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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第二章
254/292

光、統べる者 5.

野神のがみ栂井翔子とがいしょうこを連れ、地下道を走る車中にいた。

運転は白楼の研究員がしており、後部座席に野神と栂井が並ぶ。

目的地は警察庁。栂井の面会のためである。


いくつかの懸念が嵩み、野神の表情は険しかった。

山本光一やまもとこういち美馬恒征みまこうせいの監視、皆月岸人みなづききしとの保護観察……若邑わかむら特査員も新渡戸にとべ巡査も信頼に足る使い手だが、問題は必ずしも内部から発生するとは限らない。

対象が昏睡状態であろうが本質は生真面目な少年だろうが、使い手は使い手を呼び込む呼び水なのだ。

そして赤羽根博士の意識喪失、その検査、治療。検査段階が進めば能力者による精神感応にもお呼びが掛かるだろう。この手のテレパシー運用は言うまでもなく危険な検査だ。

更に、遂に指示の降りた四国地方の再捜査。その任務は根津ねづ巡査が充てられた。


…使い手であれば右半身の部分麻痺など取るに足らないが……


それは日常生活には不自由しないという程度であり、常時『光の帯』で麻痺の手脚の動作を補っていればサイコスリープも早まる。腕の切断という大事を経験している野神には身にしみてよくわかる。

リハビリも中途半端な状態で北海道から四国へ、激務の真っ只中へと飛ぶ根津。

碓氷うすい巡査の検察監視が外れない以上、今は仕方ないと言えば仕方がないのだが、嫌な予感がしてならない。

四国のきな臭さは都内の廃病院以上だ、と野神の第六感が囁く。


…そして特査班の警護に深谷ふかや巡査、か。


佐海さかい刑事局長の指示は、遠熊とおくま特査班長並びに諸星もろぼし特査員、門守かどもり特査員に警護を付けるべく深谷は県警に張り付け、であった。

従って意識不明の赤羽根を白楼へ運んだ後、深谷は県警へとんぼ返りしている。

伴い、遠熊班長へも県警特査事務所に戻った後しばらく外出を控えるよう通達が出ていた。


…しかも当初の要人警護対象、佐海警視監ご自身と伴瓜ともうり警視正は丸裸のままだ。


病室で安静中の古見原こみはら警視は「私に護衛などいらない、早く現場に出させてくれ。」と息巻いているが、骨折の全治はまだ数ヶ月を要し、それこそ車椅子でもまだ無理だろう。

その隣室の喜多室きたむろが目覚めれば古見原を護ることも出来ようが、未だ昏睡状態にある。

ふと野神は隣に座っている栂井を横目で見やった。


…警察官にはなりたくない、か。


彼女は手に持っている樹脂製のストローを大事そうに眺めていた。

おじさんに買ってもらった、というジュースのストロー。

白楼脱走後、サッカースタジアムで柴山しばやま氏が買い与えたジュースに付いていたもので、縦に赤いストライプが数本入っているどこにでもあるようなファーストフード用のストローだ。

本来没収対象だが、脱走や自害などに使うとも思えず、県警の押塚おしづか警視の判断でそのままにされた栂井の所有物だった。


倫理道徳観念の矯正に彼女は何年の期間を要するのだろうか。

そもそも能力などを持たなければ、姉殺しなどしなかったかも知れない。

姉妹がちょっとしたことで大喧嘩になるなど、別に珍しいことでもないだろう。姉を殺したいくらい憎いという一過性の感情など、成長過程の子供のものとしてはありきたりだという。

しかしながら、この栂井翔子の特異性は“殺人”というものが“偉い行為”だと思い込んでいたことだ。

そして、精神鑑定の中で“姉の赤い血は綺麗だった”と語っている。


異常な少女。だが反社会性精神病質と鑑定されるには不明瞭な要素があった。

精神病質の特徴の一つ、他者に冷淡で全く共感が見られないという点。ここが言わば健常で、共感の反応も示し、冷淡とも違った。

故古見原医療所長も精神感応で執拗に栂井の思念を探ったらしいが、結局サイコパスとは特定出来なかった。何よりも亡くした父親を慕う気持ちが、サイコパスにはあり得ないものだ。

赤羽根博士も同様に『反社会性精神病質の可能性あり』の表現にとどめている。


…そしてこの子にとって奇蹟の数時間が訪れた。


今回面会を希望している柴山氏は栂井翔子の思いやり、優しさ、花の痛みをも気遣う感性を切々と供述している。

当の栂井も白楼事件以降、指示されない限り『光の帯』を出していない。

その思考の中でも『人の痛みは自分の痛み』『もう人を殺すなんてしたくない』との感情を発している。

本物であって欲しい。

その感情がこの子の真実であって欲しい。

そう願いたい。


…普通の女の子として社会に戻れるなら、古見原所長や遠熊所長の教育も報われるというものだ。


複雑な想いだ。

古見原所長と遠熊所長を亡き者にしたのはこの子だ。

しかしながら、両所長は自ら口にしていた。我々はろくな死に方はしないよ、と。

それは皇藤元刑事局長の下で執行してきた数々の黒い業務、汚れていった手のことを言っているのだろう。

栂井翔子の犯した殺人行為は決して許されるものではない。

だが、野神は思う。

白楼能力者ラボの旧体制はやはり歪んだ存在だった。


…急進的な変革が必要だった。誰かがそれを……


そこまで思い、思考はある袋小路で行き止まる。

誰かがそれを正さねばならない。

ダレカガソレヲタダサネバナラナイ。

誰かが、だれかが、ダレカガ。

刹那、言葉は意味を失くし、ただの記号になる。

意識が軽いスパークを起こし、次に浮かんでくるのはあの人のあの日の言葉。


『……そんなに大事?』

『え?』

『警察のお仕事。』


篠瀬佑伽梨しのせゆかりの訝しげな表情が少しづつ鮮明になっていく。


『そう。でも、それ、本当に……本当に宗一君の意志?』


野神はわかっていた。

それは職務上、立場上、疑いを持ってはいけない……いや、違う。

擦り込まれて封印された、能力者ラボ教育の禁忌。

だから意識のスパークが起こりその先に道が無くなるのだった。

わかっている。

先天的な精神色に戻った野神には、もうわかっている。


…佑伽梨さん、私は気付いてしまった。本当の正義は……


「栂井、」

「え。」

「気分はどうだ?」

「え? 気分?」

「車酔なんかは大丈夫か?」

「あ、うん、平気。」

「そうか。」


袋小路が少し息苦しくなり、野神は栂井に話し掛けた。

問題の多い少女なのに、なぜか栂井の他愛ない反応はわずかながら野神を落ち着かせた。

何かを見失ったとかそういうことではない。

わかっていることを、わかっていると確認しただけだ。

自分は警察庁刑事局捜査課の人間。立場に従い、職務を全うするのみだ。

車は警察庁の車両エレベーターへと乗り入れ、センサーのブザーを鳴らしつつ分厚い自動ドアが閉じていく。直後、野神と栂井は上昇する感覚を覚えた。


警察庁の内部部局、その一つである刑事局。

通常、野神が出勤する部署はその刑事局の下に位置する捜査第一課であり、彼のデスクもそこにある。

警視庁の捜査一課とは根本的に組織機能が異なり、主管業務中心の野神達が事件現場へ出向くことはまれ……であるはずだが、『能力者』絡みの案件では警視庁の捜査課の如く飛び回らざるを得ない。

非能力者には対応出来ないからだ。

そもそも、警察内部でも『能力者』の存在は未だにオフィシャルにされていない。


…白楼も警察庁も我々が求められる警戒レベルは同じ、か。


野神がクレヤボヤンスで捉えている佐海刑事局長や伴瓜組織犯罪対策課長の魂の光。

更に、長官官房、警備局長、次長、警察庁長官……使い手を呼び込む動機となり得る者などいくらでもいるではないか。むしろ警察庁の方が多いかも知れない。


何事もなく片付けたい……聴取室へ向かう廊下で、独り思う野神。

第三ラボの教育生、狩野かのうと栂井。その教育担当は富岡とみおか研究員等の非能力者が引継いでおり、その傍らには使い手刑事が必ず立会う。

主に新渡戸にとべ鏡水かがみず、そして野神が立会うのだが、脱走後の保護からの栂井は人が変わったように大人しかった。

何よりも“殺す”とか“死ぬ”という言葉と抱き合わせのように見せていた薄ら笑い、それが全く見られない。


…子供とは言え一晩でそんな極端に変われるものでもないだろう。


抑圧による精神的暴発、癇癪のようなものを起こさなければいいが……彼女を信じてあげたいという気持ちに、暗雲のように不審感が漂い出す。

でも、ラボ教育を経ている野神はその不審感の出どころが自分自身の中にあることを自覚している。

葛藤は隙。

敵が付け入る隙。

敵の……敵?

そうか。

そうだ。

そうだった。

迷うな。

野神は今一度、自分の立場を念頭で復唱した。


…栂井翔子は敵ではない。私が保護すべき教育生だ。


そして、ふと思う。

ラボ教育を修めた使い手は皆、揺らいだ足元を今のように自ら正し、冷静に立ち戻る。

しかし、それは本当に盤石なものなのか。

冷静沈着な自分は、似非えせではない、と言い切れるのか。


…自己確立の哲学、か。


複数の解釈が頭を過ぎり、野神は独りで苦笑してしまった。


「着いた。ここだ。もう柴山さんはお待ちだ。説明した注意事項を守るように。」

「うん。」


栂井の返事には二種類ある。『うん』と、『はい』。

建前として擦り込まれてきた返事が『はい』だとしたら、ここで『うん』は失格だ。

だが、それでいい、と野神は逆に安心感を覚えた。

野神が聴取室のドアノブを回し、廊下から中を確認した後、目配せして栂井を先に入室させる。そして野神も入ると、ドアを静かに閉めた。

初老の男性、柴山徹しばやまとおるが人懐こそうな表情で椅子から立ち上がる。相変わらず腰が悪そうな仕草だ。


「おお、翔子ちゃん、ど、どうだい、元気にしてたかい。」

「おじさん。ひしし、ふししし。」


ストローを手に持ったままはにかむ栂井。

野神が会釈する。


「柴山徹さん、ですね。」

「あ、ああ、はい、柴山と申します。」


犯罪容疑者の面会のような仕切りはもちろん無く、事情聴取などに使われる個室で、中央と角に机が二つあるだけの殺風景な部屋。


「栂井翔子の保護観察官代理、野神と申します。お時間はお約束通り三十分、私はそこで記録を取らせて頂きます。ご了承願います。」

「はい、わかりました。ああ、あの、これ、ジュースを作って参ったのですが、翔子ちゃんに、あの……」

「ええ、古見原こみはらから聞いております。どうぞご自由に。」

「ああどうも、え、あ、飲んでもらう、あの、検閲? 毒見みたいな、その……」

「いえ、致しません。堅苦しくお考えにならなくて結構ですよ。」

「おおそうですか、それはどうも。」


…!


野神が角の机に着きノートパソコンを開いた直後だった。


…この『色』!?


三人のいる聴取室より上階、位置的には刑事局長室が近いか。

野神の第二階層クレヤボヤンスが捉えた明滅する『光の帯』。


…この視え方は第三階層、マルサン……攻撃か! いや……


いる。その『光の帯』のすぐ側に佐海警視監がいる。


…いや、まさか、この『色』は……


目的は何だ。

どう対処するべきか。

野神が捉えた第三階層に現れた『光の帯』は、薄いピンク色だった。

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