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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第二章
261/292

光、統べる者 12.

特殊査定班の事務所と研究室で突如警報アラームが鳴った。

アラームの音色は警察庁刑事局が発信するタイプで、特A級の緊急事態を告げるもの。

赤羽根は自分のデスクに座っている野神のがみの傍らに走り寄った。

野神の肩越しにパソコンモニターを覗き込むと、彼が既に事態状況を伝えるメッセージツールを開いている。

一行目の定型文は『テロ襲撃』と表示されており、場所は『組織犯罪対策課第二会議室』とある。

それぞれのモニターでそのメッセージを見ている諸星もろぼし門守かどもりは固唾を呑んだ。

妙だな、と野神は眉をひそめる。

一階や最上階では無く、上階寄りだが中途半端な場所に特A、つまり既に襲撃が開始されている事を意味する。ヘリコプター等の航空機による襲撃だろうか。

だが、メッセージがリアルタイムで追加入力されたのを見てその見識は早計だと気付く。


『超能力者と思われるテロリスト 十歳前後の少女』


血相を変える野神と赤羽根。

椅子から立ち上がりざま、野神が赤羽根に言う。


「赤羽根博士、この入力文章を見る限り入力者は佐海さかい局長ではありません。局長なら“能力者”か“使い手”という表現をお使いになる。にも関わらずこのメッセージ、能力者を知らない者でもそれと判るテレキネシスやテレパシーが使われた可能性が高い。私は直ちに警察庁へ戻る。深谷ふかやはここに残し捜査打合せに参加させます。」

「わかった。これ、マユミかな……」

栂井とがいの可能性もあります。白楼にもメッセージは同時配信されていますので透視で直ぐにはっきりするでしょう。碓氷うすいが追加詳細を発信してくるはずです。」

「まあ!……」


研究室に飛び込んで来たのは点滴を受けているはずの湖洲香こずかだった。

右手には携帯電話を握り、まくられている左腕には血が少し着いている。点滴の針が引き抜かれた跡だ。


「緊急事態の子、栂井さんですの!?」


湖洲香の携帯電話にも刑事局の緊急メッセージ受信が出来るよう設定されている。

特査の警報アラームも医務室まで聞こえたのだろう。

湖洲香の慌てた表情を見た野神は努めて落ち着いた口調で言った。


「赤羽根博士のご指示通り、若邑わかむらさんは安静です。この件は私が対処する。」


その時、白楼発信のメッセージが各端末に送られて来た。

湖洲香も手元のメッセージを読む。


『警察庁への襲撃は二名、棚倉仁たなくらじん栂井翔子とがいしょうこ 。栂井が長官、次長、組対警官二名、警備公安警官三名と対峙、公安課は拳銃を栂井に向けている。施設損壊は会議室の窓ガラス、長官室床の電気系統配線及び通信配線、ライフライン配管等。負傷者、現状0名。現場への出動には碓氷、鏡水があたる。』


「まあ! 栂井さん! 行かなきゃ、私、行かないと!……」


研究室を出て行こうとする湖洲香に野神が怒鳴った。


「駄目です! あなたは身体を治すのが先決です! これは刑事局命令だ!」


怒鳴り声の野神を初めて見た赤羽根は驚きの表情を彼に向けた。

多少語調を荒げているのは何度か見ているが、こんな高圧的な野神は見た事がない。

それは取りも直さず刑事局捜査課の主任としても湖洲香を頼りにしているその表れなのだろう、と赤羽根は強く感じた。

だが、言われた湖洲香の語調も負けず劣らずだった。


「だって栂井さん! 拳銃向けられて! やり返しちゃったらどうするんですの!? あの子あんなにちゃんとやってたのに! 勉強して能力も使わないで真面目にちゃんとして! きっと奈執なとりさんにそそのかされたんですわ! 行かなきゃ!」


そしてきびすを返すと事務所へのドアへと小走りで向かい、そのまま閉まっているドアにゴンッと額をぶつけた。


「あたっ……もうっ!」


…かなりテンパってるわね。


目を細めて険しい表情をする赤羽根。

心配なのは冷静さを欠いたキレた湖洲香だ。

以前はテレキネシスの無意識な乱発を恐れたものだが、今は更に懸念材料がある。

第三階層テレキネシス、制御しきれないマルサンによる気体素粒子操作だ。

雅弓まゆみの能力を分析出来たお陰で湿度を操るロジックはある程度知識共有したが、自由自在に実演とまではいっていない。


…とにかく、今はコズカを出すわけにはいかない。なんとしても医務室で寝てもらう。


荒々しくドアを開けて事務室から廊下へと出て行く湖洲香を赤羽根は追った。

野神もそれを追い、その後から諸星と門守が神妙な顔つきで研究室を出てくる。


「栂井さん、警察庁、あ、車、運転、あ……」


湖洲香は廊下に独り言を響かせつつあたふたと総務部へ繋がる扉へ向かう。


「運転、結姫ゆうきさん、あ、栂井さ……」


そう言い掛けてふと動きを止める湖洲香。

黒髪がふわりと揺れ、同時に白いレディースワイシャツもふわっと膨らむ。


…視えた!


放出された『赤』が瞬時に数十キロ離れた警察庁に到達する。


…赤紫、灰色、これは長官、佐海局長はこれ……こっちとあっち同時に視えるのどうだったかしら……


第三階層クレヤボヤンスのやり方を思い出そうとする湖洲香。

廃病院での経験。反転した『光の帯』の透視視界は複数の次元階層を同時に映し出す。


「……あ、あらまあ! きゃっ、あら、あら!……」

「コズカ……え!?……」


後ろから湖洲香の腕を掴もうとした赤羽根が、不自然な風圧と異様な熱気を感じた。

何か不味い、と感じた赤羽根が後退りする。


「まあ! くりんってなっちゃった……あら、どうしましょっ、あ、あ……」


湖洲香の両足がふわっと空中に持ち上がり、前屈みに身体を丸めたような姿勢でくるんと背中が地面に向いた。

そのまま彼女が背後へ転倒してしまう様に見えた門守が思わず声を出す。


「あ、危な!……うお……」


しかし湖洲香の背中は床に落ちず、空中に浮いたまま手足をバタつかせている。

徐々に立ち込めてくる焦げたような匂い。

見ると湖洲香の周りの壁や床が黒く炭化し始めていた。伴い、煙が漂い出す。

熱気なのか次元階層の交錯なのか、彼女の身体が陽炎の様な揺らめきに包まれていく。


「あらもう、やだ燃えちゃう、どうしたら、あら、離れて博士、え!? 栂井さんそこに……あ! 撃ったら駄目! 今行きますわ! えっ……栂井さ……」


湖洲香の声が途切れたのと、その身体が空中で寝返りを打つようにして消えたのと、同時だった。消える瞬間の彼女の姿勢は何かに手を伸ばす様に見えた。


…テレポーテーションか!


目を見張る野神。

能力者の彼にだけ、肉眼とクレヤボヤンス視界には違う光景が見えていた。

赤い『光の帯』が一瞬白く光った後、ブワッと膨張して湖洲香の全身を包み込み真っ黒な丸い塊となった。そしてそれが一気に収縮し、消えた。

遂に会得した、ということなのか。

あの赤い魔女が、テレポーテーションを。


「すげ……SF映画っすねこれ……」


周囲に高熱を撒き散らしながら消えた湖洲香に、門守が信じられないといった目を向けている。

そして諸星は赤羽根の背後から炭化した床と壁をしげしげと見てつぶやいた。


「忍術か、なにか、ですか、これ……」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


警察庁長官室の床に大穴を開けた棚倉は、その下の資料室に降りようとした。

だが彼の慎重な性格が足を止める。


…まてよ。


棚倉は奈執に『君は顔を見られないように』と言われている。

使い手不在の警察庁を狙ったのはその為であり、長官室も基本的に監視カメラを作動させない特別な一室であることも確認した。

下の資料室の監視カメラはどうなのか。常時作動と考えるのが普通だろう。

そして栂井翔子。あの子は敢えて長官の目の前に転送された。


…まさか奈執さんの狙いは……


考えたくは無いが、栂井は“捨て石”なのではないか。

いや、捨て石は考え過ぎか。奈執はあの子に『自分の身は守れ』と伝えていると言った。

身を守る、とはどういうことか。

警官が執拗な攻撃を栂井に向け続けた場合、長引くとどうなる?

栂井が眠気を感じてしまったなら、サイコスリープに陥る前に相手の暴力を無力化する手段を取るはずだ。


…とすると、そうか、そうなのか。


相手の暴力を無力化する。即ち拳銃などの武器類を扱えなくする……


…それは警官の手などに重傷を負わせるということだ。


防御気質の棚倉が辿る思考、到達する結論。奈執志郎はそれを洞察していた。

棚倉は予定通りに事が進まない時、栂井が相手に危害を加えるしかなくなるという考えに至ること、それを奈執は読んでいた。

窮地を脱しようと考える棚倉は栂井を煽るはずだ。やられる前にやれ、と。

栂井なら問題無い。頭のネジが何本か飛んでいるあの子なら躊躇無くテレキネシスで暴れてくれるだろう。

だからこの二人にした。

奈執が『予定通り』に人体転送で二人をすぐに戻さないのは何か不具合にあったとかではない。もちろんサイコスリープでもない。

それこそ『予定通り』なのだった。

長官の取り巻き警官を、願わくば長官本人を、栂井に殺傷させる、その誘導に他ならない。


そこまでの奈執の画策には気付かない棚倉は、奈執の思惑通りに栂井に呼び掛ける。


『防がないなら叩き落とせ! 拳銃を! 栂井! どうした栂井! 撃てなくしろって!』


だが奈執の誘導には誤算があった。

栂井翔子の道徳観念の変化という誤算。


『ニヒロが言った』『何もしない』『叩き落としたらこの人の手が痛い』『キラキラ使わない』『言った』『言う通りすれば出れる』『おじさん』『ニヒロ』『何もしない』『言う通りする』


棚倉に返る栂井の思考は、棚倉にしてみれば腑抜けもいいところだった。

彼の透視に映る警備局公安課の両手、そこに握られている拳銃がクッと動きを止める。

拳銃にも神経が通ったかのように、銃口が獲物を捉える。

獲物はほんの数メートル先に佇む少女。


『栂井! おい栂井! 栂井ぃ!!……』


クレヤボヤンスは音を拾わない。

無音の中で、公安課警官の上半身がビクンと発砲の反動を受け止めた。

と同時に、少女の全身もビクンと震える。

少女の、栂井の右の太腿の裏から、貫通した弾丸が赤い鮮血を引く。

口を半開きにしたまま見開いた目は瞬きも忘れ、栂井が二、三歩よたよたっと後ずさる。


「と、とが……」


思わず口をついた棚倉の呟きは、それ以上声にならなかった。

精神的ショックで揺らぐ透視視界に栂井がぺたんと尻餅をついた姿が映る。


「あぎっ……ぎった……いだ、い……かっ……」


驚きの直後急激に襲い来る激痛。栂井は見る間に青ざめ、顔中に汗が滲み出し、がたがたと全身で震え出した。

長官がクイっと顎で少女を指し、警備局公安課の警官達に言う。


「捕らえろ。油断するなよ。」


警官三人は「は。」と短い返答をし、そろりそろりと少女ににじり寄った。

と、突如少女から熱気を伴った突風が噴き出し、警官達はその乱気流のような風圧で後ろへとよろめく。


「む!」

「くっ……」

「な、なんだ!……」


否、突風は少女から出たものではなかった。

最初に見えたのは腕、そして長い黒髪、白いレディースワイシャツを着た上半身、そして黒いスーツスカート、その女性らしき者は空中に浮いたままふわりと少女を抱き抱えた。

室温が急激に上昇する中、長官は熱風を避けるように目の上に手をかざし、“現れた者”を見る。


…少女と同じ現れ方、こいつも超能力者か……ん?


この顔。

見憶えがある。

確か刑事局直轄の特殊部署、県警本部に置かれている……


…特殊査定班の婦警ではないのか?


「栂井さん、どうしてですの? 栂井さん、栂井さん……」

「うっ、ぎっ、ま、魔女っ子……」

「こんなになってまで『光の帯』使わなかったのね、栂井さん……」


顔を歪めて涙目で歯を食いしばっている栂井を見て湖洲香は思った。

泣きたいのを、人目もはばからず泣き叫びたいのを必死に堪えているのだ、と。


室内を掻き回す熱風には時折冷たい空気も混ざっている。

空調の冷気かとも思ったが、それ以上に切れる様に冷たい。


…なんだこの異常な空気は。


長官は室内の様子を素早く見回した。

今尚空中に浮き続けている現れた女性を中心に、天井や床は信じ難い様相を呈している。

茶色っぽく焦げて煙が出ていたり、霜が付いている部分もあった。

公安課警官が再び少女と女性に拳銃を向け直す。

だがその直後、瞬時にその拳銃は見えない何かに弾き飛ばされた。


「な!」

「ぐあっ!」

「うっ……」


飛ばされた拳銃は様々に変形し、音を立てて床に落ちる。

拳銃を握っていた警官三人の手は裂傷や火傷を負っていた。

そして少女を抱いている女性が今ゆっくりと顔を警官達に向けた。


「あなた達、この子は『光の帯』を出していませんでしたわ……それを、あなた達、あなた達……」


その女性の目は真っ赤に充血し、頬には涙が伝っていた。

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