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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第二章
257/292

光、統べる者 8.

「けっこう苦いけど後味が変に残らないね。」

「俺、砂糖入れたし、甘い。」


目の前に座っている大学生二人、彼らはシロなのか? と治信は思い始めていた。

薬物入手のルートも本当に知らない様であり、アリバイ絡みの質問の答え方も然り、嘘を言っているとは思えない。

敢えて普通は憶えていないようなことも質問したが、ただただ記憶を探ろうとする物言いや目付きが、言うなれば自然体だ。

出したホットコーヒーの飲み方、リアクションにも猜疑心は感じられず、なんとも素直な若者だ。

電源を切って欲しいと要求した携帯電話もその通りにし、テーブルの上に置かれている。

赤羽根博士のことを全く知らないというのも本当の様だ。


…だが、帰すのは白楼の精密検査の後だ。


彼女の意識喪失が薬物の影響だとは限らない。

治信は別の可能性、赤羽根が『使い手』の能力にやられた場合、その『使い手』との関係のことをまだ二人に質問していない。

話の中にあった湖洲香こずかとの出会い方、これが偶然にしては出来すぎている気がするのだ。


…湖洲香さんを運んだのは小糸真梨こいとまりの方。


湖洲香がヒッチハイクで民間総合病院から白楼まで移動したことは知っている。湖洲香本人からも聞いた事実だ。

仮に使い手の誰かがこの小糸真梨を使って湖洲香を白楼まで運ばせたとすると、推測できる使い手は誰か? と考えた時、脱走した使い手なら誰でも動機を持っていることになる。

なぜならば、あの白楼事件の時、湖洲香は指名手配されており刑事局と対立する立場にいたからだ。


…うーむ。


ここまで考えて、ふと気付く。

脱走者の一人が小糸に湖洲香を白楼まで運ばせたとして、その脱走者が赤羽根を気絶させたのか、と言うと、二つの事象は繋がらないことに。


…使い手との繋がりだけでも探るか?


だが聴き方が難しい。

無関係の一般市民なら能力者の存在など知らせてはならない。

ここでは質問せず、後で裏から調査するか?……そんなことを思案していると、治信の携帯端末が振動した。


…ん? パソコンにメッセージ着信か。


これは同業者、私立探偵の知人だ。


「ちょっと失礼する。」


治信はソファを立つとデスクに戻り、キーボードのキーの一つに触れた。

スクリーンセーバーが解除され、更にメッセージボックスをクリックする。


…なに?


暗号化されたメッセージを素早く読むと、一旦調査を止めてくれと伝えてあった御笠一巳みかさかずみの件だった。


…母親は亡くなっていない可能性がある、だと?


暗号文は『御笠一巳の母親かも知れない人物を捜索、瀬戸内海の女木島めぎしまに向かう』と続いていた。


…瀬戸内海……またもや四国地方か。


うろ覚えだが、女木島と言えば確か桃太郎という昔話の鬼ヶ島とも伝えられている小さな離れ小島だ。


…鬼ヶ島に御笠一巳の母親?


あらぬ想像で思考を散らす前に、治信はメッセージの返信を打ち込んで送信した。

アルファベットと数字だけの暗号文で、『捜査は一旦中断のままだ。危険度が非常に高い。女木島には行くな』と言った内容。

送信後、治信は二人の大学生、田島と小糸をちらっと見やった。


…いつまでもこの二人にかまけていられないが、白楼の検査結果が出るまで帰すわけにもいかない。


まずは携帯電話の電源を入れさせるか、と治信は考えた。

思いがけない情報が外部から飛び込んで来ることもある。


「田島君、小糸さん、もういいですよ。携帯電話の電源、入れて下さい。」

「あ、いいんですか。」

「ほーい。」

「で、話の続きなんだが……」


治信がソファに戻りかけた時、またしてもメッセージ着信。先と同じ探偵からだ。

それを開き、目で読む。


…そちらの手伝いではない、別件での依頼である女性を調査、“御笠”という戸籍名にヒット、息子を一人出生、その子は他界している、関連性あればまた連絡する……か。


別件での依頼で御笠という戸籍名を持つ女性に突き当たった……ならば益々怪しい。

彼は警視庁の捜査一課に知り合いの刑事がいる。

杉浜光平が警視庁の捜査課とも繋がりがあることは明白だ。

警察庁刑事局との裏の接見がやりにくい状況ならば警視庁を使うことは充分考えられる。


…考え過ぎかも知れないが、もし杉浜が依頼のクライアントだとしたら……


「あれ、着信来てた……あのー、南條さん、」


小糸が携帯を見ながら不意に言った。


「はい?」

「なんか着信。折り返してもいい?」

「お友達ですか?」

「いえー、なんか知らない番号、ですけど。」


それも何かの情報になるかも知れない。

治信は「どうぞ。」と答えた。

小糸がパネル操作して携帯を耳に当てる。


「……はい、そうですけど……あ、ああ! やーん、元気ですかー!」

「誰?」


横でボソッと田島が聞く。

小糸が即答する。


「婦警さん! 若村さん! あ、ごめんね、若村さん、今ね……あ、大丈夫大丈夫。うん、え?……大ちゃん。友達。あの……えー、忙しくないよ、うん……バイト今日休み。うん……え? ここ? 探偵さんの、南條さんていう……え? あ、なんか聞きたい事があるとかで、うん、連れてこられて……え? いやいや、え?……」


微かに治信にも聴こえてくる。

電話口でこのトーン、もしかして湖洲香は……


…む、お怒り、か?


直後、小糸が神妙な顔つきで携帯電話を耳から離し、治信の方へ差し出した。

若干たじろぐ治信。


「え、な、なんです?」

「出しなさい、お兄様を、と。」


怒っているとするならば……勘の良い治信には容易に想像がつく。

二人を事務所まで引っ張り尋問したことに腹を立てているのだ。

静かに手を伸ばし、小糸の携帯を受け取る治信。


「……はい、変わりました、南條……」

『どうしてそういうことするんですの!? コイトマリさんが悪い事するわけありませんわっ! お忙しいのよ!? 結姫ゆうきさんも県警に泊まらせたりして! お兄様まで何をしているの!? 博士はきっと使い手の仕業ですわ! よーく謝って帰ってもらってくださいっ!』


甲高い湖洲香のヒステリー気味な声に、思わず電話を耳から遠ざけて片目をつぶる治信。

聴こえていた田島と小糸も唖然としている。


「……はい、わかりました。」

『本当に判ったんですの!? ちゃんと謝るのよ! ちゃんと!』

「……はい。あの、じゃあ、電話を彼女に返します……」


治信は苦笑した顔で携帯電話を小糸に返した。

湖洲香は、きっと使い手の仕業、と言っていた。

検査で何か判ったのかも知れない。

彼女も携帯電話から掛けていたなら、今は白楼の外にいるということだ。

田島と小糸を事務所から帰した後、治信はすぐ様湖洲香の携帯電話へ掛け直した。


「……南條です。」

『若邑です。お兄さん、あの、さっきはごめんなさい。コイトマリさん言ってましたわ、親切な優しい探偵さんだったって。』

「ああ、いえ、こちらこそ先走りました。」


嫌味の一つ二つ覚悟していたが、湖洲香の声は猫なで声だった。

この豹変ぶり。

おそらく小糸と話して落ち着きを取り戻したのだろう。

話を聞くと赤羽根は湖洲香の精神感応により目を覚まし、後に精密検査、意識喪失の直前の自覚症状が房生舞衣ふさおまい柴山徹しばやまとおると酷似、脳や身体に痕跡や障害は見受けられないとのことだった。

房生と柴山は『紫のマルサン』によるものであり、それは風見かざみ野神のがみの目撃にて断定とされている。

そして赤羽根のケースも同様にマルサン攻撃による意識喪失として括られた。


『もう私、絶対に許しませんわ、奈執なとりさんのこと……』


小糸達を取調べたくらいで取り乱したのも、原因は奈執の所業に憤慨しているからのようだ。

湖洲香が最も慕っている赤羽根がやられたのだから無理もない、と治信は思う。


「こういう時は冷静さが肝要です。今はその感情を仕舞っておいて下さい、湖洲香さん。」


そう言いつつも、治信も内心では腸を煮えくり返らせていた。

奈執と数度接触しているにも関わらず、牽制すら出来ていない。

やられっ放しではないか。

腹が立つ。

自分に、腹が立って仕様がない。

治信は荒々しくタバコを咥え、ライターを点火した。


その様子を第一階層クレヤボヤンスで伺っていた棚倉仁たなくらじんは、南條探偵事務所に潜ませていた灰色の『光の帯』を音もなく消した。

そして、目の前に待機していた紫の『光の帯』に報告する。


『今日の訪問者は二名、若い男女で非能力者です』

『そうですか……んー、使えるかなぁ、それ……名前とか住所なんかは?』

『南條治信が書いているのが視えました。田島大佑、小糸真梨。住所は……』

『あそう、それ覚えといて』


奈執は今も葛藤の中にあった。

南條治信、そして南條義継。あの兄弟には中立でいて欲しい。敵側に回って欲しくはない、と。

特に南條治信。彼は武儀帆海むぎほのみがその人間性を観るために接触し、脱走者達の会合で事細かに報告をしている。


…脱走者だと気付いても、南條さんは裏切らなかったんだよなぁ、武儀さんを。


その証拠に、武儀帆海が命を落とすまで彼女の職場や自宅には警察の手が伸びなかった。

刑事局の情報を治信から引き出そうとはもう思わない。

せめて邪魔をしないでくれ、と奈執は切に思う。

ここ数週間、義継がいない時に探偵事務所を出入りする者を監視しているのは、“計画”の邪魔者を見極めて排除するためだ。

非能力者の南條治信一人ではさすがに計画の邪魔立ては出来ない。

必ず協力者が付く。


…現に今、楠木万凛くすのきまりを嗅ぎまわっている奴いるしな。


杉浜へ宛てられた要求文書、その中にある『M.M.』とは、警察で推定としている皆月真人みなづきまさとのことではない。


『……十六の霊に対する罪業を同時刻に国営放送にて表明されたし M.M.と共に見届ける』


M.M.とは霊媒師楠木万凛のことを指し、戸籍名である御笠万凛のイニシャルである。

なぜ御笠万凛と見届ける、なのか。

奈執は勿論、篠瀬も穂褄も美馬も、武儀も知らず、文書の内容を把握していたのは金色の使い手、包帯の男だけだった。

そして脱走者達も正体を知らなかった包帯の男が若邑湖洲香の前で初めて素性を晒し、奈執は驚愕と共に理解した。

齢十三歳そこそこの山本光一という少年が、十七年以上も前から、いや緑養の郷開院から考えればもっと以前から始まっていた忌むべき『能力者狩り』という凶行を我が事のように知り得ていた、その謎。


御笠万凛……楠木万凛は霊を呼び出す媒体としての言わば通り道に過ぎない。

だから正確に言うならば見届けるのは楠木万凛ではない。

警察庁刑事局の悪行を世に公表する瞬間。それを見届けるのは……


…光る能力媒体を、生霊を、死霊を、その霊体全てを統べる者。


終わりを欲しているのは、その子供、御笠一巳。

それが包帯の男、山本光一が奈執に残した思念だった。


…どうせ女木島に行った彼も杉浜の差し金だろうけど、困るんだよなあ、汚されるのは。


まあ楠木万凛に会っても無駄だろうけど、と奈執は思う。

彼女は生まれつき脳の扁桃体に異常を持ち、感情というものが欠落している。

故に子育てを全くしなかった。

御笠一巳は産み落とされて、母親からは見向きもされず放置されていたということだ。

その楠木万凛も脳外科医の診察を一度受けている。2001年7月29日のこと。

その診察を行った医学博士は……


…お、あれは……


奈執は白楼の上空に伸ばしていた『光の帯』で珍しい『光』を捉えた。

非能力者の魂の光。

ここ最近、白楼に彼が訪れることはなくなっていた。


伴瓜絢人ともうりけんと


確か刑事局の組織犯罪対策課にコネで返り咲いたと思ったが、今でも白楼に入れるのか、と奈執は訝しんだ。

目的は何なのか見てやりたいが、どうも『水色』に感づかれた気配がする。

確証はないが、彼は刺激してはいけない。


…いつまでも厄介だなぁ、岸人君は。


奈執は紫のスピリウルを白楼の上空から静かに消した。

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