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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第二章
258/292

光、統べる者 9.

…飽きもせずよくもまあ。


岸人きしとは内心で独り言ちた。

紫の『光の帯』。何度も現れては消える。一日のうちに十回以上現れる日もあった。

だが、今目の前にいる使い手刑事、碓氷うすいはそれに気付いていない。


「……これらが死霊が起こすと想定される現象で、それが生前に能力者だったのか非能力者だったのかという点で区別すると……」


碓氷という刑事が取り立てて鈍いというわけではない。

碓氷だけでなく、交代で白楼の周辺を透視監視している他の刑事も『紫』の覗きに気付かない。

自分も見逃している脱走者の偵察透視もあっただろうな、と岸人は思う。

おそらく『紫』は物理距離にして五キロメートル以上離れたところから視ている。

そう、球体視界のクレヤボヤンスでは言わば射程外。

岸人が気付く理由、それは精神の向き、方向性が関係していた。


…高次元とかよくわからないけど、関係ないんだよな、距離とか。


感覚的に物事をとらえる岸人にしてみれば、過去に一度でも気付いた『光の帯』には注意していなくても気付く。

視られた感覚。

それは、それこそ自分のすぐ近くに現れたかのように、気付く。

白楼という一つの場所に拘束され続けていることもあるかも知れない。

気付かないとすれば、それは自分を全く視ていない透視だろう。

視られれば、気付く。どんなに遠くに現れようとも気付く。


かつて岸人は湖洲香こずかを探し、蓮田はすだを探し、父親を探した。他の使い手になるべく気付かれないように。

その過程が培わせた感覚なのかも知れない、と自分でも思う。

第三階層などと言われても未だによく判らないが、そういう“更に奥”であればある程、視られた瞬間の距離感は近い。やたらと近いのだ。


「……言わばマルイチテレキネシス。それを死霊が起こしたものをポルターガイストと呼称しているに過ぎない。マルサンの研究に寄って死霊だけではなく生霊、生きている者の『光の帯』でも起こし得ると解明された現象が……」


…同じことを何度聞かせるんだ。


表現を変え言葉を変え、刑事局の使い手刑事達は岸人に『マルサン』とやらの事象記録と研究結果を何度も話す。

そして、こう付け加える。


「……皆月君に協力を仰ぎたいのはこの部分です。」


その度に思う。僕が警察に協力するわけないだろう、と。

頭を過るのは父親の霊が見せてくれた思念、記憶。

叔父である鹿島陽智かしまあきひと、彼を死に追いやった遠熊蒼甫とおくまそうすけ、その背後にいた杉浜と皇藤、自分を孤児院から解放したらしい佐海藤吉さかいとうきち、そして……


美馬みまはまだ起きない。


虚脱感や倦怠感のようなものに沈んでいる岸人の心の中で、唯一関心が向くもの。

それは美馬詠泉みまえいみの息子、美馬恒征みまこうせい

今こそ話してみたい、彼と。

中途半端だった彼との会話、気が動転していた廃病院の時とは、今は違う。

父である皆月真人みなづきまさとの記憶に触れているなら、警察も誰も掴んでいない真実を知っているなら、話をしたい。

しかし、何を? どう話す?

ふと思い当たる。

自分は共有したいだけなのだろう。行き場のない怒りや哀しみを、分かり合える彼と。

それだけ。

それだけ?

果たしてそれだけなのか……

無意識に岸人は水色の『光の帯』を出していた。

首筋の辺りにゆらりと現れた『水色』は、寝ている美馬を透視する。


「ん?……能力は控えてくれと言ってあるはずだが。」


碓氷の言葉は岸人の耳を右から左へと素通りする。

そして岸人の口からは噛み合わない言葉が漏れた。


「あいつ、何しに来た?」

「ん? 誰のことだ?」


岸人がクレヤボヤンスを発動していることは碓氷にもすぐにわかった。

誰を視ているのか。碓氷が岸人を見つつ目を細める。


「何を視ている? 許可なく能力を使うと保護観察期間が長引くだけだぞ。君の協力次第では十月には学校への登校も検討……」


学校なんか今更どうでもいい。

どうせ市役所が適当に推薦してきた高校だ。

身を隠せればどこでも良かった……。

それでも聞き流していた碓氷の言葉がちらりと想起させる。

黒い瞳と艶やかな黒髪。『黄色』の精神色を持つあの子を。


『だめだよ、やめちゃ、学校』


関係ない。

もう僕には何の関係もない。


伴瓜ともうり。」


ぼそっとつぶやく岸人。

その言葉に、碓氷は瞬時に灰色の『光の帯』を頭上に出す。


…む、本当に警視正が来ている。あそこはICUの病棟、α棟か。


連絡は受けていない。

古見原こみはら課長はご存知なのだろうか。

いや、まず主任に確認か。

内線電話の受話器を上げる碓氷。

内線を受けたのは新渡戸にとべだった。野神のがみ栂井翔子とがいしょうこ誘拐の件で県警へ捜査打ち合わせに出たばかりとのことだった。一緒に赤羽根と若邑もその車に同乗して出たらしい。

古見原の病室へ繋ぐ。


『……ああ、聞いている。私に面会に来るとの話だ。』

「わかりました。お大事にして下さい。」


古見原警視が連絡を受けているのであれば問題はないだろう。

碓氷は受話器を置いた。


「伴瓜警視正は古見原課長の面会だ。話を戻すぞ。能力を解きたまえ。」

「……」


仕方なく岸人は『水色』を消す。

透視を解く刹那、岸人には伴瓜が『金色』の治療室に近付いているように視えたが、それも今の彼には関心の薄いことだった。


車中、赤羽根は話すべきかどうか悩んでいた。

思い出した亡き蓮田忠志はすだただしとの会話。

サイコメトリー空間とは言え、いや、まだそうとも断言出来ない段階だが、自宅の食卓に現れた蓮田の現れ方は異質だった。

部屋の電灯が消えたかのように急に薄暗くなり、蓮田はどこからともなく現れ、高校生の赤羽根の前にテーブルを挟んで座った。


『消息を絶った子供がいた』

「え?」

『私は行方を追った』

「誰のこと?」

『佐海院長が隠した子供、皆月陸子の息子だ』

「何を、言っているのか……」

『私は見つけた。その子を隠し続けたのは遠熊所長だった。だが所長の手前、その子には永く手が出せなかった』


学生の赤羽根は蓮田忠志をまだ知らない。

しかし目の前のこの男が誰なのかよく知っている。

その矛盾に気付く間も無く、蓮田は話し続ける。


『だから操作した。特査には若邑博士の娘が来る。皆月の息子はその娘の天敵だ。皆月の息子がその娘、若邑湖洲香に辿り着くよう、付近の私立高校への入学を操作した。特査の設置をあの県警本部に決定したのはその一年前』

「……」

『潰し合え、という目論見とともに』


…あ、そうか、コズカが特査に配属されたのと岸人君が城下桜南高校に入学したの、同じ年度だ。


そこまで思い出し、ふと赤羽根は助手席に座る湖洲香に視線をやった。

話すべきことがあるとすれば、その後の蓮田の言葉だ。

しかし今更、とも思う。

亡くなった者の言葉など、それこそ夢の戯言でしかないか。

でも、しかし、だ。

思い出せば出すほど、夢とは違う現実感の強い時間だった。

能力者によって閉じ込められた意識空間。過去の記憶が強く反映された空間。

そこに割って入ってきた、蓮田の霊。


…霊?


精神はまだ高次元の階層を彷徨っているとでも言うのか。

なぜ私なのか。

精神感応が出来るのならコズカに直接伝えればいいじゃないか。


『あの娘から能力など、光の帯など失くしてしまいたい、と今でも思っている。しかし彼女に罪は無いことも心の奥底では判っていた。忌むべきは能力。皆月陸子の命を奪った時から中途半端で終わらせるわけにはいかなかった』


執念。

刑事局や特査をバルビツール酸を用いてまで欺き続けてきた執念。


喜美よしみが注いだ愛情も、私が向けた能力への憎悪も、どちらも等しくあの娘のものだ。若邑湖洲香君のものなんだ。それが言いたくてね、赤羽根君、君に』


蓮田の妻、喜美の湖洲香に対する愛情。

身を呈して解明しようとした無意識下のテレキネシス。

そして蓮田の憎悪。

能力者の排除、殲滅……いや、能力の、か。

改めて思う。

なぜ私に、なのか。

湖洲香にとって蓮田のメッセージの大切さや重さはよく判る。

おそらくは遠熊蒼甫が湖洲香に与えたかったもの、それを凝縮したような概念とも言える。

だけど、どう大切なのか、どういう解釈が活きた解釈なのか、それを間違えてはいけないと赤羽根は考える。


「コズカ、」

「はい。」


助手席から湖洲香が後部座席の赤羽根を振り返る。

しかし、蓮田との会話のことは言えなかった。

別のことが口をついて出る。


「あ、あんた、たった数日で治ってるわけないでしょ。特査に帰ったらすぐ点滴よ。」

「だってもう平気なのよ。」

「嘘つけ。」

「あいっ、や、やめて博士……」


後ろから湖洲香の右腕を伸ばそうとする赤羽根。

運転席の野神は苦笑しつつも、まだ完全に回復していない湖洲香に一抹の不安を過ぎらせていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


関東近郊のビジネスホテル、その一室。

奈執なとりが栂井翔子のところへ雅弓まゆみも連れて来たのには理由があった。


「二人とも顔が固いよ。翔子ちゃん、アイスクリーム食べる?」


最初は無言で牽制し合っていた二人も、お菓子類を与えると雰囲気は徐々に解れていった。

やはりまだ子供だな、と奈執は思う。


「そうか、雅弓ちゃんと翔子ちゃんは初対面か。そうだなぁ、何から話そうかな。」


そう言いつつも奈執は既に決めていた。

何から話すか、どう二人を誘導するか。

明らかに栂井翔子は奈執を警戒している。もしかしたら敵視しているかも知れない。

柴山徹という栂井にとって大事な人間に害を与えたのだから当たり前と言えば当たり前だ。


「まずは翔子ちゃんにお礼を言わないとね。ありがとう、翔子ちゃん。」


栂井は口の周りにアイスクリームを付けた顔で、え? という目を奈執に向けた。


「君たちや私たちを散々苦しめた遠熊と古見原のことさ。あいつらは死んで当然。君がやらなくても我々の誰かがやっていたよ。本当に感謝しているんだ。」


栂井がか細い声で言う。


「……でも、エヅレも死んだ……」


そらきた、と奈執は内心ほくそ笑む。


枝連史賢えづれふみたかさんかい? 彼も感謝していたらしいぞ。」

「え?……」

「なぁ、雅弓ちゃん。後で会ったんだよね、枝連さんの霊に。」

「うん。コンペイトウとか納豆とか言ってた。」

「そうじゃなくてさ、刑事局の偉い人が言ったんだろ? 彼は感謝していたって。」

「うん。良い魂がね、沢山会えたって。」


栂井にはさっぱり意味がわからない。

人殺しは悪いことのはずだ。

そうずっと教わってきたし、殺された人にしてみれば痛くて怖くて悲しいことだ。

この紫とピンクは何を言っているのだろう。


「それにさぁ、地下十五階で寝かされていた人達も、解放されて喜んでいたんだ。それも雅弓ちゃんがテレパシーで会話しているんだよ。」


雅弓を連れて来た理由。

それは、栂井翔子の殺人行為は正しい行いだったと認識させるためだ。

それを証言させること。

言葉足らずで若干冷や冷やするが、見ず知らずの大人の発言よりも信憑性が高いだろう。

それに栂井ならテレパシーで雅弓の嘘など簡単に見抜ける。

もちろん雅弓は嘘などつかない。


「え、死んだのに、話したの?」


思わず雅弓に視線を向ける栂井。

偉そうに頷く雅弓。


「赤紫の子のおかげだって。あんたでしょ、赤紫。」

「え? おかげ?……」

「離れたかったんだって、体から。苦しかったんだよきっと、みんな。」


あの時はそんなこと考えなかった。

能力者結界とか言って閉じ込められるから、それを壊したかっただけ。

でも後で、それも人殺しなんだって言われて……


「苦しかった? 離れたかったの?」

「そうよ。言ってたもん。皆んな言ってた。聴いたもん私。」


…え……本当は良いことしたのかな、私……


ラボの教えは何が正しくて何が間違っているのか。

トミオカ、ノガミ、ニトベ、カガミズ、どれが嘘でどれが本当なのか、疑いもしなかった。

そう言えば狩野かのうは良く言っていた。騙したな、とか、嘘だ、とか。

テレパシー禁止だと確かめられない。


栂井はしばし目を泳がせた後、またアイスクリームを食べ始めた。

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