第14話
「翡翠の霊玉は、そもそもワタシたちの秘宝で、このエンドロールの領主が封印していた――」
「――だからなんですか? いま、私たちの手元にある。それが全てでしょう?」
必死に対価を値切ろうとするシンディさんに、シロさんがにべもなく断言する。まあ、冷静に第三者的な視点で見ると、シロさんは横暴かも知れない。元の持ち主が失くしたモノを横から奪って、それを返す代わりに金銭だけじゃなくて、様々な物品と情報を要求しているのだから。
とはいえ、シンディさんもボクたちを騙してるし、そもそも正しい使い方はしないようだから、素直に渡すのは良くない。
「クッ――分かりました。とりあえず、それで全部でしょうか? 今後の旅に欠かせない通行証や路銀、古代通信機、隠遁の指輪、リィラ・アリーチェとインドラ・ファンロン・イークの行方……」
「ついでに、今すぐ温かい食事も用意なさい。私はともかく、ロゥが空腹です」
「……食事? え、ええ……分かりました」
シンディさんは一瞬だけキョトンとしたが、すぐに安堵した顔で頷いていた。食事とは、拍子抜けの要求だったからだろう。けど、シロさんの要求がこれで終わるはずはない。
そそくさと大部屋の入口から出ようとしたシンディさんを呼び止める。
「――ところで、この部屋の魔法陣ですが、誰が設置しましたか?」
「え? だ、誰、とは? この魔法陣は、先祖代々――」
「あ、そういう建前はどうでも良いのです。それと、隠遁の指輪もですが、誰から入手したものでしょうか? 貴女の背後に居る黒幕、何が手を貸しているのか、その存在を教えなさい。殺しますよ?」
シロさんが全身から凄まじい冷気を放ち、硬直するシンディさんを威圧する。どこか怒っているような雰囲気である。ちなみに、クロさんも同じように、ギラつく殺気をぶつけていた。
どういうことだろう。シンディさんの独断ではなく、黒幕、が居るのか――
「……な、んの話か、ちょっと理解できませんね」
「誤魔化せると思っているのですか? 先ほどお伝えしたように、その指輪から漂う独特な瘴気には憶えがあります――【虹の賢者】でしたか?」
「……よく、分かりませんね……」
「良く分かりませんか? それは教える気がない、という意味ですか?」
「なぁ、白雪。ソイツもどうせ、重要なことは何も教えてもらってないんじゃないか? 聞くだけ無駄じゃん? 殺そうぜ!」
見るからに動揺しているシンディさんを前に、シロさんが冷たい視線を向ける。クロさんもゆらりと立ち上がりつつ、拳に炎を纏い始める。なんだかよく分からないけど、ヤバそうな空気だ。
「あ、シロさん、クロさん。殺すのは――」
「――ロゥ。申し訳ありませんけど、この件だけは口出ししないでいただきたいですね。ロゥが詳しくご存じないからこそ、そのような発言をしているのは理解します。けど、知らないことに口出しはしないで欲しいです」
「そうだぞ、ロゥ。こればっかりは、クロさまも白雪と同じ意見だぜ。説明は後でするからよ。とにかく少し黙っててくれよ」
ボクが口を挟んだ瞬間、シロさんとクロさんが同時に、黙れ、と威圧を向けてくる。思わずチビリそうになったが、何とかグッと耐えて、黙って頷いた。二人とも本気で怒っている。
「もう一度お伺いします。その指輪、誰から手に入れましたか? また、この召喚魔法陣は誰が設置したものでしょうか? 黒幕の正体を言いなさい。これは命令です」
シンディさんは息を呑んでいた。顔面蒼白にもなっており、小刻みに身体が震えている。けどそりゃそうだろう。シロさんの本気の威圧を前に、まともな対応ができるはずはない。
「黒幕、は――」
「――黒幕は?」
「名前は、知りませんが……確かに【虹の賢者】を名乗っていました……えと、それより、食事の用意をしませんと――」
「ロゥ。食事はしばらくお待ちいただけますか?」
ボクはすかさず頷いた。もはや空腹なんか吹き飛んでいる。
「ありがとうございます――虹の賢者、を名乗った人間は、どのような姿かたちをしていましたか? いまは何と名乗っていますか? どこにいますか?」
「……名前は、存じ上げません……深くフードを被っており、目元を隠す銀色の仮面を着けてしました……基本的には、筆談で……いまはどこに居るかは……」
「おいおいおい、んな訳ねぇだろ!? 嘘を吐くなよ!? その瘴気の濃さは、少なくともここ数日のうちで手渡されてるだろが!? クロさまの嗅覚は誤魔化せねぇよ?」
「――ヴリトラの言う通りですね。そもそもこの魔法陣も、篭められた魔力の残滓から推測するに、私たちが来訪する数日前程度に急遽描かれたように思えます。つまり、つい最近まで、交流があったことを意味します」
クロさんが激怒して声を荒げると、それに追従してシロさんが詰める。シンディさんはその剣幕に気圧されつつ、声を震わせていた。
「……ええと、交流が……あった、とも言えますし、ない、とも言えます……」
「意味不明だぜ!? クロさまを馬鹿にしてるのか!? つまり、どっちだよ!?」
「ヴリトラ、落ち着きなさい――それは、直接会っていない、という意味でしょうか?」
ボクには、その【虹の賢者】とやらがどれほど重要か分からないけど、どうやら今時点では、ボクを置き去りにしても確認しなければならないほど重要らしい。ボクとしては、リィラ姉さんの行方が一番重要だけど、この空気の中、口はとても挟めない。
「ええと、まあ、そうですわね……会っては、いません……」
「――古代水晶鏡でもあるのでしょうか? 遠隔でも、鏡を通して会話ができる古代の魔術道具です」
シロさんの指摘に、シンディさんは明らかにギクリとしていた。どうやら図星のようだ。
「その……ええと……実は――ぁ?」
「――ロゥ、下がってください!」
「おい、白雪、クロさまが殺す!」
シンディさんが何かを言い淀んだ瞬間、隠遁の指輪から白い煙と紫色の炎が出てくる。途端、シロさんが半目を開けて、ボクを庇うように目の前に立って氷の壁を展開していた。同時に、クロさんが拳に纏った炎を撃ち、紫色の炎に包まれたシンディさんを吹っ飛ばした。半端ない威力だ。
クロさんの炎の拳は部屋の壁を撃ち抜き、建物全体を大きく揺らした。直撃したシンディさんは、もはや跡形も残らず塵と化しただろう。
熱波が氷壁を通り過ぎて、ボクの顔面を焼かんばかりに吹き荒れた。声を出す間もなく、全ては一瞬で終わっていた。
「え……な、なにが、シロさん?」
「チッ――時限発火魔術でしょうか? いや、どこかで見ていた?」
「おい、馬鹿白雪! ロゥを連れて、早く逃げろよ! クロさまは、この瘴気を蹴散らして――ん?」
大混乱するボクたちだったが、次の瞬間、シロさんが眼を全開に見開いた。クロさんも慌てた様子で魔法陣に注視しながら、拳に炎を纏わせていた。魔法陣が光を放っている。
「ロゥ、ここから脱出します」
シロさんがそう呟いた瞬間、手元にあった翡翠の霊玉が凄まじい雷光を放ち出した。珍しくも慌てた様子で翡翠の霊玉を放り投げて、ギラリと強烈な睨みを魔法陣に向けている。
「……翡翠の霊玉が、解放されるようですね」
「――はぁ!? ど、どして――――ぅぐ!?」
不穏当な台詞を吐いた途端、シロさんはボクの胴を掴んで持ち上げた。そして、凄まじい速さで部屋から駆け出す。
クロさんが開けた大穴から出て、そのまま屋敷の壁を吹っ飛ばしながら外に向かった。
後ろをチラと見ると、クロさんの所業と思しき超巨大な炎柱が立っており、ドガンドガン、と余波が屋敷全体を揺らしている。
何が起きてるのか、はてな状態で、ボクはただ持ち運ばれることにする。
「何が起きた!? 侵入者か!?」
「――――邪魔です」
「かはっ!?」
「ぐぁあ!?」
ボクを抱えたシロさんは、屋敷の外に配備された親衛隊と思しき多くの兵士を蹴散らして、屋敷の全容が見渡せる広場まで到達する。見渡す限り数百人規模の騎士たちが、屋敷から飛び出してきたボクらを訝しげな視線で見ながら取り囲んでいた。
けど、そんな圧倒的多数の状況よりも、シロさんはボクを下ろすと、屋敷の方向を警戒する。クロさんはまだ戻って来てないが、凄まじい魔力の余波がドカンドカン、と空気を震わせて、巨大な炎柱と、同じくらい巨大な雷がバチバチぶつかっていた。
終末の光景と言われて違和感ない。この世の終わりなのかな。
「――貴様ら、領主さまをどうした?」
「黙れ、雑魚ども――ロゥ。高位魔族の雷獣センキとやらですが、残念ながら復活しました。これから、ヴリトラと共に滅してもよろしいでしょうか?」
シロさんは視線を屋敷の炎と雷から離さず、冷徹な声でボクにお伺いを立ててきた。ボクは逆に、周囲を囲んでいる騎士たちの殺気だった空気が気になって、シロさんに返答さえ出来なかった。
「おい、貴様ら――――」
ボクが戦々恐々としていたとき、騎士の一人が剣を振りかぶった。けど、瞬く間に辺り一面が氷の世界に変わり、剣を振りかぶった騎士も、それ以外の取り囲んだ騎士も、全員が刹那で氷漬けになった。思わずぶるっと震えるほどの冷気が支配する。シロさんが本気で魔力を解放したらしい。
「……さ、寒い……」
「ロゥ。申し訳ございませんが、少しの間、耐えてくださいませ」
シロさんの言葉に遅れて、雷と炎が屋敷の一部を爆発させる。そこから、雷を纏った巨大な狼が現れて、半壊した屋敷の屋根でボクたちが居る庭の方を睨みつけていた。
距離から考えるサイズ感だと、軽く5メートル近くの巨体に思える。怪獣だよ、怪獣。
『グォォオオオアアア――ッ!!!』
雷を纏った狼は、凄まじい咆哮と衝撃波をぶつけてくる。周囲の氷の世界が、その衝撃波で崩れ去って行く様が恐怖を覚えた。ちなみに、氷漬けされた騎士たちは、凍ったまま身体の一部を崩されて血で染まりながら絶命している。
「……ロゥ。殺したのは、私ではありませんからね?」
「あ、うん。そ、そんなのは……分かってる、けど……」
いまそれどころじゃなくない? と、口に出そうとした瞬間、正面に巨大な氷の壁がそそり立った。
音もなく、厚さ1メートルほどもある氷の壁が、ボクの周囲を隔離する。見渡すと、氷の壁は四角い箱型になっており、見て分かるほど強力な魔力に包まれていた。シロさん渾身の防御結界だろう。
「――――理性さえない、ただの魔族風情がロゥに敵意を向けるとは、万死に値しますよ?」
シロさんの冷め切った声が遠くから聞こえる。それに呼応するように、巨大な狼――雷獣センキとやらが、分厚い氷壁に雷のレーザービームを突き刺してくる。光ったと思った瞬間、氷壁を穿っていた。
ドガン、という陳腐な響きと凄まじい激突の衝撃が箱の中に反響するが、かろうじてボクには届かなかった。けど、氷壁は半分近くまで穴が穿たれて、焼け焦げた臭いも漂ってくる。生身で受けたら、ボクじゃ一秒で灰と化したと思う。恐ろしい破壊力だ。
「シ、シロさん? ボクは、ここで大人しく、してればよい、の?」
「ええ。ロゥはその中で待機していてくださいませ。それと、あの高位魔族ですが、滅してもよろしいでしょうか?」
「……はい、許可します。けど、竜化する?」
ボクの問いに、シロさんは少しだけ首を傾げる。すると、屋敷の一郭が突然、勢いよく燃え上がり、大爆発を引き起こした。なんだろ、と見たら、怒り心頭で炎を纏ったクロさんだった。当然、五体無事である。
「ヴリトラと一緒に闘えば、このままでも滅せるでしょうね。竜化した方が良いのでしょうか?」
「いや、しないでください……だって、衆目があるし……」
「嗚呼、あんな有象無象は別に、無視すればよろしいでしょうに――」
シロさんは庭の外に視線を向ける。氷の世界と化した庭の入口、正門の外には、この騒ぎを聞きつけた住民たちが一人二人と集まり出していた。その野次馬たちは、みんな一様に屋敷のところで闘うクロさんと雷獣センキを指差して騒いでいた。かなり目立っている。
「……あ、そうだ、シロさん。もう一つ注文したい」
「はい、何でしょうか、ロゥ?」
「屋敷、全壊させると、色々と問題かも知れないから、闘う場所は移して欲しい、かも……」
「――――ええ、そうしましょう」
ボクはそう言って、背後を眺める。
屋敷を囲う塀を隔てた墓地の辺りに視線を向けて、そこに移動して闘うよう、アイコンタクトだけで頷いた。シロさんはそんなボクの思いをしっかり受け取って、騒ぐ野次馬たちを半目で睨みつけたかと思うと、凄まじい速度で雷獣センキへと駆けて行った。氷の轍が一直線に屋敷に伸びていく。
『ッ!? グォォオオオ、ガァアアア!!!』
「んな!? 何だ、コイツ……うぉ!? 馬鹿白雪のせいか!?」
「――失礼な、馬鹿ヴリトラ!! 退きなさい!! 場所を移しますよ!」
シロさんの突撃に合わせて、雷獣センキが自らを包み込むほど巨大な雷球を生み出した。それに怯んだ様子のクロさんを蹴飛ばして、シロさんが氷の扇で雷獣センキを雷球もろとも弾き飛ばす。
雷獣センキは怒号をハウリングさせながら、ピンボールみたいな勢いで、墓地の方へと吹っ飛んだ。
「……なんで、あんな細腕で、こんな飛ばせるんだろ……恐ろしい……」
ボクの呟きは氷の箱の中で反響して終わる。一方で、吹っ飛んだ雷獣センキは墓地に激突して爆発じみた粉塵を巻き上げていた。
ここからだと屋敷の塀に阻まれて、どんな有り様か見えないが、五体満足ではないだろう。
「――ロゥ。ちょっと待ってろよ。クロさまが、チョチョイと捻って終わらせてやるぜ!」
炎を纏ったクロさんが、ボクを囲む氷の箱の前を弾丸の如き速度で駆け抜けた。ついでに屋敷と墓地を隔てる壁をぶち抜いて、雷獣センキが落下した位置に向かう。
「ヴリトラ。貴女では、相性が悪いでしょう? 私がトドメを刺しますので、貴女はその雷獣を取り押さえておきなさい!」
「あぁあん? 馬鹿白雪の都合なんて知るかよ! ってか、クロさまがトドメを刺すッつうの!!」
クロさんが向かった先に、シロさんがやや遅れて、飛ぶように辿り着いていた。二人とも並んでギャーギャー喚きながら、地鳴の如き咆哮を放つ雷獣センキを迎え撃っていた。
ボクはそれを、わー怖い、と呟きながら、遠い眼で眺めた。
ドガンドガンという爆音、凄まじく強烈な熱風と、痺れるような冷気。氷の箱の中に居ても、吹き飛ばされそうになるほどの衝撃が、ひっきりなしに墓地から伝わってきていた。




