退治したいの?」
「……ドノバン盗賊団は、都市のいたるところで、金品の強奪、一般人を強姦、誘拐、諜報活動など行っており、ワタシの命も狙っています。恐ろしくて、夜も寝られない日々が続いており……とにかく、退治して欲しいのです」
「まぁ、盗賊団って言うくらいだから、そりゃ犯罪者の集団だよね。でも、なんでそんな盗賊団が、領主のシンディさんを狙うの?」
「…………さあ?」
明らかにトボけるシンディさんを、ボクは怪訝な瞳で見つめる。決定的な理由か、何らかの嘘があるのは明白だ。けれどそれを追求したところで意味がない。
ボクは溜息を吐いてから、退治する理由はないね、と呟いた。
「交渉決裂だよ――シンディさんが本当のことを教えてくれないなら、ボクたちも、やっぱり協力する気にはならない。信頼できないもん」
「……ちなみに、聴くところによれば、ロゥさまは、お姉さまを探しているのでしたね?」
「ん? そうだけど――リィラ姉さんのこと、知ってる!?」
「…………さあ? けれど、つい先日、ロゥさまたちと同じように、見慣れぬ女性の旅人二人組が、エンドロールを来訪しました」
ボクは藁にもすがる思いで、テーブルをバンと叩いてシンディさんに詰め寄る。見慣れぬ女性の旅人、という目撃情報に、リィラ姉さんだ、と興奮した。
しかし、待てよ、と――ボクはすぐに冷静になる。二人組ということは、それは別人の話だろう。
ボクは、危ない危ない、騙されるところだった、と安堵した。瞬間、あ、と左右のシロさん、クロさんから何かに気付いたような声が上がった。
「――え? な、なに? シロさん、クロさん?」
その不思議な反応に、ボクは二人に視線で問い掛ける。すると、二人して何やら神妙な顔になった。
「二人組って、リィラ姉さんは、独り旅だから、人違いでしょ?」
「――その二人組ですが、どんな方たちでしたか?」
ボクの質問を珍しく無視して、シロさんがシンディさんに問い掛ける。途端に、ニヤリ、と露骨なほくそ笑みを見せて、シンディさんが首を傾げる。
「どんな方だったか、どこに向かったのか――それを教えるのが、成功報酬、というのはどうでしょうか?」
シンディさんの会心の笑みは、とても悪魔じみた笑みだった。それを見て、シロさんがいきなり手を引いて、人違い人違い、とわざとらしく呟く。
「ロゥ――その目撃情報はリィラではありませんよ。二人組、ということは、とても良く似た他人でしょう。諦めましょう」
シロさんの掌返しの言葉に、シンディさんは驚愕する。そりゃあ、シンディさんにとっては、ようやく生まれた交渉の余地がいきなり消えたのだから、当然だろう。
しかし、その露骨なシロさんの態度は、ボクにとってはリィラ姉さんであることの確信を持たせるのに充分だった。
だって、シロさんもクロさんも、ボクにはリィラ姉さんを諦めて欲しい、思いなのだから。だからきっと、こうして唯一の手掛かりを無碍にしようとしているに違いない。
「――分かったよ。そのドノバン盗賊団だっけ? ボクらで退治するから、目撃情報を教えてよ」
ボクは毅然と胸を張り、ようやく手に入った手掛かりを逃さないよう、力強く頷いた。




