第13話
「ヴリトラ――本当に、こっちですか?」
しばらく進んで、目的地の屋敷に辿り着けず、それらしい見慣れた景色もなくなった頃合いで、シロさんが立ち止まって訊ねた。その疑問は、ボクもそう思う。かれこれもう十五分は歩き続けてるが、まだ着いてないのはおかしい。最初に案内された時、そんなに領主の屋敷まで時間は掛からなかった覚えがある。
あと、周りの景色がもはや郊外である。屋敷がありそうな開けた立地ではない。
「んー、こっちに、隠し通路があったはずなんだけどなぁ――あ、ここだ。この墓場が、そうだぜ?」
クロさんは薄気味悪い墓地に足を踏み入れて、意気揚々と墓石の一つを指差した。
いまにもアンデッドが現れそうな雰囲気と、どことなく漂う瘴気が怪しい。思わず腰が引けてしまっても仕方ないだろう。ボクだけじゃなくて、シロさんも同じく露骨に嫌な顔をしている。ついでにどことなく下水の臭いがしているので、鼻を抑えたくなる。ってか、鼻を抑えても臭い。
「……ヴリトラ? 隠し通路、とは? 別にロゥは、隠し通路で屋敷に潜入したい、など言っていませんよ? むしろ、正面から乗り込んで、領主の女を脅す方が効率的でしょう?」
「はぁん? いちいち五月蠅いなぁ、馬鹿白雪は――いま正面から向かうと、武装した騎士団がズラリだぜ? ま、クロさまたちなら敵じゃないけど、アイツらを蹴散らすと、領主の女を取り逃がしちゃうかも知れないぜ?」
「どういうことですか?」
「どういうも何も、クロさまがロゥの気配を感じて迎えに行こうと起きた時、屋敷中が慌ただしくなってたんだよ。なんか、ロゥたちと一緒に行った女騎士から緊急連絡があった、とかだっけ? いきなり、親衛隊を名乗る馬鹿共が、クロさまを拘束しようとしやがったから、一番丈夫そうなヤツを逆に捕まえて色々と聞き出したんだぜ?」
「――殺してない、よね?」
「もちろんだぜ、ロゥ。クロさまはちゃんと約束を守る女だぜ! あ、そんで、色々と聞いたところ、いま屋敷内は非常事態になっているんだと。だから、誰も屋敷の外には出させない、らしい。まあ、その気になれば、全然簡単に出れるけど、ロゥとの約束もあったし、正面突破すると面倒な大ごとになりそうだったから、隠密に出れるこの隠し通路を聞いたんだよ。途中、なんか怪しい儀式の部屋が幾つかあったけど、そこが『翡翠の霊玉』を封印する部屋だったっぽい。ちなみに、屋敷の正面から行くなら、そっちにある大きな壁超えたら屋敷が正面に来るぞ?」
クロさんが言いながら、墓地の奥にある森を囲むように配置されている巨大な塀を指差す。なるほど、遠回りをしたものの、屋敷には向かっていた訳だ。なら、無駄な殺生を防ぐためにも、この臭い墓地から侵入した方が良いだろう。
「ねぇ、クロさん。シンディさんは、その……ダフネさんからの緊急連絡、で何を知ったの? というか、本当にそれ、ダフネさんが連絡してきたの?」
ダフネさんはシロさんの氷魔術で全身を氷漬けにされていた。あの状況から、連絡が取れるまでに自力で回復出来るとは思えない。ましてや、仮に回復しても、古城跡からすぐに連絡出来るはずもない。確かにボクたちは、待ち惚けで数時間立ち尽くしていたけど、それにしたって、伝令より疾い何がしかの方法で連絡を取るなんて、どうやったのか。
「詳しくは知らんけど、霊玉が盗まれた、とか、魔族の復活に備える為に、とか、捕まえたヤツが喚いてたぜ? あと、緊急連絡なんだけど、恐らく古代通信機が置かれるっぽいな。インドラが良く使ってた電波がビビビ、って飛んで来ていたぞ」
「……古代通信機?」
「なるほどね。ヴリトラにしては、だいぶ有益な情報を確保しましたね。褒めておきましょう――ロゥ。古代通信機とは、簡単に説明しますと、雷の魔術で遠距離間の連絡を可能にする装置です。これがあれば、どれほど距離が離れていようと、雷の速度で通信が可能になります。古代の魔術――というよりも、インドラ独自の固有魔術です」
シロさんは素っ気なく言いながら、クロさんに先を案内するよう促していた。クロさんは頷きながら、墓石の一つを持ち上げてどかす。そこには地下へと続く狭い階段があり、隠し通路が広がっていた。
「こっちだぜ。罠はなかったから、気にせず進もうぜ!」
クロさんが意気揚々と階段を降りていき、ボクもそれに従った。シロさんが警戒しながらその後を着いてくる。ちなみに、隠し通路には煌々と点された松明みたいな光で満ちていた。
魔術の類か、どういう原理かも分からないが、王国でも見たことのない装置である。
「あ、ねぇ、シロさん。その古代通信機って、どんな装置なの?」
「受信機と、送信機で二つが対になっており、一方に魔力を篭めて言葉を紡ぐと、それが送信機に切り替わります。原理としては、篭められた魔力が雷に変換されて、受信機に飛ばされるのです。受信機は、飛んできた雷を魔力に再変換して、篭められた言葉を再生する。これにより、どれだけ離れていようと、直接の会話が成立する、という装置です」
「……滅茶苦茶、革新的な技術だね……え? と言うことは、シンディさんはボクたちが『翡翠の霊玉』を手に入れたことを、もう把握してるってことだよね?」
「まぁ、私の魔術を解呪出来ていれば、ですけれどね。しかし、あの場に居た存在で、私の魔術を解呪出来る実力者は気配さえありませんでしたけれど……」
シロさんが珍しくも神妙な顔で首を傾げていた。そりゃそうだろう。手抜きしていたとしても、シロさんの氷魔術を打ち消せるレベルだと、それは超人の領域である。
「クロさん。ところで、ボクたちが正面から突撃して、親衛隊? を蹴散らしたら、シンディさんを取り逃がすかも知れない、ってどういうこと?」
「んぁ? ああ、うん。クロさまが捕まえたヤツが言うには、領主の女は、幾つか作戦を用意してたらしいぞ? 確か……クロさまを捕らえて、ロゥたちと交渉する。不可能なら、親衛隊たちを囮にして、屋敷に閉じ込めて封印する。それも失敗するなら『神の稲妻』を利用して、クロさまたちを殺す、みたいな計画らしいぜ? どれにしろ逃げる準備してて、隠し通路が逃亡経路らしいから、正面から行くより、こっちから行く方が捕まえられるはずだぜ?」
隠し通路を歩きながら、恐ろしい計画を耳にして息を呑む。シンディさんも大概にして、物騒で血生臭い思想である。というか、その『神の稲妻』という大仰な名前は何だろう。
「――神の稲妻、とは、インドラの息吹、のことですか?」
シロさんが驚いた声で問い返した。思わずビビるくらいの剣幕に、ボクは目を丸くする。
一方で、クロさんがうんうん、と頷いていた。
「まず間違いなく、そうだと思うぜ? なんか聞いた限りじゃ、発動するのに、蓄積させた宮廷魔術師七人分の魔力が必要。んで、天から穿つ滅びの雷撃、らしい。インドラが絡んだ古代通信機もあるっぽいから、きっとそれ『インドラの息吹』のことじゃね? だとすると、不完全だとしてもアレが放たれると、結構ヤバいじゃん。白雪だって直撃すれば、致死ダメージ喰らっちゃうだろ? インドラの馬鹿が何を考えてんなことしたか知らんけど、マジで面倒だなぁ、って思ったね、クロさまは」
「……致死ダメージを喰らうとしたら、それは馬鹿ヴリトラの方でしょう? 私はせいぜい、身体に穴があく程度で、致命傷にはなりませんよ」
「あぁん? それはむしろクロさまだろ? クロさまだったら、インドラの息吹だって相殺出来るもんねぇ――ま、どっちにしろ、ロゥが即死なのは間違いないんだけど」
二人の口論はそれほど続かず、ボクを見ながら恐ろしいことを言うことで終わる。シロさんもその意見には同意して、強く頷くとともに警戒心を高めていた。
そうこうしてると、臭い隠し通路も終わりを見せた。階段があり、そこを上ると、不思議な瘴気に満ちた大部屋に辿り着いた。
「へぇ? これが、ヴリトラが言う『怪しい儀式の部屋』でしょうか?」
大部屋の床には、巨大な魔法陣が描かれていて、部屋の四隅には、甘く毒々しい匂いをした香が焚かれている。それとは別に、禍々しい色をした魔石が部屋の柱に埋め込まれていて、そこから瘴気が漂って来ている。ボクじゃなくても、ただここに居るだけで息苦しい。まあ、シロさんやクロさんはケロリ平然としているけど。
「怪しいだろ? クロさまは良く分からんけど、この魔法陣とか、何かを封印するアレじゃね?」
「――相変わらず、馬鹿ヴリトラですねぇ。この魔法陣は封印ではなく、魔族を召喚する類の魔法陣ですよ? 恐らくここは『翡翠の霊玉』の封印を解くための部屋です」
シロさんは魔法陣と部屋隅の香を見ながら、確信した風に頷いた。なるほど、とボクは納得しつつ、魔族の核である『翡翠の霊玉』は大丈夫か、と心配する。
「え、シロさん? 翡翠の霊玉は、封印解けたり、しない?」
「ええ、心配せずとも大丈夫ですよ、ロゥ。この部屋で、特定の儀式を行わない限り、封印が解かれることはないでしょう」
シロさんはこの部屋で、無造作に翡翠の霊玉を取り出して掲げて見せる。妖しい光を宿したそれが、ボクには、一瞬だけ煌めいて見えた。
「おいおい、馬鹿白雪! 封印を解く部屋で、んなもん出したら、封印解けちゃうだろ!?」
「そうだよ、シロさん。特定の儀式が分からないけど、万が一、封印が解けちゃったら――」
「――ご安心を、ロゥ。儀式はまだ準備が足りていないようです。万が一も有り得ませんよ」
シロさんはどうしてか、あえて翡翠の霊玉を見せ付けながら、大部屋の魔法陣に足を踏み入れる。それに呆れた表情を見せるクロさんだが、止める声は掛けない。ボクはひたすら混乱である。危険な真似はしないで欲しいのだが。
「ねぇ、領主シンディ・メノウ? 隠れているのは、もう看破してますよ? 交渉、したいのではないのでしょうか?」
「え、ええ!? ど、どこに、シンディさんが居るの!?」
「――――ッ!?」
ふと、シロさんが素早く身を翻して、隠し通路の扉を閉めた。そして、視線を大部屋の入口に向ける。同時に、クロさんも同じ方向を睨み付けながら、腕を組んで胸を強調した。
まさか、という思いで、ボクもそこを見るけど、空間が歪んでいることもなければ、何の気配も感じない。高等魔術に、透明化の魔術があるけど、それとも思えない。
「――どうして、気付けたのでしょうか?」
しばらくその何もない空間を注視してると、突然、空気が歪んでシンディさんの姿が現れた。本当に隠れていたようだが、現れた時に魔力の揺らぎはなかった。魔術じゃなかったのかな。
「その隠遁の指輪には、独特な瘴気が纏い付いています。過去、何度となく嗅いだことのある瘴気でしたので、見逃すはずはありません」
「白雪の嗅覚は、マジでヤバいからなぁ――ってか、クロさまだって、知ってたぜ? その嫌な瘴気には、マジで何度も何度も迷惑掛けられたからなぁ」
二人は鼻を摘まむ仕草を見せるが、ボクにはそんな瘴気の違いなんて全然分からなかった。そもそもこの大部屋内が既に、凄まじい濃度の瘴気で満たされている。そこから特定の瘴気に気付くなんて、シロさんもクロさんもどんだけ鼻が良いのだろうか。
ところで、姿を看破されたシンディさんは、鬼の形相になってボクを睨みつけている。あれ、ボクは何もしていないし、恨まれる覚えもないのだけど。
「クソども、が……ゴホン。失礼――ワタシは、貴女たちには勝てません。だからもうお手上げです。なので、是非、交渉をしたく存じます」
「えーと、交渉には応じますけれど、ここじゃなくて、場所を変えません?」
鬼の形相を必死に堪えたようなシンディさんに、ボクは恐る恐ると挙手しながら提案した。けど、シンディさんは、シロさん、クロさんの二人にだけ警戒していて、ボクには目も合わせない。さりげなくその態度は悲しい。
「貴女たちは、リィラ・アリーチェとインドラ・ファンロン・イークの行方を知りたい、のでしょう? 教える代わりに『翡翠の霊玉』を渡してくれませんか?」
シロさんに対して挑むような形相で口にするシンディさんに、ボクはどうしようか首を傾げた。横から口を出しても無視されると割とショックである。とはいえ、その質問には即答したい。だって、リィラ姉さんの手掛かりは、何を置いても最優先なのだ。
「……ロゥ。私が代弁しても宜しいでしょうか?」
「あ、宜しくです。ボクは、リィラ姉さんの行方さえ知れれば――」
「――領主シンディ・メノウ。翡翠の霊玉を渡すことは吝かではありませんけれど、見合う代価が情報提供だけでは成り立ちません」
ボクの発言を手で止めて、シロさんは冷たい声で宣言する。それにグッと奥歯を噛み締めて、致し方ない、と頷いていた。
「……見合う代価、とは、何でしょうか?」
「まず、私たちが無事に旅を続けられるように、通行証や路銀を。また、この屋敷にある古代通信機と、いま貴女が使っていた隠遁の指輪を――」
「――足元を見過ぎだ……です。それは、流石に」
シロさんの要求を途中で遮り、シンディさんは、無理だ、と首を横に振った。けど、ボクも交渉する時は奪えるだけ奪う意識を持っているので、とりあえずシロさんに任せることにする。
ちなみに、クロさんも腰を据えて、その場に胡坐を掻いて座っていた。




