第11話
ボクとシロさんは、ドノバン盗賊団とのいざこざと、ダフネさん、シンディさんの裏切り、翡翠の霊玉を手に入れるに至った経緯を簡単に説明した。
クロさんは話半分だけ聴いて、ふーん、とすぐさま興味を失っていたが、とりあえず事情は理解してくれたみたいだ。ここで甘んじて捕まっている意図も、ちょっとだけ理解してくれた。
「ほれ、白雪。返すわ。クロさまでも、これを破壊するのは難しそうだわ」
「……でしょうね。魔力尽くで何とかなるのであれば、とっくに誰かがそうしているでしょうし」
クロさんが『翡翠の霊玉』をシロさんに投げ返す。やはり弾丸みたいな速度のそれを軽々と受け止めて、シロさんは糸目をボクに向ける。
「ロゥ、それで、どうしますか? ここで馬鹿みたいに待っていても、領主の女はやって来なさそうですよ? やはり、こちらから屋敷に乗り込むのが良いのではないですか?」
「うーん……でもさ、ダフネさんとドノバンさんのやり取りを見た限り、悪いのって、魔族の核を手に入れようと企んでたシンディさんだと思うんだよ。少なくとも、ボクたちに本当のことを教えてくれなかったし、ダフネさんも目的を隠して、ボクたちを利用しようとしてたし――交渉するにしても、強引に脱走とかしちゃうと、不利になりそうかな」
シンディさんの弱みを握って、交渉するつもりではあれど、その前に不利な状況を作りたくはない。ただでさえ、エンドロールの街を出禁にされたままだったのだから。
それに、この牢獄に囚われても、すぐに助けに来ないことも併せて考えると、シンディさんはボクたちと友好的な関係を築くつもりはなさそうである。
「不利って、別に気にしなくていいんじゃね? クロさまが、バチコーンってあの小娘を吹っ飛ばしてやるよ? 逆らうなら、従わせればいいだけじゃん?」
「相変わらず、ヴリトラは野蛮ですねぇ。それで良いのであれば、ロゥがわざわざここまで悩むはずがないでしょう? もう少し考えてから発言してください」
「はぁ? なら、白雪は何か妙案でもあるのかよ? クロさま、とにかくもう飽きちゃったし、腹も減ってきたから、ここから出たいんだけど?」
「あら? 妙案という言葉をヴリトラが知っていることに驚きですね。とりあえず妙案が思い浮かんでいるのであれば、とっくにロゥに進言しているに決まっています。ないから、ロゥが悩んでいるのです。分かりませんか?」
「白雪だって思い付いてないじゃん! クロさまに、考えろ、とか言う前に、馬鹿白雪こそ考えろよ!」
「――ロゥ。いま思い付きました。ここで、馬鹿ヴリトラを叩きのめすついでに、街の一部を滅ぼせば、きっと領主の女も私たちの要求を呑まざるを得なくなるでしょう。どうですか?」
「…………却下で」
ここでいま、真剣に状況を考えているのはボクだけのようだ。クロさんもシロさんも、結局は最終的にパワープレイで終わらせる考えしか持てない様子である。
はぁ、と項垂れるように溜息を吐いて、どうやって交渉すべきか、を思案する。
「んー、やっぱり交渉の鍵になるのは、その『翡翠の霊玉』だよねぇ。けどきっと、渡すと高位魔族を復活させちゃうんだよね」
雷獣センキ、だとか言う高位魔族を復活させるつもりだとしたら、流石に止めないと駄目だろう。高位魔族が顕現したら、少なくともこの街の戦力では退治はおろか、コントロール出来るはずがない。
高位魔族と言えば、大魔術師レベルが数人掛かりで挑むような強敵だ。恐らくはリィラ姉さんでさえ、単独では退治し切れないかも知れない。しかも、あのシロさんが英雄級の高位魔族と推測しているくらいである。それはもはや天災に等しい。
「ねぇ、シロさん。その魔族の核を、安全に破壊する方法ってないかな?」
「ありませんね。封印自体が非常に強力ですし、この強力な封印を施せるほどの実力ある魔術師が、封印という選択をしたほどの魔族です。殺し切れたのであれば、封印などしないでしょう」
「そうだよねぇ……」
「ちょっと白雪が何言ってるか意味不明だけど、つまりは、英雄級の魔族だったから、殺せなくて封印したんだろ? けど結局、封印される程度の弱さだったんなら、クロさまたちなら余裕で殺せるだろ?」
「ヴリトラ……私がいまそう言いましたよね? まぁ、私たちであれば復活しても、余裕で殺せるのは間違いないですけれど」
クロさんと張り合うシロさんを一瞥してから、ぐー、というお腹の虫が鳴った。そろそろ空腹を感じ始めていた。どうしようかな。
「お、ほらほら、ロゥも腹減ったよな!? もうここから出ようよぉ――あん?」
「――ようやく、でしょうか?」
不意に、二人が纏う空気がピリついた。同時に、廊下の奥に視線を向けている。ボクも顔を上げて、廊下を見た。やっとシンディさん、もしくは関係者の人が来てくれたか。
「…………これは、どういう状況です?」
カツカツ、と石床に靴音を鳴らして現れたのは、目元から下の顔半分を布で隠した盗賊みたいな軽装の人だった。ショートヘアの黒髪で、凹凸が少ない少女体型だ。その手には、禍々しい意匠が施された短剣が握られている。身長は成人女性より少し高いくらい。立ち居振る舞いに幼さは感じないので、ボクより年上なのは間違いないと思う。誰なのだろうか。
「僕、ロールの丘で暴れてた不審者が収監された、って聞いて、ここまでやって来たんですけど、これは、どういう?」
猛禽類みたいな鋭い目元からは性別は分からないが、その声音からハッキリと若い女性だと知れた。ボクが、若い、って人のことを決め付けるのも変だけど。
ところで、彼女が現れてからどうしてか、クロさんは床から起き上がって警戒を強めていた。同時に、シロさんも薄目を開けて、ギラリと睨みつけている。
「どういうも何も、お前、誰だよ!?」
「どういう? まず貴女は、何者ですか?」
ほとんど同じタイミングで、同じような質問を投げる。それと合わせて、二人は凄まじい威圧をぶつけていた。思わずボクが小さく息を呑んでしまうほどだ。
しかし、そんな威圧を前にしても、彼女は一瞬たじろいだだけで平然としている。
「――あ、僕は、グレイ、って言います。プラン・グレイ・ウィニー。一応、職業は、世界を股にかけるトレジャーハンター、です」
困惑気味の声で、けれど落ち着いた口調で答える彼女に、ボクは首を傾げた。トレジャーハンターなんて、初めて聞いた職業である。というか、初対面でいきなり、職業を名乗る人も初めて見た。
「ああ!? トレジャーハンターって言えば、アレだろ? 墓泥棒、のことだろ!? だから、そんな危険なの持ってるのか!?」
「……なるほど。その武器、どこで盗掘したのですか? 貴女は、何が目的ですか?」
クロさんとシロさんが、凄まじい警戒心をあらわに言っていた。シロさんからは強烈な冷気、クロさんからは焦げ臭いくらいの熱気が放たれている。これ、二人ともガチギレモードだ。
ボクはさりげなく牢屋の隅に移動して、二人から距離を取る。その程度で被害を防げるわけじゃないけど、少しでも逃げないとヤバい、巻き込まれたら命の危険さえある。
「ええ、と? 墓泥棒、ではないです、よ? あと、これ、は別に……盗掘、とかじゃなくて、僕が自力で、インドラ樹海に隠されていた伝説の遺跡から、見つけ出したんです」
これ、と言いながら、禍々しい意匠の短剣を掲げていた。また、無抵抗をアピールするように、そのまま両手も上げる。声は震えていないが、強烈な威圧をぶつけられて困惑している様子――って、困惑してるだけで、平然と二人に相対しているのは尊敬に値する。
「あ、その、僕、別に、敵対するつもりなんかなくて。ただ、アナタたちを、助けに来たんです。ま、ついでに、確認したいこともあるんですけどね?」
自称トレジャーハンターのグレイさんは、眼にも留まらぬ速さで、短剣を腰元の鞘に納めていた。
えへへ、と笑っているようだが、垂れた目元だけ見ると見下されているようにしか感じない。せめて口元を見せて欲しい。
それはそれとして、無抵抗をアピールするグレイさんを囲むように、クロさんが立ち位置を変える。短剣が隠れてから、威圧が緩んだ気がする。
「助けに来てくれて、一応は感謝しておきますけど、確認したいことって、なんですか?」
「ええ、それは、お宝の情報、です」
グレイさんは言いながら、威嚇しているクロさん、シロさんに視線を向けた。
「その……警戒、しないで欲しいです。僕は、お宝の情報を知りたい、だけです。だから、本当に、アナタたちに危害を加えたりしない、です。敵じゃない、ですよ?」
「ロゥ。信用できませんので、殺してもよろしいでしょうか?」
「ロゥ。クロさまも、白雪と同じ意見だから、殺しちゃおうぜ」
「あぅ……その、ちょっとだけ、冷静に、話しましょうよ?」
グレイさんが首を横に振りながら、敵対しない姿勢を見せてくれているのに、シロさんもクロさんも敵意満々でいまにも飛び掛かりそうな勢いである。確かに、騙されてるかも知れないけど、警戒し過ぎじゃないか、とも思う。
「シロさん、クロさん。ちょっとだけ話を聴こうよ。落ち着いてよ――その、グレイさん? ボクは、ロゥ・グロワ・イージスって言います。ロゥって呼んでください」
とりあえずボクは、牢屋の壁に背中を付けて距離を取ったまま、自己紹介をして見せた。それを聞いて、グレイさんは少しだけ安堵していた。話が通じる、と思ってくれたなら幸いだ。
「それで――そっちの牢屋でくつろいでるのが、シロさん。そこの、廊下で威圧してるのが、クロさん、です」
「――ロゥ? 私たちを紹介する必要も、意味もないでしょう? 殺してしまうのが無難ですよ」
「そうだぞ、そうだぞ、ロゥ。この女、マジで危険だぜ? ロゥは知らないと思うけど、さっきの短剣は『竜殺の武具』って神器の一つだ。最硬を誇る白雪の竜鱗さえ削り取る――」
「馬鹿ヴリトラ!! それを説明する必要はないでしょう!?」
ボクが二人を紹介した途端、クロさんとシロさんはいっそう白熱した殺意を溢れ出させて、廊下と言わず牢屋と言わず、辺りを重苦しい魔力で支配した。流石にこれには、グレイさんは冷や汗を滲ませながらバックステップで後退していた。その動きも素早い。
「あの、僕、本当に、敵対するつもり、ないです! 抵抗もしない、ですよ!?」
慌てた様子で上げた両手をブンブンを振った。
「シロさん、クロさん。とにかく落ち着いてよ。グレイさんの話をまず聴こう? 当然、聴き終わっても殺すのは駄目だよ? ね? あ、クロさんは廊下に座るか、自分の居た牢屋に戻ってください!」
「……えぇえ? 危険だぜぇ、ロゥ。話なんて聞く必要はないだろ?」
「そうですよ、ロゥ。珍しくヴリトラと意見が合っていますけど、私もその女と会話する必要はないと思います」
ボクの意見に猛反発する二人に、これ見よがしの溜息を漏らす。やりたくないけど、命令するしかないのか。
「……ロゥ・グロワ・イージスが命じる。ボクが良いって言うまでは、黙ってて。あと、攻撃はしないように」
「――マジかよ、ロゥ」
「――――チッ」
致し方なく、ボクは真言で二人を縛り付ける。魔力の制約が、シロさんとクロさんを強制的に沈黙させるが、二人とも明らかに機嫌を悪くしていた。だいぶ怖い。
「あ、グレイさんは、念のため、そこから動かずに――」
良かった、と安堵して、平然とボクの牢屋に向かって歩き出したグレイさんに、慌てて手を向けた。それ以上近寄られて、もし暴行でも振るわれたら、ボクじゃ抵抗も出来ず死んでしまう。
ボクの制止に、グレイさんはピタリと止まって、すぐさま頷いてくれた。
「はい、分かりました。じゃあ、ここから動きません――僕の用件、話しても良いですか?」
「ええ、お聞きします。ボクたちに、何か用事があるんですよね?」
「用事、というか、聴きたいことがあるんです。あ、一応、先に伝えておくと、僕の目的は、この街の領主が代々受け継いでいるとされる秘宝『翡翠の霊玉』を手に入れること、です。それで実はこの秘宝、領主の屋敷に隠されてる封印の間で保管されてたはず、だったんですけど、なんかそれが、旧領主ドノバン・メノウに盗み出された、ようなんです。おかげで秘宝がどこにあるか分からず、僕は凄く困ってたんです。どこに隠されたのか、それを調べていた時、現領主シンディ・メノウと腹心のダフネ・リンが、ロールの丘に居た不審者を匿ったって聞いて――」
「――ちょ、ちょっと待って! グレイさんの目的は、翡翠の霊玉、なの!?」
「ん、あ、はい。そうです。『翡翠の霊玉』は、トレジャーブックに記載された百秘宝の中でも、記念すべき百番目なんです」
弾んだ声でスラスラと語られる内容に、ボクは困惑した。シロさんに視線を向けて、翡翠の霊玉を隠して、とアイコンタクトをする。だが、シロさんはその意図を汲んではくれなかった。
「それで僕は、匿われた不審者のことを調べて。そしたら、なんか冒険者らしいし、ちょうどダフネ・リンがドノバン盗賊団討伐の依頼をしたみたいだったんで、動向を探ってたんです。そしたら、馬車でエンドロールから出て行くダフネ・リンとアナタたちを目撃出来たので、後を追ったら……見失いまして。街で待ってたら、戻って来たのを知ったので、こうして助けに来た訳です」
グレイさんは本題を言わず、訥々と事情をまず説明してくれた。まあ、ここまで経緯を知っているとなると、次に来る質問内容も容易に想像がつくが、さて、ボクはどうしようかな、と首を捻った。
これは思わぬ展開が期待できるかも知れない。




