第12話
ボクはグレイさんの経緯説明に、納得して頷いた。そして続く言葉であろう質問を先に口にする。
「――翡翠の霊玉が何処にあるかは、知っています」
「っ!? やっぱり!! ど、どこですか!?」
グレイさんは案の定、過剰なまでに食い付いた。その剣幕が想像以上に激しく、いきなり鋭い目がクワッと見開かれたから怖くなる。まさにそれは、猛禽類が獲物を前に威嚇する姿を思わせた。
「あ、えと……その前に、ボクたちに聞きたいことって、それですよね?」
「はい、そうです!! ボクの目的、翡翠の霊玉をご存知ないか、を聞きたかったです!」
「まぁ、あんな前振りをされたら、そうに決まってるでしょうね。ところで、翡翠の霊玉の在処を教える前に、ボクたちも少し質問したいんですけど、いいですか――」
「――ええ!! どんなことでも、僕の知ってることなら教えますよ!」
被せ気味に即答するグレイさんに、ボクは気圧された。勢いが凄い。
「あ、えと、知りたいことは――」
「――はい、なんですか!? 僕の出生地とか、ですか? それとも、トレジャーハンターとしての経歴ですか?」
的外れの質問を口にしながら、一歩グレイさんが近づいて来る。目が血走っているのが、恐ろしい。
「ちょ、そこから動かないでください!?」
「早く、翡翠の霊玉の在処を――」
ボクは咄嗟に手をパーで広げて、それ以上近寄るな、とジェスチャーする。しかし、グレイさんの進撃は少しも緩まない。一歩、一歩、確実に近付いて来ていた。
シロさんから漂ってくる冷気が強くなり、座り込んでいたクロさんが立ち上がる。さりげなく警戒して、ボクに危険が及ばないよう気を配ってくれるのは嬉しい。けど、その威圧にも、グレイさんは何も感じていない様子だった。どれだけ鈍感なんだか。
「そ、それ以上近付くと、翡翠の霊玉がどこにあるか、教えませんよっ!?」
「――――ッ!? それは、困ります」
ボクの叫びに、ピタリと動きを止めて、グレイさんは少しだけ冷静になってくれた。だが、隙あらば、にじり寄る気配を感じる。
「ボクたちが知りたいのは、その――この街に、見慣れぬ美女の旅人がやって来たかどうか。その旅人はリィラ姉さんって言うんだけど……心当たりありませんか?」
シンディさんがはぐらかしていた情報を、ボクはグレイさんに問い掛けた。リィラ姉さんの目撃情報さえ手に入れば、もはやシンディさんと交渉する必要もなくなる。
「リィラ、姉さん? リィラ……って、ん? リィラ・アリーチェ・イージス、とか名乗ってた女剣士のこと――」
「――知ってるんですか!?」
まさかの反応に、ボクは牢屋越しにグレイさんを正面から見詰める。嘘を見抜く魔術とかはないけど、グレイさんのその態度には、嘘を吐いているような素振りを感じなかった。
ま、そもそも、リィラ姉さんの本名を知っている時点で、作り話の類ではないことは分かるのだが。やっと手掛かりが見つかった。
「……知ってる、と言えるか分からないですけど……まぁ、話はしました、ですよ?」
「どこに居ますか!? ボクらは、リィラ姉さんを探して――」
「――あ、どこに行ったか、って話だったら、僕はもう知らないです。あの女剣士と女格闘家の二人組は、領主の屋敷に招かれてから、その後の行方は知らないです」
ボクの剣幕に、しかしグレイさんはスンと塩反応で切り返してきた。その切り返しは実際、かなりの爆弾発言なのだが、あまりにもサラリと返されてしまって逆に冷静になれた。
ボクは一拍置いて深呼吸してから、生じた疑問を口にする。
「――女剣士、ってのが、リィラ姉さんのことだと思うけど……女格闘家、って、誰ですか? 二人組って、どういうことでしょうか?」
チラと視線をシロさんとクロさんに向けると、二人して同時に、ボクから視線を逸らしていた。シロさんは露骨に右上に視線を泳がせる。クロさんはとぼけた顔で明後日の方向に顔を背ける。この態度は、明らかに心当たりがある態度である。
とはいえ、一旦、誤魔化しに入っている二人は詰問せず、事情通に思えるグレイさんに向き直る。
「その女格闘家の、名前とか、特徴とか――」
「――ファンロン・イークって名乗ってた、ですね。独特なヘソだし軽装で、凄まじい体術の使い手です。ドノバン盗賊団十数人に囲まれて、全員を無傷で制圧してたので。かなり実力のある冒険者でしょうね」
グレイさんの発言に、クロさんが小さく、やっぱインドラだ、とか漏らしている。それを聞き咎めたシロさんが、半分だけ目を見開いて鋭い視線で睨みつけていた。これで確信した。二人は、リィラ姉さんと一緒に居る『ファンロン・イーク』とやらを知っている。
「……ねぇ、クロさん。やっぱインドラだ、ってどういうこと? ファンロン・イークって人に、心当たりあるってこと?」
「そうそう、インドラ・ファンロン・イーク、が正しい呼称だとか言ってた記憶があるです」
「――クロさま、覚えてないなぁ。だいぶ昔のことだし」
クロさんの発言にいっそうシロさんが鋭利な殺気をぶつける。それは当然だろう。だいぶ昔のこと、であることを覚えているのだから。嘘が下手くそすぎる。
しかしこうなると、疑念は確信に変わる。今話題に上がっている『インドラ・ファンロン・イーク』なる人物は、シロさん、クロさんと同じ存在――古代竜族だろう。インドラ樹海と同じ響きの名前を持つことからも、容易に想像出来る。
「シロさん。そのファンロンさんって、やっぱり?」
「――私たちと同類ですね。だからロゥが通った時に、姿を見せなかったようです」
シロさんが言いにくそうに頷いたが、ボクは逆に少し安心した。リィラ姉さんの強さは疑っていないが、それ以上に、何が起こるかわからないこの世界で、独り旅をさせるのは心配だった。ところが実際は、シロさんやクロさんと同格の古代竜族が同行しているのであれば、何が起きても安心である。あとは見つけて合流するだけだ。
「さて、リィラ姉さんの行方は、シンディさんを問い詰めるか……」
そこまで分かれば、もうここで大人しく捕まっている理由はない。どんな手段を用いようとも、シンディさんを問い詰めて、リィラ姉さんの行方を聞き出すことが最優先である。交渉なんて考える必要はない。結果、ボクが指名手配されようとも、リィラ姉さんの居場所を聞き出して見せる。
「……クロさん。そろそろ出ようか? あ、グレイさん、貴重な情報、ありがとうございます。ボクたち、シンディさんとこに――」
「――ちょっと!? 翡翠の霊玉は!? 在処を教えてくださいよ!?」
「あ、ああ、そうでしたね……えと、人喰いの森? にある古城跡で、封印されてる、らしい、ですよ? ボクたち、そこの攻略を任されて……えと……向かったけど……その……」
しどろもどろに視線を泳がせながら、ボクは適当に言葉を選んだ。けど、パッとそれっぽいことを言えずに、シロさんに助けを求める。
ボクの目線と困りごとを察して、シロさんが説明を代わってくれた。
「私たちはダフネ・リンに騙されて『人喰いの森』の古城跡に向かいました。目的は、ドノバン盗賊団の殲滅です。しかし実際は、ドノバン盗賊団が封印していた『翡翠の霊玉』を奪取するためだったようですね。私たちはそれとは知らずに、ドノバン盗賊団との戦闘を繰り広げました。その裏側で、ダフネ・リンは『翡翠の霊玉』の封印を解除することに腐心して、必然的に、ドノバン盗賊団の首領と闘っていたのです。私たちは盗賊団を殲滅した後、ダフネ・リンの助けに向かったのですが、既に倒されており、そこでドノバン盗賊団の首領から、この真実を教わった、という経緯です。そして私たちは真実を知り、もはややってられない、と憤慨し――」
「――つまり『翡翠の霊玉』は人喰いの森の古城跡に隠されてる、ってことですね!?」
シロさんの物語めいた語り口調を最後まで言わせず、グレイさんは目を輝かせて踵を返した。もはやボクたちを助ける、という目的を忘れたようで、目にも留まらぬ速さで牢屋から消える。
去る時は足音さえ立てなかった。自己中心的すぎる。
「……何だよ、アイツ。ヤバいヤツだな……ロゥ。アイツに見付からないうちに、サッサと行こうぜ」
クロさんが去って行ったグレイさんを見送ってから、ボクの牢屋を余裕で抉じ開ける。まあ、最初から牢屋なんて、クロさんやシロさんには無意味な代物だ。ボクも頷いて廊下に出た。
それにしても、どうしてグレイさん以外、誰もやって来ないのだろうか。看守とか、牢屋番は何の仕事をしているのか、と疑問しか湧かない。
「あれ、白雪はここで休むのか? クロさまたち、屋敷に突撃するけど?」
「誰が休むと言いましたか? 私も同行するに決まっているでしょう? 寝惚けてます?」
「寝てるのは、馬鹿白雪だろ? クロさまはしっかり起きてるし、もう準備万端だっつの!」
「逆にヴリトラに問いますけど、私のどこが準備できていない、とでも?」
「寝てるじゃん、その顔――」
「――はいはいはい、クロさんもシロさんも、サッサと行くよ? ボクは早く、リィラ姉さんの居場所を知りたいんだ!!」
毎度の口喧嘩を始める二人を追い抜いて、ボクは小走りに廊下を抜ける。当然、すぐさま二人も口喧嘩を止めて、ボクの後をついてくる。
この牢屋の出入口は把握している。わりと単調な通路で、分岐がほとんどないので、迷わず出入口の階段まで辿り着けた。
「――人の気配は、もうありません」
シロさんが囁くように教えてくれた。良かった。無駄な怪我人を出さず――って、あれ?
外に出た時、ボクは目の前の光景に息を呑んでしまった。血の臭いが鼻を突き、見渡す限りの範囲に、息絶えた騎士団の肉塊が転がっていた。どの死体も喉元を裂かれてから、四肢が切断されていた。
「……うげぇ……」
ついつい強烈な死臭と血の臭いに中てられて、その場に吐いてしまう。その背中を、シロさんが優しく撫でてくれた。
「ロゥ。これやったの、さっきの危険な女――グレイとか名乗った異常者だぜ? だから、次逢った時は、迷わず殺した方が良いとクロさま思うけどなぁ」
「……ぅ、ぅ……こ、これ、を、グレイさんが、やったの?」
「ええ、そうですよ? 気付きませんでしたか、ロゥ? あの女は、出逢った時から死臭を漂わせていましたし、何より全身から血の臭いと死の気配を漂わせていました。魔力は薄そうでしたが、身体能力は目を見張るものがありましたね。持っていた武器もそうですけど、恐らく戦闘力も英雄級に匹敵するでしょうね」
衝撃の事実を聞かされて、ボクは頭が真っ白になる。と言うことは、二人の警告は、いつものノリじゃなくて真実の警告だったのか。だから、グレイさんは、あれほどの殺気を浴びても、ケロリとしていたのだろう。とても腑に落ちる。同時に、九死に一生を得たことで安堵もする。
「……騎士団の、偉い人かな……死んでる、ね……」
「どれもこれも、一撃で喉元を斬って声を出せなくしてありますね……魔力を封じた形跡もあるので、何らかの方法で、魔術阻害をしているかも知れません。私もヴリトラと同意見です。あの女は、次に逢った時、確実に殺すことをオススメします」
「…………うん、まぁ、検討しておくね」
シロさんもボクにそう進言してくるけど、よく考えれば、もう会わなければそれで問題なしだ。
とりあえずグレイさんには適当な嘘を吐いて時間を稼いだから、いまのうちに、用件を終わらせてサッサとこの街から出て行こう。そうだよ、触らぬ神に祟りなし。
「えーと、ここから屋敷までは――」
「――こっちだぜ、ロゥ。クロさま道案内出来るぜ!」
意気揚々とクロさんが先を歩き出した。見覚えのない景色だが、なんとも心強い。
クロさんは大きな胸を張って、自信満々に怪しい路地を進み始めた。ボクは疑わずにそれに付き従う。シロさんも文句一つ言わず、黙ってボクの後ろを歩いてくれた。
ところで、もう夜更けも夜更け、辺りは真っ暗で月明かりしかない。街を歩いている人も全然居らず、暗闇の路地を進むのは少し怖い感じである。
遠くを見ると、まだ明るいエリアはあるけど、そっちには見向きもせず、クロさんは突き進む。
「……ヴリトラ、本当にこっちで合っていますか? 民家も少なく、明りもありませんけど?」
「おいおい、白雪。じゃあ、白雪は分かるのかよ!? クロさまは、しっかりと把握してるんだぜ!?」
「…………いえ、私も分からないので、ヴリトラに合わせましょう」
不承不承と黙り込むシロさんに、クロさんは上機嫌だった。けど、確かにボクも少しだけ不安に思い始める。どう見ても、人の気配が薄い方、薄い方に進んでいる気がしないでもない。
「ま、ボクも道は分からないから、クロさんを信じるよ」
「――へいへい、こっちだぜぇ!!」
ボクの呟きを耳にしたか、クロさんはスキップしそうになるほど楽し気だった。




