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シロクロ珍道中  作者: 神無月夕
始まりの冒険

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第3話

 とりあえず通された応接室で、ボクらは三人だけポツンと取り残される。

 

「……おい、飯を出せよぉ。クロさま腹減ってるんだぞ?」

「――意地汚いですよ、ヴリトラ。まぁ、馬鹿だから仕方ないでしょうけれど」

「と、とりあえず、ソファに座って待ってようよ、クロさん、シロさん」


 早速で文句を言いだすクロさんを宥めて、ボクはふかふかのソファに腰を下ろす。当然のように、右にはクロさん、左にはシロさんが座った。


 さて、蒼い鎧の女騎士に案内されたのは、エンドロールと呼ばれる都市の中心にある大きな屋敷だった。

 もう夜も遅いというのに、屋敷に到着すると、たくさんの女給と執事が出迎えてくれた。

 なんでもボクらは、大事な来賓扱いのようで、そのまま丁寧に応接室まで通されて、しばし待つように言われた。ここはどうやら領主の館らしい。

 領主がボクたちに挨拶したいから起こしてくるので待て、という訳だ。

 今回、ボクたちを怪しんだのは領主が発端だそうである。騎士団は領主に命令された通り、愚直に仕事を遵守しただけのようだ。


 ところで、応接室に通される間に聞かされた弁明によると、現在、このエンドロールが属するオメガ国と、隣国のアルファ国という強国が絶賛冷戦中であるらしい。しかもここ数か月、冷戦は水面下で激化し始めており、互いにスパイを送り込み、内部事情を探ったり、主要人物を暗殺したり、内乱を勃発させたりと牽制し合うことを続けているらしい。

 そんな事情はボクたちにとってはどうでも良いが、ともかくそれが理由で、ボクらがアルファ国のスパイではないかと疑われたそうだ。

 まったく勘違いも甚だしい。けど、それを責めるのは少し可哀そうかも知れない。ボクだって正体不明の奇怪な連中が、自国を探るようにずっと野宿してたならば怪しむに決まっている。

 だからこれはきっと、全員が被害者の悲しいすれ違いが原因なのだ――と、全てを許す寛大な心になりながら、提供された温かい珈琲に口をつける。

 ボクが珈琲に口を付けたのを見て、隣のクロさんもそれを一息に飲み干していた。


「んげ!? 何だ、この黒い水。苦いし、変な味だぞ? 毒……にしては、毒性ないなぁ?」

「……これ、かなり上等な珈琲だよ、クロさん」


 ボクが優雅に珈琲を啜っている横で、クロさんがぺっぺっと、唾を撒き散らしていた。いままで珈琲を飲んだことがなかったようで、だいぶ辛辣な言葉も吐いている。


「馬鹿ヴリトラは、舌も馬鹿なのですね――ぐぅ!? ロゥ! これは、危険な飲み物では!?」

「…………シロさん。これ、凄く美味しい部類の珈琲だよ」


 クロさんを小馬鹿にしながら、シロさんも優雅な所作で珈琲を口に含んで、瞬間、糸目を全開に見開いた。プッと口に含んだ珈琲をコップに吐き出してから、ボクに驚愕の顔を向けている。

 ボクは心底、この場に誰も居なくて良かったと安堵しつつ、呆れた顔でうんうんと頷いた。


「――領主さま、こちらです」

「ええ、ありがとう、ダフネ。どうもこんばんわ――早速、自己紹介してくれません?」


 現れたのは、蒼い甲冑ではなく、ビシっとしたタキシードに装いを変えた女騎士と、十四、五歳くらいの見た目をしたドレス姿の女の子だった。

 艶やかで真っ直ぐな黒髪をしたその女の子が、どうやら領主であるらしい。

 女の子は領主らしい振舞いを意識しているようで、貴族の令嬢です、と言わんばかりの空気を放ちながら、優雅な仕草でボクたちの正面のソファに腰を下ろした。

 露骨な上から目線で、ボク、クロさん、シロさんの順番に、品定めするようにジロジロ見てくる。


「あ、えと……自己紹介? あ、ボクは、ロゥです。ロゥ・グロワ・イージスと言います」

「グロワ・イージス? 聞いたことのない家名ですね。失礼ですが、どこの僻地から、何を目的にやってきたのでしょうか?」


 失礼ですが、とか言っている割に、少しも失礼そうではない。しかも、どこの僻地とか逆に失礼極まる言い回しである。

 だいぶ腹が立つが、ボクは深呼吸して怒りを呑み込んだ。

 相手の女の子は領主とはいえ、所詮はボクと同じくらいの歳だ。いや、もしかしたら、もっと幼いかも知れない。それならば、ここはボクが大人になるべきである。


「ボクたちは『エンシェント・イージス』から、はるばる三つの試練を踏破して、姉さんを探しにここまでやって来たんだ。だから、外界のことは全く分からないんだよ。ちなみに、ボクはこれでも、イージス王家の直系だからね? 王族ですよ?」


 若干のドヤ顔を見せつつ、ボクは胸を張った。大人の対応を心掛けたつもりだったが、ちょっとクールにはなり切れなかった。

 しかしボクの答えに、領主の女の子は呆れ顔を通り越して、馬鹿を見るような目で不快感を露わにする。その表情は『え、何それ、気持ち悪い』と言わんばかりだった。


「え、何それ……気持ち悪い……」


 小さい声でそのまんま呟かれた。かなり不愉快である。女の子は続ける。


「まぁ、夢見る馬鹿、というダフネの意見は正しかったのですね……いいでしょう。見た目よりも幼い子供ということは理解しました――それで貴女たちは、どちらの国からお越しになったのでしょうか? 貴女たちは、この世間知らずの夢見る坊やの護衛ですよね?」

「――なぁ、ロゥ? クロさま、よく分からんが、コイツいま、ロゥを馬鹿にしてるよな? 殺していいの?」


 領主の女の子は、視線をクロさんとシロさんに向けていた。だが、その視線を真っ直ぐと打ち返すように、クロさんが血走った紅玉の瞳で睨み付けている。ギラついて縦に割れた瞳孔、燃えるような炎を宿したその赤眼は、眼力だけで人を殺しそうなほどだ。

 クロさんの睨みと威圧を真正面から受けて、けど領主の女の子は平然としていた。ボクならチビってしまうほどだが、よくも堪えられるものだ。


「失礼――貴女たちからすると、この坊やを最優先しているのですね。ワタシはシンディ・メノウ。このエンドロールで領主をしております。オメガ国の皇族に連なるメノウ家、その十七代目当主です」

「あぁん? だから何だよ!? お前、ロゥを馬鹿にしてんだろ? 調子に乗るな――」

「――お止めなさい、馬鹿ヴリトラ。会話にならないではありませんか。それで、メノウ家当主のシンディ・メノウ? 私たちに何の用でしょうか? サッサと本題に入るか、こんな毒みたいな飲み物を下げてロゥに暖かい寝床と食事を用意しなさい」


 クロさんが拳を握り締めた瞬間に、シロさんがそれを止める。さりげなく手元の珈琲をコップごと凍らせて、粉々に砕け散らせていた。恐ろしい冷気が漂っている。

 その様子を引き攣った顔で見ながら、シンディさんは、傍らのタキシード姿の女騎士に助けを求めていた。


「……領主さま、申し訳ありませんが、この化物相手に我では歯が立ちませんでした。両名とも、皇族お抱えの宮廷魔術師レベルの強さです。逆らうのは得策ではありません」

「そう……ふぅ……大変、失礼いたしました、護衛のお二方」


 シンディさんはその場に立ち上がり、何の躊躇もなく頭を下げた。謝られても別に何も思わないが、とりあえずボクは頷いた。


「――ワタシたちは、貴女たちと敵対するつもりはありませんわ。本日は、ワタシの早計な行動で、貴女たちに危害を加えようとしてしまい、申し訳ありませんでした。お詫びとして、お困りごとの手助けを出来ればと思って、ここまでお越し頂いた次第です」

「ぁああん? なんだよ、どゆことだよ? クロさまにも分かるように説明しろよ!?」

「馬鹿ヴリトラは黙っていなさい――ロゥ、私で話を進めても宜しいでしょうか? この連中、ロゥを随分と軽んじているようですので、少し分からせる必要があります」


 下手に出ているシンディさんに対して、クロさんは立ち上がりドスの利いた声で威嚇する。それをさらに強烈な威嚇でもって、シロさんが糸目を少し開いて、翠玉の瞳でシンディさんを射竦めている。

 いつものことだが、二人とも感情が先行している。こうなってはもはや何を言ってもしょうがないだろう。ボクは深い溜息を漏らしながら、シロさんに、どうぞ、と頷いた。


「クロさん。ちょっとシロさんに任せよう? 敵意はなさそうだから、少し落ち着こうよ」

「……チッ、分かったよ。ロゥがそういうなら、仕方ないなぁ。馬鹿白雪に任せてやるよ」


 クロさんは、ドカ、とソファに音を立てて座り、ボクの肩に腕を回して踏ん反り返る。それをチラっと横目にして、シロさんはシンディさんに向き直る。


「――私たちは当面、衣食住のうち、衣以外の全てに困っています。特に今すぐ、身分証と充分な量の金貨を渡しなさい。そうすれば、この屋敷に居る全生物を殺さずに見逃すことを誓いましょう」


 本気の殺意と、室内温度を数度下げるほどの冷気を放ちながら、シロさんが言い放つ。

 おいおい、それは交渉ではないぞ、と。ボクは呆れた顔を向ける。


「……シロさん? それは脅しだよ?」

「ご安心ください。脅されなくとも、ワタシたちは全面的に、貴女たちに協力すると誓います」


 ボクのツッコミを無視して、シンディさんが苦笑しながら首を振った。ボクを蔑ろにするようなその態度に、シロさんの怒りが一段階上がった。


「――――おい、貴様。さっきから私の温情で生かされてるくせに、ロゥに対して態度が生意気ですよ? 捕食される側の立場だと理解して、迂闊な発言と挑発的な行動は控えるようにしなさい。次はありませんよ?」

「……大変申し訳ありません。坊や――ロゥさんでしたね。ワタシの態度で不愉快な思いをしていたとしたら、失礼いたしました。もう一度、改めて宣言しますが、ワタシたちは貴女たちと敵対するつもりは毛頭ありません。それだけはご理解いただきたいです」


 シロさんのマジ切れ寸前の威圧に、シンディさんは顔面を蒼白にさせながら、震える声で謝罪してくれた。そこまで求めていないので、ボクは、大丈夫です、と笑顔で答える。

 ちなみに、内心では少しだけ溜飲が下がった思いだった。


「ただ、敵対するつもりがない、と幾ら口頭で説明しようと、信じられないと思います。ですので、ワタシたちが本気であることを知ってもらう為に、ご要望の品を用意いたしました――持ってきなさい」


 パンパン、とシンディさんが手を叩くと、扉が軽くノックされて、食欲を刺激する香しい匂いをした料理が次々に運ばれてきた。

 テーブルの上に、ところ狭しと並べられた料理の数々は、軽く見ても十数人分の量はあろう。

 見たこともない郷土料理から、豪華で鮮やかな宮廷料理、肉、野菜、魚と多種多様な料理が次々と置かれた。歓迎の料理だろうか。

 ボクとクロさんは目を見開いて、目の前の料理を食い入るように見つめる。一方で、シロさんは、白々しい、と糸目をいっそう細めていた。


「腕によりをかけて作らせたメノウ家渾身の料理です。存分にお楽しみくださいませ」

「え、食べて良いの――って、クロさん早い!?」

「――いただきまぁす!!」


 シンディさんが両手を広げて、どうぞ、と食事を促してくれた。ボクは目を見開いて、良いんですか、と顔を上げた途端、遠慮も容赦もなく、傍らのクロさんは料理を食べ始めていた。

 極度の空腹が香ばしい匂いを前にして、ぐぅ、と可愛らしい音を鳴らしている。

 ボクはゴクリと唾を呑んで、美味しそうに食べるクロさんに続いて、料理を食べようと手を伸ばした――ところで、その手をシロさんが優しく掴む。


「――ロゥ。毒見がまだです。馬鹿ヴリトラからの感想を待ってから、食事に手を付けてください」


 シロさんを見ると、とても冷めた眼でクロさんを睨んでいる。ボクはシンディさんに顔を向けると、彼女は、まさか、と驚いた表情で首を横に振っていた。


「毒なんて入れておりません――心配なら、ワタシもダフネも手を付けますよ」


 慌てた様子で、シンディさんも料理に手を付けようとする。一番手元にあったスープを躊躇なく口に含んでいた。

 ちなみにクロさんは、と言えば、勢いを少しも落とさずに食事を続けている。美味いも不味いもなく、ただ吸い込むように食事が消えて行っていた。


「ダフネ。貴女も適当に食べなさい。警戒されてしまっては、お詫びの意味がありません」

「はい――それでは、失礼します」


 タキシード姿の女騎士も、スッと横から料理に手を付ける。

 ここまでしてくれるなら、きっと安全に違いない。流石に心配し過ぎだろう、とシロさんを見ると、彼女はクロさんだけジッと見詰めている。


「馬鹿ヴリトラ、どうですか? 何か異常はありますか?」

「あぁん!? うっせぇな、馬鹿白雪。人のこと馬鹿馬鹿って言いやがって――異常って何だよ? ちょっと苦い魔力が含まれてるのと、睡眠系の薬物が混じってるだけだろ!? 別に影響はないっつの。クロさまにも、ロゥにも通じないだろ」

「……解毒剤が必要な類ですか? それとも、抗魔力で打ち消せる類のものですか?」

「この、肉系の料理は中和剤が必要だろ。魚が混じってるのは、クロさまたちの抗魔力で充分、無力化出来てるぞ? 香草を使った料理が何か変な魔力味してるから、きっと精神操作系じゃないか? どっちにしろ、ロゥの魔力にゃ影響しねえし、クロさまの加護を持った装備がある限り、生半可な毒素は打ち消されるっつの!」


 バクバクバク、と複数の皿を同時に口に含みながら、クロさんは平然とそんな解説をしていた。その解説に、シンディさんとタキシード姿の女騎士は、驚愕の表情で唖然としている。

 ちなみに、言われてから観察すると、シンディさんの手元と、タキシード姿の女騎士の手元には、ボクたちに配膳された珈琲とは異なる緑色の飲み物が入ったグラスがあった。

 そう言えば料理を口にした後、手元のその飲み物を一口呑み込んでいたのを見ている。なるほど、それが解毒剤なのだろう。


「やはり、ですか。まあ、致死量の劇薬でないのであれば、ロゥも食べられますね。どうぞ、お腹が空いているでしょうから、食べてください――さて、どういうことか説明を求めます」


 顔面蒼白になっているシンディさんに、シロさんが糸目を完全に見開いて睨み付ける。ギラギラと碧い光を放つ翠玉の双眸は、威圧だけで人を殺す勢いだった。


「あ、ああ、ああっと……ええ、と――ダ、ダフネ!? 貴女、何をしたんですか!? お客人に対して、まさか毒を盛ったのですか!?」

「あ、えと……? ハッ!? そ、そうですね、大変申し訳ありません! すぐに作り直して――」

「――そういう茶番、もう充分です。ロゥ、殺しても宜しいでしょうか?」


 バタバタと慌てふためく二人を一瞥してから、シロさんはボクにそんな確認をしてくる。

 いやダメでしょ、とボクは二人と同じくらい慌てながら、料理を口にする。極上の美味が口の中に広がり、遅れて少しだけ違和感のある魔力が流れ込んでくる。

 なるほど、これがクロさんの言う『苦み』という奴だろう。この魔力は、身体の流れを乱す効果を持つようだが、確かにボクの抗魔力には敵わないようで、すぐに体内で打ち消されていた。


「ロゥ・グロワ・イージスが命じる。殺さずに話し合うこと――ちょっと、落ち着こう」

「――ハッ。かしこまりました」

「…………えぇ? 殺してもいいじゃんか……かったるいけど、かしこまりました」


 ボクの【強制】に、シロさんとクロさんは逆らわず頷いてくれた。

 当面、これで悲しい惨劇は回避出来たろう。とりあえず安堵しつつ、食事に集中することにした。クロさんのお墨付きがあれば、多少の毒など問題ない。

 いまは、久しぶりの豪華な食事を堪能すべきである。

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