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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第二章
250/292

光、統べる者 1.

身体が鈍る。部員のみんなは今日も練習していると思うと尚更だ。


…またちょっと走ってこよっかな。


部屋でベッドに寝そべりバスケットボールをいじっていた舞衣まいは、ガバッと起き上がった。

置き時計を見る。午後六時を回っている。


「あ、いけない……ご飯、そうめんでいいかな。」


夕食の支度を忘れていた。きゅうり切って、玉子焼きとか添えて……舞衣は部屋を出ると早足で階段を降りる。


…62対89かぁ。


やはり頭を過るのは昨日の城東槍塚じょうとうやりのつかとの一年生交流試合こと。

負けた、と連絡があった。

負けたことよりも最後まで試合に参加出来なかったことが悔しい。


県警で受けた診断では特に異常なしとのことだったが、三日間の自宅安静を言い渡された。

警察署にMRIなどの医療機器があったのも驚いたが、もっと驚いたのは一週間の検査入院を求められたことだった。

その検査入院は任意とのことで、当然舞衣は断った。どこか痛いわけでもないし、診断は異常なし、検査する理由が無い。


…大袈裟なんだよなー、風見かざみさんも赤羽根あかばねさんも。


ああ身体が鈍る。三日間も自宅で静養とか、意味わからない。

舞衣は居間を覗いた。祖母はテレビを見ている。


「お婆ちゃん、そうめんでいい?」

「あ、ああ、なんでもいいのよ。舞衣ちゃんの食べたいもので。」

「うん、わかった。ちょっと待っててね。」

「そうめんなら私がやろうかしら。茹でるだけだしね。休んでないといけないんでしょ?」


祖母が車椅子に掴まって立ち上がり掛けた時、呼び鈴が鳴った。来客のようだ。


「あれ、ちょっと出て来るね。」


そう言い残し、舞衣は小走りで玄関へ向かった。

玄関を開けた途端、そこにいた予想外の顔ぶれに思わず変な声が出てしまう。


「ひょえ? なんで?」


城東槍塚の川村亮子かわむらりょうこ、緑瀬北高の向川典子むかがわのりこ、この二人はいい。中学時代の友達でたまに遊びに来る。

二人の間にいたのは寿々音だった。二人との関わりがわからない。

そしてこの立ち位置の妙。まるで古くからの友人のような顔で間に立っている。


「舞衣ー、もうご飯食べたー?」


なぜ寿々音がここに……よく見ると三人の後ろにもう一人いる。


「あれ、マリモちゃんまで、どうしたのみんな。」


典子が答える。


「ちゃむが試合中に病院に行ったって聞いて、平気なの?」

「え、うん、病院ていうか……異常なしって言われた。」


亮子が付け加える。


「入院とかだったら病院の場所聞こうと思って。何でもないならよかった。」

「ねーねー、ご飯は? 舞衣の料理食べに来た。」


心配の素振りもなくマイペースな寿々音に苦笑する舞衣。

それに、いきなり食べに来たって……


「あはは、まだ作ってなくて、どうしよ……あ、じゃ入って、何か作るから。」

「あ、いいよ、なんか悪いし、元気ならそれで。」

「悪くなーい。食べてく。お邪魔しまーす。」

「ちょっとりんりんさん、図々しいでしょ……」

「だってお腹へりにうむ。部活のあと何も食べてないし。マリモちゃんもだよねー。」


…ヘリニウムってなに……


「マリモちゃんも良かったら上がって。試合のこととか聴きたいし。」

「あ、うん、でも、舞衣さんが元気なら……帰る。」

「急いでるの?」

「そうじゃないけど……」


まりもはどこか暗い表情をしている。

来る気がなかったらわざわざ来ないだろう。

何か悩みでもあるのかも知れない。

舞衣は四人を招き入れると、夕食の準備に取り掛かった。


祖母を含めた六人で食事をした後、舞衣は自分の部屋に四人を呼んだ。

最初に話題に上がったのは舞衣が部活を休みがちなこと。やはり祖母の世話が原因らしい。


「先月からかな。元々お婆ちゃん右半身が不自由で、梅雨時期から急に痺れが強くなったみたいで。脳梗塞やってるから、お父さんも脳の病気で亡くなったし、心配で……」

「そんなに悪いの? お婆ちゃん。」

「んー、まだ杖で歩けるし、お風呂とかトイレも一人で平気だけど、転んだりしたら心配。」


空気が重くなる。さすがの寿々音も無口になっていた。

祖母と二人暮らしであることは亮子から聞いていたが、両親を亡くしていることは初めて知った。

高校生に手伝えるような解決策など無いし、軽々しいことは言えない。


「だから水曜日とか真ん中の日はなるべく早く帰ってて。でもね、何回か紅河くれかわママも来てくれて、光里ひかりちゃんと。その日は任せて部活やってられる。」

「クレカワママ?」

「お手伝いさん?」

「学校の先輩のお母さん。りんりんとマリモちゃんは知ってるでしょ、紅河さん。」

「知ってるけどなんか怖い風味。」

「え、優しい人だった。」

「さくちゃんとミサキとさー、キャプテンに呼ばれたらいてさー、こんなだよ、ふんぞり返ってこんな、あと謎のりんごジュースの先輩。お嬢様風味。あの人なんか面白いけど、紅河先輩はおっかなーい。」


…優しかったけどな。


まりもは紅河と話した時のことを思い出していた。

確か部活をやめようと思っていた時だ。


「そのクレカワ先輩? どうしてお母さん来てくれるの? ちゃむの彼氏?」

「違う。紅河さんと付き合ってるのは京子。」

「えっ……」

「ええっ!?」


亮子も典子も驚きのあまり息が止まるかと思った。

小林京子のことは中学校時代から良く知っている。

性格、容姿、仕草や言動、どこを取っても彼氏が出来るキャラではない。


「抱きついたって言ってたわよ、この前。」

「うそ……」

「うそ……」


高校生デヴューか。小林京子は高校で変身したのか。

男を避けていた、いや人間を避けていた京子がまさかの大化けか。

確かに中三の時に京子が書いた『飛』という書は凄い作品だった。

やはり内に秘めた本性を隠していたか。

書か。書道で男を釣ったのか。

魔性か。魔性の女に生まれ変わったか。

思わず典子が聴く。


「き、京子、今、どんな感じ? 化粧ばりばり? スカートからパンツ見える長さ? ネイル凄い?」

「ん、全然。化粧道具なんて持ってないし、スカートなんか校則の模範写真みたいよ。あ、髪切ってたな、そう言えば。」


寿々音が唐突に典子の肩に手を置いた。そして落ち着いた感じで静かに言う。


「むかぽん、」


…む、むかぽん?


「な、なに。」

「行こう。書道っ子キョン太郎んちに。」

「しょどっこ……え、なに急に。」

「行けばわかるさ。謎は全て解けるのだよ。むかぽんが男日照りの謎もね。」

「ちょ、い、言われたもん、付き合ってって、告られたし、日照りじゃないし!」


神妙な顔つきで寿々音はすっと典子の肩から手をどけた。

そして少し後ずさり典子を指差す。


「みゅ……敵機確認! 今からテキーラサンライズ! 真っ赤に沈んでしまえ!」

「テキーラ?……でも付き合ってない。タイプじゃなくて。」

「ふも? そうなのかい? 仲間風味?」

「仲間? とにかくいない、男。」

「じゃ次はキョン太郎んちに家庭訪問。男講習会。いつにする?」


さっき初めて会ったばかりなのにこの馴れ馴れしさ、変な子だ、と典子は顔をしかめた。

すかさず亮子もあからさまな目配せを典子に向ける。やはり寿々音が苦手らしい。

亮子と典子の表情に気付く舞衣。

仲を取り持つわけではないが、空気を和らげたい。


「あーっと、ね、そう言えばさ、マッチアップ、亮子と、りんりんどうだった?」

「むー、冷たかった。」

「え、と、敵同士だしね……そうじゃなくて、プレイとか。」

「上手だった。そうめんの挽肉おつゆ風味。」

「えーと、それは……」


さっきの夕食の話か。

例えがよくわからない。

亮子はぷっと吹き出している。


「がっつりつるつるぎゅっとうまい。」

「ああ、はあ……」


わかるような、わからないような、寿々音の不思議表現。

亮子はとにかくパスが上手い。中学時代もパスミスはほとんど無く、ボール回しは素早く正確だ。

舞衣はずっと黙ったままのまりもに振ってみた。


「マリモちゃんは30番の人だったよね、マーク。」

「うん……」


一層暗くなるまりもの表情。

やはり試合でのプレイのことで悩んでいたのかな、と舞衣は思った。

バスケを初めたのは高校からのまりも。自分の実力を知るのは大切なことだが、悩む必要などどこにもない。

舞衣が励ます言葉を探していると、亮子が言葉を挟んだ。


「まりもさんがマッチアップした相手は荒牧あらまきさん。スモールフォワードでうちの一年ベストメンバーよ。もう合宿が始まっていて、一年から合宿参加は五人だけ。その一人なの。彼女が言ってた。桜南18番はドリブルが低くてやりにくかったって。あれでスピードと緩急がついたら怖いよ、って。」


うつむいていたまりもは顔を上げた。


「え、でも……カットされて、取られてばっかりで……言われて、紅河先輩に言われて調べて、背の低い選手、みんなドリブル上手い人ばっかりで、でも全然上手く出来なくて……今日もさくちゃんに言われて、簡単に止めれるって……」


典子が聴く。


「練習の仕方かなぁ。バスケ始めて何年?」

「え、高校から、三ヶ月くらい……」

「三ヶ月!? ちょっと、え、三ヶ月って、私なんかドリブル全く出来なかったよ? 基礎基礎、ひたすら基礎練習やりなよ、まだ考える時期じゃないって。悩むより慣れ……」

「典子、待って。」


舞衣が止めた。どうも典子は発言に棘があっていけない。

舞衣の目が泳ぎ出す。あれか。あれを出すか。いや、でも、これはもう手に……いや、だからこそマリモちゃんに……

舞衣はベッドの脇にあったスポーツバッグを引き寄せた。

そして、バッグに着けているマスコットに震える手を伸ばす。


「マリモちゃん。これね、見るだけでやる気が出るの。“補欠神様ヤルキポ”のバスケバージョン……限定品なのよ……ネットで見たら三千円になってた……二百円なのに……これ、あ……ん、くっ、あ、あの、あ……」


舞衣の脳裏に蘇る。ヤルキポ獲得への険しかった道のりが走馬灯のように。

二百円のガチャポン。三回目でやっと出た。

一回目はまあいいか、と思った。

二回目は慎重に調査した。バスケバージョンが出やすいデパートやホームセンター。

足を運ぶ。百円二枚を握りしめ何ヶ所訪れたことか。

友達のガセネタにも負けず、ネットの嘘にも踊らされず、地道な調査から導き出した。

ガチャポンを横から覗くと確かに多めに見えた。オレンジ色のバスケバージョン。

でも次に出るかどうかは判らない。

機械を振るか。

重い。無理だった。

よく見たら床に固定されていた。

二百円あったら大根半切りと玉ねぎのバラ売りまで買えてしまう。

慎重に、慎重に、手を合わせて三回祈り、ガチャポンを回す。

出なかった。

四百円の損失。

父を亡くした高校生の四百円。どれ程の痛手か政府はわかっているのだろうか。

もう失敗は許されない。

張り込んだ。一番出そうなホームセンターに。

ある男の子がゲットした瞬間を見た。

売って下さいと頼んだ。

男の子の話を聴くとミニバスの選手だと言う。

無理だ。こんな綺麗な目をした小学生から譲ってもらうなんて、そんな極悪非道は自分で許せなかった。

二回続けて出るなんてそんな奇蹟はあり得ない……いや、まて……私は悩んだ。

ネットにあったのを思い出す。ガチャポンは連続で回すとダブりやすい、と。

それって、つまり……

私は意を決した。


…出ろ出ろ出ろ出ろ出て下さい出て下さい出て下さい神様仏様お父さんお母さん!


「……三回目でついに出たの、あげる! マリモちゃんにあげちゃう! 持ってけマリモ!」

「え。」

「舞衣、なに泣いてるの?」

「どうしたちゃむ。」

「あ、それ知ってるー。ちょいキモカワ。」

「これ持ってればどんな辛くても平気! 大事にしてね! でも飽きたら返して! 頑張るんだよ、私の分も! マリモちゃん!」


まりもは半信半疑といった表情でヤルキポを受け取った。

舞衣は四人が帰った後も、涙が止まらなかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「許可は降ろした覚えがありますが、それは今でなければならない案件ですか?」


佐海さかい刑事局長は受話器を肩と耳に挟みつつ、眉をひそめた。

佐海が見ているパソコンのモニターには刑事局捜査課の報告ファイルが何枚も開かれている。

デスクの両脇には未処理の書類が山積みだった。

電話の相手は野神のがみ主任。内容は栂井翔子とがいしょうこの面会の件だった。


碓氷うすい巡査の四国地方捜査の一件で検察への根回しも厄介な上に、県警の特査からは房生舞衣の警護要請まで上がってきている。

勿論回せる使い手刑事などもういない。

栂井の件は古見原こみはら捜査課長からの申請であり、承認済み。問題は誰を立ち合わせるかだが、人員配置における状況は悪化、面会希望者の柴山しばやま氏を白楼に入れるわけにもいかない。


当初の予定では深谷巡査立会いで警察庁の聴取室を使うはずだった。

しかしその深谷も今は白楼から動けない。

野神の対応案は野神自身が立ち会うというものだが、土佐清水の養老研究所調査が中途半端な状態では話にならない。

優先順位が違うだろ、という話だ。


「主任、栂井の件は見送りなさい。なにも中止すると言っているのではありません。」

『は、お言葉ではありますが、課長の申請書にもありました通りこれはラボ教育の一環、栂井は提示された条件の実行に努め、守り切りました。教育上、我々管理側が約束を破るのは思わしくありません。面会は三十分で終わらせます。私にやらせて頂けないでしょうか。』


佐海は右手で取りかけた書類を一旦デスクに置き、受話器を手で持ち直した。


若邑わかむら君の容態はどうです?」

『は、明後日には現場復帰の予定です。』

「ふん……山本光一は任せられる状態になる、と考えていいのかな?」

『はい。』

「であるならば、若邑君復帰の日に栂井の面会をずらして下さい。それで許可しましょう。」

『は、承知致しました。』


受話器を置く佐海の手は荒々しかった。

金色の使い手、山本光一の確保は大きな進展と言えるが、皇藤こうどうの行方と奈執なとりの足取りはどうなっているのか。そして……


…杉浜光平は未だ超法規的保護下か。


佐海も手を尽くしてはいるが、国家公安委員会の見えない圧力はしぶとく、根深い。

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