一五四八 大内家の暗雲 (〇〇二)
~~~周防 大内氏館~~~
「義隆様! なぜ奴の帰参を許したのですか!?」
「なんだなんだ藪から棒に。奴とは誰のことだ」
「相良武任のことに決まっています!」
「なんだ、そのことか。
相良は優秀で、当家に必要な男だ。それだけの話ではないか」
「優秀なのは認めます。だが惰弱な男です。
大内家の屋台骨を支えられる存在ではない!」
「昔から私は、軍事のことはお前に、政治のことは相良に任せてきた。
今さらそれに不満を申すのか?」
「奴は、相良は大内家を捨てて大友家へ出奔したのです。
主君を裏切った男を信頼などできません」
「それはお前や杉重矩が相良をいじめるからではないか」
「何を子供のようなことを……。
そんな子供じみた理由で出奔する男を武士と呼べましょうか!
それに裏で大友家と通じている可能性すらある」
「めったなことを言うでない。大友家からは養子を迎えたこともある仲だ。
父や祖父は代々争ってきたが、今後は仲良くせねばならんのだぞ」
「……やはりこれ以上の勢力拡大は望まれないのですか」
「私はすでに中国地方に覇を唱えた。
後はこの西の京とまで呼ばれる山口の発展に尽くすだけだ」
「宿敵の尼子家は謀聖とうたわれた尼子経久が没して以来、
衰退の兆しを見せています。今こそ尼子家を滅する好機とは考えられませぬか」
「その経久のジジイが死んだのならば恐るるに足らんではないか。
そんなことより私は、文化で天下を制したいと考えておる」
「は?」
「京の都は三好家の手に落ち、将軍家も、天皇でさえ傀儡の地位に甘んじている。
彼らが京を捨て、この西の京を頼る日もそう遠くはあるまい」
(何を夢物語のようなことを……)
「義隆様、失礼します。またあの宣教師が――す、陶!」
「相良……ッ」
「おお相良、何用だ」
「ははっ、あの宣教師がまた面会を求めています」
「あの汚い身なりの説教臭い異人どもか。追い返せ」
「それが今回はこのような手土産を持参しておりまして……」
「こ、これは舶来の宝物ではないか!
そ、それにこっちはポルトガル国王からの親書とな!?」
「見事な品々でしょう!
しかも聞けば将軍家や天皇に献上品を渡すよう命じられていたが、
この日本で最も権勢を誇るのは義隆様だと知り、
あわてて京から取って返してきたとのことです!」
「うほっ、そうだろうそうだろう!
何をしておる相良よ、すぐに宣教師殿をここに招くのだ!」
「お任せあれ!」
「聞いたか陶よ! ポルトガルも私を日本の統治者と認めたのだ!」
「……改めて申し上げます。
せめて毛利家だけでも討つ考えはございませんか」
「毛利家? いったい何の話だ?
毛利家は私に臣従を誓っておるではないか」
「あの毛利元就という男、
尼子経久にも劣らぬ謀略家です。生かしておけば当家のためになりません」
「お前の言っている意味がわからん。
あんな小領主に何ができると言うのだ」
「今なら俺の手勢だけでもたやすく殺せます。
どうか許可を――」
「宣教師殿をお連れいたした!」
「おお、待ちかねたぞ!!
陶よ、下がるが良い。私は忙しいのだ」
「……かしこまった」
「お待たせしてしまったな宣教師殿。
ささ、もそっと近くに――」
「イイデスカ。コノ手ヲ見テ下サイ。決シテ目ヲ離サズニ……」
「うん? これはどうしたことだ。
何か大きな、とてつもなく大きなものに包まれていく感じがするぞ……」
「アナタハ布教ヲ認メマスカ?」
「認メマス……。ワタシハ布教ヲ認メマス……」