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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第二章
255/292

光、統べる者 6.

「ごめんなさい、だって、電話に出ている暇なかったんですもの。」


身体を動かすと節々に残る痛みがまだ結構あるな、と湖洲香こずかは眉間にしわを寄せた。

電話の相手は特査の門守かどもり


『こずかちゃん働き過ぎなんすよ基本的に。絶対安静だったんでしょ、大人しくアニメでも見てりゃいいんすよ。』

「そんなこと言ったって、じゃんじゃんあったのよ、やること。」


湖洲香の言う“じゃんじゃん”は仕事量と言うよりは“頭に血が昇っていた”だけと言う方が正しい。

美馬恒征みまこうせいの身体から『光の帯』がうねうねとはみ出す、という現象が起きていた。

だが当人の状態は未だ昏睡、傍目には寝返り一つ打っていない。

それが運ばれて来た赤羽根の能力者透視検査中に起きた為、湖洲香は慌てた。赤羽根の意識喪失は美馬の仕業か、と早とちり。


「二十四時間監視下です。私も野神のがみも美馬の『帯』が白楼はくろうの外へ放出されたのは確認していません。あなたもでしょう? 落ち着いて下さい、若邑わかむらさん。」


新渡戸にとべの言葉で冷静さを取り戻したものの、一時、湖洲香は『赤』を寝ている美馬の全身に無数に透過させ、「死にたくなかったら起きなさい、美馬さん……」と小声で呟いていたらしい。

あの冷静な灰色の新渡戸が一瞬震え上がったというから余程のことだ。


「それで? その大学生さん、博士に何かした人ですの?」

『いや、いおりんとは関係なかったっぽいす。深谷さんの透視で非能力者だとわかったんで帰したんすけど、ま、一晩県警に泊まってもらったんすけどね。んで、探している警官がいるってことでその名前を書かせたら、若いの若に街村の村、ムラっすね、で平仮名でかずこ。あーこれこずかちゃんのことかな、と。』

「まあ。でも大学生さんの知り合いなんて私……博士の後輩の方かしら。でも皆さんもう社会人だったと思うし……」

『こずかちゃん本人が口にした名がうろ覚えで残っていたっていう供述っす。』

「え? 私、お会いしているんですの?」

『まあそう焦らないで聞いて欲しいっす。男性は二十歳、名は田島大佑たじまだいすけ、女性は二十一歳、名は小糸真梨こいとまり……』

「まあ!!」


湖洲香の声があまりにも大きく、門守は電話口でびくっとしてしまった。

しかしこの彼女の反応で門守は確信した。湖洲香は本当に小糸と知り合いらしい、と。


…こりゃ最後まで報告する必要はなさそうっすね。


『……あ、やっぱ心当たりありな感じ?』

「コイトマリさん! 車で霞ヶ関まで送って頂いて、ビーフベジタブルとアイスコーヒーですわ! とても美味しかったのよ! ポテトとジェラートまで! ストロベリーですわ! 命の恩人ですのよ!」


…命の?


小糸から詳細を聴取していた門守は湖洲香の表現が大袈裟なのであろうことは気付いたが、やはり少々腑に落ちない。

いくら大食いな湖洲香でもここまでハンバーガーセットに執着を見せるのはなぜなのか。

小糸の供述通り、やはり彼女は泣きながら食べていたのだろうか。


…まぁ、多分これは深掘りするトコじゃないっすね。


『そう、その小糸さんと彼氏さん。んでこずかちゃんを探していた理由に当たる……』

「泊めたんですの!? お忙しいのよ、小糸さん、アルバイトと勉強で! 粗相はなかったんですの? ちゃんとベッドはお作りしたの? 私の部屋使っていいのよ? お食事は? お風呂は39度にしたの? 夏は40度以上だとちょっと熱いんですのよ?」


…むー、質問攻め……定期考査後の大学生なんか暇もいいトコだって。まだテンパってるな、こずかちゃん。


『……あー、待った待った、知ってるっしょ、特査エリアに一般人は入れないって……』

「無理に引き止めたんじゃないの!? 宿直室の硬いベッドじゃダメなのよ!?」

『大丈夫! 粗相どころか充実した一晩に彼らも大満足!』

「え、充実した?」

『そうっす! とある、大学生には値千金な情報を共有して盛り上がったっす。』


…ネトゲの攻略話。喜んだのは田島君だけで小糸さんは眠そうだったけど。


「まあ。どんな?」

『後で話すっす。それよりこずかちゃん、小糸さんから二十万円を預かったっす。間違えて渡されたって。憶えてる?』

「え?……あ、それ、間違いじゃありませんわ。お食事代にと差し上げたんですわ。返されてしまったんですの?」


…まじか。この天然娘が。


『当たり前っす。二十万なんて常識はずれもいいとこ。逆に失礼っすよ。』

「え、だって……失礼、だったのかしら……」


沈みゆく湖洲香の電話の声。

門守は思う。

前々から思っていたが、特に金銭感覚が大きくズレている湖洲香。

どんな特殊な家庭環境で育ったのかは知らないが、度を超えた箱入り娘臭が強烈だ。

しかし悪気は全くないことも感じる。


『あー、失礼は言い過ぎたっす。ごめんね。連絡先とか聴いてあるんで、後で湖洲香ちゃんからも確認するといいかもっす。』

「そう……嫌われてしまったかしら……」

『いーや、それは無いっすね。小糸さん言ってました。上品で礼儀正しくて、素敵な婦警さんだったって。』

「まあ。久しぶりにお会いしたいな、コイトマリさん。」


声のトーンが明るくなった。

立ち直りの早さも天然こずかの良いところか。


…とりあえず大学生の件は落着、かな。


湖洲香との通話を切ると、門守は今し方特査の秘匿ホルダーにも格納された報告書を開いた。

湖洲香の美馬恒征みまこうせいに関する報告書。

彼女が美馬に仕掛けた精神感応に関する部分に興味深い記述があり、門守は大学生二人の一件を頭から離し、読み耽る。

しかし、小糸と田島の件はまだ終わってはいなかった。


「こういう者です。少々お話を伺いたい。」


県警の駐車場で、小糸と田島はある若い男に声を掛けられた。二十代か三十代の、三揃いのスーツを着た男。

目つきの鋭さから、二人は私服の刑事かと思ったが、名刺には『私立探偵』と書かれている。


…なんじょう、はるのぶ、かな?


書かれている名前を目で読み、顔を上げる小糸。


「はぁ、どんな、用ですか?」

「赤羽根博士は相変わらずでしたか?」

「え?」


何かを探るように二人に交互に視線を向ける探偵。

その表情は一見穏やかだが、どこか眼圧が強い。威圧的でさえある。


…門守君の連絡。伊織いおりさんが薬物などの影響なら逃がさんぞ。


昨日の第一報からこの二人が特殊査定班に拘束されていたのは知っている。

二人が非能力者であることは県警の外から義継よしつぐに確認させた。

しかし続報もなく釈放。


御笠一巳みかさかずみの親の調査は中断だ。私は警察の取調べほど甘くはないから覚悟しろ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


野神が捉えたマルサン、薄いピンク色の『光の帯』。

それは警察庁の外から壁を透過して伸びており、その先は例によって消えている。

つまり本体は野神のクレヤボヤンスの射程外だ。

野神は同じ聴取室内で柴山しばやま氏と話している栂井とがいに意識を向けた。


…出していない。この子とは色調も違う。


『薄ピンク』は佐海さかい警視監に触れそうな距離まで詰め寄っている。

もちろん佐海警視監は気付いてもいないだろう。

躊躇の余地は無い。

野神は自分の『紺色』を素早く上階へと伸ばす。

『薄ピンク』との精神感応を試みるためだ。


仔駒雅弓こごままゆみなのか!?


佐海のいる刑事局長室の中で、第二階層の『紺色』と第三階層の『薄ピンク』が交差する。


『誰だ? 目的は何だ』

『まゆみ』『視ろって』『赤紫と……』


返答、ではなかった。

思考。『薄ピンク』の思考が刹那、野神の精神感応に反応した。

だが直後『薄ピンク』は消え、数メートル離れた局長室の外の廊下に再び現れた。


…やはり仔駒か。視ろ? 栂井を、か?


『薄ピンク』を追うように廊下へと伸びる野神の『紺色』。

しかしその『紺色』が庁内に別の『光の帯』を知覚した。


…な!


刑事局長室の階より下、あそこは……


…組対!? 伴瓜ともうり警視正のところか!


二つ目の『光の帯』は灰色と白のグラデーション……間違いない。脱走した第二ラボ教育生、棚倉たなくらだ。

二人。使い手が二人侵入して来ている。

奈執なとりが抱えている二人が。


…仔駒の思考、偵察? 二人で?


一箇所に二人の能力者が偵察だけで侵入するとは考えにくい。

偵察対象を視るだけなら一人で充分に事足りる。例え対象が複数の人数であっても一望すれば済むからだ。

と言うことは、何かしらの攻撃を画策していると考えるべきだ。


仔駒の思考はフェイクではないのか。あまりにも反応が素直過ぎる。

奈執に吹き込まれたフェイク。

だとしたら佐海警視監が危ない。

マルサンの素粒子振動攻撃は人体をあっさり破壊する。

棚倉はどうなのか。マルサンを身に付けたのではないか。


…視たところマルニの様だが。


まず佐海警視監と伴瓜警視正に同時テレパシーを送り危険を報せるべきだ、と野神は考えた。

本人が気付かなければ対処も何もない。

侵入者の『薄ピンク』と『灰色』への意識を保ったまま、精神感応に集中する野神。


「……じさん……」


佐海警視監と伴瓜警視正へ“侵入者”の報告を送り始めた時、聴こえた。

野神の肉体の耳に直接、栂井の声。


「おじさん、おじさん! おじさん!」


はっとする野神。

目の前で柴山氏がデスクに突っ伏している。


「どうしまし……なに!!」


紫。

紫の『光の帯』が柴山氏と栂井を取り巻いている。


ガタッ!


「な! 奈執! 奈執志郎か!!」


思わず立ち上がった野神の背後でパイプ椅子が音を立てて倒れる。

上階への意識にも神経を戻す。

まだいる。

『薄ピンク』と『灰色』。


「やめ、やめて、やだ……え、でも、おじさん……え……」


マルサン攻撃への対処。

起こる現象を冷静に見極めてまず距離を取る。

炎か、水か、熱か、冷却か、真空か。

本体を探しつつその場から離れる……。

頭は回っていた。

焦りが無いとは言えないが、浮き足立ったつもりはなかった。

しかし。

だが、しかし……

目の前に現れた紫の『光の帯』は瞬時に栂井翔子を包み込み、野神の見ている前で、空間的な揺らめきとともに消えた。

同時に、上階を漂っていた二つの『光の帯』、仔駒雅弓と棚倉仁も消えていた。


「う、あ……んあ、なんだ、寝て、居眠りしてしまったか……あれ、翔子ちゃん?……野神さん、翔子ちゃんは? もう時間ですかな。」


起き上がった柴山の言葉に、野神はすぐに返答することが出来なかった。

さらわれた。

栂井翔子が、奈執にさらわれた。

囮だったのだ。

仔駒も棚倉も、野神の精神の注意を引く、囮。

柴山氏の一時の気絶もおそらく奈執の仕業。

奈執が栂井への精神感応で柴山氏に関する脅し文句を突き付けたであろうことは想像に難くない。

でなければ、栂井も大人しく人体転送に従いはしないだろう。


ダンッ!


思わず野神はデスクを拳で叩いた。


…私は、私は何をやっているのだ!!

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