一五五一 反乱前夜 (〇〇三)
~~~周防 陶隆房の屋敷~~~
「はじめに言っておく。俺はお前が気に食わない」
「奇遇だな。俺もだ」
「だが事ここにいたっては我々は一蓮托生。
私怨を捨て協力し合わねばならん」
「ああ、その通りだ」
「我々の目的は一つ。相良武任と大内義隆の抹殺だ。
特に俺に謀叛の濡れ衣を着せやがった相良のな!」
「すでに根回しは終えた。
大内家の重臣のほとんどは俺たちの味方に付くか、悪くとも中立を保つはずだ」
「冷泉隆豊はどうなった。説き伏せたか?」
「馬鹿な。あの愚直な男が説得になど耳を貸すものか。
そのまま大内に筒抜けになり計画はご破算だ」
「むう……。ならばあの勇猛な冷泉を敵に回すことになるのか」
「兵力では我々が上回る見込みだ。猛将などどうとでもなる。
それよりも問題は大内を片付けた後のことだ」
「豊後の大友宗麟には渡りを付けたのだな?」
「無論だ。かつて大内が養子にしていたこともある、
大友晴英を迎え、新たな当主に据える」
「大友宗麟の弟だったな。
……しかし、それは我々が大友家の傘下に入ることにはならんのか?」
「大友家はそのつもりだろうな。
だが心配はいらん。九州に多くの敵を抱える奴らが、
海を越えて本州にまで介入する余力はあるまい」
「そうか。では出雲の尼子家はどうだ?
大内と我々が対立すれば、漁夫の利を狙って攻め寄せるだろう」
「安芸の毛利元就の協力を取り付けている。
あいつが足止めしてくれるだろう」
「毛利だと? あんな小勢に何ができると言うのだ?」
「お前はよく俺を謀略家と呼ぶが、真の謀略家はあの毛利だ。
尼子など敵にもならんだろう」
「……信用できるのだろうな」
「我々の戦力は限られている。
賭けになることは間違いない。だが最善の手は打ったつもりだ。
覚悟を決めろ。下克上に万全など無い!」
「お、お前に言われるまでもない。
肚は決まっている。相良とついでに大内の首を挙げてやるとも!」
(……相良がこいつに謀叛の濡れ衣を着せるよう煽った甲斐があったというものだ。
さすがに俺一人では決起するには不安だったからな。
だが事が済んだら、お前にも死んでもらう)
~~~安芸 吉田郡山城~~~
「父上、お呼びですか」
「うむ。これを読め」
「うっ…………」
「なんだその嫌そうな顔は」
「嫌そうなどとは滅相もない。
父上の手紙はくどくどと長くてくどくて長くて、
目にしただけでうんざりするなどとは思っていません」
「思っているではないか。
――安心しろ。これはわしではなく、陶の書いた手紙だ」
「陶と言いますと……あの大内の?」
「その陶だ。いよいよ決起するらしい」
「おお。ようやく大内義隆を討つ決意を固めましたか。
ここまで長かったですな」
「ついてはわしらに尼子家の足止めをして欲しいそうだ」
「すばらしい。
足止めしているだけで大内家を瓦解させてくれるなら、
こんなに良い話はありません」
「お前はいつも気楽に言ってくれる」
「居ながらにして陶も大内も尼子も操ってみせる父上のおかげで、
我ら兄弟は楽ができますからな」
「わしは何もしておらんよ」
「その通りです。何もせずにただ謀略に長けているという噂だけを流し、
ありもしない謀略を恐れて周囲は勝手に踊らされています」
「お前の目に映るわしは、単なる無能みたいだな」
「とんでもない。父上が無能ではないことは、
我ら兄弟も家中の者もみな重々承知しております」
「そう願っておるよ。
隆元よ、戦の要諦とは――」
「戦わずして勝つことでしょう?
何度となくうかがっています」
「そういうことだ。
さて、ではお前の言うように何もせず高みの見物と行こう。
陶のお手並み拝見だ」