光、統べる者 4.
県内の国道を走っていた黄色い軽自動車はハザードを出し、歩道に寄せて停まった。
運転席には若い女性がおり、助手席には女性と同年代くらいの男性が乗っている。
女性はため息を吐いた後、スマホでマップを開いている男性へ話し掛けた。
「この辺で乗せたんだ、その婦警さん。」
「ふぅん……近くには、んー、無いなあ、交番も警察署も……自宅があるんじゃないの? 調べてみた?」
大学生である二人はレポートや考査を一段落させ、ある人物を探していた。
名前はうろ覚えだが、確か若村かずこ、みたいな名前だ。警察手帳を持っていたので女性警官であることは間違いない。
「うん、家とかあるとこ、ちょっと走り回っただけ。若村って表札無かった。」
「アパートとかマンションは?」
「え、見てない。そんなの見て回ったら不審者に思われちゃうよ。」
探している理由は、運転席の小糸真梨がその婦警から受け取った封筒にある。中に現金二十万円が入っており、明らかに渡し間違えたものと思われる。そのお金を返すためだ。
確かにその婦警にハンバーガーをご馳走したが、食事代にと返されるのに二十万円はあり得ないだろう。
それ以外、真梨はその婦警を都内の霞ヶ関まで乗せただけである。タクシー代と考えても多過ぎる。それが約一ヶ月前のこと。
二十万円を渡されてしまった直後、彼女は警視庁や派出所を訪ねて回ったが、『若村』という女性警官は見つけられなかった。
「大丈夫だろ、人の家探してますってちゃんと言えば……ん、病院があるな、すぐそこに。」
「病院?」
真梨はハンドルに手を掛けたまま瞳を泳がせた。
病院に用があった? 警官が?
…あ。
あることを思い出す。不自然に感じた、あること。
「ね、大ちゃん、婦警さんね、ハンバーガー泣きながら食べてた。美味しいって。それってさ、入院とかで病院食だったからじゃない? ずっと。」
「んー、って言うかさ、退院なら普通タクシーとかさ、同僚が迎えに来るとか、ヒッチハイクは無くね? 病院は関係ない気すっけど。」
「現金持ってなかったみたいなの。一応行ってみよ、その病院。それにさ、仕事、なんか試験とか報告書とか言ってたし、なんか病院っぽいかも。」
一ヶ月も経ってから再び探し始めたのにはちょっとした理由があった。
今月の上旬に大学のサークルでキャンプに行ってきたのだが、そのキャンプ道具の一部を買うのにお金が足りなかった。そう、真梨は二十万円の中から六万円ほど借りてしまった。
今月のバイト代が入りそれを補填、また使ってしまう前に返したいと思い“若村かずこ探し”に本腰を入れ始めたのだった。
しかし病院も空振りだった。ワカムラという入院患者の記録は無く、女性警官が仕事で訪れた経緯も無いとのことだ。
それでもしつこく食い下がる真梨。
「何か、その、警察関係の方が出入りする事とか、仕事じゃなくても面会とか、ないですか?」
「院長のお知り合いで、確か県警に勤めている方が女性でしたね。定期的に来るとかそういうことは無いですけれど、何度か受付をお通ししましたよ。」
「けんけい? って言うと、この県の本部警察?」
「はい、確か。」
そうか。気付かなかった。てっきり警視庁だと思い込んでいたが、この県の警官の線を考えていなかった。
「その人の名前は?」
「それはちょっと……あまり院長の知人を、その、私の一存で口外は、すみませんが……」
ケチ、と真梨は思ったが、とりあえず手掛かりかも知れないものは掴んだ。
彼女は軽く頭を下げ、踵を返す。
二人は車に戻るとカーナビに県警の所在地を入力した。
県警に着いた二人は勝手が分からず手近な窓口に行った。
「それでしたら、ここは交通部なので相談窓口に行ってみて下さい。」
言われた通り県民相談窓口と書かれた部署に行ってみる。
「人探しではなくて? 病院の? 都筑総合医院の知り合いの刑事?」
「えっと、そこの院長の知り合いの人が、女の人って言ってて、ここに勤めてるみたいで……」
「ここに? その方に会いたいんですね? でしたら総務部の窓口で聞いてみて下さい。」
たらい回し感に少しイラっとする真梨。それが顔に出て来る。
付き添ってきた大佑は小声で彼女に言った。
「真梨の聴き方も、なんつーの、要領悪くね?」
「うっさいなー、じゃあ大ちゃん聴いてよ。」
総務部の窓口に着くと、真梨がふくれ顔で大佑の背中を小突く。
わかったわかった、といった顔で窓口の婦警に話し掛ける大佑。
「えー、民間総合病院、都筑医院ていう、そこの院長と知り合いの警官がいて、会いたいんすけど。」
「はぁ、その警官はどちらの署の方?」
真梨が爪先で大佑のかかとをコツンと突いた。
…ここに勤めてる女性警官! 肝心なこと抜けてるじゃん!
「あー、県警って聞いたのでここかなーと。」
大佑の言葉を聞き、総務部の婦警はピンと来た。
都筑院長と知り合いとなると特殊査定班の赤羽根しかいない。都筑院長からの電話を取り次ぐことがあるので憶えている。
確かに出勤しているが、今は取り次げない。体調不良で寝込んでいる、と連絡を受けている。
「今はお会い出来ないです。言付けておきますので、お名前を頂けますか?」
すると、真梨が窓口へ顔を寄せて言った。
「いるんですね? その人。ちょっとでいいんです。会わせて下さい。待ちますから、何分でも。」
「無理です。おそらく今日は難しいでしょう。お名前と連絡先をこちらに書いて下さい。後日連絡致します。」
「えっと、聴きたいだけなんです、若村さんていう婦警さんを知らないか。すぐ済みます。」
若邑? 湖洲香特査員を知っている?
…誰だろう、この子達。
外出を制限されている若邑湖洲香を探しているとなると、例の城下桜南高校の生徒だろうか。
いや、そこでも本名は伏せられ斉藤知子という名しか知らないはずだ。
もしかしたら重要な人脈筋の関係者かも知れないと思った婦警は、一旦特査に確認を取ることにした。
内線を取ったのは諸星だった。
「……はい、はい……赤羽根博士と若邑さん?……」
その諸星の電話口の言葉を聴き、門守は素早く自分も受話器を耳に当てた。
それを見ていた諸星は門守に目配せし、会話半ばで受話器を耳から離すと会話口を手で抑えた。
「総務部だ。聴いたか門守君。」
「二十代の男女っすか。」
「赤羽根博士に関係するなら身柄確保、と考えるがどうだ?」
「賛成っす。まず何者か聴きましょ。」
総務部を訪ねてきたなら能力者である可能性は極めて低い、と門守は考える。
だが、油断は不味い。
それにしても諸星の勘の鋭さには敬服するな、と門守は思った。
なにしろ能力者の事を全く知らされていない彼が、赤羽根の意識喪失を見た途端に人為的な攻撃を想定したのだ。
それは薬物などの時間差的な攻撃と見ているのかも知れないが、もしかしたら超能力の存在をも考えているのかも知れない。
「くまりんもいないし、俺が対応するっす。もしもの時の為に諸星さんはここで待機していて下さい。」
諸星は頷きつつ、内線通話の続きに戻った。
「そのお二人は身柄を特査で預かります。……いえ、これは指示とお考え頂きたい。空いている聴取室へ通してもらえますか。捜査課にはこちらから連絡します。お願いします。」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「まあ! 博士が!?」
白楼α棟地下十階のICU。
野神から赤羽根が倒れた旨を聴いた湖洲香は、いきなり点滴を自分で腕から引き抜いた。
そして野神の目の前にも関わらず病衣を脱ぎ、ブラウスに手を伸ばす。
慌てて目を背ける野神。
「ちょっと、落ち着いて下さい若邑さん。まだ駄目です。点滴は赤羽根博士の処方だし……」
「もう治りましたわ。光一君を見ていてね。私は県警に戻ります。」
「待って下さい!」
野神はやや大きめの声を出した。
「現場復帰にしても打合せる必要があります! 若邑さんが浮き足立っては事態は悪化します! もう服は着ましたか!」
「あ、はい、ごめんなさい、あとスーツのスカート……いいですわ。」
「まず現状を整理します。とりあえず座って下さい。打合せをします。」
野神は湖洲香をベッドに掛けさせると、まず刑事局から使い手刑事に降りてきている指示から順序立てて話し始めた。
そして人員配置、明らかに使い手が不足している状況へと説明は続く。
「……ですから、若邑さんは明日の栂井の面会が終了するまでは白楼で山本光一と美馬恒征の監視、山本が昏睡から目覚めない場合、次の月曜から風見巡査と交代、紅河君と房生さんの同時警護です。」
「博士はここに運ばれるのね?」
「はい、深谷巡査が県警へ車を向かわせているところです。」
「誰の仕業ですの? 奈執さんですの?」
「まだ判っていません。」
「許しませんわ、私……『光の帯』が見えない博士や房生さんを……」
いつになく険しい表情を見せる湖洲香。
こんな目の据わり方をする湖洲香は初めて見た気がする、と野神は思った。
…それは私も同じ気持ちだ。だが、赤い魔女、あなたが冷静さを欠いたら犠牲者を増やしかねない。
奈執志郎の狡猾さ。今更ながら捜査撹乱の術を心得ていることをじわじわと思い知らされる。
それはテレポーテーションの使い所に一番表れている。
都内、北海道、現れるタイミング。深越や南條の目の前に姿を晒す潔さ。いや、それも計算尽くの狙いなのだろう。
そしてもう一つ。
いくつかの報告書に出てくる『子供の霊』。
野神も廃病院で直接対峙した。御笠一巳。
…奈執と連携しているのか? いやまさか……
わからない。
廃病院では包帯の男に操られているかにも見えた御笠一巳の霊。
協力関係なのか。
既に亡き者が? そんな不条理があるのか。
そのような存在に、打つ手はあるのか。
わからない。
わからないが、捜査の障害になり得ることは確かだ……。




