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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第二章
252/292

光、統べる者 3.

特査の打合せ室。デスクにはコーヒーカップが二つ。

赤羽根あかばねは視線を斜め上へ流し、前髪をがさっとかき上げかけ、手を止めた。

目の前に向かい合って座っている諸星もろぼしも、それに合わせるように目線を少し下げる。


少し話出来ますか? と持ち掛けてきたのは諸星の方からだった。

赤羽根は業務関係のことだろうと思っていた。おおかた、厳しすぎる納期にまた遅延を出しそうだとか、指示した他部署の処理が遅いとか、そういう話だろうと。

だが、諸星の口から出た言葉は雅弓まゆみ失踪と所轄署やデパート倒壊に絡む件だった。


「その実態が秘匿事項であるなら私の出る幕ではないのはわかっています。言い換えれば“管轄外”の業務への口出しになりますから。しかし……それが超常現象であるなら、私にもお力になれる事があるのでは、と。」


超常現象という言葉。ではその超常現象の出どころは、と考察した時、諸星なら辿り着くだろう。人が発する超常的な能力ではないのか、と。

赤羽根は流した視線を諸星へ戻し、髪から手を下す。

仮採用してからの約一ヶ月間、諸星理学博士の仕事ぶりは申し分ない。納期遅延も数件出ているが、それは遅れて当たり前の不可能納期だ。

能力者の情報、その開示許可通達がまだ出ていない以上、赤羽根にはどうすることも出来ない。諸星を引き入れることは越権行為、警察組織では許されない。

でも、欲しい。もう限界だ。この諸星暁もろぼしさとるの手がどうしても必要だ。


…スタンドプレーに出るか。


赤羽根は椅子から立ち上がった。


「ちょっと待ってて。」


そして携帯電話を持つと警察署の外に出た。遠熊倫子とおくまりんこの番号を呼び出す。


「……そう、でっち上げる。特査事務所にマユミが現れて消えた、でもいいし、それを諸星さんが見てしまったと。彼の目の前で使い手が超能力を使ったことにする。どう?……ありがと、うん。」


電話を切ると赤羽根は急いで事務所に戻った。

刑事局が受け入れるしかない状況を捏造する。それしかない。

もともと特殊査定班は能力者事件の対応部署と言っても過言ではない。本来、諸星はそれを担当するべく採用予定とされている人材だ。もう十月度の本採用まで待てる状況ではないのだ。


足早に打合せ室に駆け込む赤羽根。

それを背後に感じつつ、パソコンのキーボードを打ち続ける門守かどもりは思った。

いつも忙しないが、今の足音の雰囲気は何か違うな、と。


「南條さんとデートの約束、っすかねぇ、っと。」


そう言いつつ作成データに誤字検索ツールを掛け、次の報告書を打ち始める。

軽く息をはずませつつ、再び諸星の前に座った赤羽根は話し始めた。


「諸星さん、マユミや建造物損壊の話の前に、まず特査の別の顔について……」


『おっとそこまでですよ、赤羽根伊織博士』


第三階層に潜んでいた紫の『光の帯』が、赤羽根の頭部に覆い被さった。


「……え!?」


声、いや言葉、これはテレパシーか。

そして一瞬くらっと目眩のような感覚が過り、視界が砂嵐のようにざらつき始めた。

更にその砂嵐は白く濁り、徐々に打合せ室とは別の景色が現れてくる。


…ここ、どこ? 確か特査で諸星さんと……あ。


赤羽根は自分がどこにいるのかすぐに察した。

ここは実家のダイニングルームだ。赤羽根は食卓のテーブルに向かい座っている。

流し台の辺りに母の後ろ姿が見える。心なしか若い後ろ姿。


…え、なに、どうして……


テーブルにはトーストと牛乳、焼いたベーコンや目玉焼きが並んでいる。


…あれ、あ、朝ごはん……え、なにこれ。


自分の腕を見ると高校の制服を着ていることに気付く。

えっと、今日は何日? 何曜日だっけ。


「お母さん。」


母の後ろ姿に声を掛ける。

返事が無い。


「ね、お母さん。」


母は動いていないように見える。まるで時間が止まってしまったかのように。

赤羽根は立とうとした。

だが、足腰に力が入らない。


…そうだ、学校あるし、とりあえず食べないと。


彼女は腕を動かそうとした。

だが、上手く持ち上がらない。

少しは動くのだが、身体全体が怠くて重い。

母の背中、高校の制服、この懐かしい感じ。

調査指示、研究、診察、検証、とても忙しかった気がするが……

混乱した頭に霞が掛るように、薄れていく。

赤羽根はまた目の前の朝食に目を落とす。

勉強しか取り柄がないし、今はしっかりやらないと……


『不確定要素は少ない方がいい。この理学博士の男は蚊帳の外のままがいい。その方が彼のためでもある』

『え、なにしたの、イオリになにしたの』

『眠ってもらいました。だって邪魔でしょう、雅弓ちゃんが学校行くのに』

『寝てるだけ?』

『もう起きないだろうね』

『え!?』

『雅弓ちゃんにとって赤羽根博士が邪魔なように、彼女も君を邪魔だと感じている。だから君の相談にも乗らなかった。学校に行きたいっていうね』

『でも……だめ! イオリ起こして』

『どうして? お互いに邪魔ならもう関係ないでしょう』

『関係?』

『雅弓ちゃんが小学校を卒業して、中学も卒業して、高校にも行って、その頃に博士を起こそうか。まだ生きていたら、だけれどね』

『え、死ぬの?』

『どうかなぁ。私にもよく判らないな』

『そんなの! そんなのだめ! 起こして! イオリ起こして!』


第三階層には薄ピンクの『光の帯』もあった。

特査の様子を似広にひろと共に雅弓も透視している。


『こんな邪魔な人、もうどうでもいいでしょう?』


奈執なとり扮する似広は、雅弓の赤羽根を慕う気持ちを知りながら敢えて煽る。


『よくない! ニヤニヤオジン! イオリを戻して!』

『うん、じゃあさ、ちょっとだけ手を貸してもらおうかな』

『え』

『言うことを聞いてくれたら博士を起こそう。それでいいかい?』

『う、うん……』


言葉を途切れさせ、口を半開きにしたまま黙り込んでしまった赤羽根。その異変に諸星は数回呼び掛けた。


「博士? 赤羽根博士、どうされました?……博士!」


諸星なりに薄々勘付いていたこと。それはこの特査が常識から外れた“何か”と対峙している部署だということ。


…赤羽根博士は『特査の別の顔について』と言い掛けた。


打合せ室から出た諸星は門守に言った。


「赤羽根博士の様子がおかしい。意識が飛んでいるようだ。私は遠熊班長に連絡して指示を仰ぐ。君は救急を手配して下さい。博士を無闇に動かさないように。」

「んほ、ほい!」


諸星の表情を見て門守はすぐに察した。

どうやら厄介なイベント発生らしい。超能力者の攻撃だったら更に厄介だ。


…こりゃ南條さんにも連絡かな。


雅弓へのメッセージメモ。もしかしたら自分は余計なことをしてしまったのか。

わずかに後悔の念が門守を過る。


…ちっ、狙うなら俺を狙えってば。


能力者の仕業だとして、赤羽根が狙われたのなら十中八九雅弓絡みだ。

という事は犯人は脱走者であり、確保されている能力者や刑事局の使い手の逆恨みの線は薄いだろう。

救急要請連絡を入れながら、断片的な情報ではなく能力者抗争の全貌を自分も知りたい、と門守は思った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


結構きついものだな、と風見かざみは感じた。

部活中の紅河くれかわに張り付きながら、房生舞衣ふさおまいの自宅を遠隔監視。

房生宅はピンポイントとは言え、三百六十度クレヤボヤンスとの併用は思いの外消耗する。

こんなことなら房生も登校させていた方が良かったかも知れない。

感覚で判る。これは早めにサイコスリープが来そうだな、と。

しかし自分が寝てしまうなど本末転倒、余計な精神力を使わないよう使い手の襲撃が無いことを祈るばかりだ。


夜間は野神のがみと紅河警護を交代する。

昨夜、交代前に紅河宅の前に停めた車の中で監視していると、彼の母親が家から出て来た。

にこにこしながら車の窓をノックし、こう言った。


「ご飯出来ましたよぉ、風見さん。」


苦笑。なぜ風見が苦笑したか。それはその前の紅河とのやり取りに理由がある。


「いや、家に寄らなくても無駄ですって。風呂とか飯とか押し付けられますよ。そういう母なんです。」

「それなら、私はいないことにしてくれればいい。」

「んー、県警で俺に警護が付くって説明受けちゃってますし、俺も斉藤さんの代理の人が来たって言っちゃってますので……」

「とにかく勤務中の飲食は避けたいのよ。上手く言って、紅河君から。」

「はあ。」


おそらく息子の説明や説得を全く聞き入れない、という母とのやり取りがあったのだろう。それを想像すると苦笑も洩れてしまうというものだ。

風見は必死に紅河の母を説得し、夕飯を弁当箱に詰めてくれるということで話は収まった。

が、お弁当と一緒に毛布を渡された。


「いえ、お母様、何度も申し上げておりますように、私は警護でここに居ります。寝てはいけない立場にあります。」

「あらま、じゃあお腹から下だけでもかけて。真夏でもね、女の子はお腹を冷やしたらだめよ。」


もう三十一にもなる女に、女の子、か。

この先、子供を身籠ることも無いだろうに。

それでも判る。

あの目。

思いやりに満ちた目は、本気で自分を気遣ってくれている。


…私の快適さを優先して考えてくれる。


若邑湖洲香の報告には彼女専用のバスタオル、お箸、弁当箱などを買ってくれたとあった。

業務目的を考えれば何事かと叱咤されてもおかしくない体たらくだが、それに対する若邑の所見は感謝の意と自身の成長に繋がった旨が記されていた。


愛情。

そんな言葉がふと過る。

県警の宿直室で食べた紅河の母の夕食は美味しかった。

紅河淳の素直さや歪みのない道徳観念もご両親の愛情ゆえだろう。


…紅河君も、房生さんも、お母様も、これ以上関わらせたくないな。


サッカー練習場のベンチから、先日ミネラルウォーターをくれた女子生徒がこちらに向かって頭を下げたのが見える。風見も会釈を返した。


…ん、メール着信か。


一通りクレヤボヤンス監視をチェックした後、メールを開く。

そこには特査の赤羽根が意識喪失状態だとあった。


…房生さんの次は博士。


こうなると誰だって突き当たる推察。

奈執は狩野と雅弓を手駒として使うべく動き出したのではないか、と。

要求は能力者の慰霊碑のはずだ。まだ別の企みがあるのか。

何をさせる気なのか。

人質を取るような真似をして手中に抱き込んだ使い手たちに、これ以上何をさせようと言うのか……。

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