第8話
シロさんが、巻き込まれて凍り付いたダフネさんを解凍した。
「――まったく、恐ろしい……よもや、一瞬でドノバンたちを倒すとは……」
解凍した直後、ダフネさんは息も絶え絶えにそんなことを呟いていた。
確かに、ボクもその意見には同感である。シロさんの力量は底知れない――というか、首領は強いと言っていたのに、実際は瞬殺だった。
これは果たして、シロさんが強過ぎたのか、ただの雑魚だったのか、どっちなのだろうか。
「ロゥ。怪我はありませんか?」
「うん。ボクは大丈夫……けど、そこの氷漬けは、大丈夫? 即死してない?」
「いいえ、ご安心を。加減を誤ったかも知れませんけれど、生命反応はありますよ。だからまだ死んではいませんよ」
ボクは氷の中で固まっている紅蓮の騎士と、氷に閉じ込められた魔術師風の髭ダンディ、ドレス姿の美女を流し見て、本当かなぁ、と首を傾げる。
毎度のことだが、これで生きているのは不思議である。しかも凍傷一つもなく、解凍したら無事というのが驚きを禁じ得ない。
「……クソ、どこだ?」
ふと見ると、ダフネさんが部屋の戸棚を漁っていた。
「あ、えと……ダフネさん? それで、これで終わりですか? 盗賊団退治? 首領とか副首領とかって、この人たちなんでしょ?」
氷漬けの二人、髭ダンディとドレス姿の美女を順繰りに指差す。だが、ダフネさんは一瞥さえせず、夢中になって何かを探していた。
手伝おうか、とも思ったが、探し物のことは隠している節もあったので、あえて口を出さない。
兎も角、これでボクたちは言われた依頼をこなしたので、このまま戻れば、リィラ姉さんの情報を聞けるはず、である。
「さぁ、ロゥ。戻りましょうか? これ以上、ここに居ても無駄でしょう――あら? 綺麗な珠」
シロさんが冷たい手でボクの手を引いた時、足元に転がっていた小さな宝石を見つけていた。それは掌サイズの翡翠のようで、どことなく怪しい魔力が放たれている気がする。
ボクはその宝石を横目に見て、綺麗だ、と感じたシロさんの感性にビックリしていた。
人の美醜などに頓着しない、人間の感性を持ち得ないシロさんが、まさか宝石を見て美しいと感じる心があるとは思わなかった。
そんな衝撃に目を見開いていると、ダフネさんが息を呑む音が聞こえた。
「――――『翡翠の霊玉』!? そ、それを、我に返してくれないか!?」
慌てふためくダフネさんは、シロさんの拾い上げた宝石に釘付けになっていた。
どうやらそれが探し物らしいが、理由くらい教えてくれたって良いじゃないか、とボクはシロさんから宝石を受け取る。
「この宝石、何なんですか? ボクたち、依頼通り盗賊団を退治しましたけど、本当に、目的は盗賊団を退治することだったんですか? ダフネさんたち、盗賊団を何とかしたかったんですよね? それとも、盗賊団がこの宝石を盗んだとかで、それを奪い返そうとしてたんですか?」
我ながら冴えているな、と自画自賛したくなる推理を披露しつつ、ボクはダフネさんに宝石を見せびらかした。キラリ、と翡翠が光を反射していた。
「……い、いや、我の第一目標は、ドノバン盗賊団を退治すること、だ。ま、ついでに? 盗まれた宝石を回収する任務も、実は、あったが……それが、その宝石で、シンディ・メノウさまのご両親の形見、なんだよ……ま、推察通り、奪い去られたのだが……」
「失礼ですけれど、それ嘘でしょう? いい加減、私たちを騙そうとするのはやめてくれませんか? ロゥも、素直に信じるのは美徳かも知れませんけれど、真に受けないように」
「――――ッ!? クッ!?」
持っていた宝石を強引に奪おうと手を伸ばしたダフネさんに、シロさんが氷結魔術で牽制した。
ボクを庇うように立ち位置を変えて、周囲の冷気と同じくらいに冷たい視線を向けている。ダフネさんは悔しそうに後退り、違う違う、と無抵抗をアピールした。
「嘘など、ない。目的はドノバン盗賊を退治することだった。この結果にはとても満足している。感謝しかない。この裏切り者たちは、我らがしっかりと処刑するが――実はその……いま、貴殿が持っている宝石も、重要な任務の一つなんだ。その宝石は『翡翠の霊玉』という珍しい宝石で――」
「――ロゥ。この綺麗な珠は、宝石ではありません。これは、封印された高位魔族の核です。純度がとても高いので、恐らくは英雄級にも匹敵する魔族でしょう。随分と丁寧な封印が施されています」
「馬鹿なッ!! 知っていた、のか!?」
ダフネさんが驚愕の声を上げた。一方で、ボクはキョトンである。
え、つまりこれ、生きた魔族を封じてるのか――と、考えた瞬間、持っている指先が震えてきた。これは決して、温度が下がっている寒さのせいではない。
「ちょ、ちょっと、それ、どういうこと?」
ボクはどもりながら、慎重にシロさんへと宝石を戻した。封じられているということは、うっかり封印を解除してしまったら、その高位魔族が顕現してしまうということだ。
しかもシロさんの話では、魔族は英雄級らしい。つまりシロさんやクロさんと、ほとんど同格ということである。危険極まりない。
「さあ? どういうこと、なのでしょうか? 説明してくださるのですよね? それとも、死にますか?」
「…………いや、殺さないでよ?」
「はぁ……ロゥ、まったくお人好しが過ぎますよ? もうここまで誤魔化されてるのですから、殺しちゃって然るべきでは?」
相変わらずの怖い発言はとりあえず無視して、ボクはシロさんの背中に隠れつつ、苛立ち始めているダフネさんを見た。必死に目を泳がせて、どう誤魔化すかを思案している様が良く分かった。ことここにいたっても、まだボクたちを騙すつもりのようだ。
いっそ清々しいな、と顔を引き攣らせつつ、ボクは首を傾げた。
「あの、ダフネさん? ボクたち、これが魔族の核だと知っても、だからなんだ、って気持ちです。だから本当のところ、何が目的だったのか教えてくれないですか? まだ誤魔化す気ですか?」
「……誤魔化す、つもりはない。その……どう説明すべきか――」
ここまで譲歩してるのに、ダフネさんは言い淀んで目を泳がせている。
そこまで言いたくない何らかの事情があるということか、と言葉を引っ込めそうになった時、シロさんがボクの手を引いた。
「――ロゥ。説明など不要でしょう。知りたければ、そこの敵対勢力に問いましょう」
パキパキ、パリン、とヒビ割れる音が鳴り、魔術師風の髭ダンディを捕らえていた氷が砕け散った。
慌てて振り返るダフネさんだが、それよりもシロさんの氷魔術が展開する方が圧倒的に疾い。
「グッ!? ちょ、何故に、我を――」
「――ッ、はぁ!? ぁ、はぁ、ッ……な、何が……どうなって……」
ダフネさんは身体の半分を氷漬けにされて、動けず硬直していた。振りかぶった剣は中途半端に、髭ダンディに向けたまま止まっていた。一方で、解凍された魔術師風の髭ダンディは、顔面蒼白、息も絶え絶えのまま、その場に崩れ落ちた。
氷漬けされて体力がだいぶ奪われたようで、ガクブルと身体を震わせている。
「私たちは、非常に気が短いので、簡潔に問いに答えてください」
寒さで震える髭ダンディに、シロさんが少し見開いた糸目を向ける。殺気こそ放っていないが、その全身からは凄まじい冷気を放っていた。
「ぐっ、ぅぅ……貴様ら、一体、何者じゃ――ヒッ!?」
「貴様ら? いま私は言いましたよ? 非常に気が短いので、無駄口は叩くな、と」
「…………無駄口叩くな、なんて、一言も言ってないけどね」
すかさず突っ込んだボクの言葉は華麗に流される。空気が冷え切っているので、滑って寒い、なんてことはないけど、間違いなく場は白けただろう。
さて、そんな冗談はさておき、シロさんはギロリと糸目を見開いて、鋭い縦割れをした翠玉の瞳で髭ダンディを見詰める。
余計な発言は即死――傍から見ているボクでも分かる威圧があった。
「こ、この――おい、ドノバン!! 余計な口は開く――――なっ!?」
「ダフネ!?」
「死なせますよ? とりあえず貴女は黙っていなさい」
ダフネさんが髭ダンディ目掛けて怒号を吐いた瞬間、シロさんの一喝が飛び、氷魔術で全身を氷漬けにされていた。
ドノバン、と呼ばれた髭ダンディは、そんなダフネさんに驚愕の顔を向けていたが、すぐに視線をシロさんに戻して、圧倒的強者を前に恐怖をあらわにする。
シロさんは顎で、クッ、と答えを促している。けれど、髭ダンディことドノバンは、恐怖を浮かべて沈黙を守っている。
しばし無言の時間が流れると、だんだんとシロさんが苛立ち始めた。
けど、シロさん、気付いて欲しい――答えるべき問いを何一つ投げていないことに。
「あ、あのシロさん? その髭ダンディ……じゃなくて、ドノバンさん? えーと、名前から察すると、盗賊団の首領だと思うけど、何を質問してるの?」
ボクは優しく助け舟を出してあげた。するとシロさんは、ハッとした表情になってから、見開いた糸目を元に戻して冷気を抑えた。
顔面蒼白なドノバンさんは、少しだけ威圧から解放されたようで安堵の息を吐いている。
「もう一度だけ、問います。この魔族の核は、いったいなんでしょうか? ちなみに、ドノバン盗賊団が、領主に敵対している理由も教えなさい」
嘘は許さぬ、と強烈な殺気をぶつけていた。
ところで、ようやく何を答えるべきか理解出来たドノバンさんは、助かった、とばかりに頷いていた。一瞬だけ鋭く憎悪の篭めた視線を氷漬けのダフネさんに向けていたが、すぐにシロさんに向き直る。
「……貴様らも、ダフネやシンディに騙された口のようじゃ……大方、この外道に、儂らが諸悪の根源だとでも吹き込まれた――」
「――私たち、非常に気が短い、とお伝えしましたよ? 要点をまとめて、分かり易く説明しなさい。死なせますよ?」
「…………し、失礼、したのじゃ……ま、まず、その『翡翠の霊玉』のことじゃが……それは、この『人喰いの森』で、過去百年間、ずっと暴れまわっていた凶悪な魔族、【雷獣センキ】の核を封じておる霊玉じゃ――」
ドノバンさんは宝石を指差しながら、そんな説明をしてくれるが、まずもって【雷獣センキ】などと言う魔族に聞き覚えがない。
シロさんも同様に知らないようで、ボクと顔を見合わせながら首を横に振っていた。
「――儂らメノウ家は代々、このエンドロールの街を治めると同時に、その『翡翠の霊玉』を封印する由緒正しき一族じゃった。『翡翠の霊玉』は代々のエンドロール領主が継承して、いずれ現れる勇者に滅してもらうべく、保管してきた曰く付きの霊玉じゃ。ところが、あの外道シンディ・メノウは、儂から領主の座を奪っただけでなく、魔族【雷獣センキ】の恐ろしい伝承を知り、その力を兵器として転用できないかと――」
「――長いですよ。それ以上は、聴く気が起きません。三行にまとめなさい。死にますか?」
「ぐぁああああっ――ッ!?」
ズバッと、ドノバンさんの手首が吹っ飛んだ。
短気なシロさんが、話途中で氷の剣を振るい切断したのだ。話が複雑になりそうで嫌気がさしたのだろう。気持ちは分かる。
ボクは、あちゃあ、と額に手を当てた。けど、これを咎める気はないし、まだ殺してないからセーブだと判断する。そもそもボクも、あまりこの手のドロドロした権力争いの話は聞きたくなかった。
「ぐ、ぐぅぅ…………っ、この、貴様ら……」
「素早く、簡潔に、三行でまとめなさい。死にますよ?」
「――シロさん、ちょっとだけ落ち着いて? あー、ドノバンさん? ごめんだけど、ボクたち急いでるんだ……簡単に言うと、つまり?」
ドノバンさんは、切断された手首を抑えて、必死に出血を止めていた。
今回、シロさんは傷口を氷で止血しなかったようで、ドバドバと血が出て足元を血で染めている。そんなドノバンさんだが、ふたたび顔面蒼白になって、痛みを堪えながら口を開いた。
「……つ、つまり……シンディ・メノウは、霊玉の封印を解いて、雷獣センキを復活させようと、しているのじゃ。それを止めようとした儂らは、ドノバン盗賊団を――」
「あ、もう充分です――それでは凍っていてくださいませ」
みなまで言わせず、シロさんはドノバンさんの身体を一瞬で氷結させた。これで出血も止まるから、とりあえず死ぬことはないだろう。
「……なるほど、ね。ボクたち、ていよく使われた、ってことか……」
しかし、問題はこの後のことだろう。予期せぬ展開から、シンディさんの悪事を知ってしまった。
「ロゥ。いかがいたしますか? とりあえず、ヴリトラが待っているので、戻るのですけど……」
「うん、悩ましいよねぇ。あ、ちなみにさ、その宝石――じゃなくて、魔族の核だっけ? 封印、大丈夫なの?」
当面の心配事としては、シロさんが当たり前みたいに持っている『翡翠の霊玉』が不安である。
シロさんやクロさんの凄まじい魔力が反応して、ふとした拍子に解放されたりしないか、正直ちょっと気が気じゃない。
けれど、そんな心配は無用だ、とシロさんは笑顔で首を横に振る。
「ええ、問題はありませんよ。というよりも、私でもこれは解放できません。とても丁寧な封印になっているので、力尽くでの破壊も不可能に近いです。恐らくは、幾つかの条件を満たして、解放の儀式などをしなければ解けないでしょうね」
「ああ、それは良かった。じゃあ、とりあえず館に戻ろうか」
ボクはシロさんとそんな話をしながら、ダフネさんを凍らせたままで古城跡を出た。
何をするにしても、一旦はクロさんと合流しないと、だろう。
「……それにしても、どうしてシンディさんは、そんな危険な魔物を復活させようとしてるのかな……問い詰めるべきかも悩むけど……」
「死にたいのではないですか? まあ、これを交渉材料にして、私たちの旅路をより良く出来そうですけれどね」
シロさんは、フフフ、と上品に笑っていた。ボクもその意見には、少しだけ賛同する。弱みを握ると、交渉は有利に進めやすくなるものである。




