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シロクロ珍道中  作者: 神無月夕
始まりの冒険

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第10話

 エンドロールの街を目の前にして、ボクはシロさんの肩を叩いた。


「シロさん、そろそろいいよ。ここまで来たら、歩いて行くよ」

「……仕方ありませんね。名残惜しいですが、どうぞ」


 ようやくお姫様抱っこから解放された。ボクは地面に足を着いて、グッと背伸びした。

 人喰いの森から考えて、移動時間は都合、一時間半程度だろう。途中シロさんの移動速度がとんでもなく速かったので、実際、どれだけ離れているか分からないけど、竜化すればものの十分も掛からず往復出来るだろう。


「ダフネさんを回収する気になれば、すぐに出来るね」


 それほど遠くなくて良かった、と安堵してから、門番のところに顔を出した。

 そこでハタと気付く。街から出た時は馬車だったが、いまは徒歩である。そうなると、中に入るのに許可が必要じゃなかろうか。


「……いや、もしかしたらシンディさんが手を回して……ない、か」


 厳つい表情の門番と対峙して、ボクは困り顔を浮かべるしかない。一縷の望みを掛けて、顔パスできないかと思ったが、門番は殺意さえ滲ませた表情で、ボクとシロさんを睨み付けた。

 門番は、またお前らか、と辟易した様子の溜息を漏らしてから、持っている槍を構えて、最大限警戒を強くしていた。

 ボクたちって、そういや出禁を喰らっているままである。ダフネさんに同行してもらっていたから、街を出入りできたのであり、別に出禁解除された訳ではない。


「あの――」

「――それ以上、近付いた場合、騎士団を呼ぶぞ! 貴様らは、この街には絶対に入れさせない!!」


 門番は職務に忠実で実直だった。それでこそ、と信頼が置けるが、いまは逆に困る。


「ロゥ? ここで無駄な問答をするくらいなら、いっそ殺しましょう。その結果こそ、この街の領主シンディ・メノウの責任というものです」

「駄目です。殺しは御法度です。ってか、この門番の人に落ち度は一切ないでしょ?」

「落ち度があるか、ないか。それはどうでも良いでしょう? 私たちが困っている。それを解決する方法は単純に、眼の前の門番を殺すこと、であれば、殺すのが自然の摂理――」

「――はいはい、シロさん。ストップ、ストップです! それは自然の摂理ではなく、強者の横暴です。クロさんみたいな発想だよ?」


 ボクはあえてここでクロさんの名前を出して比較した。途端、半眼になって苛立ちの表情をしていた。不愉快です、とその全身から恐ろしい気を放っている。

 クロさんもシロさんも同じ発想をするけど、同族嫌悪が甚だしい。だから大体は、これを言えば黙ってくれる。っていうか、これ以上、眼の前の門番に警戒されるのは困る。


「あ、でも、そっか。困らせたら、シンディさんを呼んでくれるかな」


 ふと、ボクは天啓を得る。どうやって街に侵入するか、という思考ばかり先行していたが、困ったときこそ、人の手を借りるのが正しい。

 殺意さえ滲ませて、震える手で槍を構える門番に、ボクは渾身の笑顔を浮かべた。


「あの、シンディさんを呼んでくれませんか? ボクたち、ダフネさんに連れられて外に出て――」

「――ダフネ? ダフネ・リン副団長のことか!? 貴様ら如き要注意人物が、どうして副団長を知っている!? いや、そうか!! ロールの丘での討伐対象者だった貴様らが生きているのは、副団長の温情かと思ったが、実際は逃亡していたのか!?」

「あ、いや、違――」

「クソッ、死んでも、俺は門番として貴様らの侵入を阻むぞ!? おいっ!! 危険人物が現れた!! いますぐ騎士団を呼んでくれ!!」


 ボクの弁明は聞かず、すぐさまけたたましい角笛を吹き鳴らした。当然ながら、門の内側がざわついているのが感じ取れる。

 うむ、ひとまず街の中には入れそうだが、その代償に、シロさんがブチ切れ寸前だった。


「随分とロゥを蔑ろにするのですね……その反抗的な態度と口調だけで、もはや死刑ですよ? 自らがどれだけ失礼な態度なのか、理解しているのでしょうか?」

「何を――ヒ、ィィ!? こ、この化物!?」

「挙句に、私に対しても侮辱ですか? こうなってしまっては、ロゥ侮辱罪で死刑のところ、調子に乗った罪も加算されて、永久に死の苦痛を味わう地獄刑で決定ですね」


 シロさんの目が見開かれて、翠玉を思わせる深緑の双眸が怪しい光を放つ。縦に裂けた瞳孔が、極寒の冷気と共に、門番に叩きつけられていた。

 横で見てるだけのボクでさえ、恐怖に足が竦んでしまう。当然ながら門番はその威圧に中てられて、ガクブルしながら己の死を覚悟していた。


「――って、駄目駄目!! シロさん!? 地獄刑も死刑も、どっちも駄目です!!」


 ハッとして、ボクは慌ててシロさんを止めた。門番とギラリと眼を見開いたシロさんの間に入って、ブンブンと首を横に振る。


「チッ――ロゥ。ここまで侮辱されたのに、何もしないなどあり得ませんよ? 身の程を弁えぬ馬鹿には、正しく鉄槌を下さねば!」

「いや、あのね、シロさん? 正しい鉄槌も何も、この人は職務を全うしただけ――はぁ」


 ボクの言葉に、シロさんの不機嫌メーターが露骨に上昇するのが分かった。これは、説得するのは無駄であり不可能だ。困っちゃうね、毎度のことだけど。


「ロゥ・グロワ・イージスが命じる――シロさんは当分、人に危害を加えることを禁ずる」

「……こんなことに真言(マントラ)を……かしこまりました」


 シロさんに有無を言わせぬ【強制】を命じた。そうしないと、きっと無意味な虐殺が行われてしまう。

 さて、そんなボクとシロさんのやり取りを見て、門番は、もはや腰砕けで地べたに座り込んでいた。殺気が消えて、安堵の吐息を漏らしているが、直前までの恐怖で息も絶え絶えである。


「えと……じゃあ、騎士団が来るまで待とうかな」

「――ええ、けれど、それには及ばないようですよ? ヴリトラが来ました」


 シロさんが重苦しく溜息を吐いた瞬間、門の内側がいっそう騒がしくなる――と感じたら、防壁の一部が爆発した。


「おぉおい、ロゥ!! 遅かったなぁ!! クロさま、心配しちゃったぞ!? 馬鹿白雪が一緒に居るのに、やたらと時間掛かってて――おい、馬鹿白雪。ロゥを危険に晒してないだろうな?」

「私がロゥを危険に晒すと本気で心配したのであれば、ヴリトラの脳みそこそ心配です。もう劣化し切って腐り始めているのを疑わないと――」

「あぁんん? なんだよ、ソレ! 意味分からんけど、クロさまを馬鹿にしてるのだけは分かるぞ、馬鹿白雪――って、なんか、ロゥから【強制】受けてるじゃん? やっぱ馬鹿だなぁ」

「――いちいち、細かいことだけは目敏い。馬鹿ヴリトラには、本気を出せますよ? 今すぐ、殺し合うのは吝かではありませんけれど?」


 街を囲んでいる防壁に大穴を開けたクロさんは、シロさん相手にすぐ不毛な口喧嘩を始めた。相変わらずではあるが、いつもよりヒートアップの速度が速すぎて、ボクは疲れたように息を吐いた。

 ついでに、この防壁の修理費用とか、責任とかどうなるのだろう。ちょっと心配してしまう。


「クロさん、ただいま――シロさん、喧嘩は止めてよ。クロさんはいつもの軽口だから……あ、ちなみにクロさん? シンディさんとか、連れてきてくれてたり?」


 クロさんとシロさんの間に割って入って、呆れた表情で崩れた防壁を眺める。街中に見えるのは、大慌てで駆け寄ってくる完全武装の騎士団たちだった。そこにシンディさんの姿は見えない。

 ちなみに、腰砕けだった門番は、爆発の瓦礫に巻き込まれそうになって慌てて逃げていた。門の周辺には誰も居ない。とはいえ、門は開いてないから入れないけど。


「シンディ? ああ、あの非常識で無礼で馬鹿な子供か? そういや、なんか叫んでたなぁ……勝手に屋敷を出ることは禁じる、とか?」

「…………あれ? もしかしてクロさんは、勝手に、屋敷から出てきた感じ?」

「んん? 勝手に、も何も。クロさまを閉じ込めておけるはずないし、そもそもロゥはクロさまの旦那さまだろ? 旦那さまが帰ってきたら、出迎えするのは妻の仕事だろ?」


 ニカ、っと眩い笑顔で首を傾げるクロさんだが、だからと言って、出迎えるのに街を破壊する必要はないだろう。自分本位にしたって、あまりにも周りの迷惑を考えなさすぎだ――けど、それを説いても、人の常識を理解出来るとは思えない。それにいまは、逆にそれが功を奏している。合流する手間が省けた。

 ボクは前向きに考えた。それがストレスを感じないための知恵である。


「おい、貴様ら!! 動くなっ!! 街を破壊するな!! 要求はなんだッ!!」


 その時、門が開いて、また同時に、破壊された防壁を埋めるような人海戦術で、騎士団がボクたちの前に立ちはだかった。

 ズラリと並んだ完全武装の騎士団たちを見ると、なかなか壮観な光景に思える。


「……ぁあん? 雑魚の癖に群れやがって、何だ、お前ら?」

「――馬鹿ヴリトラへの鬱憤は、無礼な貴方たちで晴らしましょうか?」


 見渡す限りの目算で、数百人規模の騎士団だ。けど、その人数じゃ、いまの【強制】されてるシロさんでさえ余裕で蹴散らせる。

 クロさん、シロさんの呟きに辟易しながら、二人に目配せして、ボクは両手を上げた。二人とも何もするな、という意思表示だが――これで止まってくれたら苦労はしないか。


「……とりあえず、クロさん、シロさん。くれぐれも抵抗はしないでよ? 騎士団の皆さん、ボクたちは降参しますので、シンディさん――領主のところに案内してくれませんか?」


 ボクは無抵抗を最大限アピールしつつ、不穏な空気を纏っているシロさんとクロさんに、魔力を篭めた命令を言い放った。真言(マントラ)ほどではないけど、少なくとも強制力は働く命令である。

 クロさんもシロさんも、不承不承と舌打ちして、いまにも爆発しそうだった緊張感を緩めてくれた。それにしてもつくづく思うが、二人とも逆鱗が似すぎてる。


「シンディ・メノウさまのところに!? 貴様らは、他国のスパイか!?」

「ん? そう……って、あれぇ?」

「危険だっ!! シンディ・メノウさまの親衛隊にも連絡しろ!!」


 思っていた反応と違う怒号に、ボクは困った顔で首を傾げるしかない。不審者である自覚はあれど、シンディさんの名前を出したら、一旦は、確認しに行くのがお仕事じゃないの?


「抵抗するようなら、容赦するな!!」


 そうこうしているうちに、捕らえろ、と強い命令が飛んで、ボクたちの周りを騎士たちが取り囲んでいた。逃げ場は空中以外にはない。人海戦術による肉壁完成である。


「一斉に取り押さえろっ!!!」


 わー、と気合の掛け声と共に、ボクたちに殺到する騎士団。その光景を冷静に見守りつつ、ボクは大声で真言を言い放つ。


「ロゥ・グロワ・イージスが命じる! クロさん、シロさん、絶対に抵抗するな! 怪我しない限り、為すがままで!」


 ボクの絶叫に、二人は、ピタ、と身体を硬直させていた。

 そしてボクは、騎士団数名に組み伏せられる。一瞬だけ、その場が凍り付いたような殺気と、肺が火傷しそうなほどの灼熱の風が吹き荒れたが、すぐさま霧散した。

 なんとか命令が間に合ったようだ。

 ふと見れば、シロさんもクロさんも、つまらなそうに両手を鎖で縛られていた。ひと安心である。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 はてさて、ボクたちは騎士団に捕まってから、どこか分からない地下牢に収監されていた。

 まあ、スパイか、とか怒鳴られていたから、取り調べもなく領主の屋敷に案内されるはずないとは思ったが、この扱いは酷くないかな。

 確かに、出禁にされていた不審者――って、でも、おかしいな。ボクたちって、シンディさんに招待されたことにもなっていたはずなのに。

 ピチュンと、どこからともなく、薄暗い地下牢の冷たい石床に水滴が落ちた。見れば、天井から汚水みたいな腐臭をした水が垂れている。汚いなぁ、と眺めた。

 ちなみに、たぶんここはかなり寒いのだろう。吐く息が白くなっている。けど、ボクはシロさんの加護のおかげで、少しも寒く感じない。むしろ快適だ。


「……ねぇ、シロさん。人の気配はある?」

「いいえ、ありませんね。どうしますか? サッサと脱出しますか?」


 ボクは薄汚れたベッドに腰を下ろしたまま、正面の地下牢でくつろぐシロさんを見た。

 シロさんの居る地下牢は、壁も床も全面が氷による装飾が施されており、パッと見で豪華な一室に変わっていた。全てシロさんの魔力によるものだ。


「なぁ、ロゥ。なんでこんな臭いとこで待機してるだよぉ? サッサと出ようぜぇ。クロさま、もう飽きちゃった」


 一方でクロさんは、とっくに地下牢を出て、廊下で退屈そうに座っていた。ボクが、とりあえず暴れるな、と命じたから、廊下を徘徊するだけで留まってくれている。


「クロさんにも、説明するけどさ。なんかシンディさんって、ボクたちを騙してたっぽい。だから、下手にここから脱走すると、なんかお尋ね者になりそうで……少しだけ、様子見したいなぁって思ってる――あ、そうそう、シロさん。アレ、クロさんに見せてあげてよ?」

「アレ? 嗚呼、コレですね? 良いですけど、ヴリトラに見せたところで、理解出来ないのでは?」

「はぁ!? 何だよ、それ! クロさまを馬鹿にしてるのか、馬鹿白雪!!」


 言葉尻だけ憤慨しながら、クロさんがシロさんに視線を向けた。するとシロさんが、ピン、と凄まじい速度で、ドノバンさんから入手した霊玉を放り投げた。それは弾丸じみた勢いでクロさんを撃ち抜こうとして、しかし、余裕で受け止められていた。


「ぉぉお!? これ、アレじゃん。魔族の核だろ?」


 クロさんは受け取った『翡翠の霊玉』を掲げたり、覗き込んだりしながら、ズバリ正解を口にしていた。パッと見て、すぐにそれが分かるのは凄いなぁ。

 ボクのそんな感心を横目に、クロさんは突然、ガシガシと口に入れて噛み付いていた。思わず目を見開いてしまう。


「クロさん!? 食べちゃ駄目だよ!?」

「おぉん? ハハハ、ロゥは面白いなぁ。こんな毒物、クロさまが食べるわけないじゃん。味見だよ」

「……味見!? 駄目だよ!?」


 クロさんは困った顔になってから、それをプッと口から出す。そのまま宙に放り投げたりしながら、お手玉にして遊んでいた。

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