一五五一 大寧寺の変 (〇〇四)
~~~周防 大寧寺~~~
「反乱した陶隆房と杉重矩の兵が間近に迫っている!
俺が足止めしている間に殿は早く逃げてくれ!」
「あ、案ずることはないぞ冷泉よ。
わ、私には秘策があるのだ。す、陶など恐れるに足らん」
「秘策だと? そんなものが本当に――」
「大内はここか!? 神妙に首を差し出しやがれ!」
「くそっ! もう来やがったか!
俺は杉の兵を迎え撃つ。後は知らんぞ!」
「だ、大丈夫だ。私には秘策がある。
陶ごときにやられるものか……」
「大内よ、年貢の納め時だ!」
「き、来おったな謀叛人め!
ふ、ふはははは。だがお前ごときに殺される私ではない。
これを見よ!」
「ぐふふふふふ」
「…………はあ?」
「こちらにおわすをどなたと心得る?
恐れ多くも先の左大臣、三条公頼卿にあらせられるぞ!」
「ぐふ! ぐふふふふふ!」
「頭が高い! 控えおろう!」
「うるせえ」
「ぐふっ!?」
「………………あ、あれ?」
「かわいそうに。
京からはるばるこんなとこまで連れてこられて、
盾代わりにもならなかったな」
「な、なぜだ!?
朝廷への忠誠心が高いと噂のお前が、公卿を殺すわけが……」
「そんな噂は聞いたこともねえな。
第一、これから主君を殺そうという奴が、
公卿の一人や二人を殺すのを躊躇すると思ったか?」
「ま、待て! 話せばわかる!
欲しいのは金か? それとも官位か?
そ、そうだ、次の左大臣にしてやろう。朝廷に掛け合ってやるぞ!」
「欲しいのはお前の首だ!」
「ぎえええええっ!!」
「後は冷泉と相良か。
杉らは上手くやっただろうな……」
~~~周防 大寧寺 周辺~~~
「謀叛人どもにやられる俺様と思うてか!」
「ぐわっ! く、くそ。冷泉め、さすがに手強い」
「まだ手こずっていたのか。
冷泉よ! すでに相良武任の首は挙げた!
おとなしく軍門に下るがよい!」
「お前らの次は大内家を傾けた相良を血祭りに上げるつもりだった。
手間が省けただけだ。
掛かってこい益田よ! お前と戦える日を待っていた!」
「おう、望むところだ!」
「待て待て藤兼!
大内は俺が殺した! もはや冷泉と戦う必要はない!」
「む……その首は確かに大内殿の……。
かくなる上はお前らを死出の道連れにするまで!
行くぞ謀叛人どもっ!!」
「ちっ、往生際の悪い奴め。
用心棒として飼ってやろうかと思ったがもう容赦せん。
藤兼、杉、こいつを殺せば終わりだ。やるぞ!」
~~~周防 大内氏館~~~
「………………」
「ようこそお帰り下さいました、晴英様。
これよりは俺と藤兼の両名が、あなたを守り立てましょう」
「う、うむ。よろしく頼むぞ……」
「晴英様はかつて義隆の養子であった方です。
他の者もすぐにあなたを大内家の後継者と認め、従うことでしょう」
「あ、ああ」
「まだ不安がおありですかな? ならばこうしましょう。
俺は今より晴英様から一字いただき、晴賢と名乗ります。
大内家の筆頭家老である俺が支持を表明すれば、他の者も納得します」
「そ、そうか。ならばそうしてくれ」
「隆房、いや晴賢よ。
晴英様は九州からはるばる来たばかりでお疲れのようだ。
今日のところはこのくらいでお休みいただこう」
「これはご無礼をば。
――誰か、晴英様を寝所に案内せよ!」
「……子供の頃から気弱な方だったが、変わられていないようだ」
「フン、傀儡にするにはちょうどいいではないか」
「まあ、それはそうだが……。
そういえばさっき気になることを言っていたな。
なぜお前と俺の名だけを挙げ、杉をいれなかった?
冷泉を討ち取った際に負傷したが、杉は同志であろう」
「同志だと? 俺の命を狙う男が同志なものか」
「何の話だ?」
「殺した相良が、義隆に送った釈明状があるだろう。
そこに、杉が俺を殺すよう大内に上申していたと書かれていた」
「もともとお前と杉は犬猿の仲だったからな。
……杉も殺すつもりか?」
「当然だ! 義隆を討った今、生かしておく理由はない」
「………………」